<外伝>魔王の涙
世界観は一緒ですが、別キャラとなっております。
「この国をもっと良くしたい。」
オクトスは力強い青い目で俺を見て言った。
カーティス城の王と俺の父上は仲が良く、
ちょくちょく一緒に訪れていた。
19歳と同い年の王子のオクトスとは気が合って
二人で剣の練習や、お互いの国についての話などして
とてもその時間は充実し楽しかった。
父上が母上を追うように亡くなってから、
カーティス城には行ってない。
葬儀の日に王と王妃そしてオクトスが訪れてくれた。
それ以来は会っていない。
俺も父上がいなくなった国を守るために必死だった。
隣国との関係、城内部の統制、民への報告。
弟のレイスには苦労をかけたが、一年あっという間だったが
なんとか今落ち着いてきた。
だからそろそろカーティス城に行こうと思っていた。
あちらからは葬儀以来連絡が途絶えていた。
まめに父上と連絡をしていたはずだが・・、俺達が忙しいのに
気を使って遠慮をしていたのかもしれない。
隣国ではないからあまり情報もはいてこないのも事実だけれども、
何かおかしい気がする。
「カイス兄様、ここはお任せ下さい。」
「ああ、頼んだぞ。」
俺は馬に乗り数名の兵を連れてアレント城をレイスに任せて、
カーティス城を目指した。
文を送ってみたものの、数日経っても何も返答がなかった。
ますます怪しい。何かあったのかもしれない。
オクトスのあの強い眼差しをもう一度見たい。
カーティス城に着いた。前と変わりがないようでほっとする。
門番に話しかけた兵が戻ってきた。
「カイス王、どうやら王と王妃はお亡くなりになっている様です。
オクトス王子は行方知れずになられているとの事。」
「なんだと!」
「それで今は側近だったヴァイス将軍が王になられていると。」
なんだそれは。どう考えてもおかしいだろ。うまい事話がいきすぎている。
殺されたとしか思えない。オクトスが行方不明?どうなっているんだ。
「ヴァイス王にお会いできないのか?」
怒りを抑えて兵に伝言を頼んだ。
数分後兵が戻ってきて、
「約束がないなら無理だとの事です。」
「・・そうか分かった。直接俺が言おう。」
馬の手綱グッと握りしめ、門番に近づいた。
「昔から懇意にしてもらっていた王と王妃に
手を合わせたい。何の知らせもなく驚いている。」
「それではもう一度聞いてまいります。」
門番は後ろに白髭の生えた老人を連れてきた。
見覚えのある顔はオクトスの教育係のソーイだった。
「お久しぶりです。カイス王子、いえカイス王。
ご立派になられて。」
感嘆の声をあげた。
「本当に・・ソーイ、この城はどうなってしまったのだ?」
「ちょうど外を歩いていたらあなたを見かけたので
門番に頼んで来ました。少しあちらでお話ししましょう。」
城から少し離れた、川岸の岩の上で話を聞いた。
「・・実はアレント王が亡くなられて少したってからお二人とも毒を盛られて
亡くなったのです。それが誰かは全く分からないのですが、
どう考えてもヴァイス将軍としか思えないのです。」
「確かに我が父上は何かとヴァイス将軍を危惧していた。
あれはもしかしたらこうなると思っての事だったのかもしれない。
父上が亡くなってからの毒殺、どう考えてもそうとしか思えない。」
「ですが、確証がないのです。王子は行方知れずになり・・。
王と王妃の事はごく一部の者だけが知っております。他の者や民には
病死としていますが・・。」
「オクトスが行方不明・・、毒殺された場にはいたのか?」
「少し遅れて食事の場にこられて・・。お二人の苦しむ姿を見て、
混乱しておられました。その後すぐ行方知れずになってしまわれました。」
「その後すぐに・・。」
「はい。私の知りえる事はここまでです。どうか王このままお帰り下さい。
あなたまで何をされるか分かりません。」
「・・・・・・・、ありがとうソーイ。」
ソーイと別れた後、俺はどうしてもオクトスだけは諦められなかった。
とりあえず兵達を使って町の探索をさせた。
もし町が駄目なら、城に入る。「魔王」の血を受け継いだ俺の力で。
母上が「魔王」だった、人間の父上に恋をして、俺とレイスとリリーを産んだ。
血を受け継いだのは俺とレイス。その力はなるべく使わないようにしていた。
「カイス王、少々よろしいでしょうか?」
「なんだ。」
