第四話 勘違い
「――寒い」
隙間から吹き抜けてくる風によって、半ば強制的に覚醒する。
反射的に体を丸めて寒さを免れようとするが、意味がない。
重い瞼をあけて自分を見ると、羽織っていた毛布が見当たらなかった。
寝ている間に自分で蹴飛ばしてしまったのだろうか。
「えっと、確かこの辺に…」
場所はギルさんの家の屋根裏。
暗がりの中、体をモゾモゾと動かしながら、手探りで探す。
昨夜の食事の後、ローラさんに毛布とカンテラを一つずつ受け取り、ここで寝たのだ。
二人に一緒の部屋でいいのではないかと誘われたが、僕は丁重に断った。
食事の時に恥ずかしい所(泣いている所)を見られてしまったから、というお粗末な理由で、だ。
そこで案内させてもらった場所が、ここ(屋根裏)という訳である。
案内された屋根裏は、掃除をきちんとこなしていたみたいで、埃っぽさを感じさせなかった。
更には家の倉庫として使用しているので、物は多少なりと置かれてはいるが、人一人寝れるスペースは十分にあった。
自分の我がままにつき合わせてしまった二人には本当に申し訳ない。
辺りを照らす。
此処は窓が無いから、灯り無しだと昼夜問わず、真っ暗でよく見えない。
カンテラの灯りを頼りに、周囲を見渡した。
すると、寝る時に毛布として使っていた布が部屋の隅の方にあるのを発見した。
予想は当たっていたようだ。
それと同時に、自分の寝相の悪さに軽い溜息が漏れる。
(風引かなくて良かった)
この世界の医療については知らないが、少なくとも病気になったらすぐに薬が手に入る、ということはなさそうだ。
正確には違うのかも知れないが、そう考えておいた方が良いのかもしれない。
まあ今仮に病気になっても、風邪しかならないだろうから、大人しく寝ていれば何とかなっていたかも知れないけど。
まだ他の町にも行ってないので病院があるのかさえ分からない。
病院、薬局、とまでは言わないがそれらしい所はあるのだろうか。
とにかく、体調管理はきちんとしておかないといけない。
けれど、このままだと本当に風邪を引いてしまいそうだ。
季節は少なくとも夏ではないはず、ギルさんかローラさんに聞けば分かるかな。
服装はこっちに来る前の状態で、白のTシャツの上に上下セットの黒のジャージを着ている。
部屋着のままで、この世界に来てしまったということだ。
もう少しまともな格好がよかったんだけど…なんて後悔しても仕方ない。
(ん?…これはなんだろう)
毛布の横にあった荷物の端に黒い布が見えた。
勝手に触って申し訳ない、と心の中で謝罪しつつ、荷物を退かしてから手にとってみた。
「これ…コート?」
新品…とまではいかないけど、それなりにキレイな状態だった。
女性物ではないので、ギルさんのものだろうか。
(すみません、ギルさん)
お借りします、と僕は小声で一言呟いた。
寒さを凌ぐのに丁度良いかもしれない。
どんなものかと、試しに着てみた。
「うん、サイズぴったりだ。ギルさんのじゃないのかな?」
どう考えてもあの体格ではこれは着ることはできない。
昔の服なのかな。
コートは厚みもあるお陰か中々暖かかった。
着心地も良いし、何より先ほどの寒さが嘘のように無くなっている。
もしかして装備品なのか。
コネクトと念じ、アイテム欄を開いてみる。
木下 秋 17
装備
武器:疾風の小太刀
防具:レザーコート
アイテム ステータス表示
画面の項目が少し変化していた。
武器と防具に分けられて表示されている。
コートは防具扱いみたいだ。
コートを眺めていると、ふと昨日の森での戦闘を思い出した。
「うわ、あの時裸で戦っていたようなものだったのか」
そう言いながら、今度はコートを脱いでみると、装備欄から外され表示が無くなった。
今着ているジャージは防具扱いにならないようだ。
