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No.1

HIV感染者は世界で100人に1人、1%が感染している。日本でも年間1,200人が新たに感染している。レッドリボンを支持する友へのメッセージとしたい。

−2006年初夏− 6月末の大通り公園は午後7時を過ぎたにもかかわらず夕陽がまぶしい。北方圏国際交流都市を自負する札幌の大通り公園(以下、公園と略)は火防線として明治4年に設けられたのが始まりとされ、公園の東端にあるテレビ塔を中心に市の東西南北が分かれている。西1丁目から12丁目まで東西約1.5キロメートルに長く伸びた公園には、花壇や噴水、世界的な彫刻家、故イサム・ノグチのブラック・スライド・マントラ、遊水路などのほかに、彫像や記念碑などのさまざまな施設がある。公園全体には92種類約4,700本の木々が植栽され都市交通の有害物質を中和して無毒化、かつ新鮮な空気を提供している。なかでも人気のライラック、ハルニレ、ケヤキ、ハマナス、ツツジなどを身近に鑑賞できるため市民にとってはいこいの場となっている。ライラックは明治22年、北星学園の前身であるスミス女学校(札幌農学校の佐藤昌介、大島正建、宮部金吾、新渡戸稲造などのクリスチャン教授をはじめ、官界、財界、教会の人たちの援助をうけて、明治20年1月15日にスタート)の創始者サラ・C・スミス女史が、故郷アメリカから携えてきたもので、北大付属植物園に現存している。ライラックは英語であり、フランス語ではリラと言う。「リラの花咲く頃」と言うと、パリでは「一年でもっとも良い季節」の代名詞、形は ひとつひとつの花が筒状で、先が4つに切れ込んでいる。5つに切れ込んだ花もごくわずかあって、幸せを呼ぶものとして喜ばれているようだ。花ことば、白…年若き無邪気さ青春の喜びとされ、紫…恋愛のはじめての喜びとされ親しまれている。大通公園には約400本(白30本、紫系370本)ある。昭和34年に始まったライラックまつり、翌年の昭和35年に、市民投票によりライラックは「札幌の木」に選ばれた。この祭りは、札幌市民にとって、半年余りの長い冬からようやく開放され、野外散策を楽しむ季節到来のチャイムでもある。 公園内芝生の多くは、自由に入ることが可能で、「立ち入り禁止」はほとんどない。そのため芝生の上で寝転ぶ人、トウキビワゴンでトウキビを買って食べる人、仲間とビールを飲む人など、気ままに春を楽しんでいる光景がいたるところに見られた。午前中は幼児と母親・そして定年過ぎ悠々自適の人々が散歩し、昼休み時はOLがベンチに集まり、午後は子供達のボール遊びの歓声、そして勤務明けの夕刻には大勢のカップルであふれる。爽やかな風に新緑の葉が奏でる囁き、草の萌えるにおい。のどかだ・・・。噴水前のベンチから空を見上げていた。着メロ「I Was Born To Love You(by QUEEN)」が鳴った。大阪医療センターから合図の「忘れちゃだメール」が入ったのだ。みつるは「一寸ちょっと待ってて、くれよ!」言い残すと軽快に露店の方へ向かった。北海道日本ハムファイターズの稲葉いなば篤紀あつのり選手に憧れて野球部に所属している満が選んだ着メロ、稲葉選手の登場曲。この時刻の着メロこそが満の命を繋ぐ取引をすることを約束した時刻、人目を避けるべき時刻、守秘義務という名のスタッフ以外、誰にも知られずにそれを実行しなければならない時刻19:30。急げ!、飲み物を買え!、ポケットから出せ!、分包紙を千切れ!、あせるな!、水平に千切れ、手に載せろ!、震えるな!、こぼすな!、落とすな!、それ、顔を上に向けろ!、口を大きく開けろ!、飲み込め!、全部入れろ!、早くしろ!、大き過ぎるぞ多すぎるぞカレトラ3カプセル、ゼリット2カプセル!、呼吸を止めて飲み込め!、のどに引っかかりそうだ!、我慢しろ!、ジュースだ!、今度で確実に飲み終えろ!、食道で止めるな!、もう一度ジュースだ!、終わったか!、やっと終わった。「痛て−」。背中に痛みと違和感が走る。満は肩で息をした。これで安全な12時間が保証され、今日を終えられる。明日を迎えられる。満は安堵した。ボクにとっては1日2度の大イベント、7:30、19:30のアドヒアランス。見られたくない一時いっとき。知られたくない一時。孤独であるべき一時。飲み忘れすれば明日は無い。薬剤耐性が現れる。全身に皮疹や口腔内潰瘍が現れる。やがて免疫不全を生じる。血清β-Dグルカンが高値を示し、日和見感染、腫瘍を生じ最終的にはHIV脳症を生じ死亡するのだろう・・・。「小林君、一体何食べてたの? 」背中からの突然の声に衝撃が走り、鼻や口からジュースが飛び散るかと思った。順子が、いつの間にかそばに来ていた。「私にナイショなの・・・」満は耳が熱く真っ赤になっているのを感じていた。「ずるいわよ!」「グミなの?」「チョコレート?」「いやだ・・・飲んじゃったの?」いたずらっぽく笑う。満はフー、と一息して「これ順ちゃんの分」冷えたハスカップジュースのボトルを汗ばんだ手で渡した。「順ちゃんに待っててくれと約束したのに。」「どうして、おとなしく待っててくれないんだよ。」「だって、小林君に恋人からのメッセージが入っているかも知れないから、心配だった。」「いないよ、そんなの。」「もしかして、わたしだけ?」「順ちゃんとは友達だろ。」「友達でも私だけならい・い・の。」「嬉しい」順子との満ち足りた時間・・・。しかし、事実が明らかになれば、失う友。約1分の秘密の時間、服薬と言う名の1日2度のイベント。7:30は問題なくクリア、しかし19:30難しい。本当のボクを知らないから順ちゃんは好意的なんだ。何とか順ちゃんが傷つく前に想い出にしなくては・・・。それが難しいなら嫌われなくては・・。傷つけたくない。ボクはバイオハザードされている。放っておいたらボクのカラダの中でHIVは1日10億個から100億個も作られ、しかも6時間から8時間で半分が入れ替わる恐怖のウイルス。「帰ろうか?」「・・・・」順子は黙って正面を見据えている。「もう少しここ(ベンチ)にいたいのかい?」満が尋ねると順子はそのままニッコリうなずいた。気が付くと幅65mの公園をはさんで両道路沿いに林立するビル屋上にはネオンが点灯し始め夕暮れとなっていた。

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