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第十一話 争奪戦(下)



 空気が変わった。

 ツェーザルはそれをその鋭敏な直感で感じ取った。

 それまでの何処か様子見の混じったものから、触れれば弾けるような緊迫感へと。

 その最も顕著な例が、あのリザードマンだろう。少し前までの何処か迷いを含んだ瞳が、今は小揺るぎもしていない。


 ……何をする気だ。


 ツェーザルはちらりと視線をゴブリンの狙撃手の方へとやる。相変わらずあのゴブリンは白い巨躯の犬に跨りながら、辺りに銃弾をばらまいていた。その機動力と射撃力は脅威だ。捕捉が難しく、油断すれば遠距離からでも一撃で命を刈り取られる。だが逆に注意していれば怖くはない。


 視界内にいる近接戦の戦闘技能者を仕留めるには、適当に銃弾をばらまく程度では無理だ。集中して狙い定めなければ当たらない。だがそんな事をこの状態ですれば、他の相手に接近され斬り殺される。


 局面は既に定まった。

 後は向こうが見せ掛けの希望に縋り、網に掛かるのを待つだけだ。


 ――その筈だ。


 一瞬感じた迷いをツェーザルは押し殺す。既に指示は出したのだ。迷いを見せる訳にはいかない。

 そんなツェーザルの逡巡を感じ取ったのか、カスパルが動いた。


「――惑え」


 一声、そんな風にカスパルは呟く。

 リザードマンの何処か凄みのある口から出たのとは思えぬ、素朴で静かな声だった。その声に、と云うよりもその声と共に活性化したマナの気配に、ツェーザルは舌打ちする時間も惜しんで駆け出した。


 ――矢張り、お前が結界士かっ。


 この屋敷に入ってきた時の幻術はこのリザードマンによるものだった。予想は出来ていた。故に戸惑う事はないが、だからといって放置しておいてよい訳ではない。


「っ!」


 だがツェーザルがカスパルへ駆け寄るその一瞬を邪魔した存在がいた。

 白い騎士甲冑のドローンだ。ツェーザルの右横から体当たりのように身体をぶつけてくる。三人掛かりでも突破されたのか? そんな疑問と共に視線を滑らせれば、一体のドローンが自らの身を投げ出すようにして、ツェーザルの部下の進路を塞いでいる。

 このまま無理をしても、あの結界士のスキル発動を邪魔しきれるかは判らない。ツェーザルはそんな判断を一瞬で下すと、目標を変更する。横合いから向かってくるドローンの突撃を半歩横へずれる事でタイミングをずらし――。


「しぃっ!」


 袈裟に斬り捨てる。

 ドローンは左肩から右脇腹までを斬り裂かれ、あっさりと崩れ落ちた。

 だが時間は稼がれた。あの結界士のスキルの発動は邪魔しきれなかった。

 ……何をされた?

 ツェーザルは神経を集中させ、感覚が限界まで研ぎ澄ます。

 張り詰めた緊迫感。誰かが唾を飲み込む音が聞こえた気がした。


 そこに銃弾の雨が降り注ぐ。

 狙いなど碌に定めていない銃撃だ。範囲にいるのはツェーザルだけでない。ツェーザルの部下達どころか、一部はドローンにも当たっていた。


「ちぃっ!」


 躱し、弾き、防ぐ。

 一つ一つは大した威力ではない。だが一度受ければ体勢は崩れる。あの狙撃手の前でそんな隙を見せる訳にはいかなかった。

 狙いなど碌に定めていない。それは確かだ。

 だがそれが有効ではないと云えば、そんな事はなかった。いつの間にか中空に浮かんでいる幾つものドローン。銃座だけがついたシンプルなものだ。そこから放たれる銃弾は、場当たり的に放たれているように見えて巧みに敵方を誘導していた。

 殺す為の銃撃ではない。牽制の為であり、そして――――?

