第1話 -喧騒と幻想と背徳の坩堝-
いらっしゃい。一見さんかい? うちを知るならこれがお勧めだよ。
第1話 -喧騒と幻想と背徳の坩堝-
(ガキどもは寝たころか)俺はそう思いながらカウンターに座った。
「マスター、いつもの」
ここはどこかの酒場。
「待たせたな。いつものやつ――緑茶だ」
酒場は常に喧騒に満ちている。五月蠅いと思うのも最初の10分程で、酔いどれが少し声を荒げても、それはまるで潮騒の様に無意識に溶ける。
緑茶か。そう深夜のこの時間は人が少ない。ちびちびとやる客に、できあがった数人が壊れたラジオの様に何事かを呟くくらいにには人もはけている。
俺はその場違いな液体、緑茶を一息に飲んだ。
訳も分からないうち、俺はエルフに転生したが…体は少女でまるで弱く、冒険者家業などは無理だったのだ。
「ほら、これに頼む」
マスターが口の広い容器をカウンターに置いた。少し惨めな気持ちになったが、これも、生きる為。
――チョロチョロ…
『ガヤガヤ』
もうかなり小さくなったその喧騒が耳に障る。さっきまでどうでもいい、路傍の石が転がる音くらいにしか意識していなかったその雑音が、まるで自分の鼓膜を針で突いているのではと思うほどに、感じる。
とある青年が言葉の棘を向けてきた。
「自分、直のみいいっすか?」
『ガヤガヤ…』
客の一人がそう声を掛けてきただけだ。その声には敵愾心も、嫌悪も、如何なる害意をも含んでない、逆に、喜色さえ、期待さえ、好意さえ混じっていたかもしれなかった。
「ボウズ、仕入れ先を取るのはご法度だ」
マスターがそう言い、俺が"卸した"直後のその黄金色の液体をグラスに、丁寧に、並々と注ぐ。人肌に温まったその黄金は、焦らす様にその水気を立ち昇らせる。それでいて、鼻腔を刺激する、香。
「本人の隣で飲むのが最高にクールなんだよ」
マスターは変態おやじの様にニヤっと笑いながら言う。
俺は顔が真っ赤になった。
『ガヤガヤガヤ』
すっかり琥珀色を堪能した青年は、マスターのその心意気を聴いて気を良くしたのだろうか、
「いい趣味してるな、握手しよ」
客とマスターが旧来からの友の様に仲良くなったようだった。同好の士を見つけたかの様な早さで打ち解けていた。
俺の方を見ながら、俺の屈辱で真っ赤に濡れた顔を肴に"それ"をあおる。
「マスター、勘定をしてくれ」
もう無理だった。俺は嫌に高い報酬を受け取って足早に酒場を後にした。
この金は俺のプライドと引き換えに手に入れたものだ。決して安くない。
「ウエイトレスのバイトでも探そうかな…」
安宿の玄関が俺を出迎えた。