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異世界ガイア  作者: まっちゃ
第一章~異世界の迷い人~
9/13

第九話 白銀の獣王

遅くなってしまって申し訳ありません。

 逃げ始めてすぐに周辺の草木がガサガサと激しく揺れ始めた。

 アキは眼だけをそちらに向けてみると、チラッとだがその姿を確認することができた。


(…群狼だ、こっちに来るのが早すぎる…)


 見えただけでも三匹。アキたちの走る速度に合わせてついてきていた。

 まだ他にもいるはずだ、と注意しながら進む。


 ヤツらはすぐに襲い掛かってこなかった。

 様子見かと考えたが、はたしてモンスターがそんなことをするのだろうか。


 前を走るヒノが、群狼から少しでも離れるために逃走ルートを随時変更しつつ逃げている。

 この森の地理を理解していないアキには、どの辺りにいるのかいまいち把握できていない。

 なので当の本人はこの状況でよく迷わずに進めるなと、内心感心しながら進んでいた。


 そして、互いに併走状態が続いて一分ほど経った頃。

 未だに群狼はアキたちに襲い掛かってきていなかった。


(襲って来ないのか……?)


 と、アキは不思議に思いながらヤツらの方を見る。 

 その直後、状況は一変した。


「……クソ!」


 舌打ちしながら吐き出される言葉と共に、ヒノは剣を腰から抜き取った。

 目の前のヒノを除くアキたちは、何事かと思わず足を止めてしまった。


 そして次の瞬間、彼の前方から待ち伏せしていたのか群狼が飛び掛ってきた。


 ガッ! と、突きつけられた牙と振りかざされた銅剣が合わさる。

 交差は一瞬。


 互いの一撃は、互角……に見えたが、どうやら先制をとった群狼に幾らか分があったようだ。


「う…っ」


 ヒノは体勢を崩され、仰向けに押し倒されてしまう。

 群狼はそこへ覆いかぶさるように乗り獲物を喰らおうとその鋭い牙をギラつかせ、彼に迫ろうとしていた。


「ヒノさん!」


 そこまできてようやくアキは状況を理解し、すぐに両脚に力を込め全力で地面を蹴る行動に移った。

 時を同じくして、イルゼとアランも我に返り、動き出していた。


 最初にアキよりも近くにいたアランが先に彼の元へ辿り着くと、間髪入れずに群狼の顔面目掛けて蹴りを入れた。

 顔の側面に受けた群狼は、蹴られた方の牙が欠けつつも横に吹き飛ばされる。


「グルル……」


 が、群狼はよろけながらもすぐに立ち上がった。

 しかし流石はモンスターというべきか……蹴られ、牙が折れたぐらいでは戦意喪失しない。

 イルゼとアランはチャンスとばかりに、ヒノの腕を肩に回して立ち上がらせて、下がる。


「グオオオオァ!」


 目の前の二人しか見えていないのか、叫び散らしながら接近する群狼。

 そこへ追いついたアキは刀を抜き、切っ先を前に構えた。


「『牙突』……!」


 唱えるように呟くと共に、アキの体は自動的に動き出す。

 一歩踏み込めば、雨でぬかるんだ地面の上を弾き出された弾丸の如く移動し、眼前の敵へ一直線に向かっていった。


 剣尖はそのまま吸い込まれるように群狼の元へいき、その肉体を突き貫いた。

 単純な直線の速度スピードなら群狼には負けることは無い。


 貫かれた群狼はその場で数回痙攣すると、すぐに細かい粒子となって消えていった。


「アキ……まだ来るぞ!!」

「わかってる…っ!」


 イルゼが叫んだ後、ぐるん! と勢いよく身を翻し、後ろに刀を振う。


「ガァァァ――」


 その先には、噛殺そうと大口を開けて跳びかかってくる群狼を捉えた。

 アキの心に死の恐怖がチラつく。


(怖がるな…やれる……っ!)


 自身を勇気付けながら、握った刀を斜めに斬り下ろす。

 空中にいた群狼は、防御も回避もできずに真っ二つとなり、音も無く消え去っていく。


(横…っ!)


