第五話 狩人
ガルシア。
歳は生きているのなら16、僕とは一つ違いだ。
2年前、突然行方が分からなくなっているみたいで、現在も二人は彼を探している。
「本当にいきなりいなくなったんですか?」
僕は食事の手を休め、二人に訊いた。
ギルさんは首を縦に振り、ローラさんが答える。
「そうね、突然といってもガルシアは”狩り”の時に…」
「狩り…」
”狩り”とは、この村で毎日のように行なわれているものだ。
自給自足で生活しているこの村では欠かせないものの一つで、主にこの”狩り”に関しては、村の男性陣が中心となって行っている。
しかしそれには危険が伴うため、15歳未満は狩りを禁ずる、という村の掟があったようだ。
それに満たさない女子供達は、主に畑仕事を中心としているのだが。
「…掟を破って、ガルシア君を”狩り”に連れて行ってしまったんですね」
「恥ずかしいことにな。その日はアイツはどうしても狩りについて行きたいって言われてよ」
「私は止めたんですけどね」
「ああ、あれは俺もどうかしてたぜ、本当にすまなかったな」
「いえ」
2年前…当時14歳だったガルシア君は早く一人前になろうと、父親であるギルさんに頼み込んだのだろうか。
本当はどうかは分からないけど、もしそうなら気持ちは分からなくもない。僕も同じ事を考えていた時期があったから…。
しかし掟を破った結果として、息子は行方知れず、おまけに村長にもばれてしまい一切の捜索は行われることはなかった。
二人も掟を破った事は承知の上だったので、村長の意向に従うしかなかった。
「だが、俺は諦めきれなかった。それで…」
「狩りと称して息子の捜索をしていたと、そこで僕を見つけた」
「ああ、そうなるな」
そう言って、ギルさんは悲痛な表情を浮かべた。
この人のこんな顔をみるのは初めてだ。
ローラさんがギルさんの傍に寄り添う。
「じゃあこのコートはやっぱりガルシア君の?」
「15歳の誕生日にプレゼントしようとしたものでな」
「でも渡せずに2年も過ぎてしまいましたけどね」
「そうだな」
はは、と二人が微笑みながらそう答えた。
僕はそれを聞いて慌ててコートを脱ぐ。
「さ、さっきも言いましたけど、それなら僕が着るなんて…」
「あー、だからいいって。坊主」
「ギルの言う通りよ。受け取って頂戴」
「で、でも…」
僕が戸惑っていると、ローラさんが続けて言う。
「いいのよ、それよりそろそろ時間じゃないのかしら?」
「おお、そうだった。坊主、早く食べるぞ」
「?」
僕が首を傾げていると、ギルさんは言った。
「村長に呼ばれてたろお前さんは」
「あっ」
二人の話に夢中で忘れていた。
ガツガツと食べ始めたギルさんに続いて、僕も口に放り込む。
「お邪魔するぜー」
「お邪魔します」
所変わって村長であるムーゥさんの家。
「来たか二人とも、さあ上がってくれ」
部屋の奥からぬっと初老の大男が現れた。
僕たちは案内され、中に入る。
昨日もお邪魔したが、外装を除いて、内装はギルさんの家とたいして変わりはない。
居間に案内され、座るように言われる。
僕たちが座ると、ムーゥさんは目の前にある座布団に腰を下ろした。
「アキ君、昨夜はよく眠れたかね?」
「は、はい。おかげさまで」
「そうかそうか」
「そんな事よりもよ、何か用件があるんじゃねえのか?」
ギルさんが、待ちきれないといった感じで横槍を入れる。
「ああ、そうだな。アキ君」
「はい」
改めて、真剣な表情で話を始める。
僕は思わず正座に組みなおした。
「昨夜見て思ったのだが、君は剣士なのか?」
「えっ?」
突然ムーゥさんはそんな事を訊いてきた。
そんなことを訊いてどうする気なのだろうか。
「剣がチラッと見えたものでな。で、どうなんだ?」
「あっ、はいそうです…一応」
「なるほど」
実力は…残念なんですが。
とは言えず、ムーゥさんの圧力に負けてその場は頷いてしまった。
「昨日、手伝えることがあるのなら何でも…と言っていたな」
「はい、確かに」
「なら君にはギルたちと一緒に狩りに行ってもらおうと思うのだが」
「狩り…ですか」
と、ムーゥさんの言葉を聞いたギルさんはやれやれといった素振りを見せた。
ギルさんは何となく分かっていたみたいだ。
「だろうと思ったぜ、村長さんよ」
「仕方なかろう。近頃はまともに戦える者が少なくなってきている、お前さんも分かっているだろう?」
「まあ、そうだがよ」
ばつが悪そうな顔でそう答えた。
