第三話 迷い人
しばらく歩くこと数十分。
少しずつ日が傾き始め、暗くなってきた。
獣道すらない森の中、僕の前を行くギルさんは迷うことなく突き進んでいた。
どうやって道を把握しているのか訊いてみると…。
「ああ、それはな……感だ!」
そんなんで平気なのかな…。
僕は苦笑いしながらそうですかと答える。
「村の名前はあるんですか?」
「ああ、もちろんだとも。村の名前は、リンド村だ」
「リンド村…」
聞いたこと無い名前だ。
やっぱり、もといた世界とは違うんだ。
リンド村…何か手がかりがあるといいけど。
なんて思っていたら、突然ギルさんが立ち止まった。
僕はそのままその大きな背中にぶつかる。
「っ…ど、どうしたんですか?」
「ほらみろ坊主、道のある所に戻れた。俺の感はバッチリだな!」
「え?……うわぁ…本当だ」
この人の土地勘というやつ…なのかな。
本当に感だけで森を抜けてしまったようだ。
恐るべし…ギルさん。
目の前には獣道とは違う、整えられた道が一本あった。
草木を退けながら僕たちはその道に立つ。
緩やかな坂道だった。
「どっちにいくんですか?」
「この坂を上るんだが……ってもう村の入り口が見えてるな」
「入り口?」
「あの木の門だ。みえねえか?」
ギルさんは上りの方を指差す。僕は目を細めてその先を眺めると、確かにあった。
「ありますね。あそこが…」
「よし、じゃあ行くぞ坊主」
「あ、はい!」
ギルさんに急かされ、僕たちは坂道を上り始めた。
緩やかな坂だけど、結構疲れる。
あれ。
(疲れる?…何で今更)
そういえばここに来るまでの間、一度も息切れを起こさなかった。
正直、体力には自信無いのになぜ…。
これも設定したステータスが影響してるのかな。
また一つ疑問が増えてしまった。
「着いたな。さあ坊主、ここがリンド村だ」
「ここが…」
坂を上りきって、村の入り口までたどり着いた。
今日は色々あったが、何とか夜になる前に村にたどり着くことができたみたい。
木でできた門をくぐり、村の中へ入る。
そしてすぐに見覚えのある物が…。
畑だ。
入ってすぐの所に畑があった。
ちなみに畑に人はいない。
ギルさんに訊くと、仕事の時間は終わった、とのこと…。
そのまま畑を抜けると、今度は広場にでた。
ここにも村人の姿は見えない。
みんな自分の家に帰っているみたいだ。
「悪いな坊主。色々と案内したいんだが、今は時間が無いから行くぞ?」
「大丈夫です。行きましょうギルさん」
此処も特に立ち止まることなく後にした。
広場を抜けたあと、ギルさんはある家の前で足を止めた。
僕もギルさんの隣に並び足を止める。
「ギルさん?ここは…」
「ああ、ここがこの村の村長の家だ」
「村長…」
目的地に到着。村の中央寄りに村長の家があった。
見上げると、他の家と比べて幾らか大きく造られている。
なんかよく分からない紋様や装飾もしてあるし…。
「取りあえず挨拶だけでもしとかねぇとな!…おーい!帰ったぞー」
「お、お邪魔します」
まるで自分の家のような気軽さで、ギルさんは村長の家へ入っていった。
僕は苦笑いしつつ、その後に続く。
(ひ、広い……)
下手したら僕が住んでいたアパートより広い気が…。
玄関?らしき所で立っていると、ギルさんは大声で喋りだした。
「おーい?いねぇのかー」
「うるさいぞ、ギル」
「なんだ、いるじゃねえか!」
家の奥から、ギルさん並に大きい男性が姿を現した。
何でこんなに背が高いの…巨人族なのだろうか。
ちなみに僕の身長は168cmだ。
この人は190cmぐらいあると思う…。
「まったく、そんな大声出さんでも聞こえるわ」
「そうかい、そうかい!」
ハッハッハと再び高笑い。笑顔が絶えない人だなぁと改めて思った。
目の前の男性もギルさんのテンションに少し呆れ気味だし…。
もしかして、この人が村長なのかな。
(だとしたら、イメージと大分違ったなぁ…)
僕にとって村長は、白いひげを生やし、杖をついて歩いている老人というイメージだったけど…。
目の前にいる人は、それと比べると遥かに若い。…ギルさんと歳が同じぐらいに見えた。
四十…いや、五十歳前半ぐらい。
その身体は服の上からでも分かるぐらい筋肉が盛り上がっていた。
腕もかなり太い…強そうな村長さんだ。
ギルさんも凄いけど。