 思考がとある線を結び、感知野に僅かな違和感を捉える。


「はっ!」


 瞬間、ツェーザルは駆け出していた。降り注ぐ銃弾をまるで無視するような蛮行だ。だがその怪我は驚くほど少ない。


「甘いっ!」


 やがてツェーザルは虚空へ向けて剣を振るった。

 そしてそれによって、それまで隠れていた人物が現れた。カスパルの結界によって姿を隠し、その脇を擦り抜けようと画策した二人。

 一人はツェーザルもその顔は知っていた。捕縛目標であるジェフリー・バーギンだ。

 そしてもう一人は知らない顔だった。

 短めの銀髪が特徴的なまだ幼い少女だ。美しさと云うよりは、まだあどけなさが残っている。だがその瞳は真っ直ぐにツェーザルを捉えており、どこか油断ならないものを感じさせた。

 だが、兎にも角にも目標としている人物は引っ張り出せた。


「まさか銃弾を雨あられと降らして、その空白部分を幻惑で補うなんてな。随分と器用な事をするもんだ」


 だからだろう、ツェーザルの声も自然と余裕が滲み出ていた。無論、油断は無い。だがこのまま詰めていけば、目的を達成できる。そう踏んでいた。

 だがその瞬間。


「――ッ!?」


 爆音が響いた。

 外からのものではない。建物の内部からだ。それも続けざまに幾つもの爆発が様々な場所で連鎖的に起こっている。その爆発で建物が揺れ、辺りに混乱が起こる。


 ――何が起こった!?


 ツェーザルは自問する。その答えは考えるまでもない。仕掛けていた爆弾を爆発させた。その事に疑問の余地は無い。――だが何故だ?

 この程度の爆破を他の場所で起こしたからと云って、此方が動揺するとでも思ったのか?


 困惑したツェーザルが対応を迷う。自らに何の脅威もなく、その意味が分からないこその困惑だった。

 だがすぐにその疑問も氷解する事になる。


「隊長! 外から報告がっ……複数の場所から目標の姿が確認されたようです!」


 入り口の外から部下の一人が駆け足でやって来て告げる。

 その報告を聞いた瞬間、ツェーザルは敵の狙いを察知した。


「くっ」


 そして察知したが故に、笑った。そこには感興と感嘆が籠もっていた。


「随分と小賢しい真似をするじゃないか」


 本命を紛らせたダミーをばらまく。戦術としては基本だ。だがその質が凄まじい。誰の策によるものか判らないが、目の前の相手はみな本物にしか見えない。

 銀髪の少女もジェフリー・バーギンも、そしてあのゴブリンの狙撃手と白い巨躯の犬も。


「……死兵か」


 ツェーザルは刀を突き付け、カスパルへ向かって告げた。

 断言できた。

 他は本物か人形か断言できなくても、このリザードマンだけは間違いなく本物だ。入れ替わる暇は無かった。

 そして恐らく他の人員は囮。人形だろう。

 このような策を取る以上、最も警戒の厳重な場所に突っ込んでくる可能性は低い。だが同時に、もしかしたら、という可能性もある。

 ならば、ツェーザルの取り得る手は二つ。

 一つ目は此処にいる敵を殲滅し、ジェフリー・バーギンを捕らえる事。

 二つ目はツェーザルがこの場を離脱し、敵を追い掛ける事。


 確かに現在はドローンと本物の区別はつかない。だが戦っているところを見れば、その差は判る。どんなに巧みにドローンを操作しようとしても、多数を人間と寸分狂い無く操りきるなど所詮は不可能なのだ。


