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鷽から出たマコトの世界  作者: 久安 元
ハートブレイク・ハートブレイク
99/213

ノイズ

 困った。

 本当に困ったわ。

 そりゃあ何とか切り抜けるつもりで時間稼ぎをしたのだけれど、この不審人物の異常性をかき消す魔法の言葉なんてあるわけないじゃない。

「それで? この事態を引き起こしている当事者としては何か意見はないのかしら?」

「……面目ないとしか言いようがないな。私が弁解したところで怪しさが拭えるとは思えん」

「あ、一応怪しい格好だってことはわかってたんだね……」

 なら、何故その状態で外を出歩こうなんて思ったのよ。それにこの国の警察はいったい何をやっているのかしら? 眉毛のつながった巡査長でももうちょっと仕事してるわ、きっと。

「もういっそ、逃げちまえばいいんじゃないのかい? そこの窓からズバッと」

「おバカ。そんなことすれば騒ぎになるでしょう? あの人たちが通報しなくても、こんな時間にそんなことすれば、流石に今度は誰かしらに見つかるわ」

 そうなれば最悪こちらにも飛び火しかねない。ただの人間程度に私たちを捕まえられっこないけれど、面倒なことになるのは間違いないし、何よりここには逃げられない人間がいるのだ。

 正直なところ、私たちのこともリーンハルトのことも正直に話してしまうのが一番手っ取り早い方法なのだろうが、出来ることならそれはしたくない。あの三人の様子から察するに頼人さんは自分のしていることを、神様から仕事を請け負っていることを話していないようだ。私が独断で話すようなことをすれば間違いなく彼は怒る。それは私としても好ましくない。

「ねえ、私がリーンハルトは頼人の友達だよって言うのじゃ駄目なの?」

「……信じてもらえるかどうかはわからないけれど、それが一番かもしれないわね。でも、オジサマをどう表現するのかが問題よ」

「? どういうこと?」

「頼人さんがオジサマをどう認識しているのかちゃんと言い表さないとあとでバレたときこっぴどく怒られるわよ。ちなみに友達だとは思ってないと思うわ、私は」

「私もそう思うが余りハッキリ言わんでくれ……」

「あら、ごめんなさい」

 まあ、それは私にもいえることなんだけどね。さっきはつい友達って言ってしまったけれど、合ってるのかしら?

 この三人、家まで来るということはそれなりに仲が良いのだろうし、私がなんと言ったのかなど直ぐに明らかになることだろう。もし彼の中で友達のカテゴリに分類されてなかったとしたら大目玉ね、これは。

「……深緋?」

「ああ、ごめんなさい。気にしないで。それより妥当なところで知り合いってことでどうかしら? というか、私の脳味噌の中でそれ以外に彼を表現するに相応しい言葉を見つけることができなかったのだけれど」

「奇遇だね、アタシもだよ」

「ごめん、リーンハルト。実は私も……」

「いや、寧ろ私が済まない。要らぬ気苦労をかけてしまった」

 本当にね。

「あのー、深緋ちゃん? そろそろ良い?」

 痺れを切らしたのか、桐村さんが声をかけてくる。

 五月蠅いわね、急かさないで頂戴。こっちはもういっぱいいっぱいなの。私の余所行きの仮面も外れそうになるくらい、焦ってるのよ。

「ええ、もう大丈夫です。じゃあ、イアちゃん」

「頑張るんだよ、一番」

「…………(私は最早何も言うまい)」

「う、うん!!」

 満月の声に後押しされてか、彼女の声は意外にも明るい。これならば、何とか誤魔化しきれそうね……って、別に悪事を働いている訳でもないのだからそもそもこうしてコソコソしなければいけないのが間違っているのだけれど。

「えっと、この人リーンハルトは頼人の知り合いですッ!!」

「どういう?」

「………………えっと」

 ……おうふ。

 まさか、打ち払った直後に返した刃で切られるとは思わなかったわ。というか知り合いで納得しなさいな、あなたたち。

「えっと、それは――」

「四谷さんは黙ってて。あたしたちはイアちゃんに聞いてるの」

 あら、ちょっといまのはカチンときたかも。

「白波瀬さん、そんな言い方しなくても……」

「だって……、心配なのよ!! もしかしたらイアちゃんが騙されてるんじゃないのかって。ねえ、イアちゃんもしかして知り合いだって言えって言われたの?」

「……美咲、言い過ぎだ」

 …………ほほう?

「……深緋、顔が怖くなってるよ」

「あら、そう?」

 うふふ、だって色々限界なんですもの。

 この白波瀬とかいう女はどうあっても私たちを悪者にしたいみたいね。

 私は私と満月がそれなりに怪しいことは自覚しているし、リーンハルトはいわずもがな。

 でも、でもね?