「ギル、家に何しに来たんだ?」
「お?そうだった…ちょいと挨拶させたいヤツがいてよ。おい、坊主」
「は、はい!」
「ん?君は…」
やっぱりこの人が村長みたいだ。
僕はギルさんに呼ばれ、慌てて前に出る。
僕はギルさんの後ろに居たため、呼ばれるまで村長は気づいていなかったみたいだ。
取りあえず自己紹介をしよう。
「初めまして、木下 秋です。山奥で群狼に襲われていた所をギルさんに助けていただきました」
「これはこれは、わたしはこのリンド村の村長のムーゥという。えー…キノシタアキ君?」
「あ、言いにくいのでしたらアキでいいです。ムーゥさん、それとギルさんも」
「うむ、ならそうさせてもらおう。アキ君」
「分かったぜ、坊主」
「よろしくお願いします。…それとギルさん、先ほどから気になっていたんですけど…僕は”坊主”じゃないです!」
「なあに言ってんだ!俺からすりゃお前さんは”坊主”だぜ」
「それは…そう、なんですけど!でも――」
「こまけぇこたぁいいんだよ!」
「うぅ…」
あぁ、ダメだ。聞いてくれない…。
ギルさんは僕のこと、”坊主”で固定しそうだなぁ…。
「で、彼はどうしたんだ?」
「ああ、少しの間、坊主を村においてくんねえかな?ムーゥ村長」
「理由があるのか?」
考えていると、ギルさんが僕について話をし始めた。
「こいつは迷い人なんだ。自分がどこから来たのかわからねえみたいで困っていてよ」
「だが、うちの村はよそ者を受け入れてる余裕がないんだぞ?」
「それでもだ、今後の目処が着くまでの間でもいいから頼む!…なんならその間俺が面倒みるからよ」
「お願いします、ムーゥさん…村にいる間は、手伝いでも何でもしますから」
僕はそう言って、頭を下げた。
もう少し何か言えればよかったんだけど、思いつかなかった。
それとも異世界から来た…と素直に言えばよかったのか。
「そうか…アキ君?」
「はい」
顔を上げると、ムーゥさんは僕の方をジッと見ていた。
その視線に内心少しビクビクしているが、ムーゥさんは構わず続ける。
「今日はもう遅い。また明日ギルと一緒に家に来てくれないかな?」
「え…わ、わかりました」
「ギル、お前さんが連れてきたんだ。面倒見るんだぞ?」
「わかってる、じゃあ今日はもう遅いから失礼するぜ。坊主いくぞ」
「…はい、お邪魔しました」
結局僕はどうなったのかな…
ムーゥさんに頭を下げてから家を後にした。
(うわ…真っ暗だ)
――外にでると日は完全に落ちていて真っ暗。
自分の足元がよく見えない。微かに照らされる月の光が頼りだ。
「わ!…っとと」
「おいおい大丈夫か?」
さっそく石で躓いてしまった。
ギルさんに支えられて、なんとか転ばずに済んだ。
情けない…。
「すみません。闇夜には慣れていなくて…」
「気ぃつけろよ」
「はい」
夜になる前にギルさんと出会えて本当によかった。
もしまだ森の中に居たとしたら…
そう思うと、鳥肌が立ってくる。
はたして、あの森で夜を越える事ができたのだろうか。
恐らく無理だ。
…そして、村長の家から少し離れた場所にある家の前でギルさんは立ち止まった。
「さあ、ここが俺の家だ。入んな、嫁も紹介しなきゃな」
「はい…え?」
ギルさん結婚していたのか。
ドアを開けて、中へ入る。
「……」
「あら?お帰りなさいギル…そちらの方は?」
「ああ、遅くなってすまねえ、ローラ。紹介するこいつは――って坊主?」
「…はっ!?す、すみません。初めまして、きのし…えと、アキといいます」
「わたしはギルの妻のローラといいます」
美人だった。本当にビックリした。
髪は金髪で身長は僕と同じぐらい。
見た目二十代に見えるけれど、ギルさんの歳を考えると…。
「何固まってんだ?坊主」
(大体三十歳ぐらい…?嘘でしょ…)
「どうしました?」
「い、いえ…なんでもないです。ははは…」
「ああ?おかしなやつだな」
「ふふ…取りあえず、上がってくださいな」
「はい、お邪魔します」
ローラさんに案内され、部屋に向かった。
中は一部屋しかなかった。
が、そのかわりとても広い…。
(あれって…囲炉裏だ。初めて見た)
中央に囲炉裏があった。
そこを囲むように座布団のようなものが置かれている。
既にギルさんは座布団の上で寛いでいた。