 それを一瞬だけ見届けると、すぐさまアキは前に転がり込んだ。

 服のあちこちに泥がつくが、気にしてられない。 

 三匹目を見つけたからだ。


 狙いが外れた群狼は頭上を通り過ぎてく。

 これでいい、とアキはニヤリと笑った。


 なぜなら、ヤツの着地地点には大斧を持ったギルが待ち受けているからだ。


「よく見てるじゃねぇか、坊主!」


 不敵な笑みを浮かべながら言うと、担いでいた大斧を縦に振り下ろした。

 斧が群狼の頭に命中すると、そのまま地面へ叩きつけられる。


 グシャ! と文字通り叩き潰された群狼は一瞬、ビクンと大きく動くと弾けるように肉体が四散した。

 考えるまでも無く、即死だ。


(相変わらずすごいな……)


 目の前の光景に唖然としていると、アキの視界にあるものが現れた。


 筋力:10→13 耐久力:5→6 敏捷性:25→30

 命中率:3→9 知能:4 運:15


 技術スキルを二つ会得しました。



 目の前のうっすらとした画面には自分のステータスが表示されていた。


(何だこれ……? 数値が変化してる)


 モニターを注視しながら考える。

 数値が変化してるってことは、自分のレベルが上がったということでいいのか。

 まあレベル自体は表示されていないけど…。

 数値が上がったからって特別何か身体に変化があるわけではないみたいだ。


(この技術スキルって何なんだろ?)


 気になったのが、その下にある…”技術スキル”についてだ。

 意識を項目に向けると、画面がいきなり切り替わった。


「……これは」


 切り替わった画面を見た所で、突然背中に衝撃が走った。


「わっ……あ!」

「よくやったな! 坊主!!」


 今の拍子で画面が閉じてしまった。

 アキは思わずギルを睨みつけたが、当の本人は「がっはっは」と笑いながら気にかけてもいなかった。


 はあ、と一つ溜息をついて再び画面を開いてみる。


 木下 秋 17


 装備


 武器:疾風の小太刀 (敏捷性+10)

 防具:レザーコート (耐久力+2)


 アイテム  ステータス  スキル


 よかった、とアキは心の中で呟く。

 メニュー画面の項目がきちんと増えていたからだ。

 

 どうやらこの画面コネクトは、自分で見つけて自分で創り上げていくもののようだ。

 武器を装備すれば武器の項目が追加され、先ほどのようにスキルを閃けばスキル項目が追加されていくことなど。

 そうなると、まだ他にも未発見のものがいくつもあると思われる。


(この仕様……説明も何も無しでこれはきついな)


