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第八話 ファリ商会


 アキム・バラネフにとって、タリス・マンチェスというのは微妙な駒だった。

 少なくとも現在の所、敵ではない。それどころか秘密を共有し、利害をある程度同じくする間柄だ。

 だがそれほど信頼しきれる訳ではない。

 結局の所、タリスは王都ロートの人間だ。コーネスライトという都市を治めるアキムとは、利害は寧ろ対立するのが普通だ。

 それ故に現在アキムとタリスの利害が一致しているのは、寧ろ特殊な条件下における事態と考えるべきである。ならば当然の事として明かせる情報にも制限が出てくる。


 だが有用である事も確かだ。

 これはロートに対する伝手や超越者としての力もあるが、それ以上に都市政府側でもなく商会側でもない立場というのが貴重だからだ。

 この立ち位置は、特にアキムと商会の対立が決定的になった現在では非常に重要な意味を持っていた。


 なにせアキムは、自らの意思で籠城状態にあったケレスター商会を滅ぼしたと暗黙の内に認め、それを背景として恭順を迫ったのだ。いわばこれは最後通告にも等しい。当然一触即発の事態になりかねない。いや、寧ろもうなっていると言えるだろう。

 それでも他の商会が暴発しないのは、武力の後ろ盾があるからだ。

 ケレスター商会を滅ぼした黒尽くめの甲冑。

 その矛先が自分に向かわないか不安だからだ。

 だがアキムにしたところで、あの黒尽くめの甲冑を自由に扱える訳ではない。それどころかその正体すら掴んでいない上に、一刻も早くジェフリー・バーギンを捕まえ、事態の収拾を図らなくてはならない。


 そんな訳で、都市政府と商会の間に立つ事が出来るタリスという駒は、実際便利だった。

 それ故にファリ商会への秘密裏の交渉役としてタリスが選ばれたのもそれほど不思議はない。


「……ふむ」


 そういった経緯で交渉役に選ばれたタリス・マンチェスは、興味深そうに部屋の周りを見回した。

 部屋は綺麗に清掃されており一応の調度は置かれていたが、随分と実用に重きを置いたものだ。相手を威圧するような形式張ったものも重視している領主館の応接室とはやはり違う。

 まあそれも当然か、とタリスは思う。


 ファリ商会。

 通商都市であるコーネスライトで諜報などの元締めとして商工会の議決権を持つに至った商会だ。目立ち、権威で威圧するタイプの組織ではない。俗に盗賊ギルドなどと揶揄されるくらいだ。必要以上に目立つ事など好ましくないだろう。


 一応此処はそのファリ商会の本部という事になる。

 現在はその総帥であるユーニス・アンブラーを待っているところだ。


「やあぁ、お待たせして申し訳ない。初めまして、ファリ商会の総帥をやっているユーニス・アンブラーです」


 やがてやって来たのは、まだ若く見える女性だった。その容姿に特別なところはない。さらさらとした黒髪を適当に短く切り、茶色系統の服装に身を包んでいる。パンツルックのスタイルと合わせて、どこか中性的な印象を与える女性だ。体付きは中肉中背で、顔立ちもそれほど目立った特徴はない。

 だがタリスは、ユーニスの身のこなしに何処か自らと似た匂いを感じ取った。

 朴訥とした印象を与える声と戦闘などとは無縁そうなその所作。だがそれは意識して作られたものだ。

 その裏にあるのは、相手の不意を打つ事に重点を置いた身体捌きの心得。いわば、暗殺者のスキルだ。


 ……まあ、別に不思議でもないか。


 タリスはそう納得する。

 仮にも諜報の元締め。ならばその程度おかしくない。


「こちらこそ、初めまして。タリス・マンチェスです」


 お互いに簡単な挨拶を交わし合う。


「……?」


 それが終わった後、ユーニスはタリスを見て少し怪訝そうな表情を浮かべた。

 タリスがユーニスの身のこなしからその背景を察したように、ユーニスもタリスの身のこなしから何かを察したのだろう。尤も確信はない筈だ。そこまでユーニスの実力は高くない。そうタリスは踏んだ。