「しぃっ!」


 だがそこで、カスパルが動いた。ツェーザルに向けてではない。白い甲冑姿のドローン、それと対峙しているツェーザルの部下へ向けて。


「くっ!?」


 油断していた訳ではないだろう。だが目の前のドローンが見せた動きに注意が割かれていた。至近まで接近されると、組み付かれ、その首の骨をへし折られた。

 そこへ銃弾がばらまかれる。先程と同じ空中に浮遊するドローンを使った射撃だ。その弾幕の厚さ自体は変わっていない。だが――。


「ぬるい」


 先程までの計算し尽くされた銃弾のばらまき方ではない。乱雑に只ばらまいただけ。その程度では、かいくぐる事など容易い。

 ツェーザルはドローンの一つに接近するといとも容易く斬り捨てる。ほぼ同時に、部下達も幾つか破壊している。


 ……やはりダミーか。


 あの銀色の髪の少女にしても、ゴブリンにしても動きが雑だ。緊迫した場面でふと動きに迷うような素振りがある。『処理落ち』などと呼ばれている現象だ。

 スペックを最大限に活かせば一流の戦士と同等に戦える人型ドローンも、所詮操るのが近接戦の素人ならその能力を十分に発揮できない。それ故に咄嗟の対応において不備が出る。

 ならば、此処に用はない。ツェーザルが抜けたところで突破される事はないだろう。


「…………」


 尤もそれもこのリザードマンがいなければ、の話だ。

 先程の銃撃の合間に、リザードマンは適切な位置取りを確保していた。前衛に騎士甲冑を模したドローンを二体従え、自らはその中衛で一撃必殺を狙っている。

 その存在は確たる脅威だ。隙を見せればツェーザルとて一瞬で殺される。


「……どうします?」


 そんなツェーザルに対し、近寄ってきた部下の一人が尋ねた。その手には無骨な戦斧が握られている。先程の銃撃でドローンのマークを外してしまい、カスパルとの合流を阻止できなかった一人だ。

 そんな男の問いに、ツェーザルは暫し黙考する。

 それはある意味隙とも言えた。だがその間カスパルが動く事は無かった。新たな結界を発動させようとする事もなくただじっと待った。相手を甘く見ている訳では、無論無い。時間を稼げればそれで充分なのだ。


「他に方法は無い。一刻も早く押し潰すぞ」


 胸に感じる苦々しい感情を押し殺し、ツェーザルは指示を下す。部下の男もそれに対し「了解」と一言だけ返した。

 無視して行動するには、目の前のリザードマンは厄介すぎる。だが同時に、この場で粘られるのが厄介な事態を引き起こす可能性もツェーザルは否定できなかった。

 この建物の周りは包囲されている。例え壁を爆破し、そこから逃げ出すような真似をしても必ず見つかるだろう。そして遭遇した部隊の突破には最低限それなりの時間が掛かる筈だ。

 そこにツェーザルの部隊が間に合えば、それで勝負は決まる。

 だがそこにツェーザルの部隊が到着しなければ――突破される可能性は少なからずある。


「……厄介な」


 ツェーザルの口から思わず呟きが漏れた。

 あの状態からここまで押し込まれるとは思っていなかった。


「はぁっ!」


 そんな中、仕掛けたのはツェーザルの右に控えていた男だ。メイスを握り、白い騎士甲冑のドローンへ向かって駆けていく。それと同時にその背後にいた二人も続く。三人同時に攻撃。教科書通りの攻めだ。常道で、だからこそ防ぐのは難しい。


「――っ!?」


 だがカスパルはそれを意外な方法で凌いだ。

 騎士甲冑の足の間、股の下を潜るようにして前衛と躍り出て、困惑するメイスを握り締めた男の首へその腕を絡めた。後は一瞬だった。軽く鈍い、そんな表現しがたい音が響き渡る。頸骨が折られたのだ。同時に神経もねじ切られている。即死だ。


「ちぃっ!」


 遅ればせながら援護に入るツェーザル。だが死体を盾にして時間を稼がれる。そしてカスパルは、来た時と同様にあっさりとドローンの後ろに戻っていった。


「……厄介な」


 ツェーザルはもう一度同じ言葉を呟いた。

 此処に来て相手は素手の長所を活かし始めた。それは即ち攻撃の多彩さだ。これは単純に様々な部位から攻撃できるというだけではない。無手の達人は、関節技や絞め技を使う事で剣などの間合いの内から必殺の一撃を繰り出す事が出来る。その動きの自由さが無手の最大の武器だ。