「人手不足…というわけですか」
「ああ、それなりに危険が伴うからな。少しの間、お願いしたいのだが」
ムーゥさんは軽く頭を下げた。
隣で座っているギルさんに顔を向けると、鋭い視線でジッと僕を見ていた。
”半端な気持ちではやるなよ”と訴えかけているようにみえた。
しかし、やることは決まっている。
「僕は――――」
僕たちは現在、村から西に位置する森の中を歩いていた。
人数は僕を含めて5人、ガサガサと草木を掻き分けて一歩一歩進んでいく。
先頭はギルさんと先ほど知り合った中の一人、ヒノさん。
その後ろにもう三人――僕、アランさん、イルゼが彼らの後を歩く。
ギルさんを除いて全員初対面だったが、みんな優しく僕を迎え入れてくれた。
「ちゃんとついて来いよお前ら」
斧を担いだギルさんが後ろにいる僕らに声をかける。
僕たちははい、と返事を返すと再び歩き出した。
ギルさんの隣にいるヒノさんは、三十代のこれまた背が高い細身の人で、むき出しの銅剣を腰に携えていた。
彼は無言でギルさんの隣を歩いていく。
と、僕の隣にいたイルゼが声をかけてくる。
「アキは確か狩りは初めてだったよな?」
「うん、そうだよ。よろしく」
「おう、よろしくな」
「…俺たちは今回”も”見学を兼ねてだそうだ。気を抜くなとよ」
「そうなんですかアランさん?」
イルゼに続いてアランさんが話しに加わってきた。
ギルさんの話によると、この二人は狩りの経験が浅いらしい。
狩りの適正年齢を過ぎていても、すぐに出してもらえるわけではないようだ。
村の熟練者に指導を受けて、問題ないと太鼓判を押されることで初めて一人前として認められるらしい。
二人は未だ一人前として認めてもらえずに、こうしてよく愚痴をこぼしているみたい。
それでも何回かは実戦を経験しているようで、僕と比べると幾らか経験豊富というわけだ。
アランさんは僕の3つ上の人、イルゼは僕と同い年だ。
アランさん同様、イルゼに”さん”付けで最初呼んでみたら、ゾワッといった感じで身震いしていた。
彼曰く、「同い年のヤツに”さん”付けされると鳥肌が立つ」などと言われ、呼び捨てで呼ぶようにと言われた。
溜息混じりにアランさんが話を続ける。
「ああ、もう少し奥に行ったら狩場に着く。そこで最初は見学だろうよ」
「あーあ、早く認めてくれねえかな。なあアキ?」
「はは、そうだね」
僕は苦笑いしながら二人の愚痴を聞く。
しばらく歩くと、ギルさんとヒノさんが立ち止まった。
「おし、到着だ」
「みんなまずはここで待機だ。私とギルが先に行く」
「そこの二人はもう飽き飽きしてるかも知れねえが、坊主はよく見ておけよ」
「はい!」
「「はい(っす)」」
ギルさんとヒノさんは周囲の確認を済ませる、そして一瞬互いの視線を合わせると左右に散っていった。
続いてアランさんとイルゼが、先ほどまでギルさん達のいた草むらまで足を運んだ。
「(ほら、アキ。お前も来い)」
「(わ、わかった)」
イルゼに小声で呼ばれ、二人の下へ歩み寄る。
二人の視線は前を向いたままだったので、僕も前へ。
そこは円形状に開けた空間が存在していた。
その中心には、モゾモゾと動く白い物体が。
「(あれは?)」
「(あれは、”ナキトリ”だ)」
「(”ナキトリ”?)」
「(そう、あれが今回のターゲットだ)」
視線をアランさんからナキトリに移す。
見た目は白い羽毛に覆われていて、ダルマのような体型をしている。
驚いたことに、赤いトサカに黄色い口ばしがあった。
どことなく――いや、確実にニワトリに似ていた。
そのニワ…ナキトリは3,4羽ほどの小さな群れを成していた。
続けてアランさんの解説が入る。
「(あいつはああやって群れでいることが多い。危険度も少ないし、初心者が狩りやすい獲物だ)」
「(それに、あの鳥はうちの村の貴重な肉でもあるしな)」
「(なるほど)」
と、ナキトリの近い位置の草むらにヒノさんの姿が見えた。
その反対側にはギルさんが身を潜めている。
どうやら所定の位置についたようだ。
ナキトリたちは二人の存在に気がついていない。
「(始まるぞ、よく見ておけよアキ)」
「(うん)」
ギルさんは向かい側にいるヒノさんに何やら手で合図を送っていた。
それを見届けたヒノさんは頷くとともに、バッと勢いよく草むらから飛び出した。
ナキトリたちの意識がヒノさんに向けられる。
刹那、ナキトリたちの口が大きく開かれて――。
キイイイイイイ!