「それで、今日は何の御用で?」


 お互いが対面の形に座ると、おもむろにユーニスが口を開く。

 その口調はどこか事務的なものだ。笑顔は見せているが、感情が見える訳でもない。無論、焦りなど欠片もないように見える。

 大したものだと、タリスは表情には出さず感心する。


「つい先日、バラネフ子爵が貴方達に送った通達は勿論ご存じでしょう? その事について幾つか説明が要るのではないかと思い、まかりこした次第です」

「へえ。それはわざわざ……」


 ユーニスはタリスの言葉にも特に表情を動かさない。適当に相槌を打った後、タリスを凝と見詰めた。


「その前に、貴方は一体どういう立場でそれについて説明してくれるんです? 貴方がこうといった事は、御領主様においても成立するのですか?」

「いえ、僕はあくまでメッセンジャーで調停役に過ぎません。必要とあればバラネフ子爵から何か証拠を預かる事もあるかと思いますが、基本的にそのような裏付けは存在しません。全て僕の独断による発言だとお考え下さい」

「では失礼ですが、貴方と話す意味はあるのですか? この場で約束したところで、後でそれを反故にされるのであれば話をする意味などありません」

「僕はそうは思いませんね。あなた方は確かに諜報を取り仕切る商会ですが、現状ではどうしたところで情報を充分に持っているとは言えない筈だ。ましてや裁量権がない使者経由とは云え、都市政府との繋がりを維持しておく利点が判らない筈がない。結局のところ、あなた方の商会は情報が喉から手が出る程に欲しいはず。ですが、今の状態で都市政府と接触するのはお互いに難しいでしょう?」

「…………」


 今の状態で都市政府と直接接触する事は、下手をすれば交渉の行方がそれで決められかねない程に危険な事だ。

 ファリ商会を率いるユーニスにしても、出来れば避けたい筈だ。

 ならばこれは前提条件の確認だ。


 ――さて、ここから何を望む?


 タリスは身を乗り出し、ユーニスの瞳を真っ直ぐに見詰めた。口元には穏やかな笑みが浮かんでいる。だがその瞳はまるで笑っていなかった。


「……はぁ」


 それに押されたかのように、やがてユーニスは溜め息を零す。


「まあ、誤魔化してもしょうがないでしょう。そうですね、我々は現在情報を欲しています。ですが、貴方は対立相手である御領主様が、遣わしてきた人間だ。貴方から得た情報がどこまで信用できると云うのですか?」

「まあ、その懸念は尤もです。ですが一つだけ判って欲しいのは、僕はバラネフ子爵の子飼いという訳でもなければ、完全な味方という訳でもありません。場合によってはあなた方の利益になるように動く事も吝かではありませんよ?」

「…………」


 胡散臭そうな眼差しで、ユーニスがタリスを見詰める。だがタリスは意に介さない。


「ざっくばらんにいきましょうか。今度の事態についてファリ商会はどれくらいの事を掴んでいるのですか?」

「……教えるとでも?」

「そんな駆け引きに興じている暇はお互い無いと思いますがね……ケレスター商会がどうなったのかを忘れた訳も無いでしょう? ここ最近のこの都市はちょっと展開が速すぎる。判断に急を要するってレベルじゃありません。多少の不確定要因はあっても呑み込むべきです」


 そんなタリスの言葉にユーニスは暫し考え込んだ。


「……まあ、判りました」


 やがて吐息混じりに言葉を返す。


「確かに選り好みしていられる状況じゃないのも確かです。とは云っても、ファリ商会が掴んでいる情報など大したものはありませんよ。バラネフ子爵が動いたのを察知して、大体予測を立てているくらいです。ジェフリー・バーギンとかいう密輸業者の居場所、反アルネシア組織の動向、そして異形のような黒尽くめの甲冑の正体。……判らない事ばかりです」

「ふむ……ですが大体事情は把握しているようですね。それなら話が早い」


 アキム・バラネフの動きそのものは、ほぼ筒抜けと考えても良さそうだ。

 まあそこまで不思議な事でもない。

 アキムはジェフリー・バーギンを捕まえるために、派手に動いていた。そして秘密裏にとは云っても、反アルネシア組織についても捜査していた。

 そこら辺から動きを推測するのはそこまで難しい事ではないだろう。


「僕の目的は、コーネスライトに蔓延る反アルネシア勢力の一掃です。その為の方法は色々あるでしょうが、それが僕の目的であり、ロートの意向です。尤もこれは究極的なものであり、まずはそれを実害がないレベルまで落とせればと考えていますが……」

