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全部ぶち壊せ!

作者: 霜月 秋介

 消費している。僕はただ、毎日を消費して生きている。特別欲しいものは何も無い。知りたいこともない。そんなもの、あってもネットで検索すればすぐわかる。

 ぬるま湯に延々とつかっているような毎日だった。体温が、お湯の温度と共に熱を加えられることも無く段々と下がってゆく。そんな日々を、これから何十日も何十年も過ごしていかねばならない。そう思って窓の外の景色を覗いていると、突然、その男は現れた。

 身長百九十センチくらいはあるだろう。その男は自分の身丈ほどある巨大な鉄製のハンマーを持っていた。そしてその男はそのハンマーで突然、アパートの僕の部屋の窓を叩き割って、中に進入してきた。そして入ってくるなり、僕の部屋の片隅に置いてある二十四インチの液晶テレビの上に、ハンマーを振り下ろした。激しい音と共にガラスの破片が飛び散る。テレビを破壊し終えると次に男は、ハンマーで僕の机の上にあるパソコンやスマートフォンを叩き潰した。更に男は机のそばにある本棚を壊し始めた。本棚には、僕が今まで集めてきた長編漫画『ジャジャの微妙な冒険』の単行本がぎっしりと収められている。それがハンマーで本棚ごと、叩き潰された。ハンマーで殴るだけではない。素手で本をご丁寧に一冊破ってはまた一冊破り、これもまた原型を留めぬほどまで破壊された。壁に張ってあるアイドルのポスターも粉々になるまで引きちぎられ、壁にかけてある時計や机の上のフィギュア、そしてベッドまでもハンマーで叩き潰された。お気に入りのアーティストのCDもひとつ残らず粉々にされ、男は僕の大事にしていたありとあらゆるものを容赦なく破壊していった。その男の行動はどこか、ロックミュージシャンのライブで目にする、楽器を破壊しまくるあのパフォーマンスを思わせる。狂気。バイオレンス。部屋のものを次々に破壊していくその男の行動はまさにそれだ。

 男の持つ巨大なハンマーに圧倒され、僕に男の暴動を止めることはできなかった。あまりに突然の出来事。まるで現実性が無い。目の前で今、何が起きているのかが理解しがたい。僕の部屋を荒らすだけ荒らすと、その男はニヤリと笑い、窓から去っていった。部屋にあるもので原型を留めているのはなにひとつ無い。あるとすればそれは僕自身の体。しかしそれは見た目だけだ。無傷なのは外見だけ。僕自身の内部は、その男が来る以前から、壊れつつあったのかもしれない。

 安定した、しかし何かが欠如した僕の生活の中に突然姿を現した巨大なハンマーの男。その男は僕が今までこだわってきたものなにもかも、全否定するかのように叩き壊していった。

 その男に盗まれたものは無かったが、すべてを壊された。警察の捜査後、僕は部屋を片付けた。すべてがゴミになった。僕の部屋には何もなくなった。

 パソコンもスマートフォンも使えない。テレビも観れない。新しい情報を入手することが出来なくなった。何もすることが無い。何もできない。部屋のエアコンもあの男に壊されたので、部屋は寒い。

 仕方が無いので、僕は外に出た。とりあえずどこか、暖をとれる場所を求めて。

 デパートや本屋を行き来した。普段僕は部屋にこもりっきりでパソコンやスマートフォンばかり見ていて、こんな風に出歩くようなことはあまりなかった。僕の頭の中で何かが動いている。こんな感覚はいつ以来だろうか。頭の中で、革命軍が大暴れしている。そんな気がした。

 今まで、自分がどれだけ贅沢をしていたのかがわかる。すべて失ってみて、本当に必要なものがわかる。今まで僕は、便利なものに頼ってばかりで、自分自身の力で物事を成すことなどいつのまにか出来なくなっていた。毎日機械ごしに入ってくる情報。なにもかもがあって当たり前の生活。いつのまにか僕はぬるま湯に浸かり過ぎて出られなくなっていたのだ。

 数日後、あのハンマー男は警察に逮捕された。「ムシャクシャしてやった」とありきたりなことを供述していたらしい。しかし僕はその男に感謝している。その男のおかげで、冷める一方だったぬるま湯に再び熱を加えられ、そこから僕は脱出できた。そして自分自身を客観的に見つめる機会も得られた。あの男は僕にとって、僕内部の革命者だったのかもしれない。 

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― 新着の感想 ―
[良い点]  初めまして。マムシです。  スゴいインパクトのタイトルに惹かれて読んでみたら、これまた内容も忘れられないインパクト!  壊している騒音が聞こえてきそうでした。  けれど、人間はこれく…
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