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第十話 争奪戦(上)



 夜の冷えた空気が辺りを包んでいる。

 周辺に人の気配は無い。みな息を潜めてジッと禍害が過ぎ去るのを待っているようだった。

 そこに無言で男達の集団が進んでいく。その手に携えているのは様々な種類の武器だった。剣を持っている者も、槍を持っている者も、弓を持っている者もいる。

 だがみな比較的軽装である事だけは共通していた。そしてその醸し出す雰囲気も。


 強いて言葉にすれば、それは暴力的な雰囲気だろう。だが粗野な感じはしない。寧ろ洗練されていた。

 それがいたずらに振るわれる事など無いだろう。それは簡単に判る。だが同時にそれでも何処か威圧感を覚え、押されるような感じを受ける。

 そんな集団だった。


 ツェーザル・バッハマンが率いる小隊だ。少なくともメインはそのメンバーだった。

 今回の襲撃に当たっては、ツェーザルは実際に建物に襲撃を仕掛けるメンバーを厳選する事から計画を始め、余分な増援を拒否した。

 数さえいればいいというものではない。

 特に相手が少数の場合はそうだ。それをツェーザルは、今までの経験から痛感していた。


「…………」


 やがて襲撃する建物の前へと着く。

 外から見た限りでは、荒れた下級貴族の屋敷といった感じだった。

 ツェーザルは自身が先頭となって入り口へと向かう。窓から隠れて侵入するなどそのような小細工はしなかった。それが通用する相手ではないと云う事もあった。そもそも目的の人物が何処にいるのかまだ掴めていないという事もあった。

 どうせ探している内に相手にはばれる。なら最初からばれたところで大した違いはない。


「ふむ」


 どうやら扉までの間に罠などは仕掛けられていなかったようだ。簡単に建物の入り口へと着いた。扉は当然閉められている。横にいた部下に目線で問い掛けるが、どうやら無理らしい。首を左右に振って、解錠には時間が掛かる事を告げられた。

 そこで、ツェーザルはあっさりと言い放った。


「構わん。ぶち破れ」

「……いいんですか?」

「ああ」


 疑わしげな部下の言葉に、ツェーザルは簡単に頷く。


「では」


 その言葉に従って、部下達は動き始めた。扉を打ち破るのに適した武器を持った者たちが前方へと集まる。斧やメイスなど、対装甲に強い効果を発揮する武器の使い手達だ。


「せぃ――っ!」


 そんな掛け声と共に扉は壊されていく。流石に頑丈だが、それでもそこまでではない。ものの数分で扉は完全に破壊された。

 ツェーザルはその様子をずっと見守っていた。だが緊張は解いていない。解ける筈もない。最初に失敗した襲撃部隊はリザードマンの拳士と、狙撃手によって撃退された。今も何処からか銃弾が飛んでくるか判ったものではない。

 そしてそれは罠についても同様だ。敵地に忍び込むのだ。罠などが幾ら仕掛けられていても不思議ではない。

 だがそれも今のところは見られない。


「…………」


 その理由はツェーザルにもよく判らない。だが、今は進むしかない。

 壊された扉からツェーザルは中へと入った。小隊の人間がそれに続いた。その次にウォルトとその護衛。最後に後方を警戒していたツェーザルの部下の部隊が続く。

 建物の中は荒れており、人の気配は殆ど無い。


 ……いや、違う?


 巧妙に偽装されているが、何者かの存在は確かにある。そしてこの建物も荒れているように見せているが、実際はかなり手が込められた造りになっているようだ。


 ……これに気付いたのか。


 ツェーザルは胸中で感嘆の声を漏らす。このような場所に隠れていた人間を覚えていた魔力の波動を頼りに探し出す。言葉にすれば簡単だが、容易に成し得る事ではない。ツェーザルはウォルトの評価を引き上げた。

 建物の内部は正面に上階へ続く大きな階段があり、入り口付近はちょっとした広間になっている。左にちょっとした部屋が、右に廊下が続いており、その廊下の奥に地下へと繋がる階段がある。

 ここまでは事前の調査で判っていた事だ。


 ……さて、これからどうなるか。


 出来れば入り口付近で敵を仕留めてしまいたい。そして敵方にしてみれば、自分のペースで動ける内に相手の数を減らしておきたい。そんな所だろう。ならば此処で仕掛けてきても良さそうなものだが。

 ツェーザルは感知野を広げていく。生きている敵は感知できない。だが何処か反応がおかしい?