 雨雲に覆われた灰色の空を眺めつつ、もう少し何か説明が欲しかったなと肩を落として落胆する。

 そうこうしているうちに、アキたちのもとへ三人が合流していた。


「すまない」


 合流するなり、頭を下げ始めるヒノ。

 アキたちはあたふたとしながら、気にしないで下さいと口々に言う。

 ギルはいつもの調子でヒノの肩に手を置きながら、「どんまい」と一言告げていた。


「これからどうします?」


 アランが二人に問いかける。


「……村まではあと少しで着く距離まで来ている。このまま進めば……と思ったんだが」


 そこでヒノは言葉を止めた。

 イルゼとアランは首を傾げ次の言葉を待ったが、ヒノは視線を前に向けたまま動かなかった。

 つられるようにみなの視線はそちらへ向かう。


「何匹きてんだよ……」


 忌々しげに口にするイルゼの表情は険しかった。

 それは他の者も同じでそれぞれが武器を構え、背中を合わせるように円陣を作る。


「さあて、俺らを村に帰さないつもりだな…」


 ギルが大斧を担ぎなおしながら話す。

 その間にも群狼の数も増えてきて、見えているだけでも数は十を超えるまでになっていた。


「こんなに狭いとやばいですよギルさん…」

「そうだな……ヒノ」


 アランの意見を肯定したギルは、ヒノに問いかける。

 ヒノは群狼に目を向けたまま、頷く。


「確かここから少し離れた所に自然に出来た広場があったな」

「だったな。ただ、闇雲に突っ込んではいけねえな」


 ギルの言う通り、このまま行くと袋叩きにあってしまう状況だ。

 そこへ一歩前へ踏み出す者が一人。


「ギルさん、広場の道はどっちですか?」


 そう訊いた人物は、アキだった。

 アキは刀を鞘に納めたままギルに問いかける。

 何やってるんだと群狼から目を離せないギルは、アキに言葉だけ投げかけた。

 アキは少し試したいことがあります、と一言言うと刀に手を添える。


 それを見たヒノがギルの代わりに答えた。


「広場はお前から見て真っ直ぐだ」

「…わかりました」


 そう言ってアキは、広場の方角に向くと目を瞑り始めた。

 その場にいた皆は、何をしようとしているのか検討もつかずただ見ているだけ…。


 群狼はアキに対して警戒を始める。

 だがアキは気にせず一つ、大きく息を吐いて深呼吸をした。

 雨が降りしきる音と張り詰めた空気がアキを心を支配する。


(ぶっつけ本番だけど、やってやる)


 目を見開き、囁くように口にした。


「――――『鎌威太刀カマイタチ』」


 素早く鞘から刀を抜き取り一閃、空気を斬り裂いた(・・・・・・・・)

 刹那の沈黙の後、アキに対して直線上にいた二、三匹の群狼の体が横に真っ二つになった。


「な…っ!? 一体なにが……」


 驚きの声をあげたのはギルだった。

 彼が驚くのも無理は無い、が、これだけでは終わらない。


 ばきばきと音を立てて、今度はその先にある木々が次々とドミノ倒しのように崩れ落ちていったのだ。

 流石の光景に残りの皆も唖然とする。


「さあ、今のうちに!」


 刀を納め、アキは叫ぶ。

 ギル達はアキの意図に気がついたのか、各々走り出す。


「アキ、お前すげえな」

「あれは俺もびっくりしたな」


 走っている最中にイルゼとアランが心底驚いた様子で話しかけてきた。


「えっと……あはは。た、偶々だよ」


 乾いた笑みを浮かべて相槌を返した。

 正直、ここまでうまくいくとは思ってもいなかった。


 鎌威太刀カマイタチ――――新しく会得したスキルの一つで、《空気を斬り裂き、衝撃波を生み出す》技だ。

 なぜ知っていたのかというと、頭の中に大雑把に情報が流れてきたからだ。


 情報といっても、今の鎌威太刀ならアキの頭の中には《斬撃を飛ばす》という一情報だけが伝わってきていた。

 後は単にその情報を頼りに自分で技の流れを読み取っただけの話。

 

 飛距離と威力はまだ把握しきれていないので、これから理解していくしかない。

 一先ず、威力に関しては群狼は一撃で倒せることが証明できたので及第点だ。

 群狼に当たったのは、偶々だったけれど…。 


 飛距離については、これから分かる。

 しばらく走った所で、ある境目が確認できた。


(距離は百メートル前後…かな)


 境目を通り過ぎる中で距離を測り終える。

 最後の方は、木に熊が爪で引っかいたような跡が残っているだけで倒れてはいなかった。

 そうなるとあそこが今の自分の射程距離、そして距離が離れるほど威力が下がるということになる。


 考えている内に、とうとう目的の広場にたどり着く。


「着いたのはいいんだが、おかしいな……」


 着くなりヒノが訝しげに呟いた。

 この空間の広さは直径約二百メートル程、目の前に大岩が一つあるだけで他は何も見当たらない。

 そして見当たらないといえばもう一つ…。


「群狼が一匹も追ってこない…」


 そう、アランの言う通りここに来るまで一度も接触することは無かった。

 それどころがヤツらは追ってきたのだろうか…。

 振り返ってみるが、そこには何もいない。

 

