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鷽から出たマコトの世界  作者: 久安 元
善因善果フェイタリティ
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黄泉への道程

 それからは随分手早く事が動いたと思う。

 程無くして目を覚ましたイア君とは違い、どれだけ声をかけても身体を揺すっても起きない天原君を一度御社に連れて戻り、神の指示通り彼の自宅のベッドに安置した。ちなみにイア君、ネロ君はそのまま彼の傍につき、クダンはと言えばいつの間にかその姿を消していた。私もあの二人と同じく彼が心配といえば心配だったが、いまは放置して問題ないというあの男の言葉を信じるしかあるまい。

 そして後ろ髪を引かれる思いを捨て去った私はというと。

「ああ、お帰りなさい、リーンハルト」

 事後報告の為、再び神の待つこの御社へと帰還していた。

「まあ、かけてください。色々と大変だったみたいですからねー」

「……まったくだ」

 何やら神の機嫌が良い。いつもなら座れなどと言わないものだが。何はともあれ疲弊していることは事実。ここは厚意に甘えるとしよう。

「それで、頼んでいた仕事はどうなりました?」

「……済まんが、完遂し損ねた。異常禍渦の息の根を止めることはできなかった」

「あ、そうですか。わかりました」

「…………」

 いやに対応が軽い。今回の仕事はそれなりに重いものだという認識を持って臨んでいたのだが。一体どういうことだといぶかしんでいると私の内心を悟ってか神は笑いを漏らす。

「勿論、破壊できればそれに越したことはありません。ですがワタシは無理だと思ってましたから」

「なッ!?」

「落ちつきなさい、リーンハルト。別に君らを捨て駒にした訳じゃあありません。ちゃんと生きて帰って来れたでしょう? ワタシとしては直接の戦闘でアレの特性等を知れれば良し、一度の戦闘で打倒すれば尚良し、といった程度の気持ちですよ。そもそも期待していないのですから、落胆もありません」

「…………………」

 やっと安息を得た心が不快感で塗り潰される。

 この男は。

 この男は本気で私たちのことなどどうとも思っていない。自身の目的のためならば誰が、どれだけ犠牲になろうが気にも留めないのだ。そしてその目的すら最早信じられたものではない。

 世界を救う?

 一体どの面を下げてそんな大層で善行めいた目標を口にするのか。かつて天原君がこの男の目的に嘘偽りはないと言っていたが、私はどうしても信用することが出来ない。

 生来のものか、それとも後天的なものかは定かではないが、この男は間違いなく悪側の生き物。狂いも狂った精神破綻者だ。

 故、この男の目的はきっと私たち、いや他の誰にも利をもたらさないだろう。

「まあ、あの禍渦のデータは後で各人造端末から引き上げるとして……、リーンハルト?」

「……わかっている」

 意味ありげな目配せに渋々ながら応える。

 私が懐から取り出したのは数冊の本。それらはこちらに帰還する前に神に裏から持ちかえるよう指示されたもの。

 大概が傷みの激しい文庫本であったり、絵本であったりと他愛のないものであったがその中の一冊。フィオレンザの手記だけが異彩を放つ。

 洞窟で保管されていたその手記は何冊にも分けられており、まるで新品であるかのような美しさを保っていた。

「こんなものを持って来させてどうするつもりだ? 意味があるとは思えんが」

「ワタシにとっては宝にも代え難い代物ですよ。アンナヴァニアから取り上げるのは手古摺りましたか?」

「いや、私も驚くほどすんなりと譲渡してくれたぞ」

 別れ際にこの手記を譲り受けたいというこちらの希望を伝えると、彼女はいとも簡単に頷き、洞窟から目的の品を渡してくれた。

 余りにも呆気ない引き渡しに思わず良いのかと問いかけると彼女は微笑み、こう言うのだ。

『良いのです。篭から出た私にはもう必要のない物ですから。おじい様も私もこの手記を何度も何度も読み返して、外の世界を恋焦がれました。最終的におじい様は長という責任から逃れることができずにあのような悲しい結末を迎えてしまいましたが、それでも幸せだったと思うのです。皆のように無関心ではいなかったのですから。心を守れたのですから』

 ならば、尚のこと。一族を無関心から救うためにこれが必要ではないかと問えば彼女は首を横に振る。

『それはおばあ様の仕事ではありません。一族を率いる者の役目なのです。おじい様はそれで皆を強制させようとはしませんでしたし、そしてそれは私も同じです。あそこまで心を失くしてしまった皆を元に戻すにはコレは刺激が強すぎる。

 ですから私は皆を連れてここを去ります。皆と一緒に世界を見て回ります。そして新しい物に触れ、皆の心を取り戻します。何年、何十年かかるかわかりませんが、諦めません。それが一族の長として新しく皆を率いる私の役目ですから』