 視線をちらりとウォルトへ向ける。その顔にはどこか怪訝そうなものが浮かんでいた。

 突然、背筋に冷たいものが走る。


「しぃっ!」


 次の瞬間には、腰に差してあったナイフを全力で投げ付けていた。方向は勘だ。だが確信があった。視界には何も映っていない。気配も感じない。だがどこか感じる違和感。


「――ちぃっ」


 舌打ちが聞こえた。

 ツェーザルのものではない。またツェーザルの部下のものでもない。ツェーザルがナイフを投擲した辺り、それは確かに虚空から聞こえてきた。そして微かに感じる血の香り。


「ふんっ!」


 姿そのものはまだ隠蔽している。そして気配も消している。だがそれは蟻の一穴だ。ツェーザルは続けざまに投げナイフを二つ、三つと投擲する。今度のは最初の物と違い、小さな投擲専用のものだ。急所にでも刺さらなければ一撃で仕留める事は出来ないだろう。だが取り敢えずは充分。


「感覚に干渉を受けている! 対抗スキルを持った者は至急合わせろっ! 無い者は警戒を続けろ!」

「探知を行う人間には決して敵を近づけるな!」


 ツェーザルの部下たちは既に動き始めている。その動きには無駄はない。ツェーザルは満足して一つ頷くと、腰から刀を抜いた。冴え冴えと美しい刀身が露わになる。

 この大陸において刀とは、余り一般的に使われているとは言い難い。

 その理由は様々なものがある。魔物相手の蛮用に向かず、手に入れるのが難しく高い。

 だがその割によく知られており、一部で根強い人気があるのも確かだ。

 その理由の一つとして、対人戦におけるその強さがある。小回りの良さと、切れ味。熟練した刀使いはフルプレートを着込んだ重戦士さえ真っ二つに斬り裂くと云われている。

 そんな所から、刀使いについて一部で膾炙している説がある。

 曰く――対人最強。


 ツェーザルはそんな説を本気で信じている訳ではなかった。

 武器の強さなど場合によって変わるし、そもそも同じレベルの刀使いと重武装の戦士が戦ったらどちらが勝つかなどやってみなくては判らない。

 だがその俗説とも云える『対人最強』というフレーズに、何の感慨も抱いていないかと云えば、答えは否だ。


 これまでずっと刀使いとして生きてきた。

 それが一番優れていたからではない。使いやすかったからではない。役に立ったからではない。

 寧ろ逆だ。

 高く、手に入りにくく、扱いを間違えれば些細な事で折れる。

 だがそれでも刀を使い続けてきた。その理由はツェーザル自身にも分からない。だがそれが合理と程遠い場所にある感情だという事は気付いていた。

 ならば『対人最強』等という御題目に無感動でいられる筈もない。


「このまま隠れていてもじり貧だろ? とっとと――」


 そしてそれ故に、こんな場所で対人相手に負ける訳にはいかなかった。


「出てこいよっ!」


 瞬間、ツェーザルが駆け出した。

 手には愛用の刀を下段に構え、目は虚空の一点を捉えている。そこには何もない。少なくとも何も見えない。だがツェーザルにはその姿がはっきりと感じ取れていた。


「しぃっ!」


 下段から掬い上げるような逆袈裟の一撃。だが手応えはない。姿もまだ見えず、気配も余り感じ取れない。隠蔽スキルだけではない。少なくとも姿が見えないのは別のスキルだ。

 このままでは不利な戦いは免れない。だがツェーザルは焦っていなかった。何故なら、数が違う。

 数の差は、そのまま取り得る戦術の差でもある。

 無論、量を圧倒する質というものは存在する。だがこの結界はそのレベルではない。優れているが、ツェーザルの隊の人間なら対処できるレベルでしかない。

 ならば、このまま盤石に進めていけばよい。


「……くっ」


 軽い呻き声。

 それは苦悶の声というよりは、自らの不利を悟った故のものだろう。だがその声と同時に、視界を誤魔化していた結界が解除されていく。

 やがて現れたのは、予想していた姿ではなかった。

 情報にあったリザードマンの拳士ではない。ゴブリンだ。黒く無骨な円形のバイザーでその瞳を隠したゴブリンが、手に拳銃を持ちツェーザルを警戒していた。その傍には小さな虎ほどもある巨大な白い犬の姿がある。


「――ぐぅっ!」


 瞬間、呻き声が響いた。

 先程のゴブリンの声とは違う。明らかに苦悶の色が感じられる声だった。横目で見遣ればリザードマンがその拳を小隊の部下に振るっているのが見える。


 ……どうする?


