第七話 不穏
「違う世界から来たぁ!?」
「うん」
素っ頓狂な声をあげたのはイルゼだった。
僕はモロを手の中で転がしながら話を続ける。
「名前は”地球”で、その中の”日本”っていう所から来たんだ」
「チキュウ…?」
「ニホン?――聞いたことない名前だな」
イルゼとアランさんが首を傾げながら僕の話を聴いていた。
なぜこんな話になっていたのかというと、イルゼの何気ない質問がきっかけだ。
”アキは何処から来たんだ?”
イルゼは多分”この世界”にいる事を基準に訊いてきたのだろう。
僕は一瞬、ためらった。
(言っても別に問題ないよね…)
それにいい機会だ、と僕は思った。
何時までもこの世界の事を知らないなんて言ってられない。
ここで自分の事情を皆に話せば、何かしら道が見えてくるかもしれないという結論になり、話してみることにした。
「本当にそんな世界あるのかねぇ?」
「いや、無ければ僕は此処にいないし」
「じゃあどうやってこっちに来たんだよ?」
「それは…」
言い淀んでしまった。
僕がイルゼに質問攻めを受けていると、横で聞いていたアランさんが話に加わる。
「そこまでにしておけよ、イルゼ」
「何でよ?」
「アキが困ってるだろ?――それに色々と事情があるんだろうしな」
そう言ってアランさんの視線は僕の方へ。
僕の表情から何かしら読み取ってくれたのだろうか、それならこちらも説明しなくて済むからありがたいけど。
(流石に”コネクト”についてはね…)
自分でもどういう原理なのか理解していないし、そもそもこちらが訊きたい事でもある。
イルゼは口先を尖らせながら「わかったよ」と呟くと、話題を変えた。
「じゃあ、アキは元の世界に帰る方法を探しているわけ…だよな?」
「…何か知ってることある?」
僕は周りを見渡しながら訊いてみたが、皆一様に首を横に振るだけだった。
「…はぁ」
堪らず溜息が僕の口から漏れた。
薄々感じていたけど、やっぱりダメか。
「…イルゼ」
「なっ!俺のせいかよ」
「ゴメン、平気だからさ。ありがとイルゼ」
「お、おう」
別にそこまで落ち込んでいないから平気だけど。
何か僕のせいで空気が悪くなっちゃったな。
「あっ…じゃあさ、質問していいかな?」
「あ、おう!俺たちに分かることだったら何だって答えてやるぜ!」
「ありがとう、ならこの世界のことが知りたいんだけど、知ってる部分だけでいいから」
「この世界……か」
「俺たちもあんまり多くは知らないぞ?」
「構いません、お願いします」
「分かった、じゃあ――――」
そう言って、アランさんはこの世界について話始めた。
――――この世界の名前は”ガイア”といわれている。
僕はその名前を聞いたとき、あのゲーム機の表示を思い出した。
木下 秋 をガイアへ接続します。
はい いいえ
よろしければ”はい”をタッチしてください。
あれがこの世界の名前だったのか、と此処に来てようやく理解した。
「続けていいか?」
「あ、はい」
この世界では大きく7つの国に分けられていて、それぞれの国を中心に町や集落などが集まっている。
ちなみにリンド村から近い国の名前は、海の国”シール”らしい。
「シール…」
「そこは他国へと繋がる海路が幾つもあるんだ、貿易もおこなっているし多分、7大国の中で一番賑やかな場所だと思うよ」
「へぇ、そんな所があるんですか」
「けどまぁ、名前だけ知ってるだけで実際には俺たちは行ったことないけどな」
「この村からは海は見えなかったけど…」
「遠いからな、俺たちが行けるのは精々山を降りた先にある町だけだ」
その町の名前は”ダル”。
それほど大きな町ではないが、市場もあるし、商人も町に訪れるため、中々に活気溢れている所らしい。
リンド村もその町にはお世話になっているようだ。
「町には買出しか何かですか?」
「まぁそうだな、村はこの狩りで採れた”素材”を売りに行くことが多いんだ」
「そんで、手に入れた金で村に必要な物を買ってるって感じさ」
「なるほど、ところで素材ってこれのことですか」
僕はポケットから昨日手に入れた牙を取り出し、二人に見せる。
するとなぜか二人は目を見開いて、驚いた表情をしていた。
「ど、どうしたの二人とも?」
「お、お前…」
「群狼を狩ったのか?」
「え?――うん」
肯定すると、二人は更にざわついた。
何かおかしいことでも言ったのだろうか。
すると、そこにギルさんがやってきた。
「お前ら何騒いでんだ」
「ギ、ギルさん――これはどういうことっすか!?」
「ん?おぉ…それか」
イルゼにとられた牙をギルさんに見せ付けていた。
ギルさんは牙を見ると、思い出したようにしゃべりだした。
「それは坊主が狩った群狼の牙だな」
「アキ…お前すげえな」
「い、いやいや…偶々だって!倒したのも一匹だけだし――そんなに驚くことなの?」
「あいつらは群れで行動するからな、村では要注意モンスターになってる」