「…ギルさん、もしかして」


 と、そこへ天から轟音が響き渡った。


 落雷だ。

 しかも近い場所に落ちたのか音と光が凄まじく、視界が白く染め上がった。


「っ、みんな平気か?」


 ヒノが確認する。

 皆大丈夫と口にするが、一人だけ様子がおかしい。


「…イルゼ? どうしたの」


 アキがイルゼの元へ駆け寄ると、彼は口をパクパクと動かしながら震えていた。


「イルゼ…」

「あ、アキ……まえ、前っ!」

「前? 一体なにが――――」


 大岩の方を指で指しながらアキは振り向いた。

 そこには――――


「あ、あぁ……」


 それを見た瞬間、空が鳴いた。

 再び音と光に支配されるが、今度は目を瞑らなかった。

 いや、瞑れなかった……目の前の脅威(・・・・・・)に対して、その行為自体忘れていた。


「――――、」


 いつの間に現れたのか、その脅威は数匹の群狼を従えて大岩の上に猛々しく立っていた。

 全長は他の群狼に比べ二、三倍でかく、白銀の体毛に覆われていた。

 蒼色の眼はアキ達を捉えて離さず、時折見える大木のような四本の犬歯が自身に潜む恐怖を駆り立てる。


「あれが…あれが白狼ホワイトウルフ?」

「で、でかすぎる…」


 言葉の出ないアキに代わって、イルゼとアランが絶望するように答えた。

 確かにあれは巨大すぎる…周りに従えている群狼が小さな赤子のように見えてしまうほどに。


 そして、この広場を囲むように次々と群狼が姿を現し始めた。

 先ほどとは比べ物にならないぐらいの数で、だ。


(まさか最初から此処に誘い込むつもりだった…?)


 雨にうたれた寒さが原因か、それとも緊迫した状況によるものか、アキの手足は意思に反して小刻みに震えていた。

 辺りは群狼の赤い瞳に囲まれて異様な光景が広がっている。

 その中で悠々たる面持ちの白狼。


 誰一人として動かない状況の中、白狼とアキの視線がぶつかった。


「――――っ!?」


 刹那、凍りつくような悪寒がアキを襲った。

 咄嗟に体の震えを抑えようと意識を体に向ける。


 そしてそれがヤツの狙いだという事に気がつくときには、既に大岩から姿を消していた。

 急いで辺りを探し始めるが、ヤツの巨体は何処にも見当たらない。

 他の皆も同じようであちらこちらと視線を泳がせていた。


(居場所が分からない……なら)


 と、アキは先ほどと同様に目を瞑った。

 もう一つ、手に入れた力を使うために。


「――――『千里眼』」


 唱えた直後に、脳にビリビリと電流が奔る感覚に襲われた。

 予想しなかった痛みに頭を押さえる。


(…なんだ今の?)


 それも数秒とせずに痛みは収まり思考がクリアになった。

 なんだったんだと不思議に感じながら、意識を再び集中させる。


「……『索敵サーチ』」


 会得した際、頭に浮かび上がった情報を頼りに再び唱える。

 唱えると同時に、アキの視界が拡大した。


 拡大するといってもただ視野が広がることではない。

 もっと細かく立体的リアルに、という意味でだ。


 それは表すのなら、上空から下を見渡しているかのようなもの。

 しかし実際に上から目で視ている訳では無い、感覚で視ているとでも言えばいいのか。


 改めてその数に驚愕する。

 地図上で敵の位置を表すのに赤い点を使用したとするなら、この広場周辺は円を描くように真っ赤に塗りつぶされている状態だった。

 正確な数は分からない。

 この時のアキには、感覚としてたくさん潜んでいるとしか認識していなかった。


 頭を振って再び集中する。


(索敵範囲を広く設定しすぎた……知りたいのはこれじゃない)


 目標を絞ると、すぐにそれは発見できた。

 が、その位置がおかしいことに気がつく。

 

「(何で僕たちの所に反応が?)……まさか!」


 すぐに違和感の原因に気がついたアキは空を見た。

 同時にアキは驚きの表情を浮かべる。


 頭上には、こちらに向かって落下してくる白狼を捉えたからだ。


 ――ありえない。

 ここからヤツのいた大岩の距離は百メートルを越えてるはずなのに。

 それを一度の跳躍で自分達の真上まで跳んで来たというのか。


「ギルさん! みんなこの場から離れて!!」


 まずい、と焦燥に駆られながらその場から離れる。

 ギルとヒノ、そしてアランはアキの次に異変を察知し、有無を言わずその場から勢いよく離れた。


「……イルゼっ! 早く!!」

「え? ――――あ」


 呆然としていたイルゼは反応が遅れてしまった。

 その間にも白狼は迫ってきている。


(頼む、間に合って……!)