 ツェーザルは敵の戦力を推測する。

 恐らく厄介なのはゴブリンの方だ。報告にあった狙撃手とはこいつの事だろう。今も背に狙撃銃を背負い、手にはリボルバーを装備している。だがそれ以上に気になるのは、傍に控えている白い犬だ。明らかに普通のサイズではない。放つ威圧感もかなりのものだ。いわゆる魔獣などと呼ばれるものだが、見たところあのゴブリンはそれをまるで意のままに操っている。

 あの魔獣が仮に人間並の知能を持っていたとしても有り得ないレベルだ。明らかにテイマー技能の恩恵によるものだろう。

 そしてもしそうならば、あのゴブリンの戦闘スタイルも予想がつく。


 ――ドラグーン。


 竜騎兵とも云われ、銃の攻撃力と騎兵の機動力を併せ持つ兵種だ。

 ツェーザルの連れてきた兵士は基本的に接近戦を得意とするものが多い。捉えきれないと厄介な事になる。

 それに比べれば、あのリザードマンは扱いやすい。結界を張っていたのがあのリザードマンだとしても、複数で掛かれば時間は稼げる。ツェーザルならば単独でも優位に戦いを進める事が出来るだろう。


 ……だが、これだけか?


 ツェーザルの胸中に納得しきれないものが浮かんだ。

 最初の襲撃で拳士と狙撃手の存在は割れていた。ならば次にはそれに対応できるだけの戦力が投入される事は、向こうにも読めた筈だ。対策を取りたくてもどうしようもなかった? そんな事は無い筈だ。何故ならもし増援の当てが無いのだったら、最初の襲撃の後に逃げ出せば良かった。逃亡が厳しくてもそのままじり貧になるよりマシだっただろう。だがそんな事もせずにこのように迎え撃っておいて……これだけか?


「ちっ」


 ツェーザルが軽く舌打ちする。

 予想はつかないが、今は乗るしかない。


「そのリザードマンは俺が相手をする! 他の十五名ほどであのゴブリンを押さえ、残りは探索を進めろ! 連絡は絶やすなよ!」


 指示を叫び、ツェーザルは慎重に反応を窺う。部下のものではない。相手の反応だ。だが相手はその指示を聞いて、特に焦った様子を見せない。リザードマンは真っ直ぐにツェーザルと向かい合うように構え、ゴブリンは向かってくる敵と距離を取りつつ牽制の射撃を放っている。


 ……嫌な感じだ。


 ツェーザルが胸中で呟く。

 戦力が分散されている。それは間違いない。だが此方もそうせざるを得ない。

 それが相手の思惑だと、薄々判っていてもだ。





 タリス・マンチェスという男に従っている部下というのは、それなりの数が存在する。

 その中で多いのが、亜人だ。

 ゴブリン、エルフに始まり、トイヤード、ドワーフ、オークなど、様々な亜人がタリスに忠誠を誓っている。この理由は簡単で、迫害されている自分たちの種族の立場を良くしたいという思惑とタリスの目的が一致した為だ。

 だがそれ故に、コーネスライトなどの都市で動けるタリスの部下というのは非常に数が限られているのが現状だ。

 なにせ亜人はその名の通りヒューマンではない。それ故に外見でどうしても目立つのだ。

 それ故にコーネスライトなどで動けるのは、隠蔽系のスキルを高いレベルで所持しているベルンのような存在か、エルフであるソフィアのように街中でもそれほど違和感のない種族の出身であるしかない。


 タリス自身もそれは充分に判っていた。

 そしてそれでは色々と不便な場面が出てくるという事も当然予測していた。

 だがだからといって、簡単にそれを解決できる訳もない。何故なら数とは最大の力の一つだ。それを覆すにはそれだけのものが必要となる。

 タリスがいれば、話は簡単だろう。

 圧倒的な個の暴力。対多数に特化した魔導。地の利を最大限に活かす技能。

 並大抵の集団ならば逆に圧倒する事が可能だ。

 だがタリス以外の者はそうではない。カスパルにしろベルンしろソフィアにしろ、そこまで規格外の力を持っている訳ではない。

 ならば、どうするか?


