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鷽から出たマコトの世界  作者: 久安 元
善因善果フェイタリティ
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それで君を救えるなら

『やめて!! やめてってば!!』

 私の口から出るのはそんな惨めな言葉。自分で自分のパートナーも守れない情けない人造端末の嘆き。

 抵抗といえば頼人の身体の中からいまにも彼を殺そうとする禍渦を睨みつけることくらいなもの。

 しかし、そんなことをしてもアイツは何も感じない。

 この怒りも。

 この嘆きも。

 この苦しみも。

 感じたところで知ったことではないと、一刀の下に切り捨てるだろう。

 それが禍渦、私たちが壊さなければならない世界の害悪。

 だからこそ、私は存在する。そのために命を諦めなければならない事態に陥ることも承知しているし、受け入れている。

 けど。

 でも。

 彼は、頼人は違う。私のようにそのために造られた存在ではないのだ。私と一緒にいなければ、私とあんな約束を交わさなければ、いまこうして死に魅入られることもなかった。

 例え世界を理解することを目的として私と一緒に居ることを頼人が自ら望んだとしても、だ。

 クダンに向けた彼の言葉が脳内に木霊する。


 ――弱くちゃ何もできねえ。誰かを守ることも、何かを殺すことも、それに自分の信念を貫き抜き通すことも。


 そう、確かにそうだ。こうしていま頼人が死にかけているのも、この禍渦を壊せないのも、全て私の力が及ばなかったから。

 奥歯が欠けるほど噛みしめ、不甲斐なさからくる怒りに身を焼かれそうになる。

 力が欲しい。

 もっと大きな、あんなモノなど屍の残骸すら残さないほどの圧倒的な力が欲しい。

 頼人を、私の大事なこの人を守れるだけの力が欲しい。

 しかし、どれだけ願ってもそんなに都合よく私は強くなれない。自分の弱さを噛みしめることしかできない。

 だから私は、声が掠れるまで、喉が裂けるまで叫ぶ。

『――助けて!! 誰か助けてよ!!』

 見えない誰かの服の裾に取り縋るように。

『お願いだからッ!! 何だってするから!!』

 情けなくたって良い。

『だから助けてッ!!』

 見苦しくっても良い。

『誰でも、誰でも良いから頼人を……助けて……ッ!!』

 尊厳も、体裁も要らない。

 いま守りたいのは彼の、頼人の命だけだ。


 ――良いよ。


『……………え?』

 不意に聞こえるその声に聞き覚えなどなく。

 周りを見渡しても誰もいない。

 それでもその声は途切れることなく頭に響く。


 ――なに、驚いてるの? 助けて欲しいんじゃあなかったの?


 クスクスと、まるで悪戯っ子を嗜める姉のように声の主は笑う。

『助けて……くれるの?』

 誰だ、とか、何だ、とか。そんなことは重要ではない。重要なのはこの声の主が本当に頼人を助けてくれるのかということ。


 ――あなたのお願いを聞く代わりに私のお願いも一つ聞いてくれるならね。


 そう言って彼女は私に囁く。

 頼人の命を助ける対価を。

 きっと私に告げられたその対価は普通の人にしてみれば決して安くはない。寧ろ法外な要求をされているといえるだろう。

 家と国を交換するような。

 一粒の米と山のように積まれた米俵を交換するような。

 そんな相場もへったくれもない条件。

 頼人だったら頷かない。

 龍平でも美咲でも頷かない。

 何処を探してもこんな馬鹿げた取引に応じる人間などいないに違いない、――私を除いては。

『……良いよ』

 勿論、差し出さなければならない対価は他の人と同じく私にとっても大事な、大事なものだ。決して気軽に扱って良いものではない。

 笑って、泣いて。

 怒って、赦して。

 手を繋いで、手を解いて。

 抱きしめて、抱きしめられて。

 人が人でいるために必要なそれは、決して取引の場に差し出してはいけない。

 しかし、それでも。

 どれもこれも頼人の命に比べれば遥かに価値は劣る。人ではない、所詮道具に過ぎない私には必要のないものだから。

 道具は目的を遂行するために動きさえすれば良い。


 ――本当に良いの?


