奇なる来客
聞こえるのは雨の音。
次第に強くなる雨足は木々のざわめきも、獣の鳴き声も他の全ての音を覆い尽くす筈なのにどうしてか俺の嗚咽だけは消えることなく辺りに響き渡る。
「――ッああ……、あああああああッ!!」
目の前で座り込み頭を垂れる、あの人を。
最後まで自分の身ではなく他人の身を案じた彼女を斬り伏せ、その血に塗れた刀を取り落とす。そして同じく紅く染まった両手で我が身を抱く。
どうか、許してくれ。
君たちを救えなかったこの俺を。
自分しか救えなかったこの俺を。
どうすればこの罪を消し去ることができるだろうか。
どうすればこの孤独から解放されるだろうか。
「……教えてくれ、●●●●●。俺は、俺はどうすれば良い?」
その答えが知りたくて、知らず知らずのうちに俺は事切れた彼女の骸に手を伸ばす。自分が殺した相手に縋りつく浅ましさ、下種さは痛いほど承知している。
それでも。
毛ほどでも良い、ほんの少しでも償うことが出来るなら。
もし、君たちにあの温かな日常を返すことが出来るなら。
俺は――。
「んなこたァ、決まってんだろ」
「――――オマエ……」
背後からかけられた声に導かれ、振り返るとそこに立っていたのは一匹の魔物。そして浮かべる憤怒の表情とは裏腹に差し伸べられた手。
それを見、俺は直感する。
この魔物はきっと彼らを救うだろう。俺の望み通り、何に変えてもその全てを取り戻してくれるだろう。だが、決して俺を救いはしないだろう、と。
だからこそ、俺はその手を掴む。
救われないことこそが、俺の救いだと理解したから。
そうして雨中、男との契約は滞りなく完了する。
もうこの身は俺のものではない、この魔物のものでもない。
この肉の塊は――壊れかけた、崩れかけた俺の世界を守るためのものだ。
先日の異常禍渦との戦闘から何日経ったかは定かではないが、何にせよ俺は目覚めた。といっても身体の自由は効かず瞼すら開けられない状態なので厳密には目覚めたとは言えないかもしれないが。
目覚めたのはついさっき。良くわからん夢のせいで気分爽快とはいえないし、身体は動かせないしで、不自由、不快極まりないが幸いなことに耳と鼻は正常に機能しているようで、匂いと聞こえてくる子どもの声で何となくここが自分の部屋だと理解することができた。
…………生きてたか。
イアとの約束を反故にせずに済んだ深い安堵を覚えるが、直ぐにその心地良い安堵感は不安に侵蝕されていく。
俺が意識を失った後、何がどうなったのか。誰が死に、誰が生き延びたのか。あの禍渦は生きているのか。
様々な可能性が渦巻く中、最も気になるのはイアとネロ、そしてアンナとクダンの安否だ。大ホラ吹きのリーンハルトは正直どうなったところで興味はないが、後の連中だけは無事でいて欲しい。
と、そう考えているとその願いが通じたのか取り敢えず一名の安否は確認することができた。当人の寝言によって。
「……むにゃ、じゅるり……」
……はは。コイツは無事か。
すぐ傍から聞こえてきたことから察するにイアはどうやら上半身をベッドに乗せたまま寝ているらしい。わざわざここで寝ているということは、俺はコイツをここまで心配させるほど寝呆けてたみたいだな……。
「入るよ、イア。ってまだ寝てるのかい、君は」
「……ふぁ? あ、ネロ……、お、おふぁよう」
続けてネロの生存を確認。その足音に淀みはなく口調もしっかりしていることから五体満足、深刻な怪我は負っていないらしい。
「はい、おはよう。……涎くらい拭きなよ。頼人のベッドがベッチャベチャじゃないか」
おい。
聞き捨てならねえ言葉が聞こえたんだが?