 ――チップを積み上げ、賭けに出るしかない。


 ベルンは札を切る事を決めた。


「わうッ!」


 戦場には場違いにも思える吠え声が響く。

 低く重く凛々しい。だがそれは戦場の狂気とは相容れないもののように思えた。

 だからだろう、ツェーザルの部下達も一瞬戸惑う。その視線が自然と白い巨躯の犬に吸い寄せられ、そしてそれが何らかのスキルであった事に気付くのが一瞬遅れた。

 ツェーザルもその例外ではなく、リザードマンの拳士――カスパル・ブリーゲルはそれを見逃さない。

 その隙を突き、一歩踏み込む。


「はぁっ!」


 鋭い呼気と共に繰り出された正拳。水月辺りを狙った中段突きだ。躱せば次撃へと繋ぐ。身体を硬化させて耐えたとしても同じ事だ。投げ、掴みを組み合わせれば、格闘という技術の連撃の多彩さは他の武器の比ではない。相手が手練れだとはいえ、自分のペースに追い込めば勝てる。カスパルはそれを確信していた。だが――。


「しぃっ!」

「――っ!?」


 ツェーザルはそのいずれの行動も取らなかった。身体を大きく捻るようにして、素手の間合いにも関わらずその刀を振るってくる。下から掬い上げてくるような逆袈裟斬り。カスパルの腰の左上から右肩まで、何もしなければ真っ二つに斬り裂くだろう。距離は近い。後ろに下がっていては間に合わない。左右に避けても躱しきれない。それ以前にカスパルは既に攻撃の態勢を取ってしまっている。それを止めて回避に移っていては、どうしても一瞬の遅滞は免れない。

 呼吸を完璧に読まれたのだ、と気付いた時には遅かった。不意を突いた。それは確かだ。だがそれによって出来た隙はカスパルが期待した程のものではなく、カスパルにその刹那を狙い打つだけの技量が無かった。ならば――っ!


「くぅっ!」


 カスパルは歯を食い縛り、一瞬で覚悟を決める。そしてその正拳を、紫電のごとき鋭い一閃へ向かって真っ向から叩き付ける。

 距離は近い。鍔元に近い部分ならば、その一撃も万全には程遠い。そんな期待にも似た推測に賭けて、カスパルは動いた


「――っ!」


 やがて右拳に激しい衝撃と鋭い熱が走る。全力で硬化を掛けていた右拳は断ち切られ、手首近くまで刃が食い込んでいる。痛みよりも、熱さと、そして本来有り得ない場所に感じる異物感。それらに対して困惑にも似た感情が湧き上がってくる。

 だが、そんな暇は無い。刀はまだ拳に食い込んでいる。筋肉を引き絞り、抜けにくくする事は出来る。そして距離は近い。至近と言って良い。ならば、まだ勝機はある。

 カスパルは左拳を握り、動こうと――。


「ふっ!」


 だがその瞬間には、既にツェーザルは動いている。いつの間にか、左手は刀の柄から放されていた。代わりにその手に握られているのは、やや大振りのナイフの柄。順手に握られたそれが、確かにカスパルを狙い放たれていた。


「ちっ!」


 死角から右の脇腹を狙い放たれた一撃を、カスパルは全力で飛び退く事で何とか躱す。右拳から刃が引き抜かれ、鋭い痛みが走り血が飛び散った。

 だがナイフの一撃は何とか躱しきる事が出来た。だがそれでツェーザルの攻撃は終わらない。

 ツェーザルは左手に持ったナイフをそのまま飛び退いたカスパルへと投げる。絶妙のタイミングで放たれたそれは回避できるようなものではない。そして右腕は動かない。


「――っ!」


 カスパルは飛んできたナイフを左腕の上腕部で受けた。皮膚を貫き、肉を破り、血が流れる。だがそれほど深くはない。まだ左腕は動く。問題はない。

 しかし負傷した事は事実だ――どうする?