「なるほど? それなら私の目的は商会の存続とますますの繁栄といったところですね。それ以外に望むものはありません」

「ならば、僕たちは協力できるのではないですか? 先程も申しましたが、今は危難の時です。荒れ狂う嵐に巻き込まれた者同士、お互い出来る事は多いと思いますが……?」

「…………」


 ユーニスは顎に手をやり、考え込む。

 そんなユーニスを真っ直ぐに見詰めながら、タリスは思考を巡らす。その口元には相変わらず穏やかな笑みを浮かんでいた。

 お互い何の言葉も発しない。そんな時間が暫し続く。

 タリスはユーニスを急かすような事も、念押しするような事もしなかった。そんな事をしなくても、タリスはこの交渉には成算があった。


 ファリ商会はそもそもその商会の性質上、あらゆる組織と等間隔を維持したがる傾向が強い。そうでなくては情報を得られなくなるからだ。

 故に力関係の事を抜きにしても、領主であるアキム・バラネフとの決裂は望んでいないだろう。そしてそれと同様に、タリスとも出来れば近付いておきたいと考えている筈だ。

 後はその細かい割合。どちらにどれほど軸足を動かせば、最大のリターンを得られるか。そして最小のリスクで済むのか。

 ユーニスが考えているのはそれだろう。


「一つ教えて下さい」


 暫くの沈黙の後、ユーニスが口を開く。

 タリスは無言で言葉の続きを促した。


「――アキム・バラネフが望んでいるのは一体なんです? あのケレスター商会本部の殲滅、あれは明らかに彼らしくない。……本当にあれは彼がやった事なのですか? もしそうなら、彼は一体何を目指しているのですか?」

「…………」

「貴方は超越者の域にまで至った神官戦士だと聞きました。その貴方の口からお聞きしたい」


 今度はタリスが考え込む番だった。

 半分はポーズだが、半分はそうではない。ある程度の方向性は決まっているが、それでもどのように話すか、どの程度話すかはいつも難しい。


「ふむ。まずは答えやすい方からいきましょう。まずバラネフ子爵が望んでいる事――実際の所は僕も知りません。ですがある程度の推測は出来ます。間違いなくその一つは、都市政府の権力強化でしょう。そしてその為に今回の従属要求がある。特にあなた方ファリ商会に対しては影響が大きいでしょうね。他にこれほど影響が大きいのは、魔具などを取り扱っているナルミス商会くらいでしょうか」


 ナルミス商会への影響が大きい理由は単純だ。

 魔具などを取り扱うナルミス商会はロイスとの関係が深い。当然の事として都市政府相手には隠さなくてはいけない事も多い。結果として都市政府の監視下に置かれれば、商売のやり方を大幅に見直す必要が出てくるだろう。再起不能という事もないだろうが、影響は大きい筈だ。


 だがファリ商会は、それほどロイスとの関係が強い訳ではない。

 ではなぜ今回の従属要求がファリ商会に大きな影響を与えるのかと云えば、それはファリ商会の生業に理由がある。つまりファリ商会が主に取り扱っている『諜報』という商品は、この事態にあっては強力すぎるカードなのだ。

 敵に回せば厄介極まりなく、逆に味方に付ければこの上なく役に立つ。


「大体想像がついていると思いますが、バラネフ子爵は都市政府の下にあなた方の商会を置くつもりです。まあ暫くは後の事ですが」

「……高く評価してくれて有り難いと言うべきなのかも知れませんが、こちらとしては余り嬉しくありませんね」

「でしょうね。ただあくまでメイン、というか急を要するのは今度の事態に対する協力です。バラネフ子爵からもその事は念を押されています」


 これは事実だ。

 アキム・バラネフは本質的に慎重な打ち手だ。

 状況によって暴挙とすらいえる博打に手を出しているが、その本質が変わった訳ではない。利益を減らしてリスクを減らせるなら、その事を考慮する事くらいは出来る。


「…………」


 ユーニスは口元に手をやり、何事かを考え込んでいる。

 別に今さっき言われた事を理解しようとしている訳ではないだろう。ほぼ間違いなく、先程のタリスの発言程度の内容は既に推測済みだった筈だ。

 タリスは少し水を向けてみる事にした。


「何か気になる事でもありますか?」

「……先程、御領主様の目的について、それ以外にも心当たりがあるようでしたが?」


 返ってきた言葉はある意味予定通りのものだった。


「まあ推測しているものはありますが、余りに……」


 タリスは言葉を濁す。


「余りに――何です?」

「…………」


 タリスはユーニスの問いに直ぐには答えなかった。暫しの沈黙の後、乗り出していた身体を後ろに倒し、椅子に背中を預ける。そして真剣な表情でユーニスの瞳を真っ直ぐに見詰めた。