 そう笑って彼女は私たちと別れ、村へと戻っていった。心の枯渇した同胞の住む村へ。

 恐らくは二度と会うまい。

 二度と言葉は交わすまい。

 それでも私は彼女のことを忘れまい。

 必死に自分の役目を全うしようとしたあの魔物の姫を。

 私のように身の丈に合わぬ役目を果たそうとするアンナヴァニア・ヴァリエールを。

「ふむ、それは良かった」

 手記の背表紙を一撫でし、満足げに頷く神。そして、彼はもう一つの仕事の結果を迫る。

「で、どうでした、頼人くんは?」

「………………」

『……リーンハルト』

 わかっている。この件は先ほどまでの悪意に満ちた仕事とは違い、必要なことだ。彼の安全を守るために必要なこと。

 一言。一言結果を口にすればこの息苦しさからは解放される。

 だが、その一言が余りにも重い。この報告は彼の命を左右する可能性すらあるのだから。

「…………ト」

「はい?」

「天原君の精神汚染率は――」

 一度言葉を切り、改めて告げる。

「彼の精神汚染率は五十七パーセントだ」

 処分対象は七十パーセント以上。だが、既に危険域といっても差し支えないその数値は今直ぐに処分に向かわされてもおかしくない。

「ふぅん、そうですか。ではリーンハルト、規定値を超えたらいつも通りお願いしますねー」

「……………………」

 やはり貴様はそう言うのだな。

 頷きたくなどない。言えるものなら拒否したい。だが、それをすれば私は即座に切り捨てられるだろう。

 それに私はこれまで殺した者たちに殺人鬼で在り続けると宣言したのだ。であるならば何者の命であれ奪うことを躊躇う訳にはいかない。

 たとえ本心がどうあろうとも。

「…………了解した。だが聞かせてほしい。――何故だ?」

「何がです?」

「何故、彼はあれ程の速度で汚染が進む? 禍渦の核に近い場所に居なければならない私たちの汚染率が少量とはいえ上昇するのは道理だ。だが彼はそれが余りにも速すぎる」

 私も、深緋君も最初期よりも汚染率は進んでいる。

 それでも未だ、十パーセントにも満たない。

 しかし先日ロシアで彼に会ったときには二十五パーセント。そしていまでは五十七パーセントと、明らかに進行スピードが異常だ。

「ああ、そんなことですか。何てことはありません。それは単に彼が異能持ちだからですよ」

「異能持ち……」

「ええ、生まれながらにして人間が持ち得ない力を持った人間。表と裏合わせた世界には色んな異能持ちがいますが、頼人くんの『嘘暴き』は特殊といえば特殊ですねー、……ふぁ」

 欠伸をしながら、まるでつまらないことのように目の前の男は続ける。

「異能持ちっていうのは影響を受けやすいんですよ。内からも外からも。だから禍渦による汚染の進度も速いし、異能の衝動を受けて精神がグラつき易い。理解しましたか?」

「ふん……、そこまでわかっているのなら、どうにか出来んのか? 貴様は仮にも神なのだろう?」

「神様はキミが思っている程万能じゃあありませんよ。もし、キミが処分をしなかったとしても異能持ちが辿る未来は異能に殺されるか、異能に呑まれて新たな禍渦となるか、その二つに一つです」

 神はそう言うと話は終わったとばかりに椅子から立ち上がり、白衣を翻して数多ある扉の一つに向かって歩き出す。

「待て、――ッ!?」

 絶望を残して去る神に追い縋ろうとする私の足が縺れる。あの男が何かしたのではない。これは単に私の身体が限界を訴えているだけのこと。あと八度の命が休め、休めと悲鳴を上げているのだ。

「無理はしないことです、リーンハルト。『お互い』老い先短い者同士、精々自分の命は大事にしましょう」

 そうして私がその言葉の意味を問うことが出来ぬうちに、白衣の男は扉の中へと吸い込まれていく。

 何処までも醜悪で。

 何処までも悲哀に満ちた笑顔を浮かべたまま。


               善因善果フェイタイティ 幕

               ハートブレイク・ハートブレイク に続く


 クイタランってロックマンのボスっぽくないですか? どうも、久安です。

 

 『善因善果』終了です。取り敢えず『悪因悪果』、『善因善果』で回収すべき事項は全て回収致しましたが、如何でしたでしょうか。改めて『白鷽』読み返すと新たな発見があるかもしれませんよ。え、長いから嫌? すいません……。


 次章は初めはまったりしていると思いますので、煎餅でも食べながらご覧いただければと思います。後半からは、うん、まあ、また言います。


 という訳で次回予告です。

 次回更新は2月11日 7時を予定しています。ではではッ!!




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