「どうやら王子らしき人物がいると。」
「!どこにだ!!」
俺は焦る気持ちを抑えて兵の後をついていった。
「ここです。」
そこは男娼の館だった。
呆然と立ち尽くした後、
「お前達はここにいろ。」
『はっ!』
兵達を残し俺はゆらりとその建物の中に入った。
魔王なんて孤独だと思ってた。
でもあの人がその孤独から救ってくれたの。
私は女であり、母親であり、あの人がいてあなた達がいる
今が幸せなの。だから魔王の力を受け継いでしまった
カイスとレイスには決してこの力を使わない様にして欲しい。
-母上の言葉が胸に突き刺さる-
建物が燃え落ち、俺はただ
腕の中にいるオクトスを眺めていた。
「お客様!ここは会員証か紹介状がないと入れません!」
「おい!誰かあいつを捕まえろ!!!」
「うわ!なんだ!こいつ!」
「体が動かない!」
俺の体から放つ怒気で追いかけてくる者を払いのけ、
その場から動けなくした。
部屋の中にいる人物を確かめる為、片っ端から部屋の扉を開け
続けた。
3階の大きな部屋の扉を開け、天蓋カーテンの中から
複数の男の声が聞こえてきた。
カーテンを勢いよく開けるとそこには長い金髪の青年が
何人もの男に体をいいように弄ばれていた。
「誰だ!」
「失礼だぞいきなり!」
男達は口々に言い出したが、俺はただ一点に金髪の青年を見た。
ーああ、オクトスだ。ー
力強かったあの青い目は虚ろで、何も見えていないかの様だった。
「きさま聞こえているのか!」
一人の男が俺に殴りかかろうとしてきた。
俺は剣を抜いて男の胸を刺した。
倒れた男は床に血を染めて動かない。
「うわあああ!」
残った逃げ出そうとしていた男達の背を次々に刺し、部屋は沈黙した。
冷静さを失っていた俺はハッと気づいて、
ベッドで震えているオクトスに近づいた。
血だらけの部屋、そして服。
「ち、近寄らないで!!」
「大丈夫だ、オクトス。」
今はきっと混乱してるんだ、俺が分からないくらい。
そしてそっと手を伸ばす。
「俺だよ、カイスだ。オクトス心配ない。」
「カイス?誰?お兄ちゃん?僕も殺すの?」
「!」
一年・・俺にとってはたった一年だったのに
オクトスにとっては長い地獄の一年だったのだ。
精神までもが壊れ、いや壊すことで自分を守っていたのだ。
何故オクトスがこんな目に合わなければならないのだろう。
後悔だけが胸を締め付ける。
「殺しはしないよ。助けに来たんだ。嫌な思いをしなくてもいい。俺と一緒に行こう。」
「・・本当に?こんな事しなくていいの?」
「ああ、もう二度としなくていい。」
子供をあやすようになだめる。
オクトスの顔や体についている汚いものをふいてやり、
服の血がつかないように、裸のオクトスにマントをかけて胸に抱いた。
「さあ今は眠るんだ。」
「うん。」
目を閉じさせて、眠らせる。
そのうちすうすうと寝息が聞こえてきたので、
手から炎を出し、カーテンを燃やした。
「火事だ!逃げろ!」
館の客や男娼達は逃げまとっている。
俺はオクトスを抱きかかえながら燃える館を出た。
「王ご無事で。」
「ああ、待たせたな。館を燃やしてしまったがな。」
「仕方ありません。その方がオクトス様ですか?」
「そうだ。オクトスだ。悪いがお前たちと一緒に宿で
休ませておいてくれ。俺はやることがある。」
「私達も行きますが。」
「いい。これは俺のけじめだから。」
「分かりました。あまり無理をなさりませんように。」
そう俺はヴァイス王の所にいかなければならない。
馬を走らせて、カーティス城に向かった。
夜の城は静寂に満ちていた。
「こんばんは。ヴァイス将軍、いえ今は王でしたか?」
机にむかい蝋燭の灯かりの下、本を読んでいる髭を蓄えた逞しい
男にカイスは声をかけた。
開いた窓から満月の光でカイスの紫色の瞳は美しく輝いていた。
「わざわざこんな形で来て下さるとは、何も届いていなかったと言う事ですね。」
「こちらも書簡を送り、今日城へも訪れました。」
「そうですか・・。私は何も知らなかった、と言うのはいけませんね。」
髭を撫ぜながらヴァイス王は深くため息をつく。
「ヴァイス王、ソーイから話は聞いてます。ですが、あなたから真実を知りたい。」
「王と王妃の毒殺を命じたのは私です。
何度も王に軍事力を高めるように進言しました。
ですが王は軍事力よりも民の幸せが大事だと大半の経費を