「あの黒尽くめの甲冑に関してですが――」


 少し唐突に思えるタリスの言葉。ユーニスは怪訝そうに眉を顰めた。だがタリスは気にした様子もなく言葉を続ける。


「話に聞いただけですが、あれは明らかに異常です。狂っていると言っても良い」

「そうですね。それには私も同意します」


 タリスの言葉をユーニスも首肯する。それは偽らざる本音だった。だがそれ故に、ユーニスはタリスが何を言いたいのか理解できなかった。そんなものは今更確認するまでもない。アレがまともな存在である筈がない。

 ユーニスは襲撃当時、現場にいた。つまりあの黒尽くめの異形の鎧を直接見ているのだ。それ故に、その異常さは充分すぎるほど感じていた。


「僕は不思議に思ってるんですよ。――あれだけの存在をバラネフ子爵は何処から連れてきたのか?」


 そこはユーニスも気になっていた。

 一流程度の腕ではなかった。超一流などというレベルですら無いかも知れない。あの領域に至っている存在がどこまでいるか。恐らくそのレベルだろう。

 金さえ積めば済むという問題ではない。金で動かす事など不可能な領域の住人だった。


「先祖代々引き継いできた? 否、それだけのカードがあるのなら、もっと以前に切っていたでしょう。何処からか雇い入れた? 否、そんな事をすれば必ずばれる。ましてや誰もが耳聡いこの通商都市でなら尚更です」

「そうですね、何処からか雇い入れたというのは無いでしょう。そのクラスの傭兵など殆ど居ない。動けば多かれ少なかれ噂が入ってきます」

「そうです。そしてそれ以上に自分の自由になるあれだけのカードを持っているなら、誇示してもっと有効に使おうとするでしょう。わざわざ隠しておく意味もありません。それをしないのはそれが出来ない理由がある。つまり人目をはばかる理由があるという事です」

「……判りませんね。何を言いたいんです?」


 ユーニスの問いに、タリスはあっさりと答えた。


「あれは殆ど代価を払わずに貸して貰ったんじゃないでしょうか?」


 タリスの言葉に、ユーニスは明らかに呆れた表情を見せた。そしてそれを実際に口にする。


「呆れた……何処にそんなに気前の良い人がいるんですか? そしてあれだけの人材を雇おうとした時に、必ずばれるという点が全く考慮されてません。問題外でしょう」

「内密に取引できる相手だったとしたら?」

「……?」


 ユーニスの顔に怪訝そうな色が浮かんだ。

 タリスは言葉を続ける。


「そして代価については、その場で払う必要がないだけで後で払う予定だった。まあつまりはツケ払いですね。そんなものであれを手に入れたのだとしたら?」


 ユーニスは暫く考え込むが、やがて言葉を返した。


「……同じ事でしょう。あれほどの者を提供でき、その代価をツケ払いで済まし、更にそれを我々にも悟られずに行える。そんな者が存在する訳もないし、それ以上にそんな伝手を御領主様が知っているとは思えない。そんな事が出来る伝手があるのなら、私も是非お目に掛かりたいくらいですよ」


 ユーニスの言葉も尤もだった。

 だがタリスは気にした風も見せない。それどころか口元にどこか冷笑的な笑みを浮かべている。


「いるじゃないですか? 今現在コーネスライトには、非常識なまでの商品をツケ払いで貸してくれそうな便利な存在が」


 タリスの言葉に、ユーニスは一瞬何を言っているのか判らないといった表情を見せた。

 だがやがて理解が及ぶと、その表情に驚愕の色を浮かべる。


「まさか……っ!」


 タリスは、そんなユーニスに対して大きく頷いてみせる。


「そう、ロイスです」

「…………」


 唖然としたユーニスの表情。

 タリスは構わず言葉を続けた。


「つまりは、アキム・バラネフがコーネスライトに存在する反アルネシア組織の首魁なのではないか――僕はこう言っている訳ですよ」


 言葉もないとは正にこの事なのだろう。

 ユーニスは暫く唖然とした表情のまま、固まったように動けなかった。


「まさか、そんな事は……」


 やがて出た言葉も、特に意味のないもの。筋道の立った反論は口から出てこなかった。

 その隙を突くように、タリスはとうとうと話し続ける。


「無論、証拠がある訳ではありません。ですが、そう考えると筋道が通ると思うんですよ。ロイスにとってこのコーネスライトを自らのものとすれば、メリットは大きい。なにせ今のロイスとアルネシアへの補給路の中心にある都市ですからね。もしも自らのものに出来れば、本格的な戦争になった時、国境線の都市を落とし戦争を有利に進める事が出来るかも知れない」