 アキはすぐさま刀を抜き走り出す。

 だがこのままだと間に合わない――――そう思ったアキはあろうことか刀を前に突き出した。


「これで……どうだっ!!」


 直後、白狼が地面に激突した。

 その衝撃は凄まじく、白狼が着地したところから地割れを起こし、ギルとヒノそしてアランはその余波で吹き飛ばされる。

 アキも同様にギル達とは反対側に吹き飛ばされた――――イルゼを引き連れて。


「…イルゼ、大丈夫?」

「あ、あぁ……すまねぇ」


 よろよろとイルゼは立ち上がり、アキはよかったと胸をなでおろす。

 先程の接触寸前に『牙突』を発動させ、そのスピードを用いてイルゼを救出したのだ。

 『牙突』のスピードはただ走るよりかは何倍も速い技なので、成功してくれて本当によかったとアキは思った。


 でも安心はできない。

 目の前にできた小さなクレーターの中心から何事もない様子で白狼が上がってきた。

 ギルたちと分断させる形で。


「アキ、イルゼ!! 逃げろーー!」


 白狼の後ろ側からアランがこちらに向かって叫んでいるのが聞こえた。

 その様子に気がついた白狼はクイッと顎を使い周囲にいた群狼を呼び寄せ始めた。

 そのまま集まってきた群狼はギル達の元へ、威嚇しながら取り囲み始めた。


「頭がいい事で……まずは僕たちってことね」

「どうするんだよ、アキ!」


 アキは軽口を言いながら刀を構える。

 イルゼも同じく剣を構えているが、その手は震えている。


「どうするもなにも、僕とイルゼでコイツを倒すしかない……」

「ば、馬鹿お前! そんなの無理に決まってるだろ!? 俺は群狼だけでも手一杯なのによ……」

「でもやらないと僕たちが殺される。大丈夫、僕とイルゼならきっとやれる……っ!」

「……ちきしょう、わかったよ! やればいいんだろやれば!!」

「うん、いくよ――――」


 半ばやけくそ気味にイルゼは声を張り上げる。

 それを合図としたのか白狼がぐっと身を屈め始めた。


「『牙突』!!」


 させまいと、アキはすぐに行動に出た。

 使い慣れてきたスキルの一つを用いて敵に急接近する。

 剣尖が白狼を捉え、そのまま――――


「えっ!? 避け――――」


 命中するかと思いきや、白狼は軽く横に跳び避けられてしまった。

 アキの技は空振り、突きのモーションのまま身体が固まってしまう。


 まずいと思った時には白狼はこちらに接近し、その手に生える剛爪を横に切り裂いてきた。

 咄嗟にガードを試みるが、間に合わない。


「うおおおお!!」


 その矢先、雨でぬかるんだ地面の上を怒涛の勢いで走りぬいてくるイルゼがいた。

 イルゼはアキと白狼の間に割ってはいると、迫り来る剛爪の一撃に対し剣を振るった。

 爪と剣は火花を散らしながらぶつかり合う。

 だが、白狼の重い一撃にイルゼは耐え切ることが出来ずにアキと共に吹き飛ばされてしまった。

 バシャバシャと音を立てながら何回も転がり、数メートル程飛ばされた所で止まる。


「……助かったよ」

「痛っ……礼はいいから、急がないとつぎ来るぞ」

「…うん」


 泥だらけになりながら立ち上がった。

 幸い二人とも怪我は無く、再び剣を構え直す。


 白狼はこちらを見るとすぐに地を蹴り、接近してくる。


「今度は僕が受けるからイルゼは側面からお願い!!」

「平気なのかよ!?」

「まかせて!」


 短いやり取りの後、イルゼはアキの背後に隠れる。

 それを見届ける間もなく、アキは小さく空気を吐き心の中で唱えた。


(『未来視ビジョン』!!)