商業に回されました。ですが、隣国は軍事力を伸ばし、
もはや脅威になってきています。私は国を守りたかった。
アレント王が生きている間は後ろ盾があっての事で周りの国も
何もして来なかった。ですが、今は闘いが起きてもおかしくない状態で す。」
この男がただの愚かな男だったら良かった。首を刎ねるだけだったのに。
だが王と王妃を殺したことは許されない。オクトスをあんな風にしたのも。
「オクトスを何故男娼の館に送ったのですか。」
「男娼の館・・、生きておいでなのか!部下が王子は逆らったので
殺してしまった、と聞いていました。まさかそんな所へ・・。」
俯いて、声を震えさせる。
「王子は俺が助けて、いま宿で寝させています。精神が幼児に戻って
いました。」
「ああ、私はなんて事をしてしまったのだろう。王子だけは説得して
この城の王にと思っていました。なのに、どうして!」
「王と王妃を殺した時点で、あなたは間違っていた。王子もそんな
あなたについて行くとは思えません。もっと力強く説得すべきでした。」
「時間がなかったのです。脅威はすでに隣まで迫っています。」
ヴァイス王の必死な訴えを俺は邪険にする訳にもいかない。
確かにこの国の周りには血の気の多い国ばかりだ。
いつ攻めてきてもいいだろう。商業が発展して豊かな国になっている
カーティスを欲しがるのも分かる。
「カイス王、部下が王子の事をしたとは言え、王と王妃殺しは私の罪です。
どうか私を殺して下さい。王子が生きていたならば、この国はあなたが
今お守り下さい。魔王の血を引くあなたが。」
「いえ、この国はヴァイス王に守って頂きます。そして王子が元に
戻った時に、国を王子にお返し下さい。」
「そんな私に・・。」
「私も力をお貸しします。ですから城を必ず守ってください。いいです ね。」
「・・分かりました。約束します。」
「後、王子を売ったあなたの部下を処分して下さい。」
「そちらも約束します。」
「ソーイ、逐一報告をお願いします。」
「分かりました。」
ソーイに言い残すと宿へ戻った。
「お帰りなさい。兄様。」
「すまなかった、レイス。変わりはないか?」
「はい。」
馬からオクトスを抱いたまま降りた。
「その方がオクトス王子?」
「そうだ。」
「ねえ、ここどこ、カイス?」
「ここはお城だよ。大きいだろ。今日からここに住むんだよ。」
「わあ!大きいね。」
笑顔でオクトスが答えた。
レイスは何かを感じ取ったのだろう、
「私はレイスだよ。よろしくねオクトス。」
「うん、レイスお兄ちゃん!」
本来なら微笑ましい光景なのだろうが、俺は居たたまれなかった。
頑丈な黒い箱の中には小さな二つの透き通る玉が入っていた。
母上が流した涙だ。本来なら三つあるべきものなのだが。
「父上から愛をもらった時の涙。母親となった時の涙。」
突然欠片が飛び散りどこかにいってしまった、この世からいなくなる悲しい涙。
「レイス、お前には申し訳ないが、これから涙の欠片を探して欲しい。
願いが叶う涙を三つ揃えば、オクトスの精神を戻せる。」
「いいですよ。兄様の為ならば。」
「俺はオクトスの傍にいたい。力もなるべく使いたくないんだ。
お前には使わせてしまうかもしれない、ただの我儘だな。」
苦々しくレイスに顔を向ける。
「兄様は今まで弱音を吐かなかった。だからこれからは私が
頑張ります。」
「ありがとう、レイス。」
頼もしい弟だ。きっと探す中で辛い事がある、だがそれと同時に
手に入るものもある。願わずにはいられない。
「ねえねえ見て見て!!!ウサギちゃん!かわいいよ!」
「そうだな。」
俺の膝に乗り嬉しそうにウサギを抱きしめる。
長い髪も切ってやり、虚ろだった青い目も今は輝きを取り戻している。
だが、やはりあの頃の輝きとは違う。
不意にオクトスが俺に口づけてくる。
「あは!驚いた!」
無邪気に笑うオクトスに俺はどう答えたらいいか分からなかった。
今のオクトスは子供だと思えばいいかもしれないが、
やはり姿は青年なのだから、周りから見たら今の行動はおかしいに
違いない。
「大好きだよ。カイス。」
「俺もだよ。」
頭を撫でてやる。このセリフもきっと変に思われるかもしれない。
もう考えるのをやめるとするか・・。
オクトスの精神はいずれ戻る、そう信じる。
必ず魔王の涙を揃える。
俺は誓う。
END