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負け組だって生きている

作者: マコト

 お笑いや。ホンマにお笑いや。十年間真面目に勤めてきた会社を集団リストラされて、その挙句に十七年も連れ添うた嫁から「見限りました」的に離婚届突きつけられるやなんて、もうこれ以上のお笑いはないわ。オレは養子の身やから離婚宣告された時点で住むところが無くなる。新しい仕事と住むところ見つかるまでは、実家の両親の元に身を寄せるしかしゃあない。

 今年で七〇になるオトンと六五になるオカンは「まあ、焦らんとゆっくりしてたらええがな」とか「人生には辛いこと一杯あるから」なんて口では言うてくれてるけど、リストラと離婚とのダブルパンチでへろへろ状態の息子を見て、淋しそうな悲しそうな、苛々したような苦虫噛み潰したような、何ともいえん顔してた。

 オレはそんな二人に「まあ、仕事見つかったら新しい嫁さん探すから心配せんでええからな」て、ポーカーフェイスで言うたけど、車に積んでた自分の衣類や布団を、結婚前まで使ってた二階の部屋に運び終わって、ホッとして床に座り込んだ途端、ぶあーっと涙が溢れてきて、鼻水までずるずる垂れてきて、止まらんようになってしもて、ズボンのポケットに突っ込んでたポケットティッシュ一袋全部使い切ってしもた。

 それにしても、このオレが一体どんなドジしたというのや?オレの生き方の何が原因で、こういう結果になったというのや?ホンマ、神様がおるんやったら聞きたい気分や。オレは仕事をミスって会社をリストラされたわけやない。親会社の大手家電メーカーがオレの会社の製造部門を閉鎖することになって、そのとばっちりで一方的に解雇されたわけや。というても、全員がクビになったわけやない。残れた連中も居てる。リストラ免れたのはモノ作りには直接関係のない課長や部長クラスの管理職ばっかり。モノ作りがメインの会社がモノ作りを知らん人種だけ残して一体何の意味があるのや?理不尽や。ホンマ理不尽で腹立つわ。けど、今は愚痴っててもしゃあない。喰い扶持稼ぐために新しい仕事探すことの方が先決や。

 オレはリストラされた翌日からハローワークに通い始めた。オレが一〇年間やってたんは薄型テレビの製造と修理。その経験活かして同じような職種を探した。けど、四八歳のオレの前には「年齢制限」ていう大きな壁が立ちはだかってたのや。

 そもそも、今のご時世、製造業の求人そのものが激減してる。大手メーカーは製造拠点を人件費の安い東南アジアへ移転させてて、その傾向は年々加速してる。そのうち日本から製造メーカーが無くなってしまうんと違うかと思うほどの勢いや。日本のお家芸と言われてたエレクトロニクスや半導体関係も例外やない。みんな申し合わせたみたいに国外へ流れてる。結果的に国外の求人率はジリ貧状態。今、製造業が求人してるのは派遣社員、パート、アルバイトなんかの「非正規社員」ばっかり。

 それでも、まだ仕事にありつけるだけでもマシな方。オレみたいに四〇過ぎた中年男子は、まず年齢制限でアウトや。履歴書を何通送っても「残念ながら・・・」の通知が帰ってくるだけ。正直、へこむわ。

 そんな時には気分を変えるために「お一人様ドライブ」や。行き先はその時の気分によって変わるけど、俺が一番気に入ってるのはパールブリッジ。舞子公園の駐車場に車停めて、ドデカい橋脚の下から播磨灘に沈んでいく夕陽見てたら厳しい現実忘れられる。

 ただ、そういう時間帯は若いカップルが沢山出没してくる時間帯でもあって、目のやり場に困ってしまう。手を繋いだり肩寄せ合ったり、中にはキスしてる奴らも居てる。バツイチ男子の前でいちゃつきやがって、こいつらシバいたろかと思うけど、孤独メータが一杯に振り切ってしもて、「アホんあだら」て叫びたくなってしまう。

 別れた嫁とは二年ほど前から会話が無くなってた。きっかけは、オレの会社での配置転換やった。新しい環境に早く慣れようとしたオレは、年甲斐もなくオーバーワークして過労からうつ病になってしもた。オレの必死な気持ちが裏目に出たわけや。で、生きること自体が嫌になってしもて、心療内科へ通いながら、毎日嫁さんに「死にたい」てぼやいてた。心療内科の診断書には「うつ病」って書かれた。人の心は弱いもんや。嫁さんも初めのうちは「無理せんといてな。私がおること忘れたらアカンで」てオレを見守ってくれてたけど、三か月位経った頃から「もう私かてええ加減疲れたわ。そんなに生きるのが嫌やったら一人で死んでよ」て言うようになった。嫁さんの気持ちもようわかるわ。オレかて一緒に暮らしてる相手に「死にたい」て言われ続けたら辛いし、こっち生気まで吸い取られそうな気がするもんな。