部屋の入り口で止まっていると、ローラさんに手招きされる。
「どうぞ、座って」
「あ、はい。失礼します」
「んな固くなるなよ、自分の家だと思って寛げ、ほら!」
「わ、分かりましたよ…」
正座で座っていたら、ギルさんにもっと寛げと注意された。
いいのかな…ローラさんに視線を向けると、ニッコリと微笑んでいた。
いいらしい…。
了承と受け取り、僕は正座からあぐらを組んで座り直すことにする。
それを見届けたローラさんは部屋を出て行った。
「ローラさん?」
「ああ、あいつは飯の支度が残ってるからよ」
「手伝ったほうが…」
「いいんだよ、お前さんはここで寛いでで…おーいローラ!坊主の分も頼むぞー」
「はーい」
「わ、悪いですよ!」
「いいんだよ!ほら」
ギルさんは言いながら、囲炉裏にあった黒鍋の蓋を開けて、中をかき混ぜ始めた。
かき混ぜているといい匂いが辺りを漂う。
スープかな。
「えと、これは?」
「これはモロのスープだ」
「モロ?」
聞いたことない食べ物だ。
鍋の中を覗いてみると、黄色いコロコロした物がいくつもあった。
じゃがいもに似てる…。
「モロはこの村で一番食べられてる食材でな、育てやすくて収穫数も多い」
「へぇ…」
「お待たせしました」
「おう」
戻ってきたローラさんの手にあったのは、白い実だった。
そして、その木の実を鍋の中にすべて入れる。
これで完成らしい。
ギルさんは木の皿にモロのスープを流し込んでいた。
見ていたらお腹が空いてくる。
「さて、じゃあ飯だ。ホラよ坊主」
「ありがとうございます!」
木の皿で盛られたモロのスープを受け取る。
「ほら、ローラ」
「ありがとう、じゃあ頂きましょうか」
「「「いただきます」」」
すぐに僕はモロのスープに手をつけた。
(じゃがいも…いや、さつま芋だこれ)
一口大のモロをかじってみると、蒸したさつま芋と同じような甘味が口の中に広がった。
噛み応えもあるし、とてもおいしい。
次に白色の実を食べてみた。
あ、結構しょっぱい。
もしかしてこれって、塩…。
二人の皿を見てみると、木の実をそのまま食べないで、スープの中で潰していた。
そうやって使うんだ…。
(調味料の変わりっぽいな、この実)
二人に見習って、木の実を中で潰してかき混ぜる。
そして再びスープを飲んでみると…。
(凄い、さっきと味が全然違う!…すまし汁みたいだ)
「うまいか坊主?」
「はい!とても美味しいです。幾らでも食べれそうですよこれ…」
「ふふ、おかわりあるから遠慮せずに食べてね」
「いいんですか?でも…」
「平気だ、平気。食える時に食っとかないと損するぜ坊主」
「そうですよアキ君…ほら遠慮しないで、ね?」
ローラさんは僕の皿を持って、新たにスープを入れてくれた。
僕は無言でそれを受け取る。
あたたかい。
こんなあたたかくて…優しい食事は久しぶりだ。
思えば最後に母さんと一緒に食事をしたのはいつだっけ…。
皿に口をつけて、スープをすする。
温かいスープは僕の喉を通って、胃の中へ。
そこからポカポカと身体の芯が温かくなっていく。
あれ、なんだろう、…急に目頭が熱くなってきた。
「あらあら…」
「おいおい坊主。泣くほど嬉しいのか?」
「え…?」
言われ、僕は頬に触れた。
濡れてる、と自覚すると途端にそれは僕の目元から大量に溢れだして来た。
ああ、みっともない。
僕は皿を床に置いて濡れている頬を手で擦る。
「す、すみません…はは、ちょっと待っててください」
止まらない。また手で拭うが、止まらない。
そんなことを繰り返し行なっていたら、急に視界が暗くなった。
「ロ、ローラ…さん?」
「落ち着いた?」
原因は、ローラさんに抱きしめられていたからだ。
優しく、包まれるように…。
それを数秒間素直に感じていると、いつしか涙は止まっていた。
それとともに今度は急に恥ずかしくなってくる。
「あ、ありがとうございます。もう平気です」
「そう?」
お礼を言って離れる。
ああ、初対面の人に何やらせてるんだろう僕…。
ギルさんはその様子を微笑みながら見ていた。
なんかもう、穴があったら入りたい気分だよ…。
「おし、じゃあ坊主が落ち着いたところで食事再開だ。どんどん食べろよ!」
「…い、いただきます」
「ふふふ…」
結局、二人の厚意に甘えて三杯もおかわりしてしまった…。