壱ノ道ー鈴ー③
そもそも紲は、記憶の無い中学以前はともかく、記憶のある中学以降、モテたためしがない。
そのため鈴木が言うところの”いい人”とはいまだに出会ったことがなく、あわよくばその質問を嬉しく思ったりしちゃったりしちゃっているわけだが、今その質問をするべき場面では全くないし、そんなプライベートな話をできる間柄でも無い。
それともこれは鈴木なりの優しさなのだろうか。
初登校めでたく遅刻してしまった可愛い可愛い自分の生徒を、楽しい楽しい先生ジョークで慰めているということなのだろうか。
だとしたら優しさのベクトルを完全に間違えているし、ジョークのセンスは皆無だ。
笑えない。
笑えない冗談だ。
「いや、ヤってないなら良いんですよ。ヤってないなら。私は今年いよいよ30代になるんですが、初体験はおろか男性との交際もまだで、そのくせ周りの友達はみんな結婚していくし・・・正直焦ってますよ。分かりますか?置いて行かれる私の気持ち。分かりますか?最近は、結婚していく友達のことを素直に祝う気持ちにはなれませんし、あの幸せそうな顔を見るとナイフでメッタメタに切り刻んでやりたくなるんですよ。その上、生徒に先を越されたとあっては先生もう立ち直ることができませんよ。」
優しさなどでは無かった。ジョークなどでは無かった。
バリバリの私怨だし、ゴリゴリの本音だ。
「そんな事より教室に着きましたよ。3-E。ここが今日からあなたの学びの場です。」
この女教師は自らの壮絶極まる独白を”そんな事“で済ましてしまうのか。
これは切り替えの早さなのか、それとも諦めの早さなのか。
何はともあれ教室には着いた。
地下一階の教室に。
「ここは犯罪を犯した学生が集まるクラスです。まぁ・・・せいぜい頑張ってください」
そう言うと鈴木は先に教室に入って行った。
夢野紲ここに来て初めての情報である。