5.誕生日プレゼントへの道のり2
「戻ったぞ」
ファガー侯爵家のエントランスホールにカルスタールの声が響いた。
その声に伴い現れたのはファガー侯爵家の家令、ルシルード・カテイアである。カルスタールの侍従であるアインダートの父である。
「お帰りなさいませ、旦那様」
そして、迎えに出て見た光景は、小脇に孤児の少年を抱えた拉致被害者と拉致被害者の図であった。頭が痛い光景だ。因みに胃にも悪い光景だ。ある意味何時も通りなのだが…
後で頭痛薬と胃薬を補充しておこう、と家令は思う。
まぁ、それはいい、置いておこう。その前にこの目の前の光景の説明を主に訊かなくては、と己が主に説明を問う。
「旦那様、この状況の説明をお願いいたします。」
「分かっているよ」
少しタジタジになりつつカルスタールは頷いた。カルスタールが口を開く前にルシルードが待ったをかけた。
「その前に旦那様、その小脇に抱えた方を降ろして差し上げてください。苦しそうですよ」
ルシルードの言葉にカルスタールは孤児の少年に視線をやった。ぐったりしている。
「すまん!!」
少し慌ててカルスタールは孤児の少年を降ろした。
「旦那様、その方を連れて応接間に移動しましょう。座るところもないと、その方も御辛いでしょう」
孤児の少年の様子を見てルシルードは言った。主人の穴を埋める出来た家令であった。
応接間に移動し、カルスタールは上座の席に着き、グッタリした孤児の少年をソファーに座らせ、ルシルードは主に尋ねた。
「それで、旦那様、その方はどなたなのですか?」
「あぁ、エアリードの誕生日プレゼントが彼だよ」
「あの話は本気だったのですか…」
呆れたようにルシルードは言う。
「当たり前じゃないか」
ケロリと悪気無くカルスタールは言う。
「この方のお名前は?ちゃんと了承を取ったのでしょうね?」
カルスタールは目を彷徨わせ、気まずそうに呟いた。
「いや~取ってないし、名前も知らない」
「旦那様、完璧に拉致ですよ!!これは」
ルシルードは溜息を吐いた。胃が痛い…。
「うちの息子は止めなかったのですか?」
「いや、止めた、止めた」
「そうですか。ちゃんと仕事はしているようですね」
さらに溜息を吐く。
そして、グッタリしている孤児の少年に向き直り、問い掛ける。
「あなたのお名前を伺って宜しいでしょうか?」
「…レスト」
「ではレスト様、ここに連れてこられた経緯をお話願えますか?」
レストと名乗った少年は少し警戒した後、普通の人間だ、と安堵した様に呟き、これまでの経緯をファガー家の家令に話し始めたのだった――
レストの話を聞き終えたルシルードは、それは重い重い溜息を吐いた後、カルスタールに苦言を呈した。
それは当たり前だろう。なんと言ったって、説明も無くレストを連れて来たのだ。正しく拉致である。まごうことなき、拉致である。
本来ならば、養子の旨を打診し、了承を得てから行動を行うべき事柄である。それを本人の了承も無しに主が掻っ攫って来たのだから、ルシルードの心情も推して知るべし。
確かに、確かに時間が無かったのは分かる。エアリードの誕生日は今日なのだ。プレゼントを用意するのは今日までである。タイムリミットを考えれば強硬手段も――いや、それは駄目だろう。どう考えても。しかも、人間相手である。有り得ない…。
ファガー家の家令は頭を抱える。己が主の破天荒ぶりは異常だった。突飛すぎる。そういえば、宰相殿も同じように陛下に振り回されているのだったな、とこの様な時は親近感をひしひしと感じるのだ。宰相殿もまた、胃薬が手放せないとか…。余談ではあるが――。
陛下と言えば…と、ルシルードは思い出した。
「そういえば、旦那様。陛下から書状が届いておりました」
カルスタールに王からの書状を手渡す。
ルシルードから書状を受け取ったカルスタールは、書状の内容を確認した。
「うん、陛下からエアリードの誕生日への祝辞とプレゼントだ」
「プレゼントですか?」
「流石は陛下、仕事が速い」
「して、陛下からどの様な贈り物が?」
「これだ!!」
カルスタールは満面の笑みを浮かべ、己が家令に一枚の紙を掲げて見せた。
それは――
養子縁組を承認する書類であった。
しっかりと『養子相手の署名欄が空白』のままの…
ファガー家の家令は同情と哀れみの目で、肉体的、精神的に疲弊してグッタリしている少年を見た。
陛下までもグルでしたか…これは逃げられそうも無いですね…ご愁傷様です――
家令は胸中で合掌した――
こうしてレストは、プレゼントへの道のりの第二歩目を過ぎ、第三歩目を踏み出すのだった。
遅々として進みませんね…
すみません…(^_^;