「…………」


 状況は先程と変わらない。

 白い騎士甲冑のドローン二体の後ろに、リザードマンの拳士が一人。

 ただ先程攻めていった仲間が一人死んで、倒れている。

 同じように攻めていけば、同じように犠牲が増え、結果として時間が掛かる。


「おい、ヤーコフ、レフ、それにアズレト。こっちに来て手伝え。一気に決めるぞ」


 暫しの黙考の後、ツェーザルは決断を固めた。

 ツェーザルの部下の中でも精鋭と言って良い三人を呼び戻し、一気に決める。それに応じるつもりなのか、ゴブリンや銀色の髪をした少女のドローンがカスパルの後ろへ控えるように移動した。もうばれても気にしないのか、それともその余裕も無いのか。その動きはもうドローンと一目で判るようなものだった。


「……ふぅ」


 カスパルは大きく息を吐く。

 ツェーザルは勝負をかけてくるらしい。カスパルはそれに対し、時間を稼げば役割を果たした事になる。ほぼ決死の殿、捨て駒とすら言える。

 だがカスパルはその役割自体にはそれほど不満は無かった。

 そもそも最初の接触で手傷を負ったという負い目もある。そしてそれ以上にベルンやカルロッテの身代わりとなって死ぬのが、カスパルのような戦士の役割だという事もある。そして何より、仲間たちが見ている。ドローンを通じて、共に戦いながら最期を看取られる。情けない所は見せられない。不満の持ちようも無い。


 しかしこの殿としての役目が貧乏くじである事も確かだ。

 ならば、我が儘の一つくらい許されるだろう。

 時間稼ぎだけでない。


 ――この男は此処で殺す。


 カスパルは瞳に力を入れて、ツェーザルの方を射抜くような視線で見詰めた。

 仲間はドローンが何体かだけ。どうせじり貧だ。ならば向こうが勝負を仕掛けてくるのに乗じて、敵の親玉の命を狙うのも悪くはない。

 問題は、カスパルでは念話による複雑な意思疎通は出来ないと云う事か。

 作戦はある。だがそれを、遠距離でこれらのドローンを操作しているカルロッテと打ち合わせなしに実行できるか。


「はっ!」


 出来るに決まっているだろう、そんな事。

 カスパルは呼気のような笑いを漏らすと、白甲冑のドローンの後ろから、その甲冑を足を使って押し出した。


「っ!?」


 それほど力を込めた訳ではない。だが、操作しているカルロッテは途中でカスパルの意思を理解したのだろう。抵抗もなく動いた。だが相手方は反応が遅れた。ツェーザルがカスパルを仕留める為に用意した人員の内、二人がドローンの突撃に巻き込まれる。

 それとほぼ同時、もう一体のドローンも動いた。大きく足を踏み出し、ツェーザルの方へ向かって駆ける。

 用意された人員の内の一人――アズレトは当然それを阻止しようと動く。だがそこに牽制の銃撃が浴びせられた。

 その瞬間をカスパルは見逃さない。


「ふっ!」


 カスパルはツェーザルに向かったドローンを追うようにして駆ける。

 本来なら向こうの方が数的にも質的にも有利だ。このまま普通に続けていけば磨り潰されるだけだ。だが今この一瞬に限れば、状況はカスパルとドローン一体に対し、敵はツェーザルのみ。二対一で数的に有利に立てる。


 ――まずドローンを盾としてぶつける。そしてその股の間から、ほぼ同時に仕掛ける。


 ドローンを止めようとすれば、その隙をカスパルが突く。

 カスパルを止めようとすれば、ドローンによってそれを妨害し、その隙をカスパルを突く。


 どちらにしろ同じ事だ。ドローンを盾に隙を作り、その一瞬を狙い打つ。

 ある意味、ドローンを利用した戦術の常道ともいえる方法だ。金属の塊とも云えるドローンは精密な動作には向かないが、耐久性という意味では人間を大きく上回る。そしてそれに操作者が魔力をつぎ込む事によって、ドローンは不壊の盾に成り得るのだ。

