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真偽は手の内

「この指輪はどうかな?」

女は男から手渡された指輪をカウンターの蒼白い灯りにかざして眺める。

が、不意に細く弓なりに描かれた眉根に皺を寄せ、手元の藍色のビロードの上にパタリと放った。

「ありきたりね」

いよいよ初任務だ。

あたしはこの男を殺す。

耳元で金のイヤリングが微かに震える。

「君には適わないな」

目の前の男は、灰色の頭を緩やかに頷かせて笑っている。

丸く肥った顔の中で目を糸のように細くした表情は、年若い愛人に貢ぐ初老の男というより、幼い孫娘を甘やかす祖父のように見えた。

「オーナー、もっと上等なのを見せてくれ」

男はカウンターの向こうに従僕のように黙して控えている主人に声を掛ける。

「かしこまりました」

オーナーが従順に会釈して奥に消えた途端、女は小型銃を出して男のスーツの胸に突き付けた。

「死んでもらうわ」

男は驚く様子もなく目を細めた顔つきのまま、女を見下ろしている。

「君に殺されるなら本望だ」

その言葉を耳にした女の目が一気に血走った。

銃口がスーツの胸に食い込んだまま、震える。

「言っただろ、僕には心を許せる相手などもう誰もいないと」

女は銃口を自らのこめかみに当てると、目を閉じて引き金を引いた。


「あれ?」

女は目を見開くと、無傷のこめかみを撫でる。

「どうして?」

大きな目を見開いたまま、女は完璧に髪をセットした頭を抱え込んだ。

目の前の男と戻ってきたオーナーが、それぞれ顔をべリリと裂く。

二人の男は初老の風貌から、一息に壮年と青年に若返った。

「隊長に副長!」


「これがスパイ養成の最終試験だ」

唖然とする女をよそに隊長の壮年男はそう告げると、床に落ちた銃弾を拾い上げた。

鉛色の弾丸を指先でペシャリと潰す。

「気付かなかったのかい」

壮年の男は白い歯並びを見せて微笑んだ。

「君に渡したのは、これまでの演習と同じ偽弾だよ」

カウンターの向こうから青年が物静かな口調で言い添える。

女は口を半ば開きかけたまま、二人の男を見詰めている。

高値のルージュを引き、眉をアーチ型に描いたその顔は、そんな表情をすると、本来の年齢を示すように幼く見えた。

「君は失格だ」

隊長は笑顔で続ける。

「どこへでも好きな所に行きなさい」

女は暫し呆然としていたが、急にパッと晴れやかな表情になった。

「お世話になりました」

深々と頭を下げると、女の細く長いうなじからラベンダーの香りがふわりと広がった。


ハイヒールの靴音が段々遠ざかってついに途切れたところで、青年はポツリとこぼした。

「失格者はその場で射殺のはずですよ」

隊長は苦笑いする。

ラベンダーの残り香が薄まっていく中で、その目は青黒いビロードの上に残された指輪に注がれていた。

「俺は、任務不履行だな」

蒼ざめた灯りに照らし出された石は、本来は透明なはずなのに、きらきらと眩い七色の光を返してくる。

「いや、僕もです」

青年も指輪に目を落としたまま答える。

偽物の店の中、お仕着せの装いに身を固めた二人の男の間で、小道具の宝石は夜空から転がり落ちた小さな星のように燦然と輝いた。

隊長は闇色のビロードを畳んで指輪を覆い隠すと、部下に告げた。

「失格者は射殺し、死体は既に処理済みと上には報告しておこう。それで、全員任務遂行さ」(了)

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