 一応これでも普通の感情は持ってるつもりよ。

 好きなことをされれば喜ぶし。

 嫌なことをされれば――腹は立つのよ。

「深緋くん」

 僅かに殺気立った私をリーンハルトが声で制する。

「……わかってるわ」

 でも、まだあの女がゴチャゴチャ言うなら、私本気でやるわよ? 人の苦労も知らないでベラベラベラベラ。この家ごと粉☆砕して全部なかったことにしてやるわ。

「違うよ、美咲。本当、本当に仲間なの!! リーンハルトも、深緋も満月も!!」

「本当に?」

 ああ、もう本当にしつこいわね。本人がそうだって言ってるんだからいい加減受け入れなさい。と、私がさらに苛立ちを覚えたとき。

 漸く目覚めたらしい「彼」が私の気持ちを代弁してくれた。


「……しつけえな。本当だって言ってんだろ」


 おはよう、頼人さん?



 途端に静かになる部屋。やっとこさ自由を得た口を使ってこれ以上ややこしくならないように助け船を出したのだが、あれ? なんかおかしなことしたか、俺?

「あ、あのー……おぶあッ!!」

 腹のあたりに響く衝撃。未だ瞼は開けられないので判別しかねるが、この行動力とこじんまりとした暖かな体躯はもしかしなくても――。

「頼人!! おはよう!!」

「やっぱオマエか。……おそようだな、どっちかっていうと」

「えへへ、そうだね!!」

「あと悪いんだが俺の上から降りてくれ。正直重い」

「あはは、酷いなあ」

 名残惜しそうに俺の上、続いてベッドの上から降りながらも、彼女はどこか嬉しそうな感じ。その様子が気にはなったがいまは龍平、美咲、それに南の誤解を解くのが先だ。

 いや、もう本当。さっき僅かに漏れた深緋の殺気が怖い。

「おーい、三人とも聞こえてたか? 深緋も満月も、リーンハルトも間違いなく俺の仲間だから。そういうことで」

 認めるのは癪だが、立ち位置としては同じ陣営な訳だし。こう分類しても問題はない。

「で、でも……」

「美咲、俺が嘘嫌いなの知ってんだろ?」

「…………うん」

「なら、話はここまでだ。オマエらもそれで良いよな? 龍平、南?」

「おお、良いぜー。お前がそう言うんならそうなんだろうよ。何にしてもおはようさん、いやおそようさん、頼人」

「おう、心配かけたな」

「ちゃんと起きたんだし良いってことよ。んで、南? ぼーっとしてるけどお前もそれで良いよな?」

「……はッ!! う、うん!! 天原君がそう言うなら信じるよ!!」

「サンキュー、南」

 そうして一番の面倒事が片付いたところで、二日ぶりに馬鹿な会話に洒落込みたかったがどうにもそうはいかないらしい。

「じゃ、俺らはこれで帰るわ」

「もうか? 折角来たんだ。もう少しゆっくりしてけば良いじゃねえか?」

 俺としてはオマエらと話して久しぶりの癒しを得たいのだが。

「……あたしたちにも用事があるのよ。担任の山崎に頼まれたプリント届けるついでに顔見に来ただけだから」

「そ、そうか……」

 ……泣いていい?

 つーか担任変わったのか? どうでも良いけど。

「でも、頼人が少しは元気になったみたいでよかったわ。あと、四谷さんごめんなさいッ!!」

「し、白波瀬さん、待って!? ど、何処行くの!? あ、天原君また学校でね!! 白波瀬さーん!!」

「……イアさん何があったんすか?」

「美咲は逃げ出した!!」

「うまく逃げ切れた!!」

「なるほど」

 端的な情報をどうも。

「深緋は仲間になりたそうに頼人さんを見ている。仲間にしますか?」

「いいえ」

「深緋は寂しそうに拳を振り上げた!!」

「待て待て待て待て!!」

「冗談よ、…………きっと」

「きっとって何だ!?」

 つーか、いま感じた殺気は本物だったぞ?

「うっし、名残惜しいけど俺も行くわ。あ、深緋ちゃん、ほんとゴメンな。美咲は悪い奴じゃないんだけど、頭が悪くてな」

「大丈夫ですよ、桐村さん。わかってますから」

「それは美咲の頭が悪いことをか?」

「さあ、どうかしら?」

「ははっ、じゃまたな」

 そう言い残して消える龍平の気配。故、ここに残されたのは人造端末とそのパートナー、そしてあれほどの騒ぎだったにも関わらず、未だ眠りの国から帰還しないネロのみ。

「私も帰るわ。慣れないことをして疲れてしまったし」

「うん。オマエは人に気を遣うことをもっと日常的なものにしような?」

「五月蠅いわね。今回私がどれだけ苦労したと思ってるのかしら? ねえ、満月?」

「そうだねえ、今日の深緋はアタシも驚くほど頑張ってたねえ」

「それは認めるけどよ」

 この空間で唯一バランスをとろうとしてたしなあ。あの時間稼ぎがなければ、ああして俺が割って入ることもできなかったわけだし。

「ああ、努力したにもかかわらず蔑まされるこの心の渇きをどうやって潤そうかしら?」

「…………」

「カッサカサだわー、戻す前のお麩並みに乾いてるわー」

「だぁぁあああ!! わかった、わかったっての!! 身体がちゃんと動くようになったら埋め合わせしてやっから!!」

「あら、そう。じゃあ楽しみにしてるわね」

 ッ!?