 カスパルの思考に一瞬の逡巡が生まれる。

 だが、ツェーザルはその時には既に駆けていた。邪魔なナイフは既に無い。両腕でその柄を握り、下段に構えながら駆けてくる。先程と丁度逆。今度はカスパルが不意を突かれた形だ。


 ――躱し、きれないっ!


 カスパルに焦りが浮かぶ。前後左右いずれに動いても、対応される。そしてあの刀の一閃を凌げる手はカスパルには無い。

 それ故に、カスパルを助けたのは別の者だった。

 ――ベルン・ボダルト。

 狙撃手である彼がリボルバーから撃った銃弾は、決して必殺を期したものではなかった。だが何の反応も見せず済むものではなかった。

 ツェーザルは一歩飛び退く事でその銃弾を躱す。


「…………」


 そして辺りを見回した。

 周辺の状況は先程と大して変わっていない。だが一つ、先程無かった要素が場に出現していた。白をベースとした騎士甲冑だ。ほぼ同一のそれが十体ほど。まるで調度品のように立ち並んでいる。


 ツェーザルはそれを鋭い目付きで睨んだ。

 人の気配はしない。中に誰かが入っていると云う事はないだろう。だが同時に何の意味もないという事も有り得ない。この場にわざわざ呼び出しておいて、何の意味も無い筈がない。

 そしてもしそうならば、可能性など限られている。


「対装甲武装を持った者は出現した鎧を叩き壊せっ! 探索は一時停止しても構わんっ!」


 ツェーザルが指示を飛ばすのと、白い騎士甲冑が動き出すのがほぼ同時だった。


「ゴーレム……いや、ドローンか」


 スタンドアロンの活動を基本とするゴーレムと違い、ドローンは術者が操る事が前提だ。つまり当然この騎士人形たちを操っている術者は何処かにいる筈なのだが……。


「遠距離から操作するタイプか。……厄介な」


 ドローンを使用する戦闘者は主に二種類に分けられる。自らが姿を現して接近戦を行うタイプと、自らは姿を隠し戦闘を全てドローンに任せるタイプ。

 今回は後者だったらしい。前者ならば術者を斬れば終わったが、後者ならまずそれを見付けなくてはならない。

 だがこの手のタイプは接近戦に関しては酷く劣る事が多い。


「どうします? 敵が増えましたが、此方も増援を頼みますか?」


 白い騎士甲冑のドローンとツェーザルの部下がやり合っている中、部下の一人がツェーザルの元へ駆け寄り話しかけてきた。それに対し、ツェーザルは鼻で笑ってみせる。


「はっ、アホか。こんな場所でいたずらに増援を増やしたところで邪魔になるだけだ。ましてや連携も充分に取れない奴らなら尚更だろうが」

「まあ、そりゃ確かに」

「指示は変わらん。虱潰しに探していくぞ。ただ負傷者は下がらせろ」


 その指示を受けて男は下がっていく。


「…………」


 それを視界の端に捉えながら、ツェーザルの視線は白い騎士甲冑のドローンに向けられていた。術者にしろ人形自体にしろかなりのものだ。戦闘能力はツェーザルの隊の人間が三人がかりで優位に戦えると云ったところか。二人なら互角、一人なら不利だろう。


 ……だが、何故今になってドローンを呼んだ?


 最初からドローンを出しておけば良かったはず。ドローンを所持しておくのにもコストが掛かる。それならばそのまま並べて待ち構えていれば良かっただろう。

 もしかしたら大した意味は無いのかも知れない。だがやったのはあの狙撃手のゴブリンだ。実際にスキルを発動したのはあの白い魔犬だが、指示を出したのは間違いなくあのゴブリンに違いないはず。

