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鷽から出たマコトの世界  作者: 久安 元
善因善果フェイタリティ
93/213

あの日の唄

『何ボーっとしてるの!? 避けてッ!!』

「ッ!!」

 イアの叫びで我に返る。痛む腹を無視して、形振り構わず転ぶように前に跳ぶと、その直後首の辺りを殺気が通った感覚。あと刹那回避が遅れていたら俺の首と胴体は分かたれていたことだろう。

「……こ、のッ!!」

 地面に膝をついたまま振り返ると、目に飛び込んできたのは丁度クダンが禍渦に手を翳す光景。彼女は背後に現れた禍渦と距離を取る時間さえも惜しみ、攻撃を繰り出したのだが。

「おっと、危ない」

 その場から数歩移動するだけでいとも簡単にその一撃をかわす。

一秒前まで禍渦がいた場所が完全に陥没しているところを見るとクダンは予想外の事態にやや動揺しつつも指示通り重力を操って禍渦の動きを縛ろうとしてくれたようだ。

 しかし避けられたのは想定外。完全に捕らえる、その意志があったからこそ不動で能力を行使したのだ。驚愕を隠せずとも仕方がないことだろう。

 そして硬直したクダンに向けられたのは螢火に晒されて黒光りする銃。さっき俺が取り落としたあの銃だ。

 渇いた銃声が響く。

 発射された弾丸は吸い込まれるようにその鉛の身体をすぐそばにいたクダンの眉間へと喰い込ませ――。

「させるか……ッ!!」

 具現化解除。

 俺の手から離れていようが俺が出したモノならいつでも消すことは可能。かなり接近していたからギリギリのタイミングだったが、クダンが頭から脳漿を噴き出す光景を見ずに済んだ。

「……ッ」

 息を飲み、直ぐにその場から離れるクダン。

 その姿に胸を撫で下ろすが、代わりに貴重な武器を失うことになったことは否定しようがない。その事実に歯噛みしながらも、頭は未だ禍渦を破壊する手段を模索する。

 最も優先すべきはこれ以上の精神力を消費することなくこの霧から抜けだすこと。いまはこの霧のせいで手が出せないでいるのだろうが、向こう側にはネロたちがいるのだ。このまま二人で対抗するよりは合流した方が良いに決まっている。

 だが、クダンの風で払えないとなると現状内側からの破壊、無効化は不可能。かといってのんびりと外の連中を待っている余裕もない。

 再確認した。完全な八方塞がりだ。

「あー、くそ……」

 足に力を入れ、何とかその場で立ち上がる。

『頼人、待ってよ!! まだ全然傷を塞げてないんだよ!?』

「だからって、……放っておけるかっての」

 目の前では追い詰められるクダンの姿。

 未だ致命傷こそ負っていないがそれも時間の問題だろう。禍渦の手には一見何もないように見えているものの、その手には俺の腹を貫いた刀が握られている筈だ。その証拠に微かではあるが彼女の纏うマントとマフラーは傷み、そして褐色の肌に切り傷が紅く彩られつつある。