 まさかコイツ俺からその言葉を引き出すために煽りやがったのか!?

「じゃあ、行きましょう、満月」

「はいよ。頼人、気をしっかりね」

「そんな恐ろしいことをさせられんの、俺!?」

「あっはっはっは」

「おい、待て!! せめて何が起こるのか答えてから帰れ!!」

 しかし、俺の叫びも空しく二人の気配も部屋から消える。そしてどんよりとした雰囲気が漂う中、ベッドから降りてから異様に静かだったイアが口を開いた。

「ねえ、ヨリト」

「うん?」

「私、ちょっと外に出てきても良い?」

「外に?」

 ふむ、珍しい。

 普段は頼む前に行動に移すため余りこうして面と向かってお願いをしてくることなどないのだが。少しはイアも大人になったということか。

「良いぞ。でもあんまり遅くなるなよ? あと目立つ行動は避けること。いいな?」

「ふふ、わかってるよ。じゃあ行ってくるね」

「おう、車に気を付けてな」

「はいはい」

 適当な返事をして軽快な足取りで階下へと向かうイア。

 本音を言えば、半同調して俺の身体を回復させたかったのだが、まあそれほど急ぐこともない。どうせ、精神力が完全に回復するまでは禍渦とは戦えないんだし、少しはまったりさせてもらおう。

 それに、上手い具合に人払いもできたしな。

「んで、リーンハルト。アンタは何か用があってここに来たんだろ?」

「察しが良くて助かる。私の用件は二つだ。一つはジェヴォルダンでの一件の事後報告。細かく言えば膨大な情報量だが、君が気になっているだろうことだけを掻い摘んで話そう。まずアンナヴァニアは無事だ。今頃はもう村を後にして旅を始めていることだろう。それにクダンもな」

「ふぅ……。そうか」

 一先ずこれで胸の支えはとれた。正直者が全員無事だということがわかり、安堵の息を吐く。

「……あの禍渦は?」

「済まない、逃がしてしまった。だが、それによって事なきを得たことも事実だ」

「逃げた? アイツが? あの状況でか?」

「ああ、「第三者」の介入があってな。いとも簡単に撃退してしまったよ。実際に目にした者としては己の不甲斐なさを痛感するばかりだ」

「第三者だと?」

「うむ。だが誰かと問われても知らんぞ? あの男が調査中だが……、余り期待はしないほうが良いだろう」

 一体誰だ?

 リーンハルトの言葉に嘘はない。ということは俺が意識を失った後、何が起こったのかはあの神様バカに直接聞くべきだな……。

「では、もう一つの用件だ。構わないかね?」

「ん? ああ、良いぜ」

 俺が何事か思案していたことを悟ったのか、リーンハルトはそう問いかけた。そしてその問いに俺が是と答えると不意に彼はこんなことを言う。

「あの男――、神には気をつけろ」

「ああ? どういうこった?」

「そのままの意味だ。決して気を許すな。奴の言葉を鵜呑みにするな。あの男は私たちなど見ていない。もっと大きな何かを見据えている」

「……………はっ。言われなくてもアイツがマトモじゃねえことはわかってる。そんなつもりはハナからねえよ」

「そうか。ならば良い」

 そう言うとリーンハルトの気配も少しずつ遠ざかっていく。

 揺らり。

 揺らり、と。

 まるで霊のようにその気配を希薄にしていく。

 そして――。

「天原君」

 俺の名前を呼んだかと思うと。

「私の人生は決して幸福と呼べるものではなかったが――、君に出会えたことは間違いなく良かったと、私はそう思うよ」

 そんな言葉を残して行った。

「……リーンハルト?」

 しかし俺のその呼びかけに答えはなく。

 在るのは俺の右腕に嵌められたバングルが響かせる悲しげな音だけであった。


 日曜日は好きです。でも土曜日のほうがもっと好きです。あ、どうも久安です。

 

 今回でのんびり回は終了。次回よりリーンさん視点で物語が進行します。お楽しみに。

 さて、話は変わりますがこの冒頭三回で違和感を覚えた箇所がありましたら、いまはそっとしておいてやってください。種を蒔いただけですので。


 と、ここで次回予告です。

 次回更新は2月18日 7時を予定しています。ではではッ!!

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