『何、驚いてるの? 「それ」が欲しいんじゃなかったの?』

 そう皮肉を返している間にも私の身体は頼人から引き剥がされそうになる。それは頼人の意識が消えかけているからか、それとも死に近づいているからか。

 何にせよこのままでは同調が解れてしまう。

 私と頼人とを繋ぐ糸が途切れてしまう。

『私にあげられるものなら何でもあげる!! だから――』

『わかったよ』

 いままでとは違い鮮明に聞こえるその声の主は背後に立ち、私の身体をぎゅっと優しく抱きしめると。

『しょうがないなあ』

 呆れと、親愛を込めた口調でそう言った。

 私が覚えているのはここまで。

 次に私が起きるまで。

 次に彼女が眠るまで。

 それまでは「彼女」の時間だから。



「……ヨリ、トッ!!」

 必死で結界を叩くも、その程度ではびくともしない。ヴァリエールの『禁世端境』の堅牢さは知っているし、そのおかげで私はこうして五体満足でいられるのだが、いまはその堅牢さが恨めしい。

 いま死に向かおうとしている彼を助けに行きたいという私の願いを阻む檻。それがヨリトの意思であったとしても到底承服できない。

『マ、マスター諦めなってば!! そもそも壊すの無理だったから村の外で待機してたんでしょーよー!? それ以上やったら手が壊れるよう!?』

「……うる、さ、い!!」

 一際大きな音を立てて、目の前の銀膜を叩く。

『マスター……』

「……ごめ、ん、パーン、トゥ」

 拳を握りしめ、鮮やかな銀色に寄りかかりながら私は身を震わせる。

「……分かっ、て、る。分かっ、てる、け、ど」

 滲みかけた視界を頭を振ることで再び鮮明にする。

 泣いてはダメ。泣くのは弱いから。これから強くなろうと決めた者が自身の不甲斐なさを嘆いて泣く訳にはいかない。

「……それ、でも、ジッと、なんて、して、られ、ない、よ…………」

『…………マス――ッ!?』

 声をかけようとしたパーントゥが息を飲む。

 そしてそれは私も同様。

「……な、に?」

 少し先。ヨリトと禍渦が立つ地点から禍渦なんかよりも遥かに強烈な威圧感を放つ「何か」が現れたからだ。

 それは当然禍渦の気配ではなく。

 ヨリトの気配でもなかった。

 ここに来て初めて感じるその反応は強く、弱く、まるでリズミカルに浜辺に押し寄せる波の様で。次第に狭まるその間隔が私を総毛立たせる。

 そして訪れる静寂。

 津波の前触れのようなその静けさはとても不気味で、私は無意識に自分の身体を抱きしめていた。

 禍渦もそれを感じたようで直ぐにヨリトの首を折りにかかるが。

 喜ばしいことにそれは叶わなかった。

「――あ?」

 ヨリトを掴んでいた腕が血を撒き散らしながら宙を舞う。その間に既に禍渦には新たな腕が生えていたが、兎にも角にもヨリトは縊られることなく地面に身を下ろす。

 ――いや。

 「アレ」はヨリトじゃない。

 白い髪は黒く染まり、腰まで伸び。

 体つきも女性らしいものに変化し。

 黄金の瞳の輝きはより増している。

 服装こそ変わっていないが、風貌と、何より纏う雰囲気が違いすぎる。

「っ……あー、やっぱり良いなあ、外は」

 腕をぐるぐると回す彼女の背後にはいつの間にやら五振りの刀。柄の部分を彼女に向け、静止するそれらは外敵から守護するように浮遊している。

 禍渦の腕を切断したのもそのうちのどれかなのだろうが、如何せん速すぎて私の目では捉えることが出来なかった。

「……何だ、お前は?」

 自身の腕が地に落ちるより早く彼女の眼前から離脱していた禍渦は初めて、低く、警戒するような声を出す。しかし、尋ねられた当の本人といえば。

「ただの助っ人だよ。「助けて」ってこの子に頼まれたから」

 可笑しそうに胸の中心を指してそう言うばかり。

「んー、それにしても折角の外なのに霧が濃いね、ここ。ようし、それじゃあおいで――『数珠丸』」

 何事かを決断した表情で彼女は名を呼ぶと、背後に控える五本のうちの一本がするりと揺らめきその手に身を委ねる。

 そして彼女が刀を宙に向けて一振りしたその瞬間――。

 周囲に立ち込めていた濃霧が弾けるような音とともに消え失せた。


 ……運動不足を痛感致しました。どうも、久安です。


 ここでやりたかったことの一つとしてはイアさんが自分をどう見ているのかを明確にすること。いつも能天気な彼女の一面を知って頂ければ幸いです。にしても卑下し過ぎでしょうよ、アンタ。


 『善因善果』もあと二話で終了です。キチンと終わらせられるよう頑張ります。というところで次回予告です。


 次回は2月7日 7時更新予定です。それではッ!!

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