 カスパルと騎士甲冑のドローンというのは、このような攻撃をするのに最適な組み合わせだった。

 防御と単発の攻撃力に優れた人型ドローン。そして本来あり得ぬ不自然な体勢からでも致命の一撃を放てる拳士。無手の体捌きに特化した拳士は、武器を持った戦士では不可能な程にドローンと密着し合わせて動く事が出来る。それはほぼ同体と云っても過言では無かった。だが――。


「しぃ――――っ!!」


 通用しない。

 カスパルの命すら賭した渾身の一撃は、身も蓋もない程に単純明快な一閃の前に打ち破られた。

 上段から落雷のように振り下ろす唐竹割り。ドローンも、そしてカスパルも反応しきれない紫電の如き一撃。

 ドローンが左肩から真っ二つに斬り裂かれ、カスパルも同様に左肩から真っ二つに斬り裂かれた。

 魔力を込め防御を堅め集中する。だがそんな事など知らぬとばかりの問答無用の一撃だった。防御体勢になったドローンの左腕も、その刃を妨げる用は為さなかった。

 そしてそれはカスパルの場合も変わらない。反応する事も出来ず、左肩から左大腿部までを切断された。左手首もついでとばかりに巻き込まれ切断された。


「…………ぇ?」


 カスパルの口から呆然とした声が漏れる。

 何が起きたかと判らぬとその瞳が告げていた。カスパルは自らの斬り裂かれた左肩を見て、そしてそれを為したツェーザルの方を見る。その眼差しはまるで答えを求めて縋っているようにも見えた。

 やがてカスパルはバランスを崩し、前のめりに倒れ込む。切り離された左半身がまるで使い捨てられた玩具のように地面にばらまかれ、その傷口からは大量の血が噴き出した。


 ――――っ!


 為した当人を除けば、最も早く我を取り戻したのはドローンを操作していたカルロッテだった。ドローンの向こう側で、血を吐くような呻きが漏れる。

 勝算が無い訳ではなかった。

 だが、甘かった。

 敵の戦力の見積もりが甘かった。ドローンの操作が甘かった。戦術そのものが甘かった。

 カルロッテは歯噛みし、痛感する。

 やはり遠隔操作では限界があるのだ。

 観測などは問題ない。簡単な動作についても不自由なくこなせる。だが格闘戦ともなると、些細な差が生死を分ける。

 相手の力量が無線越しでは読みにくい。カスパルのように、メイジのスキルを持たない者との意思疎通が難しい。そして多数のドローンを操作する事によって一体の動作の精度はどうしても落ちる。


 ――だが、せめて一矢だけでも……っ。


 切り札は失われた。最大の勝機はもうない。だが諦める訳にはいかない。

 カルロッテは残っていたドローンに指令を出す。

 騎士甲冑のドローンは他の連中に押さえられている。だが、カルロッテやベルンの姿を模した生体ドローンは比較的自由に動ける。戦闘力という意味では騎士甲冑のドローンに一歩劣るが――。


「甘い」


 無為だった。

 生体ドローンによる接近してからの自爆。元々機密保持の為に備え付けていたものだが、ツェーザルはそれをあらかじめ知っていたかのような動きでそれを凌いだ。向かってくる生体ドローン相手に自ら近付く事で虚を突き、蹴り飛ばす事で距離を取る。後は遠距離攻撃を行う部下とスイッチ。