 そして勘だが、あのゴブリンは油断ならない相手だ。無駄な行動などしないだろう。


「……もしかしたら、そういう事か?」


 そんな風に思考を巡らしていくツェーザルがやがて一つの結論に達した。


 ……温存したまま何とかなると、そうあのゴブリンは踏んでいたのか。


「はっ」


 ツェーザルの口から吐き捨てるような笑みが零れる。どうやら敵にとってあのドローンのマスターは取っておきたい札だったらしい。だがそんな事は関係ない。


 ――舐められたものだな。


 ツェーザルが感じるのはそれだけだ。


「おい、待て! 気が変わった。増援を頼むぞ」

「はぁっ!?」


 突然の方針転換に、部下の男が驚愕の声を上げる。そんな男に構わずツェーザルは言葉を続けた。


「建物内の探索を最優先とする。その為には入り口の封鎖を薄くし、あのドローン達は増援に任せろ。戦闘区域と役割を峻別すれば、それほど混乱は起きない筈だ」

「はぁ……」

「さっさと行け」


 結局の所、ツェーザルの目的はジェフリー・バーギンの生け捕りだ。死んでいては駄目なのだ。ならば余り相手を追い詰める訳にもいかない。ここで相手の戦力を徐々に消耗させ、そのまま虱潰しというのは上手くないかも知れない。

 ならば相手の誘いに乗るのも悪くない。

 相手の狙いはこの入り口からの脱出だろう。現在は都市政府の人員も入り口付近には多い。つまり入り口から脱出し煙幕などを併用すれば、狙撃などはほぼ無効化される。

 ならば相手の策は戦力を建物内に引き込んでの、入り口突破だろう。あのドローンはその引き込んだ戦力を相手にするつもりだったか。

 ドローンマスターにしろ何にしろ、人間の判断力には限界がある。どんなに技量があっても完全に人間と同等の動きをドローンにさせようと思ったら一体が限度。故に戦闘区域を限定させ、一度に操るドローンは少なくしたかった筈。

 だがあのゴブリンはこの場の戦力を押さえる手が足りないと見て、即座に札を切ってきた。


 ――ならば此処からはチキンレースだ。


 入り口の防備は向こうに『逃げられるかも』と思えるほどに薄くなる。

 そしてその分の戦力は建物の探索に向けられる。同時多発に行われる戦闘に、向こうのドローンマスターはどこまで対処できるのか。それが勝負を分けるだろう。それとも――。

 ツェーザルはカスパルを警戒しながらも、戦局に思考を巡らせ続けた。





「ちっ」


 カルロッテ・ソレンソンは小さく舌打ちを漏らした。

 短めの銀髪をしたまだ小さな少女だ。その姿は若いというより、幼いと云った方が正しいように思える。

 その瞳には厳しいものが浮かんでいた。

 カルロッテに出来る事など、ドローンを操るくらいだ。だがそれも、そこまで遠距離から何の制限もなく出来る訳ではない。距離というのはそれだけで強い制限だ。特に戦闘においてはそうだ。何の妨害も不確定要因も無いと考える方が間違っているのだ。

 だからこそ、カルロッテは襲撃が予想されるこの場に自ら身を置く事を志願した。


 そして現在、ある意味予想通りに襲撃を受けた。

 だがその旗色は決して良くない。

 その最大の原因はあの刀使い――ツェーザル・バッハマンだろう。

 噂は聞いていた。だがここまでのものだとは思わなかった。まさかあのカスパルがあっさりと接近戦で遅れを取るとは……。

 カスパルが対人戦を余り得手としていない事を考えても異常だ。真っ向からぶつかるなら、ソフィアでも厳しいかも知れない。今コーネスライトにいるメンバーで確実を期すなら、タリス自身が出張る必要があるだろう。だが、現在の情勢でそれをする訳にはいかない。ここでタリスとジェフリー・バーギンのラインがばれるのだったら、カルロッテ自身も含めて全員が自決でもした方がましだ。


 現在ツェーザルはカスパルを警戒して動いていない。だがカスパルも動けていない。

 そしてカルロッテが操るドローンは、数十人の戦士団と何とか渡り合っている。そして質の高そうなツェーザルの子飼いが建物の探索を始めだした。

 入り口辺りは混雑し、付け入る隙があるように見える。


 ……乗ってきてくれたのだ。


 そうカルロッテは思う。そしてそれは恐らくジェフリー・バーギンの自死を警戒してのものだろう。その危惧は決して間違っていない。尤もツェーザルの懸念とは少し種類が異なっているかも知れないが。

 カルロッテはちらりと視線を横へ滑らした。


「お?」


 そこにはこの襲撃の目的であり、高額の賞金首であるジェフリー・バーギンの姿がある。もしも逃げる事が不可能という事になれば殺す必要がある。その事はジェフリー自身もよく判っているだろうが、その顔色は飄々としたものだ。最初は随分と焦りを恐怖を感じていたようだが、もう慣れて諦めたらしい。