防具無しでの戦闘、もし攻撃を受けていたらどれほどのものだったのか。
考えたくも無いことだ。
「自分が身につけたものは装備扱いで手放すと外れる仕組みなのか、でも」
武器の刀は身につけていなくても表示されていた。
刀は寝床のところに置いてあるのになぜ。
違いが分からない。
「…取りあえず下に行こっと」
今だけこれを借りよう。
恐らく日が昇れば気温も上がると思うからその時まで。
画面を閉じて、備え付けの梯子を使い、屋根裏から出た。
「まだ早すぎたかな?」
外に出てみるとまだ薄暗く、誰も外にいなかった。
まだギルさん達も寝ていたみたいだし。
村の中を散歩してみる。
「静かだなぁー」
まだ星がきらめく空を眺め、辺りの虫の鳴く声を聴きながら、広場、畑とゆっくりと歩いていった。
「あそこ座れそうだ」
昨日の道を辿って入り口の門のある場所まで歩いてきた。
門の外のすぐ傍らに人が一人乗れるほどの大きな岩があったので、そこに行きよじ登った。
「ふぅ、ここからだと遠くまで見える」
登り、岩の上に腰掛けると同時に心地よい風が吹き抜けた。
リンド村自体が山頂近くなので、風力は少し強めだ。
しかし、高いものに乗れば山の上なので、下の土地を見渡すことができる。
そして理解した。
ここを含め、一帯が規模のでかい森林であることに。
だがその先、奥を見ると薄らと建物のようなものを見つけることができた。
恐らくあそこがギルさんの言っていた”町”だろう。
「…遠い、たどり着けるのかな?」
徐々に昇っていく太陽を眺めながら、溜息混じりに呟く。
ここからあそこに見える町まで数十キロ近く距離がある。
徒歩で行くとなると、結構…いや、かなり大変だ。
乗り物なんてあるかも分からないし、仮に徒歩だとしても、道中モンスターに襲われる可能性が高い。
その都度、僕は命の危険にさらされることになる。
(はぁー)
ダメだ、消極的になるな。
生きて元の世界へ戻るんだ、と心の中で意気込みながら立ち上がる。
ギルさんの家に帰ろうと岩を降りたその時。
「おい、てめえ」
「ひっ!?」
突如、後ろからドスの利いた声で呼び止められた。
僕はどうしていいのか分からず、その場で息を呑む。
「いつこの村に帰ってきやがったんだ!?」
「な、なんのことで…ですか?」
何のことだか分からない、と僕が言うと、後ろにいる男が肩を掴んできた。
かなりの力で引っ張られる。
「とぼけるんじゃねえ、いいからさっさと!」
「うわ!?」
そのまま強制的に振り向かせられる。
勢いに負け、その場で尻餅をついてしまった。
「いてて」
「あん?なんだ坊主かよ」
「ぎ、ギルさん」
顔を上げた先には二メートル級の大男、ギルさんがいた。
正体はギルさんだったのか、と僕は胸を撫で下ろす。
「何でこんなとこに?」
「それはこっちのセリフだ。ホラ、手ぇだせ」
「あ、はい」
言われ、差し伸べられた手を掴み立ち上がった。
「お前さんがどこにも居なかったから探しにきたんだ」
「そ、そうだったんですか。すみません」
「いや、こっちこそ悪かったな。怒鳴ったりしてよ」
「いえ、大丈夫ですよ」
「そうか」
じゃあ行くぞ、と言って彼は歩き出した。
僕はその後ろについていく。
「何であんなに怒鳴ったりしたんですか?」
僕は疑問に思ったことをギルさんに訊いた。
ギルさんは一瞬考えるとその場で立ち止まり、話し出した。
「ああ、あれはな…お前さんの後姿がアイツに似てたからよ」
「アイツ?アイツって誰のことですか?」
「息子だ」
「えぇー!?」
何となく訊いてみたのだが、予想外の答えで思わず叫んでしまった。
ギルさんに軽く頭を叩かれて、うるさいと一言注意される。
「すみません」
「ったく、そんなに驚くことかよ?」
「驚きましたよ、いろいろな意味で…そんなに似てたんですか?その、息子さんに」
