壱ノ道ー鈴ー①
否。
覚醒したと言っても良い。
四月下旬。春の穏やかな日差しの中、紲は穏やかでない起床を果たした。
この悪夢はいったいいつから見るようになったのだろうか。
彼にはわからない。
彼には記憶がない。
中学以前の記憶がない。
気付いたらそこにいた。
夢野紲という人格がそこにあった。
いや、それはあまり正確ではない。
ただ人格がそこにあっただけだ。
夢野紲という名前は人からもらったものだ。
白木玄道。紲の名付けの親であり、育ての親だ。
玄道は空手道場を開いていた。
門下生は10名。
道場に下宿をしているものもいた。
紲もその内の一人だった。
しかし、その生活も2年で終わった。
玄道が失踪したのだ。
必然的に道場には住めなくなってしまう。
紲は一人暮らしを始めた。
そして、中学も転校することになった。
通知が来たのだ。通知。
転校の通知。
どこの誰が出したか分からない通知が。
今日は転校初日。
若干遅れてのスタートだが、普通にしていれば普通の学校生活が送れるだろう。
彼は時計に目を向けた。
違和感があった。
時刻は8時ちょうど。
それは良い。まだ遅刻するような時間ではない。
走れば余裕で間に合う。しかし、秒針が動いていない。
一瞬、クロノスタシスかとおもった。
だが違った。
何秒経っても秒針は動かない。
不安になってスマホを見る。
12時34分。
ちょっと得した気分・・・になることは無かった。
静かに立ち上がる紲。
顔を洗い、歯を磨き、制服を着て外に出た。
この間わずか3分。
かくして彼は、普通に遅刻した。