 ……変なところで、図太い男だ。


「戦況はどんなもんだい?」

「問題ないです」

「へぇ。それにしちゃ舌打ちなんて珍しいじゃないか」

「……気が散るから黙っていてください」

「へいへい。それによって俺の生死も決まるんだから、少しくらいは教えてくれても罰は当たらないと思うけどね」


 そんなジェフリーの言葉を無視して、カルロッテは作業に戻る。

 この建物には至る所に場所にドローンやトラップ、隠し通路などが設置されている。そして遠隔操作が可能なトラップの起爆を行えるのはカルロッテとベルンだけだ。

 ベルンは現在兵士たちと対峙している。機動力に優れたアスクがいる限りそう簡単に捕まえられる事は無いだろうが、油断は出来ない。

 侵入してきた兵士達は探索を進めている。だがこの手の事に慣れているのだろう。手早く進められている。無論ドローンやトラップなどによって時折被害を受けているが、どうしてもカルロッテでは全ての局面に完全に対応する事が出来ない。


 ……やはり、受け身では駄目だ。状況は自分で動かさないと。


 このままだとじり貧だと悟ったカルロッテは勝負を仕掛ける事にした。そしてそれをベルンにも伝える。お互い遠距離戦を得意とする戦闘者同士だ。この程度の事は大した手間でもない。後は……。


「ジェフリー・バーギン」


 カルロッテは身体ごとジェフリーの方を向いて、にっこりと笑った。


「お、おう」


 ジェフリーの背に冷たいものが走る。


「私とデートでもしませんか?」


 カルロッテの顔には相変わらず満面の笑みが浮かんでいた。あどけない爛漫な笑み。だがジェフリーの直感は全力で嫌なものを感じ取っていた。


「ちなみに、拒否権なんかはあるのかな?」

「乙女の精一杯の勇気を足蹴にするなんて、殿方の風上にも置けません。天罰が下ります。間違いないです」

「誰が下す天罰か気になるが……オーケー。ご下命の通りに致しましょう、姫様」

「それは重畳。――では行きます」

「いずこへ?」

「ちょっと敵の鼻面まで餌を見せびらかしに」


 ……その餌って俺の事じゃねぇ?


 そんな事をジェフリーは思ったが、口には出さなかった。





 ツェーザル・バッハマンは、ドローンの動きの変化に眉を顰めた。

 それまで中々付け入る隙も無いほどに優れた動きをしていたドローンが、どこか精彩を欠くようになった。力そのものが落ちた訳ではない。操作がどこか散漫になったような印象を受ける。


「おい、何か変化は?」

「いえ、特に」


 確認の為に問い掛けてもはっきりとした答えは返ってこなかった。

 建物の探索は進んでいる。時折ドローンとの戦闘や罠などによって被害が出ているが、大凡予定通りのものに収まっている。後は相手を追い詰めすぎないように、飛び出してきたところを捕まえるだけだ。


 余り効率の良い方法とは言えないが、ツェーザルに与えられた条件だと他に取り得る手が無かった。

 本来ならこの手の任務は少数で隠密を得意とする人間が不意を打ってやるべきなのかも知れないが、最初の襲撃で判ったあの狙撃手の事がある。敵が仕掛けを施していると思われる場所に行き、目的を達する事が出来る。しかも一流の狙撃手の警戒をかいくぐってだ。様々な制限もある中、都市政府はそんな人材を用意する事が出来なかった。

 それ故にツェーザルにお鉢が回ってきたのだが……。


「目標を発見しました!」


 部下の一人の報告が届く。

 ツェーザルは目線で続きを促した。


「場所は三階の端です。ドローンの操作者とおぼしきものが護衛しています」

「それだけか?」


 ツェーザルが得ていた情報では、ジェフリー・バーギンに戦闘能力は余り無かったはず。そしてドローンマスターも近接戦では大した力を発揮できないのが普通だ。護衛戦力としては甚だ心許ない。