「んーー…よくみたら全然似てないな!」
「えー…」
じゃあさっきのは無駄に脅されただけってことか。
落胆していると、ギルさんが笑いながら僕の背中をバンバンと叩き出した。
「まあなんだ、すまなかったな!」
「っ…もう」
そんなこんなで家の前に着いた。
しかしギルさんは、すぐには入らずに家の前で再び立ち止まっていた。
「っと、ギルさん?」
「お…坊主、ちょっと後ろ向いてくれ」
「え?」
「いいから早くせい」
「は、はい」
なにやら含みのある笑みを浮かべているんですが。
何する気ですかギルさん。
言われるがままに後ろを向くと、ギルさんがそのまま僕を家の中に連れ込んでいった。
「おーい!ローラ。ちょっと来てくれー」
「はーい!」
中に入ると、大きな声でローラさんを呼び出し始めた。
奥のほうからパタパタと足音が聞こえてくる。
「え?何するんですか?」
「坊主はそのままでいろよ、しゃべらずに」
「は、はあ…」
「はいはい、何ですかギル」
ローラさんが来たみたいだ。
取りあえず言われた通りに、くるりと後ろを向いて動かず待機。
「おう、ちょっと面白いもん見つけたからよ」
「まあ、何を見つけたんですか?」
「それはな、おい」
「……」
背中を肘で突かれ、そのまま後ろを向いた状態でローラさんの前にでる。
後ろを向いたままなので、彼女の反応が分からない。
「あっあなたまさか!」
「…! (うわ!)」
信じられないといった調子で、いきなり後ろから抱きつかれた。
僕は内心あたふたとしながらどうしたものかと、ギルさんに視線をむける。
だが、そこで見たのは口元を手で押さえたまま笑いを堪えている巨漢がいた。
「あんた、一体今まで何処にいたの!!心配したんだから」
「(うわわ、どうしよ!?)…ギ、ギルさん!」
「…ぶっ!がっはっはー!!」
ギルさんは僕と自分の妻の慌てふためく姿を見て、とうとう堪えきれずに噴き出してしまった。
正直こちらは唖然とするばかりで、何が面白いのか理解できなかった。
ローラさんも目が点といった感じで、僕に抱きついたまま首を傾げている。
「ギ、ギル何笑って…アキくん!?その格好は」
「あ、えと、どうも。このコートまずかったでしょうか?」
「い、いえ…それよりギル、私をからかったのね!?」
「いやー、面白いもん見させてもらったぜ二人とも」
してやったり、といった感じで僕達の肩をポンと軽く叩くと、部屋の中に入っていってしまった。
ローラさんは頬を膨らませてながら抱きついていた体を離す。
「ごめんなさいねアキくん。苦しかったでしょ?」
「へ、平気ですよ。僕の方こそごめんなさい、勝手に着てしまって」
そう言って僕は、コートを返そうとコートに手をかけるが、ローラさんに手で制された。
「いいのよ、使ってちょうだい」
「え、でも」
「それにしても、ピッタリねー、びっくりしちゃった」
戸惑っていると、ローラさんは僕の両肩にそっと手を置いた。
まるで愛するものを見るような、慈愛に満ちた笑みを浮かべている。
「あの、訊いてもよろしいですか?」
「うん?なにかな」
「えと、お二人には息子さんか娘さんがいるんですか?」
「……」
僕がそう告げると、ローラさんは黙り込んだ。
重苦しいような、なんともいえない空気が漂う。
僕はその空気に耐え切れずに口を開く。
「あ、あの!すみません、今のは忘れて…」
「いるわね」
「えっ?」
思わず、声を張り上げてしまった。
ローラさんは微笑みながら続ける。
「いるわ…息子が一人ね、アキくんと歳は変わらないかしら」
「そ、そうなんですか。息子さんは今何処に?」
「…まあここでは何だし、ご飯を食べながら話しましょうか」
「え?はい」
何かまずいことでも言ってしまったのだろうか。
僕は、ローラさんの後についていった。