「俺の……、目の前で正直者、……を殺させるか……。しかも……、禍渦なんかによォ!!」

 頭と腹の痛みなど知ったことか。そんなもの大したことではない。

 一直線に禍渦目がけて飛びかかる。

 狙いは頭部。頭上からの渾身の一撃を見舞うがこれは当たろうが外れようがどちらでも良い。クダンと禍渦を分断するためのものだ、寧ろかわしてくれた方がありがたい。

 狙い通り、咄嗟に反応した禍渦はふわりとその場から後退する。だが、その様には余裕が見られ、まるでこちらを嘲笑うかのようなそんな印象を受ける。

 それを見て奔る悪寒、感じ取った悪意。

「――んのッ!!」

 傍にいたクダンを引き寄せ、間髪入れず『禁世端境』を展開させる。そして直後響く金属音。

「ほう、よくわかったな」

「………オマエみたいな、糞……野郎が、馬鹿……正直に攻める訳ねえだろうが」

 俺の蹴撃を避けると同時に、コイツは見えないことを良いことに持っていた刀を上に放り投げたのである。

 無論刀は回転しているので、その刃が確実に俺かクダンを傷つける保証はなかったのだが、この禍渦はそれでも構わないと言わんばかりにそれを実行に移したのだ。

 これは遊び。

 ここで目の前の玩具が壊れようが、壊れまいが興味はない。

 禍渦の不敵な態度からはそんな悪意が見え隠れしている。

 いますぐにでもその不愉快な面を拝みに突撃したい気持ちはあるが、イアの言う通り生憎と傷は深い。癪ではあるがこの膠着状態を利用させてもらおう。

「それにしても、てめえ……。一節だけの詩……でも、モノ出せるんじゃねえか。この嘘吐き野郎が……」

 クダンを結界内に下ろしそう毒づくと、禍渦は大げさなリアクションを返す。

「おや、それは心外だな。俺は三つ詩を紡がなければ何も出せないと言った覚えはないぜ? オマエが勝手に勘違いしただけだろう」

「へっ……、完全に嵌める……気だった癖によく、……言う」

「さてね。ところで一つ聞くがオマエは傷が治るまでそこに引き籠る気か?」

 ……バレてら。

 まあ、バレた所で未だ出て行く気は更々ないが。

「それでも俺は構わないが……。そうだ、時間を無駄に使うのも何だから一つ謎かけをしよう」

「…………」

「だんまりか。まあそれも構わない。俺は勝手に可能性の話をするだけだからな。甲羅に閉じこもった亀を引き摺り出すにはどうすれば良いかという問いなんだが……、さてどうしようか」

 そう言うとわざと大きくため息を吐き、やれやれというように肩を竦めた。

「火でも焚いてあぶり出すか、いやいや、火は俺に牙を剥く可能性がある」

 禍渦はクダンを指差し、尚も戯言を続ける。

「それとも腕を突っ込んで掴むか、いやいや噛みつかれる可能性がある」

『何を……?』

 今度は俺を指差し、困ったなというように腕を組む。そしてしばし考えると閃いたとでもいうように指を鳴らし最も有効な、俺たちにとっては最悪の回答を導き出した。

「ああ、俺は何て馬鹿なんだ。さっきもう答えは出ていたじゃないか、なあ? 別に亀は死んでも構わないんだから――また巨人に叩き潰して貰えば良い」

 それは非常にマズい。

 クダンにも俺にもあの腐れ巨人を壊すだけの力はない。出された時点でゲームオーバーだ。

「……ヨリ、ト」

「ああ、そう……だな。もうそれしか……ねえ」

 コートの裾を引っ張るクダンにそう返し、結界を解く。

「そうだ。オマエらにそんな自由はもうない。玉砕覚悟で俺に向かってくるしかないんだよ」

 五月蠅い。たとえそうだとしても。

 オマエに言われるのは我慢ならねえ。

 クダンを残して、先行する。短い詩でモノを出すことができたとしても「詩を謳う」というモーションが必要な以上、前兆がない訳ではない。それに注意していればさっきのような不意打ちはもう喰らわない筈だが。

「イア」

『う、……うんッ!!』

 かといって無闇に接近するのは避けたい。腹の傷は決して浅くはないし、これ以上のダメージは冗談抜きで生死に関わる。

 それに――先の行為を「詩抜き」で行える可能性もなくはない。

 故にコードを更に先行させ牽制し、禍渦の動きを少しでも制限しようとするが、イアが操っているとは思えないほどに当たらない。

 八本すべてが常に禍渦本体を狙っている訳ではない。

 禍渦の進行方向を塞ぐものもあれば、体勢を崩そうと足場を狙うものもある。

 しかし、その悉くが読まれ、かわされ、踏破されるのだ。

「……ヨリ、ト、それ、下げ、て!!」

 後方から響くクダンの叫びに俺よりも素早く反応したイアが禍渦の周りに纏わりつかせていたコードを離す。

 代わりに禍渦を襲うのは両脇から盛り上がるようにして造り出された土の壁。トラバサミを彷彿とさせるそれは勢い良く跳ね上がり標的を押しつぶそうと迫る。

 ――が、ダメ。

 ローブから伸びた両腕で壁の勢いを殺し、衝突する前に静止させることに成功していた。

「何……なんだ、アイツ……はッ!!」

 リーンハルトと対峙したときから明らかに身体能力が向上している。鈍重だった動きのキレが徐々に増してきているのだ。

「はあ……、だから言ったろう? ただの「準備運動」だと」

「――ッ、黙……れッ!!」

 脳を焼き切るような激昂に身を任せ、自らの意思で腕のコードを禍渦の頭部目がけて真っ直ぐ伸長させる。

 いまなら両手は使えない。その減らず口、二度と叩けねえようにしてやる。

 こちらの目論見通り、コードは禍渦の顔があると思われる部位に直撃し鈍い音を響かせるが、まだだ。まだ終わらせない。

 更に力を込め、俺の操るコードは先端の金属を禍渦の肉にめり込ませていく。そしてそのまま。

っ……た!!」

 禍渦の頭部を文字通り突き破る。再び目の前から嘘が消える感覚を感じ取るが、それもクダンのときと同様の結果をもたらしたに過ぎなかった。いや、さっきよりも遥かに早い。

 壁を支える禍渦の腕は力が弱まることなく、土でできた強固な壁を粘土のように軽々と破壊する。あのときは未だ死んだという実感が在った。しかし、これは何だ? 瞬間的な死さえ感じさせないなんて。