「…………」

「それだけのメリットがあるのです。この都市を自らのものに出来るのなら、ロイスはその努力を惜しまないでしょう。そしてロイスは国家であり、当然ながら用意できるカードも個人などとは雲泥の差です。更にロイスは魔導大国。あの黒尽くめの甲冑のような規格外のカードの一つや二つ、隠し持っていてもおかしくはありません。更にこれがロイスの国家的戦略の一部であったとするのならば、レッス砦の一件も説明がつきます。ロイスのトップである十二導師の一人にして、超一流の死霊術士ファネル・ロートニー。彼女が出てきても何の不思議もない」

「……っ」


 タリスの言葉に、ユーニスはどこか苦しげな表情を見せた。認めたくないのか、それともただ単に信じられないのか。


「知っているか判りませんが、僕はロートのとある貴顕の内意を受けて此処に来ています。そしてその結果の情報として、ジェフリー・バーギンの密輸計画を知りましたし、それを取り押さえる役を果たす事が出来ました。尤もその規模と性質を読み切る事が出来ず、レッス砦においてはあんな事になってしまいましたが……」


 タリスの瞳に、ふと悔恨の色が浮かぶ。


「……何が言いたいのですか?」


 ユーニスの問いもどこか力がなかった。

 そんなユーニスに迫るようにタリスは身を乗り出した。瞳からは先程の悔恨の色は完全に消えていた。あるのは確かな意思の力。薄い蒼色の瞳が、真剣で確かな強さを持ってユーニスの姿を真っ直ぐに捉えた。タリスはそのまま熱の籠もった口調で言葉を紡ぐ。


「あのような事態を止めたいのです。もしもバラネフ子爵がロイスに自らの都市を売り払い、その結果なにかを求めているのなら――何としてでも止める必要があります。そしてその時に、レッス砦で感じたような後悔はしたくないのです」

「…………」

「信じられないのも無理はありません。僕自身、絶対にこの仮説が正しいと信じている訳ではありません。ですが備える事は必要ですし、充分に出来る事だと思います。――協力して貰えませんか?」


 タリスの言葉にユーニスは首を左右に振った。否定のジェスチャーではない。どちらかと云うと信じられないといった感じだった。それはまるで頭から何かを追い出そうとしているようにも見えた。


「……はぁ」


 そして額に手を当て、ユーニスは重い溜め息を吐いた。


「幾つかいいですか?」


 暫しの沈黙の後、口を開いたユーニスはもう大体元の調子を取り戻していた。口元にも元の事務的な笑みが浮かんでいる。だがその顔には隠しきれない憔悴の色が見えた。


「勿論」

「では、お言葉に甘えて。まず御領主様がロイスに鞍替えを考え、動いているというのはいいでしょう。その為にあの黒尽くめの甲冑という存在を貸し与えられたというのも、まあ納得が出来ます。ですが、その為にとった行動は随分と乱暴で不合理なものではありませんか?」

「そうですか?」


 タリスも元の穏やかな態度に戻り、ユーニスの問いに言葉を返す。


「ええ、最初の事件にしろ、成功していたらコーネスライトがどれだけ被害を受けていたか想像も付きません。更にはケレスター商会において自らの手札を晒してまでの殲滅。またジェフリー・バーギンの捕獲や幹部の暗殺騒ぎなど矛盾する事が多いような気がします」

「ふむ、それほど不思議な事は無いと思いますがね。ロイスにとって要るのはこの場所であって、コーネスライトという都市機能ではない。究極的にはこの都市がアンデッドで溢れるようになっても目的は達せられる訳です。何をやっても不思議はないでしょう。そう考えるのなら、ケレスター商会殲滅を行ったアキム・バラネフの思惑も見えてきます」