「そ、そうなんですか…でも、僕が群狼を狩れたのはギルさんのお陰ですよ」
僕がここまでの経緯を話すと、二人は驚いた表情から納得したような表情へと変わった。
「じゃあ、殆どはギルさんがやったのか」
「しかし災難だったな、落ちた所が群狼の群れの中心だったとは……よく生きてたもんだ」
「そうですね、ギルさんがいなければ僕は死んでいたかもしれないですし…ありがとうございます、ギルさん」
「なんだ…改めて言われるとなんか照れるな」
照れくさそうに頬をポリポリと掻き始めた。
ギルさんのその様子が何だかおかしくて、皆で笑った。
「なに笑ってやがるんだイルゼ!」
「え、ちょ!俺っすか!!?――ギブギブ!」
照れ隠しなのか、近くにいたイルゼの首に腕をまわし頭に拳をぐりぐりとねじ込んでいた。
あまりの痛さにイルゼは涙目になりながらギルさんの腕を手のひらで叩くが、ギルさんは気が付いていない。
「えと、そこまでにしといたほうが」
「ああん?何がだよ」
「ギルさん…それ」
「ん?――おおぅ!?」
腕の中の彼は既に白目をむいていた。
ギルさんは慌てて今度は、彼の頬を何度も何度も平手打ちをし始めた。
うわぁ、こっちのが痛そう…。
「――はっ!?俺は何を…」
「おう、目ぇ覚めたかイルゼ」
「…何か頬が痛いんすけど、何かしましたか?」
「「――ぶっ」」
そう言うイルゼの頬は真っ赤に腫れ上がっている。
思わず僕とアランさんは吹き出してしまった。
「お、お前ら何笑ってやがるんだ!」
「だ、だってイルゼその顔」
「笑える顔になってるぞ、お前」
「――っ!ギ、ギルさんあいつら酷くないっすか!?」
「おいおい、お前ら人の顔見て笑うのはひでぇだろ?――――ぷっ」
ギルさん、行動と言動が一致していないんですが。
彼を惨めな姿にした張本人は、惨めな彼の目の前で笑っていた。
イルゼは、顔を俯かせて黙り込んだ。
「――くっ」
「「く?」」
「くっそおおおー!!…「そこまでだ」――おぉぅ…」
我慢の限界を超えた彼が叫んだ瞬間に、ヒノさんが割って入ってきた。
その変なタイミングで横槍を入れられたため、気の抜けた声を出していた。
哀れだ…。
「どうしたんですか、ヒノさん」
「――ギル、まずい事になった」
「どうしたヒノ」
「来てくれ」と言って、僕達に聞こえないように離れた所で話し始めた。
あんな険しい表情して何かあったんだろうか。
「なんだろうな」
「さ、さあ…?」
「あまり穏やかじゃないな」
空を見上げながら言うアランさん。
つられて僕たちも見上げてみると、空は徐々に曇り始めていた。
「いつの間にこんな天気に…」
「…降りそうだな」
「ああ、今日は終わりかもな」
「あ、戻ってきたよ」
僕が指差した方には、今も尚険しい表情のままの二人がいた。
僕たちは足早に二人の下へ駆け寄る。
「どうされたんですか?」
「ああ、ちょっとな…狩りの途中だが、今日は戻るぞ」
「天気悪いっすからね」
「そんな所だ、支度して俺とギルの元に集まってくれ」
――――荷物をまとめているとイルゼが横から話しかけてきた。
「なぁ、ちょっとおかしくね?」
「急にどうしたの?」
「おかしなお前が、またおかしな事言うんじゃないよな?」
「俺はおかしなやつじゃねえ!」と怒っていたがとりあえず話が進まないのでスルーすることに。
「アランさんもイルゼで遊ばないで下さいよ」
「悪かった」
「で、何がおかしいの?イルゼ」
「ったく…ギルさんとヒノさんの雰囲気がよ、何か違うんだよなー」
「それは天気が荒れるからじゃないのか?」
僕もそう思っていたのだが、イルゼは「違う」と言ってまた考え始めた。
「あっ!あれだ」
「あれってなにさ?」
「戦闘前の顔してるぜ、あの二人…うん、そうだ」
「戦闘…」
「前って、一体何との戦闘なの?」
「それは分からん!」
いやいや、そんな清々しい顔で言い切らないでよ。
(でも、確かに言われてみればだけど…何か雰囲気が違うな)
視線を前にいる二人に向ける。
するとギルさんがこちらに向かって手招きしていた。
「あっほら、呼ばれてるから行こう」
「ん?まじか!――ちょっと待ってくれ」
「お前…話している間に全部終わらせろよ」
僕とアランさんは溜息をついて、イルゼの荷物の整理を手伝い始めた。
それほど多くはないので、すぐに片付け終わる。
「お前らー!早くしろーー」
「うし、じゃあ行こう!」
「まったく……」
「はは――――」
と、不意に僕は背中に違和感を感じた。
「……何だ、今の?」
「どうしたアキ?早く行くぞ」
「あ、うん。今行く」
不安を煽るように、空の天気は更に悪くなっていく。
しかし、感じた違和感も一瞬だったので、その場では特に気に留めずに皆の下へ駆け寄っていった。
――――ガサッ
僕達の去った後、後ろの草むらが複数、音を鳴らして蠢いていたのことに気がつかずに。