 うつ病になってしもたんはオレのせいやないけど、それが原因で嫁さんを苦しめて追い詰めてたのは事実やから、オレとしては嫁さんに対して申し訳ない気持ちで一杯やった。

 そやから、離婚届をテーブルの上に広げられた時には「何でオレは嫁にまで捨てられなアカンのや」いう悔しさがあったけど、「これでやっとこの辛さから解放される」ていう安堵感も同時にあって、解放されたい気持ちの方が強かったのも事実や。

「今のオレに一番必要なことは、愛のない妻からの責めに耐え続けることやない。生き伸びることや。その為にはオレにとって不利な今の環境を変えるしかない。人生をリセットさせることが先決や」

 オレにとってはギリギリの選択やったけど、気の弱いオレがここまで強い気持ちで決断出来たのが自分でも不思議やった。「窮鼠猫を咬む」というやつかも知れん。

 離婚してからのオレは今までの息苦しさから解放されて、自分のペースで呼吸できるようになった。「バツイチ」ていう有難くない肩書き背負う羽目にはなったけど、オレは離婚したこと後悔していない。むしろ「私の一番の失敗は貴方と結婚したことよ」なんて、うつ状態のオレに言い放ったキツイ嫁と決別できたことを今ではラッキーやったと思ってる。

 リストラされてことにしても、「一〇年間よう頑張ったんやから、ここらでちょっと休みなさい」て、神様がオレにプレゼントしてくれたフリータイムやないかって思てる。負け組の負け惜しみやなんて言われたらそれまでやけど、少なくともそう思うことで気持ちが楽になるし、オレらしく居られるから、バカボンのパパやないけど「これでええのや」と呟きたくなる。

 とは言うものの、リストラはやっぱり許せへん。企業の一方的な都合でクビ切られたらたまったもんやない。リストラは弱いものイジメや。年齢の高い順、企業の中でポストの弱い者から順に解雇対象者としてリストアップされて、面接したうえで「希望退職」なんていうもっともらしい名目で「どうか会社の為に辞めて下さい」て、上司や経営陣に頭下げられても納得できへん。「お前らだけええ思いしやがって。オレとお前らの間に、人間としてどれだけの差があるのや」て、叫んでやりたかったわ。それとも企業というのは、その時その時の都合で人に希望与えたり奪ったりできるものなのやろか?オレの思い込みやとは思うけど、リストラいうのは、オレみたいに真面目に働いてきた人間に対する重大な裏切りやないやろか?

「クビになったのはお前だけやない。みんな、悔しい想いしてるのや」世間ではそう言われるかも知れん。

 けど、現にリストラが原因でオレみたいに離婚したり、住む所失ったり、中には自殺したりする人も居てるから、それ考えたらリストラはやっぱり社会悪やと思う。

 社会からも嫁からも見捨てられた今のオレは「負け組」や。悲しいことに「負け組」のオレに救いの手を差し伸べてくれるような友達や仲間が今はおらへん。もしかしたらオレには競争社会で生きていく為のコミュニケーション能力に欠けてるのかも知れへんし、それ以前に人としての魅力に欠けてるのかも知れへん。そんなこと考えてたら、どんどんマイナス思考のスパイラルにハマってしもて、なんか訳判らんようになって自分を恨みたくなってしまう。

 けど、自分を恨むいうのも結構体力を消耗するものや。で、ひと眠りして起きたら今度は猛烈に腹が減って、ラーメンとかカツカレーが食べたくなる。

 で、昼下がりの街へ遅めのお一人様ランチしに行くのやけど、一日の内でも昼の2時頃いうのが一番ゆったしてて、力むことなくごく自然体で地球の自転に身を委ねてられる安心感があって、オレ的には大好きな時間帯なのや。少なくとも無防備でいられるこの時間帯には、オレも現実の苦しさや厳しさを忘れることができる。

 そんな時、客の少なくなったカレーチェーン店の窓際の席で大盛りのカツカレーをゆっくり食べながら、窓の向こう側をゆったり流れていく人の群れを見ながら、こう思うのや。

「オレは偶々、間違って逆境のスイッチを押してしもたのや。間違いやから、それに気付いた時点で無理せん程度に修正していけばいいのや。オレが元いた場所に這い上がれんでもええ。この際やからじっくり自分を見つめ直して、これから進むべき道を探していこう。そうや、これはピンチに見えるけど、長い目で見たらチャンスなんや。卑下することは無い。オレの人生の主役はオレ以外におらんのやから。オレだけの人生極めて最優秀主演男優賞取ったる」と。

                            

                                 (了)




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