 生体ドローン達は誰も巻き込む事もなく、爆発した。

 爆音が響き、粉塵が舞う。ぱちぱちと火花が散り、熱気がセンサー越しに感じられる。


「……ふぅ」


 そんな中、ドローン越しに聞こえてくるツェーザルの吐息がやけに耳に残った。





 魔素を吸収する事で、人は超常の力を得る事が出来る。

 だが誰もが同じ力を振るう事が出来るようになる訳では無い。吸収した魔素の量や性質。訓練や経験。そして個人差によってその発言できる力は変化する。

 だがこの大陸の社会はそんな『力』に大きく依存している訳で、当然それを定量的に計測したいという需要は強かった。

 それ故に様々な評価方法が開発されてきたが、現在ほぼ共通で用いられている基本評価方法が、五つのパラメータを使用するものだ。

 どれだけ魔素を吸収したかを表す【位階】。

 接近戦でどれだけ有効に魔素を活用できるかを表す【白兵】。

 遠距離にある魔素にどれだけ干渉できるかを表す【射撃】。

 魔素をどれだけ精密にコントロールする事が出来るかを表す【精神】。

 魔素とどれだけ感応し、協調させる事が出来るかを表す【感覚】。


 例えばドローンの操作には、まず最も重要なのが【精神】だ。精密な魔素の制御が出来なくては、ドローンはまともに動かす事も出来ない。

 無線で遠距離通信を行う念話に必要なのは、何よりも【射撃】だ。もしも念話において感情だけではなく、会話などを実際に行いたい場合は【精神】の能力も重要となる。


 そしてカスパルは力の精密制御、つまり【精神】の能力が低かった。それ故にカルロッテとの連携にどうしても不備が出た。

 尤もこれは珍しい事ではない。【白兵】の能力を優先的に伸ばしていく戦士は、大抵【精神】が低い。優先順位が低いのだ。

 そんなタイプの戦士と対照的なのが、カルロッテであり、ベルンである。

 彼らは逆に【白兵】の能力が低い。

 そして【白兵】の値が低い者は、戦闘という行為に向いていない。

 これは本来戦闘が本職ではないカルロッテは元より、狙撃手であるベルンとて例外ではない。

 それ故に、ベルンはアスクという相棒を持っている。それによって機動力を確保し、近接戦の不得手さをカバーしているのだ。


 だがそれも、このような状況では充分に活かせているとは言えなかった。


「ちっ!」


 ベルンは舌打ちと共に中空にドローンを並べる。盾と銃、そして銃座が組み合わさったようなドローンだ。ベルンはカルロッテのように人型ドローンを操れるほどにこの手の事に熟達している訳ではない。だがこの程度のシンプルなドローンならば充分に操れる。

 銃の口径はかなり大きく、それに伴い銃身も太かった。それは銃と云うより小型の砲と云った方がよいサイズだ。事実、発射するのも通常の小銃弾などでは無い。着弾時に辺りに小型の鉄球や有毒ガスなどをばらまく榴弾だ。

 それらを適当に狙いをつけて斉射する。建物の庭を挟んで向こう側の建物に潜んだ敵へ向けて、次々と弾をぶつけていく。だが根本的な人数が違う。十発撃つ毎に五十発は撃ち返されてきていた。

 そもそも位置取りが向こうに有利なのだ。三階建ての幾つもの部屋から向こうは此方を狙い打つ事が出来る。それらの窓にベルンは次々と榴弾を撃ち込む。


 爆破によって作り出した他の出口からも、ダミーの生体ドローンを逃亡させている。だが連中とて馬鹿ではない。この出口にいる勢力の反撃が激しい事には直ぐ気が付く。そこから包囲網が敷かれるまで、そこまでの猶予はない。

