<外伝>涙の欠片1
魔王の涙の続きです。
「何か言い残すことはないか?」
城の中には人間だったであろう肉の塊がたくさん転がっていた。
血だらけの床、立ち込めるにおい、この場には居たくない。
剣を向けているこの城の王であった男がやった事だ。
震えている男は頭を抱えて体を丸めていた。
己の犯した罪を償う言葉を言うものだと信じていた。
「た、助けてくれ!!!」
妻子を、城の従者達を己の欲望の為に殺害して命を奪ったくせに
どうしたらそんな言葉が最期に出てくるのだろう。むしろこんな男だったからこそ
だっからかもしれない。落胆した気持ちを剣に込めた。
ーバサッー
首を刎ね、ゴロリと落ちた頭から光を帯びた涙の欠片が出てきた。
それを手に取り、小瓶に入れる。
「後処理は頼んだぞ、ライオネ。」
「お任せを。」
黒の鎧で身体を覆っている男は颯爽と他の兵達に指示を与え始めた。
この国の王はもういない。だが私はこの国が欲しくて王を殺した訳ではない。
兄様の為に涙の欠片が欲しいだけなのだ。欲望をもった人間に王は多く、
幾度となく城に攻め入り、涙の欠片を集めてきている。城の人間まで
他の人間に手を掛けるのはもう末期症状で殺すしかない。なんとか間に合えば殺さずに
抜き取る事ができるのだが、それを見つけるのには大変な労力がいるのだ。
兄様の魔力と私の魔力で探し出す。涙の欠片は集まりかけているが、綺麗な球体に
なるまでにはまだ後半分必要だ。母上の涙が何故飛び散ったのかは分からないが、
まさかこれほどまでに人間に悪影響を及ぼしているとは思いもよらなかった。
涙の欠片が入り込み欲望を増長させ、最後には暴走する。
悲しい涙のせいかもしれないが、母上が望んだ事ではない。
兄様の大事な人の心を取り戻すために私は早く欠片を集めなければならない。
「おかえり、レイス!」
「ただいまオクトス。」
馬から降りるとすぐにオクトスが抱きついてきた。
体は青年なので結構ずっしりと毎回くるのが難だが・・・。
「ご苦労であった。オクトスこっちにおいで、レイスは疲れてるんだよ。」
「むぅ。」
顔ふくらませしぶしぶ私から離れて、兄様の傍に行くオクトスは毎回愛らしいと思う。
姿は青年、心は子供。このままでもいいと感じるが、やはり兄様にとっては
元に戻す事が大事なのだろう。昔の彼を知っているからこそ。
「涙の欠片です。今回は残念な結果で申し訳ございません。」
「これは俺の我儘をお前が代わりにしているだけだ。何も非がない。
全て俺の罪だから。ありがとう。」
兄様の心はきっと痛んでいる。集めると誓った涙の欠片が人間に負をもたらしていた事、
私が人を殺す事、簡単に集まるとは思っていなかったがここまでとは思っていなかった。
母上が死んだその時に粉々に飛び散った涙。誰が操作したのは間違いないが誰か
分からない。魔王であった母上の近親者だとは思うが、どうであれ色々な意味で
早急に欠片を集めなければならない。
「ねぇ、兄様達は何をしているの?」
城のバルコニーで満月を見つめながら少女は後ろの黒い鎧の男に問いかけた。
「あなたは何も知らなくていいのですよ。」
「私に魔王の力がないから?」
「お二方はリリー様には普通に暮らして頂きたいのですよ。」
「兄様達らしいわね。オクトスと遊ぶからいいわよ。
あなたも暇なら明日付き合ってよ。素顔が見たいわ。」
「申し訳ないですが、明日もまた遠征に行かなければなりませんので。」
「・・・そう。」
少女はつまらなそうに満月を見上げた。
黒い鎧の影がすっとなくなる。
「つまらない男・・・。」
そう呟いて少女は部屋に戻った。