「ッ!?耳が――」
「落ち着けアキ」
突然の大音量に飛び上がりそうになった僕をイルゼが抑えてくれた。
耳の奥にギシギシと衝撃にも似た音が響き渡る。
「な、なに…あの鳥」
「あれがナキトリの特徴であり、名前の由来さ」
「あの声で外敵を寄せ付けないようにしているんだ。俺らは慣れてきたけど、アキにはキツイか?」
「…結構、やばいね」
イルゼは笑いながらそんなことを言っているが、まだ少し顔をしかめているようだった、アランさんも…。
僕は両耳を押さえながら、意識を元に戻す。
「――ふっ!」
ヒノさんはこの大音量の中、顔色一つ変えずに動きの止まっているナキトリに対して、迷いなく銅剣を突き入れた。
キイイイイィィ――――
剣がナキトリ一匹の胴に深々と突き刺さると共に、パタッと動きを止める。
一撃で仕留めたのだ。ナキトリはその後ピクリとも動かず、次の瞬間、その肉体は消滅した。
キイイイイイ!
残りのナキトリたちも命の危険を感じたのか、ヒノさんとは逆の方角へと一斉に逃げだした。
ニワトリの姿で「キイ!」とは、これいかに――地球にいた僕にとっては物凄く違和感がある光景だった。
だが、ナキトリたちは運が悪かった。いや、そう誘い込まれてしまったのだから仕方ないか。
「うらぁぁぁ!」
草むらの陰から勢いよく飛び出す影――ギルさんが担いでいた斧をナキトリたちのいる地面に向けて振り下ろした。
ズゥゥゥン! と爆音と爆風が吹きぬける。
「うわ!…相変わらず無茶苦茶な人だな」
「ッ!凄い」
土煙が舞う中、僕たちはジッとその場で待つ。
煙が風で取り払われ、そこに広がっていたのは…。
「…っち、1つだけかよ」
抉られた地面の中心にギルさんが舌打ちしながら立っていた。
ナキトリの姿は見当たらない、恐らく、あの攻撃を受けた瞬間に消滅してしまったようだ。
証拠に、彼の手元には両手に納まるほどの大きさのブロック肉が1つあった。
あれがドロップアイテムか。
「――ギル!もう少し加減してくれ。これじゃあ周囲の獲物も逃げてしまう」
まだ残る土煙を手で払いながら近づくヒノさん。
ギルさんは笑いながら「悪い」と謝罪する。
同時に肉をヒノさんに投げた――ヒノさんはそれを受け取り、持ってきた袋にそれを入れた。
僕たちは終わったのを確認して、草むらから姿を現す。
「お疲れ様です。ギルさん」
「おう、坊主。少々力みすぎたが、これが”狩りの流れ”だ。分かったか?」
「い、一応は」
「そうかそうか!」
ガハハと高笑いしながら僕の背中を叩く。
隣では二人がヒノさんに狩りの結果を訊いていた。
「一匹でしたか」
「そうだな、ギルが仕留めた一匹がそうだ」
「相変わらず手に入りにくいっすね…」
各々狩りの結果に対し、感想を述べていた。
僕はギルさんに訊いた。
「確か4匹ぐらいいた気がするんですけど…成果はあれだけなんですか?」
そう言って僕は、ヒノさんが持っていた袋に視線を移した。
「ああ、必ずしも手に入るわけじゃねえんだ。今回は運がよかったな」
「大変そうですね」
「”そう”じゃなくて、大変なんだ。倒してすぐに手に入るなら人手不足やら食糧不足にはならないからな」
「…なるほど」
確かにギルさんの言う通りだ。
自給自足は何かと苦労するものか――と改めて実感することになった。
ギルさんは周囲を見渡した後、「うし」と一言発しながら三人の元へ歩き出した。
「来い、坊主。次はお前さん達だ」
「わ、分かりました」
どうやら見学はここまでらしい。
次は僕達の番だ。