「……と、言うと?」


 ユーニスの問いにタリスは軽く肩を竦める。


「最初の計画ではコーネスライトという都市は壊滅する予定だった。それならばケレスター商会という個別の商会など些事だった。だが都市機能が残ったままロイスへ売り渡すという事になれば、当然支配権を強めておきたいでしょう。ましてやあの黒尽くめの甲冑がロイスから貸し与えられたものであるのなら、それを自由に扱えるのは期間限定の特権、使える内に自らの支配権を確立してしまいたいと考えるのは当然だと思います」


 タリスの言葉にはある程度の説得力があったのだろう。ユーニスは暫し考え込んだ。


「……ジェフリー・バーギンについては?」


 やがて投げられたユーニスの問い。

 タリスは小さく頷き答えた。


「そう、彼が鍵です」


 ユーニスは無言でタリスに言葉の続きを促す。


「ジェフリー・バーギンが最初の輸送計画に関わっていたのは疑いの余地がありません。ですが彼がどの程度計画について知っていたかは当初判りませんでした。ですがその後の展開で、彼はかなり事態の核心に近い場所にいる可能性が高くなってきました」

「……生きていたからですね」

「ええ。都市警察の襲撃から逃げられるだけの戦力を保持している。それだけで一介の密輸業者というには少し戦力過剰です。ならば都市警察が捕まえようとしているのも、口封じという可能性が高いでしょう」

「しかし賞金の条件として、ジェフリー・バーギンの殺害は禁止されています。更に私たちなど他の商会に捕縛の協力を求めているのでしょう? 矛盾しませんか」

「前者については可能性が二つあります。一つはポーズであるという事。つまりさっさと殺してしまいたいが、周りに対しての言い訳としてそれをする訳にはいかないという可能性」

「もう一つは、アキム・バラネフにとってジェフリー・バーギンが取り敢えず生きていて貰わなくてはいけない存在である可能性ですね」


 ユーニスの言葉にタリスは軽く頷く。


「ええ。重要な情報を持っているとかその辺の理由で、死んで貰う訳にはいかない。だから捕まえたい。だが用が済んだら生かしておく意味は無い。それが判っているからジェフリー・バーギンは逃げる。こういう構図ですね。どちらにしろ、他者の協力をアキムが求めたのは、捕まえてしまえばどうとでもなると考えたからじゃないですかね。捕まえたら恐らくその身柄は都市警察が預かる事になります。その中の事なら幾らでも捏造できるし、隠蔽できるでしょう」

「…………」


 ユーニスの顔はやはり何事かを考え込んでいる風だ。少なくとも、得心したといった感じではない。


「納得いきませんか?」

「……そうですね。私もファリ商会のトップとして御領主様については当然知っています。それなりに詳しいと自負しています。ですがそんな私でも、彼がここまでの事をやるとは正直想像もしていなかったので……ちょっと納得しがたいです」

「ですが、籠城状態にあったケレスター商会本部を壊滅させたのは事実です」

「…………」


 認めない訳にもいかない事実を指摘され、ユーニスは押し黙る。

 そんなユーニスにタリスは軽い調子で言葉を続けた。


「先程も言ったとおり、別にこの説を完全に信じろなどと言うつもりはありません。そして僕に協力して欲しいと云っても、大した事をお願いするつもりはありません。ただ少し注意し、警戒しておいて欲しいだけなのです」

「アキム・バラネフを……ですか?」

「ええ。そしてもう一つ――ナルミス商会です」


 ナルミス商会とは、コーネスライトの商工会において議決権を持つ七つの商会の内の一つ。

 主に魔具などを取り扱っている商会だ。ロイスとの関係はケレスター商会の次に深い。ケレスター商会が事実上機能停止に陥っている現状では、コーネスライトにおいて最もロイスとの繋がりが強い商会だと言う事も出来るかも知れない。


「……なぜナルミス商会が怪しいと?」

「大体推測は出来るでしょう? ロイスとの繋がりが最も強く、またコーネスライトがロイスと関係を深める事で最も利益を得られるのがこの商会だからです」

「ケレスター商会はどうなんですか?」

「関わっていなかった事は無いのでしょうが、そこら辺は正直よくわかりませんね。総帥は死んでしまいましたし、そして何より総帥が死んだことによって反アルネシア組織にダメージがいったようには思えない。逃亡中のジェフリー・バーギンも、商会本部襲撃時も何の反応も見せませんでした」