 だが中々先へ進めなかった。


 現在ベルンはアスクに跨り、そしてカルロッテはジェフリーと共に多脚戦車型ドローンに搭乗している。そして左右に駆けつつ、攻撃拠点を潰し地道に前進を目論んでいた。

 だが榴弾を窓を通して部屋の内部へ着弾させても、それで敵の戦力が減少する訳ではない。精々しばらくの間だけ攻撃が不可能になる程度の効果しかない。


 ドローンを操作し、狙撃銃を自ら構え、敵の戦術拠点を効果的に潰していく。それによって開いた穴を利用し、距離を縮める。今は兎に角、接近する事だ。それしか無い。

 しかし、厳しい。

 ベルンは苦いものを感じつつ、それを認めた。

 時間がないのだ。いつ包囲が完成するか判ったものではないのだ。一刻も早くこの戦線を突破しなくては、脱出の目はない。

 ベルンはちらりと、多脚戦車の方へ視線をやった。


 カルロッテは目を閉じ、顔を俯かせ一心不乱にドローンの操作を行っている。ダミーも合わせればかなりの数を同時に操作している事になる。どう考えても限界を超えている。長くは保たない。


 ……どうする?


 ベルンが歯噛みをして状況を打開する策を練る。

 その間にも、ベルン達には種々の攻撃が降り注いでいる。辺りには爆音が絶え間なく響き、着弾した魔導の光が宵闇を明るく染め上げる。相手に狙いを定めて狙撃銃を撃つような余裕もない。カルロッテのフォローをする為にドローンの盾を移動させたり、相手の攻撃を防ぐ為に榴弾を発射したりするので精一杯だった。

 そんな時だった。

 それまでずっと瞳を閉じ顔を俯かせていたカルロッテが顔を上げた。その突然の動きに、同乗していたジェフリーが怪訝そうな顔をするのが視界の端に映る。


 ……なんだ?


 ベルンは一瞬だけ疑問に思う。

 だがすぐに気が付く。それは予感していたのかも知れないし、僅かにドローン操作の余裕を取り戻したカルロッテを見たからかも知れない。


 ――カスパルが死にました。敵の損傷は軽微です。


 直ぐにそんな念話が飛んでくる。


「…………」


 一瞬ベルンは返す言葉を迷った。予想できていた事ではあった。予想より早かったからと云ってそれは変わらない。だが一体何を返し、何を感じればよいのか。


 ――……そうか。


 結局出てきたのはそんな言葉だった。

 そしてそれだけで充分だと思った。言葉を尽くしても自分の責任が軽くなる訳でもない。そして今は悠長に悔恨しているような時では無い。目の前の事態に全力を注がなければ、そもそもこの場を生きて切り抜けられない。


 ――カルロッテ。

 ――なんです?

 ――他の場所のドローンの操作を全て捨てろ。此処に集中して短期突破を計る。

 ――……了解しました。


 どうせ暫くしたら、この場所に追撃部隊が殺到する。そうなったら一巻の終わりだ。


 ――ドローンの制御は任せた。俺は敵の戦力を減らす。

 ――了解。制御は引き受けます。いつでもどうぞ。


 それはカルロッテも判っているのだろう。意思の疎通は一瞬だった。


「わうっ!」


 ベルンが手に持った狙撃銃のボトルを操作し次弾を装填するとほぼ同時、アスクが一声吼えた。それによって中空に幾つかのドローンが現れる。先程までベルンが制御していたドローンに似ている。だが先程までのものと違う点が二つ。新たに現れたドローンには盾が無く、銃口の口径も先程のものより小さかった。

 だがそれは殺傷力が低い事を意味しない。これは狙撃銃だ。ベルンの最も得意とし、知悉した銃だ。


「くっ」


 ベルンは喉の奥を鳴らして笑った。耐えきれぬと云うように零れ出たその笑みは、どこか歪んだものを含んでいた。

 狙撃銃を持つ時はいつも感じる高揚感。それがベルンを包んでいた。

 ベルンは感知野を広げていく。それも全体に広げていくのではなく、相手の方へ鋭く絞って広げていく。やがて感知野が相手の存在を捉える。まだ相手は気付いていない。ここで気付かれては狙撃は八割方失敗だ。同様に次々と目標の存在を捕捉する。