「あ、ゴメン……」
「ふぅ……。まあずっと目を覚まさない頼人も悪いんだけどね。今日で丸二日寝ずッぱりだろう?」
二日。ネロの口にした言葉で自分がどれほど惰眠を貪っていたが判明し、何となく居たたまれない。初め、イアの力の使い過ぎで寝込んだときは半日弱で済んだのだが、今回はその倍以上昏睡状態に陥っていたらしいのだ。
「……ちゃんと起きるのかな?」
「……うん」
「「……………………」」
おお……、何だこのむず痒い雰囲気は……。心配してくれるのは素直に嬉しいが、実際起きてしまっている手前ここまで深刻にされると非常に申し訳ない気分になる……。
何とか身体を動かして、いやせめて俺が起きていることを二人に伝える手段はないものか。
しかし、その方法を編み出す前に状況は変動する。俺の思考を妨害するように突如として響き渡る、電子音。
「……あ、お客さん」
我が家に客が来たことを示すその音を聞いたイアは、何やらゴソゴソと準備をするとドアを開け対応に向かったようだ。
「……誰だろう?」
本当にな。
そう独りごちるネロに同調し、どうすることもできないので静かにイアの帰還を待つ。
それにしても……、はて、誰か来る予定などあっただろうか。新聞の集金はこないだ済ませたし……。
あり得る可能性を模索していると、短く会話を交わす声、それに続いて聞こえるドタドタと階段を駆け上がる音。どうやら俺が答えを出す前に来訪者は上がり込んだらしい。
まあ、この短時間で門番のイアを突破できたこと、そしてそのまま俺の部屋へと案内されている様子から大体見当はついているのだが。
そう、来訪者の正体とはつまり龍平と美さ――。
「あら、随分と小奇麗な部屋ね。男の人の部屋というものはもっと散らかっていてイカ臭いものだと聞いていたんだけれど」
「あっはっは、深緋。そういうことは思ってても口に出すもんじゃないよ」
オマエらかよォォォオオオ!?
「君たちか……」
「ごきげんよう、ネロ君。お見舞い――もとい遊びに来たわ」
「だってさ。ほら見てよ、ネロ!! こんなにお菓子もらっちゃった!! あと何かヌメヌメした凄い臭い魚もあるよ」
「お菓子は君にじゃないだろう……。それに明らかに嫌がらせとしか思えない後の贈り物は何なんだい?」
「魚は私たちからじゃあないわ。何て言ったかしら、クダン? その子に持って行ってくれって頼まれたのよ。――あ、満月適当なところに降ろしてくれるかしら」
「そうそう、正直アタシらもどうかと思ったんだけどね。えらく真剣な目をしてたものだからさ。――っと降ろすよ、深緋」
そして増える人の気配。
何だろう、訪れたのがオマエらだったのが凄く不安だよ。具体的に言うと俺が動けるようになる前に家が無くなってないか心配。
「あ、私お茶入れてくるね」
「お、サンキュー一番」
「もう、イアだってば!!」
そう言って部屋を出、再び階段を下りていく。
「それで? 君らは何しに来たんだい?」
「あら、さっきも言ったでしょう? 遊びに来たって」
コイツ……、遂にお見舞いという単語を消滅させやがった。別に良いけど。
「嘘だろう?」
「本当よ。このままだとずっと出番がなくなりそうな嫌な予感がしたの。何かしらね、神のお告げかしら」
「あのずぼらな神さんがそんな面倒なことするかとも思ったんだけどね。あの人だったら直接来そうなもんだし」
「ふぅん……、まあそれで良いや。特に興味もないしね……、くぁ」
ネロは大きな欠伸をすると眠りについたようで、穏やかな寝息が微かに聞こえてくる。
あの、ネロさん。俺の看病やらでお疲れとは思うんですが、無防備な俺をこの二人の前に放置するのは如何なものかと……。命は取られないにしても、人として大事な何かを奪われそうな気がする。
「……寝ちゃったわね」
「ん? そうだね」
「満月」
「なにさ?」
「同調してくれないかしら」
ほらァァァア、何かする気じゃん!! コイツら、特に深緋が大人しくしてる訳ないじゃん!!
「え、何で?」
「いえね、風の便りで聞いたのだけれどこういった状況に陥った場合、エロ本を探すのが習わしだそうなのよ」
「へえ、そうなんだ。じゃあ仕方ないね」
あっはっは、何が怖いって二人とも心の底からそう思っているところが超怖え。
つーか誰だ、深緋に訳のわからん知識植え付けたのは?