「その余裕が無かっただけでは?」

「余裕のない人間は都市政府の幹部などを暗殺したりしませんよ」

「……成る程」


 ユーニスは取り敢えず納得したようだった。

 まあ領主が自らの都市を売り払おうとしているというよりは、こちらの方が納得しやすかったというのもあるのかも知れない。


「結局のところ僕がお願いしたいのは、取り敢えず領主であるバラネフ子爵の指令に従い、ジェフリー・バーギンの捕縛などに協力して欲しいという事。そしてその際、バラネフ子爵とナルミス商会の動向については気をつけて欲しいという事。今のところはこの程度です」


 タリスの言葉に、ユーニスは再び考え込んだ。

 まずタリスの提案についてはデメリットは余りない。どの程度協力するかは事態の流れに応じて決めればよいし、アキムの指示に明確に反しない範囲でも出来る事はそれなりにある筈だ。

 なので問題は、やはりアキムの従属命令の方だ。


 もしこの提案を断る場合、ファリ商会とアキムは完全に敵対する。

 何故ならファリ商会の諜報能力は、アキムにとって自らの傘下に収める事が出来ればその利益は大きいが、もし敵対されれば厄介な事この上ないからだ。味方にならないのなら恐らく滅ぼそうとするだろう。そして今現在、アキムには黒尽くめの甲冑という鬼札がある。

 つまり結局の所、選択肢など無いに等しいのだ。

 ならば下手に抵抗して相手に警戒させる事もあるまい。


「判りました。ファリ商会は御領主様の参加としてジェフリー・バーギンの捜索などに完全に協力しましょう。貴方の御懸念の事についても、出来る限り善処いたします」

「それは有り難い」


 ユーニスとタリスはその言葉と共にお互いに固い握手を交わし合う。

 その後、ユーニスとタリスはもう少し詳しい話を煮詰めていった。

 それは主にナルミス商会に対して、どのような態度を取るかというものだった。

 現状の所、ファリ商会もジェフリー・バーギンの居所を掴んでいない。無論探していくが、最初にどこから始めるかという指針は必要だ。その一つとしてナルミス商会を選んだらどうかと云う事だ。

 そうする事でアキムの目を盗みながら、ナルミス商会と反アルネシア組織の繋がりを探る事が出来る。

 だがユーニス自身は、ナルミス商会への調査についてその必要性を認めながらも、どの程度実効的な調査が出来るのか疑っていた。


 ナルミス商会がロイスと強い繋がりがある事は調査などしなくても判っている。

 では反アルネシア組織と、ロイスとの密貿易を行って儲けている商人との間のどこにボーダーがあるのか。それを資料などを見て一瞬で見分けるのは容易い事ではない。

 ましてやナルミス商会はある意味においてケレスター商会より遥かに裾野が広く、この都市に深く根を下ろしている。

 つまり奴隷売買という商売においてケレスター商会が頭一つ以上抜けていたのに対し、魔具などの販売という分野はそれぞれでトップクラスという商会が幾つかある。ナルミス商会はそれらを纏めてもいる訳だが、それ故に様々な繋がりがこの都市内にある。

 それはケレスター商会のような巨大だが小回りの利かない伝手ではない。草の根、小規模なものの集積だ。

 だがそれ故に、その全体像を把握するのは難しい。ましてやそこからある特定の怪しい動きを見つけ出せと云われても、とてもすぐ出来るような仕事では無いように思えた。

 そして同時に、下手にこのネットワークを刺激すればどこにどう火がつくか判ったものではない。そんな懸念もある。


「……はぁ」


 ユーニスはこれから待ち受ける仕事の困難さに、思わず重い溜め息を吐いた。



フォントサイズを少し小さめに、行間を心持ち広くしてみました。

個人的にはこっちの方が読みやすい気がしています。


後、ぱらぱら見返してみると句読点とか、主語の間違いとか色々文章が荒い点があるようです。

出来ればそのうち直したいと思っていますが、誤字脱字なら兎も角修正は結構時間が掛かりそうなので、取り敢えず切りのよいところまでは書いてしまう予定です。

ご了承下さい。


更についで。

日刊セカンドランキングを見ていたら35ポイントでした。

36から通常のランキングにのっていたので、かなりおしかった。

さりげに残念でした。

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