 これではまるで――。

った」

 確実に命を奪った筈のソレは自身の顔を突き破ったコードを掴み、遭遇したときから何一つ変わらない人を小馬鹿にした口調で言い放つ。

 そしてそのまま掴んだコードを力任せに引っ張り背負い投げの要領で俺を投げ飛ばしにかかった。

「う、お……ッ!!」

 脳裏によぎった不吉な予感に気を取られた隙に両脚は地面から離れ、一気に地面に叩きつけられる。

 苦痛を示す言葉など出ない。

 俺の身体から出るものといえば、肺に溜めてあったなけなしの空気と。

 イアが塞ごうと躍起になっていた傷口から溢れる血液だけ。

「……ヨリ、がッ!! あ……」

「クダ……ン……」

 かろうじて身体を動かし視線を向けると、そこには吹き飛ばされた俺のフォローに入ろうとしたのだろう、クダンの首を片手で持ちあげる禍渦の姿があった。

「オマエには悪いことをした。一人取り残されてさぞ寂しかったろう、辛かったろう。――いま俺が楽にしてやる」

「……あ、があ……あ、ぐ……」

 クダンは暴れ、力を使おうとしているようだが、精神が安定していないからか一向に反撃に出る気配はない。それどころか、徐々に抵抗が弱まっているようにすら見える。

 あのままでは間違いなく彼女は死ぬ。

 強くなるという、誓いすら守ることができずに。

 いとも呆気なく。

 死ぬ。

「…………イア」

『頼人、もう少し!! もう少しで動けるようになるから、もうちょっとだけ我――』

「先に……謝っとく。……ごめんな」

 頭の中で叫ぶイアをその小さな呟きで制し、俺は掠れるその目で禍渦を見据える。そして――。

「やっぱり……、見捨て……らんねえんだ」

『頼――』

 震えるその手に大型の戦斧を具現し、何とか狙いを定めクダンを掴む腕に向かって全力で投擲する。

 油断か、それともクダンを殺すことに夢中になっていたからか。あっさりと戦斧は禍渦の腕に命中し、肉を割く音と共にクダンごと地面に落下する。

「……ごほっ、げほ……、――これ、は?」

 目に涙を溜めたクダンが自身の周囲に張られた銀膜に触れ、驚愕の表情でこちらを見る。

 『禁世端境』。

 一度展開すれば何人も侵すことのできない守護の檻。

 これで、取り敢えずクダンは大丈夫。

 フィオレンザの力が切れるまでは安全だ。

 一度クダンが攻撃して脆くなったいまのこの霧ならば、ネロたちがそれまでに何とかして駆けつけてくれるだろう。

「理解できないな。そんなに先に死にたいのか?」

「そんな……、ごほ!! 訳ねえ……だろ」

 口からだけではなく鼻からも鮮血が流れ出す。

 目はもう何も見えないし。

 頭の中はごちゃごちゃだ。

『誰■も、誰@も●いか$頼tを……助?て……ッ!!』

 さっきからイアが叫んでいるが、それはノイズがかかったように不鮮明で意味を汲み取ることはできない。

 けど、多分。はは……、きっと怒ってんだろうな。

 身体が宙に浮く感覚と喉元が締め付けられる感覚。どうやら禍渦は俺を先ほどのクダンと同じような方法で掴んでいるのだろう。

「なら何故こんな訳の分からない真似をしたんだ、お前は」

「げほっ、ハァ……。そんな……の、決まって……んだろ」

 俺の行動基準はいつだって簡単だ。

 嘘を嫌って。

 本当を好む。

 だから、オマエみたいな嘘の権化みたいなヤツに――。

「アイ……ツを……、クダン……を、嘘……吐きに……、した……くなかっ……ただけ……だ」

「……ふん、私にはやはり理解出来ないな」

 は、そうだろうさ。

 締めあげる力が強まっていくのを感じながら目の前のモノを嘲笑う。

 オマエなんかに理解なんてされて堪るかよ。

『私■あ¥rれる%mのn*、何dも&*る!! だ▼ら――』

 絶え間なく聞こえるノイズ越しの彼女の声を聞いて胸が締め付けられる。

 イア。

 俺の相棒。

 俺が一緒に「世界を守る」と約束をした大事な相棒。

 ごめん。

 本当にごめん。

 何度も、何度も謝り続け、意識がもう途切れる、いや死を迎えようとしたそのとき、俺は確かに聞いた。

 雑音の海を超えて尚、クリアに聞こえるのは鼻唄で奏でられた聞き覚えのある曲。

 この曲は確か――イアと出会う前に、聞い――たこと――が。

 そして完全に意識が闇に呑まれる瞬間。


 ――しょうがないなあ。


 呆れたような、そんな声を聞いた気がした。


 ちょっと、ちょっと左目が治ってきましたよ!! いやっふぅーぃ!! あ、どうも久安です。


 何だかんだ言ってよっくんが瀕死に追い込まれるのは白鷽以来でしょうか。全員生きてここから帰ってほしいものです。作者的には。

 

 と、ここで次回更新予告です。

 次回更新は2月5日 7時を予定しています。ではではッ!!

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