「はい、それだけです。ただ小型の多脚戦車のようなものに乗っており、それで機動力を稼ぎつつ、トラップや他のドローンを使い抵抗しています」

「…………」


 その言葉にツェーザルは暫し考え込む。

 相手の目的が脱出だとすると、これは陽動というよりも誘導だろう。敵を引き付けておいて、都合の良いところで振り切る。無視する事も出来ないではない。

 だがそれも現実的ではない。

 兵を率いている時に、目当ての物を出されてそれに飛びつかないというのは色々な意味で非常に難しい。それはその行為が兵の士気を損なうからであり、兵の目標を混乱させ統率を損なうからだ。

 だからこそ、それをやる時には充分な理由が必要となるのだ。

 そして今は、その時ではない。


「人数をそこへ集結させて、追い詰めていけ」


 ツェーザルは目標を追い立てる指示を出した。その言葉に兵の士気は上がる。目標が目の前に出されたのだ。それも当然だった。

 そんな兵を尻目に、ツェーザルはちょいちょいと指で部下の一人に近くへ寄るように合図する。そして耳元で囁いた。


 ――精鋭の連中は出来るだけ入り口に戻しておけ。勝負はこの場所で決まる。


 部下の男が無言で頷き、下がっていった。


 そしてそんなツェーザルを、ベルンは注視していた。白い巨躯の犬であるアスクに乗り、周囲を縦横無尽に駆けながら銃弾をばらまくゴブリンのガンナー。

 そんなベルンはこの作戦においての指揮を任されている立場でもあった。だからこそ現状を最も正確に認識していた。


 ……勝てない。


 ベルンは苦いものを感じながらもそれを認める。

 戦術指揮、そして単独の戦闘能力。

 その両方においてツェーザル・バッハマンという男は、ベルンの予想の数段上をいっていた。

 更には兵の質も思ったよりもずっと高い。

 甘く見ていたつもりはなかったが、現実としてそうだったのだろう。


 この作戦の最低限の目標として、此処に都市政府が単独で攻めてくる、そしてジェフリー・バーギンを都市政府に手渡さないの二点がある。だがそれでは本当に最低限だ。ジェフリー・バーギンにはまだ利用価値があるし、ベルンとてこの場で玉砕をする気はない。

 相手は入り口へ戦力を集中させている。現有の戦力ではこれを突破するのは厳しい。


 入り口以外の場所からの突破も考慮するべきか。

 入り口以外の場所からの脱出は封鎖されているものを除いても幾つかある。つまり仕掛けられている爆弾を使い壁を破壊し、そこから脱出する。だがそこは完全に監視されている筈だ。

 生きて安全な場所まで逃げ切れるか、賭けになる。


 だが恐らく可能性はそちらの方が高い。

 問題は幾つかある。そしてその最大の問題があのツェーザルをどうするかというものだ。


 ――殿が要る。


 そしてそれを出来そうなのは消去法で只一人だった。


 ――カスパル・ブリーゲル。


 リザードマンの拳士である彼しかいない。アスクとベルンは恐らく脱出に必要だ。そしてジェフリーを守っているカルロッテも同様。だがカスパルはそもそもこの場所を離脱する事も難しい。脱出を行うカルロッテと合流する事も多分出来ないだろう。

 ならば策は一つしかない。

 カルロッテにダミーの人形を使い、この入り口突破を計ると見せかけつつ、爆発によって壁を破壊し脱出。その際幾つかの場所を爆発させてダミーをばらまけば、別働隊の動きも鈍るだろう。

 後はツェーザルをカスパルとダミーの人形で此処に押し止める。無論、カスパルは助からない。


「……っ」


 ベルンは歯を食い縛る。

 こんな策しか立てられない、こんな策を使うまで追い込まれた自分を殴り殺したい気分だった。

 だが他に選択肢はない。特にカルロッテの命をこんなところで失う訳にはいかないのだ。

 ベルンは視線をカスパルへ向けた。

 ゆったりとした服に身を包んだリザードマンの男。今は両腕から血を流している。特に斬り裂かれた右の掌は重傷だ。どこまでやれるかも判らない。

 今はツェーザルを押さえているが、逆にツェーザルに押さえられているとも取れる。


 そんなカスパルと、ふと目が合った。

 焦りも恐怖もない、静かな瞳をしていた。それは既に覚悟を決めている瞳だった。


「…………」


 やがて、カスパルはこくりと小さく頷いた。



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