 青年と云った頃の年代。体付きは細い。魔素を操る精度はそれなり。武器はクロスボウ。――頭を撃ち抜く。

 中年の男。体付きはがっしりしている。重装歩兵に守られている。恐らくは指揮官。武器は持っていない。――頭を撃ち抜く。

 若い女。体付きはほっそりしている。弓兵。此方を捉え、真っ直ぐに矢を番えている。――頭を撃ち抜く。


 捕捉し終わった順に撃ち殺していく。男も女も関係ない。守られていようが、武装していようが、只ひたすらに撃ち殺していく。

 此方へ向かってくる攻撃など気にもとめない。ベルンの身を守るのは、今はアスクの仕事でありカルロッテの分担だ。もし彼らがしくじったら――死ぬ。

 恐らくベルンはそれに気付きもしない。だがそんな状況には慣れている。慣れ親しんでいたと言って良い。


 ――狙撃手は戦闘などしない。


 どこまでも一方的に殺し、どこまでも一方的に殺される。

 それが狙撃手だ。


 障害物に隠れたところで無駄だ。壁の後ろに隠れ有視界の範囲から逃れたところで、捕捉から逃れる筈もない。そして碌に強化もしていない壁など、大した障害になりもしない。――ベルンが放った銃弾は壁を貫通し、目標の頭を射抜いた。

 爆音。頭の直ぐ傍を通り過ぎる弓矢の風切り音。急速に揺れ動く視界。常に感じる振動。そんなものも、今はまるで気にならない。

 感じるのは、感知野に触れるターゲットの存在だけだ。

 感覚がどこまでも鋭くなり閉じていく。それに伴い相手の存在が明確になっていく。体付きや装備、そしてその力量だけでなく、息遣いや感情までもが理解できてくる。

 それは歪んだ全能感をベルンに感じさせた。





「……逃げられた、か」


 ツェーザルは目の前の光景を眺めながら小さく呟く。

 壁は爆破によって完全に破壊され、まだ微かに焦げた匂いが漂っていた。綺麗に整えられていた庭は、脱出を阻止しようとした攻撃で荒れ果てている。

 既に夜は白み始めていた。無論、寝ている暇など無い。これから事情の説明に行かなくてはならないだろう。

 作戦の結果を考えると、それを報告しに行くのは流石にツェーザルにとっても気が重い仕事だった。


 結局の所、ジェフリー・バーギンの捕獲には失敗した。

 護衛として姿を見せた人間もリザードマンの拳士以外は仕留める事が出来ず、結局の所、完敗と言って良かった。結局あのゴブリン達は壁を破壊した場所から脱出。包囲線を突破した逃亡した。勿論すぐに追撃を掛けたが、そこは政治的な理由で封鎖できなかった区画が近く、結果として取り逃した。


 ――敗因は何だったのか?


 ツェーザルは苦いものを感じつつ、自問する。

 一つ挙げるとすれば、それはあのゴブリンの判断の速さだろう。

 あそこで入り口からの脱出を捨て、咄嗟に壁を破壊しての脱出に切り替えるとは思わなかった。ましてや仲間の一人を犠牲にして、だ。

 タイミング的にも、ぎりぎりだった筈だ。

 壁を破壊して監視線を突破する。だがそれは見つからざるを得ないし、見つかれば戦闘にならざるを得ない。そして戦闘になってしまえば、時間が掛かる。それを察知したツェーザルが背後から追撃を掛けてくるのは分かり切っていた筈。

 そこまで殿となったリザードマンを信用していたのか。

 だがそのリザードマンがいなくなった時点で、足止めをほぼ完璧に諦め早期突破に賭けた。この判断も非常に速かった。

 常識的な戦術指揮ではない。

 厳しく、苛烈で、狡猾だ。

 その指揮について考えるツェーザルの脳裏に、あのゴブリンの姿が思い起こされた。

 無骨な円形の黒いバイザーを掛け、体躯には不釣り合いな程巨大な狙撃銃を携えた、ゴブリン。


「……やるものだ」


 ツェーザルは呟くように独りごちながら、認めた。

 自分は戦術指揮において、あのゴブリンに負けたのだと。



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