そして誰だ、満月をピュアに造ったのは?
あ、後半はあの神様か。
「よし、じゃあ早速――――っとアレ?」
「私たちに引き続いて、またお客さんが来たみたいね」
「だね。じゃあちょっくらアタシが出て来るよ。一番は茶を入れてくれてるしね」
「そうね、お願いするわ」
「あいよ」
そうして満月が部屋を後にした後、今度こそ俺の心は安堵で満たされていた。深緋と満月というイレギュラー代表が既に登場しているいま、美咲や龍平の他に誰が来るというのか。もし心当たりがあるなら是非教えていただきたい。
そうやって流石にこの来客者は俺に癒しをもたらす存在だろうと高を括っていると。
「ふむ、まだ起きぬか……」
「あっはっは、こき、深緋。お、思わぬ……ククッ、お客さんだったよ」
またしても俺の希望、期待は見えない誰かに粉砕された。
今度はオマエかよォォォォォオ!?
「あら、ごきげんよう。リーンハルトのオジサマ」
「深緋君か、息災で何よりだ」
「貴方も……かしら?」
「――お待たせーってあれ? さっきのリーンハルトだったんだ」
「ああ、イア君。上がらせてもらっているよ」
食器を載せた盆が床に置かれる音とともにイアがやや怪訝な声を上げる。
「いや、別にお見舞いに来てくれる分には嬉しいんだけど……リーンハルト。もしかしなくてもその恰好のまま来たの?」
「む? ああ、そうだが?」
「…………満月? もしかして彼……」
「ククッ、ああ、そうさ。この男ったら同調したあの恰好でここまで来たみたいなのさ」
「ぶふぅッ!!」
ぶほぁッ!!
俺も身体が自由に動いていたなら間違いなく吹き出していたことだろう。
ていうか、え、え?
本当にあの時代劇みたいな恰好で来たの、この人?
髑髏の仮面つけたまま?
「もう……、頼人が起きたら怒るよ? きっと」
「済まんな。…………だが、仕方ないのだ」
「……? ――ってまた誰か来た!!」
またか。今日はよく客の来る日だ。
リーンハルトが言っていたことも気になったが、イアが来客に気を取られてしまった以上、俺に追及する術はない。このまま身体が回復するまで外の様子に耳を傾けるまでだ。
――と。
階下に降りたはずのイアが派手な足音を響かせながら舞い戻った。
「ぜ、全員退避!!」
そして、それと同時に意味不明な命令を深緋、満月、リーンハルトに下す。
「イアちゃん?」
「い、良いから早――」
「どうしたんだよ、イアちゃん……お?」
「龍平? どうした……え?」
「ふ、二人とも置いていかないでよ……」
………………………………せーのッ。
オマエらかよォォォォォオ!?
龍平に美咲、それに南まで。
待ち焦がれていた相手ではあったが、余りにもタイミングが悪すぎる。
「「「「「「「……………………………」」」」」」」
ネロが静かに寝息をたてる横では完全な静寂。誰も彼もなんと発言して良いか模索しているらしく、そしてその後に続く言葉は奇跡的に満場一致でこの言葉。
「「「「「「「…………どちらさまですか?」」」」」」」
さて、取り敢えず先ほどまでの俺の希望を訂正しよう。
まだ、身体動かなくて良いや。
一先ずこの嵐が通り過ぎるまでは。
パソコン新しくしてからの一発目。どうも、久安です。
今回から新しく『ハートブレイク・ハートブレイク』がスタートです。あと二、三話はのんびりした雰囲気で進める予定なのでご安心を(何がじゃ)。
あと一応補足ですが、イアさんは人前にでるときリュックを背負ってコードを隠してますので。『白鷽』でよっくんにそうしろと言われてますのでちゃんと言いつけを守っています。良い子ですなぁ。
それでは次回予告です。
次回は2月14日 7時、ちょっといつもより間が空きます。ご容赦くださいませ。それではッ!!