 直後頭にチクリと刺すような痛みが襲い、アキの視界が変化した。

 未来視――――これは千里眼を発動させた状態で出来る派生スキル。

 相手の次の動作を予測できるもので、今のアキにはこの先起こるであろう白狼の動きをコマ送りの映像で見ているような状態だった。

 その映像には上段から爪で切り裂く動作を見て取れた。

 なら、とアキは身を低くして防御の姿勢に、来るべき衝撃に備えて刀を構える。

 そして予想みらい通り、白狼は上段から剛爪で切り裂いてきた。

 凄まじい衝撃が刀を通して身体全体に伝わってくる。


「ぐぅぅ……」


 金属の擦れる音をかなでながら歯を食いしばり必死に耐え抜く。

 一瞬小太刀が折れないかと心配したが、こちらも耐えてみせた。


 そしてすぐにイルゼが白狼の側面へと突撃する。

 雄叫びを上げながら縦に斬り下ろすと、剣は横腹に命中し白狼はうめき声にも似た声を上げた。

 そしてアキが抑えていた白狼の足が一瞬緩む。

 その期を逃さずにアキは力を最小限込めて押し返すと共に、身を翻して白狼の首元目掛け刀を薙ぐ。

 だが、その一撃は浅く入っただけで避けられてしまった。


「行くよ! イルゼ」

「おう!!」


 すぐに体勢を立て直すが、ヤツの方が速くこちらに向かってきていた。

 が、こちらには未来視ビジョンがある。

 ヤツの次の行動はお見通しだと、スキルを唱えた。


(『未来視ビジョン』!!)


 これでヤツの動きは一つ一つ筒抜けになる――――本来はそのはずだったのだが、予想だにしない事態が起こった。

 それは……。


「あ、あれ? 何も変わらない!?」


 思わず声を張り上げてしまった。

 なぜだと焦り始めながら、再び唱えてみるが一向に発動する気配がない。

 それとも『千里眼』が発動されていないのかと思い、こちらも唱えてみるが何一つ変化がなかった。

 その間にも白狼はこちらに向かって突撃してくる。


「あ、ああ……」


 先ほどまでの自信が一転、死の恐怖に移り変わってしまった。

 次のヤツの攻撃は何処から来る? 先ほどと同じ爪攻撃? それとも大木のような牙を用いて噛み付いてくる? それとも……。

 アキはいつの間にか、冷静な判断ができなくなっていた。

 そして半ば錯乱気味状態に陥ってしまった彼は、あろうことかその場で棒立ち状態になってしまう。


「お、おいアキ! 何してんだよ!?」


 イルゼはそんな彼を見て、避けるように促すが当の本人には聞こえていないようだった。

 クソ! とイルゼは舌打ちしながらアキの元へ向かうと、彼を抱えて飛び退く。


 直後、彼の真上を通り過ぎる形で白狼が突撃してきた。

 どさっとイルゼはアキを抱えたまま倒れこむ。

 その衝撃によるものか否か、アキはふっと我に返った。


「……イルゼ?」

「…………、」


 アキは、自分の上に覆いかぶさっている彼の名を呼ぶが返事が無い。

 試しに揺すってみようと彼の身体に触れてみる。


「え? これって……」


 アキの手元にはべっとりと赤い液体が付着していた。

 それがイルゼから出ているものだと認識すると、アキは急いで彼を退かし抱える。


「イルゼ! 血が! 血が出てるよ…!?」

「…みたい、だな。 ああ、くそ! 痛てえ……」


 その間にもドクドクと血がにじみ出ていた。

 咄嗟に視線をギル達に向ける――――未だに彼らは無数の群狼を相手にしていた。

 ダメだ、とてもこちらに来れるような状態じゃない。

 そして再び視線を白狼に向けなおすと、少し離れた場所に立っていた。

 ――――どうした? もう終わりか? とでも言わんばかりの様子で。


「…………、」


 その様子を見てアキは、そうかよと小さく呟きながら無表情のままそっとイルゼをその場で座らせる。


「…アキ?」

「……イルゼは此処で待ってて、アイツは僕がやる」

「やめ、ろ…無理だ」


 イルゼは彼を止めようと身体を動かすが、傷口から痛みが広がりうつ伏せに倒れこんでしまった。

 そしてアキにはもう白狼しか見えていないのかこちらを見ようともしない。

 無言のままアキは刀を拾い、立ち上がるとゆっくりと歩を進めていった。

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