8、腕を上下に伸ばす運動で悪役令嬢はトリップする
入学式、それは死亡フラグのオンパレード。
だがしかし! 私にはラジオ体操チートがある!!
そう、私は無敵。
「私は無敵のはずじゃぁぁぁ!!!!」
「そろそろ、諦めたらどうですか?」
無敵、だよね?
私は、確実に強くなってる。
今朝だってレベルが上がったし何か謎スキルもゲットした。
なのになんでセバスチャンに強制連行されてメイド達の魔の手から逃れられないのでしょうか……
久しぶりに般若のような顔してるA子さんが私を壁際に追いつめる。
「お嬢様、さっさとコルセット着やがれ」
「そうです、早くしないと入学式に間に合いませんよ?」
「メイクアップには特殊な技術を使ってますから、時間がかかるんですよ」
B子とC子は好き勝手に言っている。
ええい、私は強いんだ!!
メイドの三人ぐらい相手に出来なくてどうする!!
闘うなら、今でしょ!!
五分後〜
「はい、じゃあ腕を上げて下さいね」
「……あい」
完膚なきまでにメイド達に叩きのめされた令嬢の姿がそこにあった。
くっ、解せぬ。
いや、真面目な話本当に待って?
記憶を思い出してから今まで、私のレベルはかなり上がったはず。
ベッドの柱をへし折ってちょっとした事件になったのはもうずいぶん前だ。
あれから怖くて、力を使ってないけど……
いつもセバスチャンに捕まった時や、メイド達にコルセットを着せられそうになった時に私は全力で逃げようとしている。
しかし逃げられた試しは無い。
セバスチャンはあの顔面偏差値からするにゲームのキャラである事は間違いない、だから気にしてなかったけど。
メイド達はキャラではないと思う。
悪役令嬢のメイド、なんて名前も付いてないだろう。
彼女達は私を逃した事など一度も無い。
言葉を使って、ある時は実力行使で捕まえてくる。
もちろん、皆様に忘れ去られているであろう人々も私より強いと思う。
もしかして、あれか?
私はもともと弱いから、いくらレベルを上げても勝てない、だと?
そう考えれば納得出来る。
記憶を取り戻して一週間は部屋に軟禁されて、庭に出たいと言っても出してもらえず、本を読みたいと言っても指を切ると言われ、慣れない過保護扱いに気が滅入ったものだ。
このままでは、自立出来るようになるまでずいぶんかかるだろう。
もしかしたら、夢みたいに死んじゃうかもしれない。
あ、目から汗が……
「彼女に何をしたんだ!」
「ダンドリュー様はだまされているのです!!」
「……ん?」
婚約者ジョワロフ君の声が聞こえた気がするぞ。
メイド達が着替えさせてくれてたんじゃ無かったの?
なんでジョワロフ君が女の子数人と言い合いになってんの?
尻餅をついたまま私はセバスチャンを見上げる。
「お嬢様、またトリップしてましたね……」
目が合った私を抱き起こし、セバスチャンはため息を附いた。
その間もジョワロフ達はヒートアップしていく。
「馬鹿女は、ジョワロフ様と釣り合いませんわ!!」
「そうよ、親の権力で婚約者になったのでしょう?」
「よくもファンクラブを差し置いていけしゃあしゃあと、ジョワロフ様あの女は駄目ですわ!」
「君達には関係ないだろう!!」
何だか人垣が出来始めている。
「よくこの状況でトリップ出来ますね、私感動致しました」
セバスチャンは流れてもいない涙をハンカチで拭っていた。
うん、何この状況?
「セバスチャン、詳しく三行で説明プリーズ」
「不可能です」
返答の早さはまさに執事の鏡のようだった。