一閃
『悪い、待たせた』
「遅いよ!!」
クダンを連れ戻すのに随分時間がかかってしまった。傍らに抱えた彼女は未だ目を覚まさないが、直ぐに戻って来ることだろう。
表に出て踏ん張ってくれたイアと交代し、白い霧で覆われた戦場へと帰還する。
『それにしても……頼人? 随分リーンハルトと対応が違ったように思うんだけど?』
「そりゃ、そうだろ。アイツは最初っから最後まで下らねえ嘘を吐き続けてるんだからな。でもクダンは違う。臆病な癖して真っ直ぐ受け止めようとしてやがった。俺はそういうヤツ大好きだ」
かつて力足らずに逃走した事実からは逃げなかった、弱さを隠さなかった。なら、手を貸してやりたくなるに決まってるじゃねえか。
『ふうん……、まあ良いケド』
全く良くなさそうな声でイアが呟くのを聞きながら俺は『禁世端境』を展開。心おきなく周囲を確認する。
「イア、この霧……」
『あ、頼人も気づいた? うん、これあのときの霧だよ』
龍平と美咲と共に訪れたロッジを覆っていた霧。これは後で神様から聞いたことだが、この霧はあのロッジに巣食っていた禍渦が生み出していたものらしい。先程のフィオレンザの影といい、どうやらあの異常禍渦、喰った禍渦の力も使えるようだ。
そしてこの霧がいま目の前で発現しているということはつまり――。
「…………殺り損ねてたってことか」
自身の不手際を恥じると共に怒りが込み上げる。今直ぐ自分を殴りたい衝動に駆られるが何とか踏みとどまり、後に回す。
『ふふ、よく我慢できました』
「……おう」
この霧を生み出していた禍渦の本質は隠匿と認識の刷り込みによる撹乱。それを踏まえるとクダンと離れるのはマズイな。最悪同志討ちになりかねない。
「……ん……」
「よう、起きたか」
うめき声を上げ腕の中でもぞもぞ動くクダンにそう声をかける。
「…………下ろし、て」
「あいよ」
注文通りパッと手を離すとクダンは器用に着地し、こちらをジッと見る。
……何だろうか? 動物のように抱えていたことがそんなにお気に召さなかったのだろうか。
そうした居心地の悪さをひしひしと感じていると不意に彼女は口を開く。
「……ありが、と、う」
そうしてぺこりと頭を下げるその姿に一瞬呆気にとられたが、直ぐにその謝意の出所に気づき手を振ってそれに応えた。
「どう致しまして。だけどあれで終わりじゃねえぞ。謝ってそれで終わりなら意味はねえからな?」
オマエは俺と違って何処もおかしくないし、ちゃんと罪を罪と自覚できるんだから、同じ過ちを繰り返さねえようにしないとな。それが悪いことだと分からずに俺みたいに何度も何度も馬鹿みたいに繰り返すのは一人で十分だ。
「……わかって、る。私、強く、な、る。皆、守れる、ように、な、る」
「おし、頑張れ」
「……う、ん」
こくんと頷くクダンを見、再び俺は周囲を見渡す。
依然として満ち満ちている霧は晴れる気配などなく、寧ろ濃くなってきているようにも感じる。このまま籠城していてもいずれフィオレンザの残した力も枯渇してしまう。故にこちらからこの膠着状態を打破するしかないのだが。
『先に言っておくけどあの禍渦が何処に居るかは分からないからね? 何度も索敵かけたけどダメだったから』
「……ちなみに俺の残量どのくらい?」
『銃器はもう無理。ナイフ一本でも鼻血出るよ、きっと』
俺が想定していたよりも使用できる精神量は少なく、お世辞にも十分とは言えない。グロックの残弾は既に四発撃ってるからあと十二発。それとナイフ一本が俺の持てる戦力の全て。
「クダン、オマエも結構はっちゃけてたけどあとどれくらいイケる? つーかオマエの能力詳しく教えろ」
「……あ。言う、の、忘れて、た」
そう言われて初めてそのことを伝え忘れていたことに気づいたようで恥ずかしそうに顔をマフラーで隠す。
「……パーントゥ、の、力は、『自然物干渉』。地面も、風も、水も、炎も、重力、も、全部、……あ、空気は、難しい、から、まだ、無、理。それ、以外、なら、好き、に、操れ、る。でも、結構、疲れ、る。……ヨリト、は、『物質具現』だっ、た?」
「いまはガス欠でナイフくらいしか出せねえけどな」
クダンの問いに答えながらも彼女の能力をどう利用できるか考えを纏める。
水とか炎とか言ってるがさっきまで全然使ってなかった所を見ると種火がないと出せねえみたいだな。使えそうなのは巨人を真っ二つにした風と、土槍、あとは重力ってとこか?
「……私の、残量は、ちょっと、待って、パーン、トゥ、に、聞いて、み、る」
パーントゥというのは人造端末の名だろう。未だ挨拶は交わしていないがそれこそ後で良い。全部無事に御社に帰ってからだ。
「……初め、みたい、なの、は、もう、無理、だっ、て。それに、私は、『天秤幻視』、も、使ってる、か、ら……」
「余裕はねえってことか」
魔物がスキルを発動するには俺たちと同じく精神力が必要らしいし、当然と言えば当然か。
「……でも、まだ、頑張れ、る」
「俺が言うのも何だけど無理はするなよ? 死んだら意味ねえんだから」
『本当にね』
うるせえよ。オマエは俺のオカンか。
「……大丈夫。私、強くなる、まで、死な、な、い」
「……お、おう」
そりゃまた壮大な目標を立てたモンだな。ゴールが見えねえ。口に出すような野暮な真似はしねえけど。
「うっし、じゃあいっちょ試してみっか」
「……何を、すれば、良い?」
「いまから俺がこの結界を解く。その隙にこの霧を風で払えるかやってみようぜ。いまんとこ禍渦は何もする気はなさそうだしな」
詩が一切聞こえてこないということは未だ何も仕掛ける気がないということだ。フィオレンザの影は二度通用するものじゃあないし、あるとすれば他の禍渦の力だが、そんな見当もつかないモノを警戒するなんて不可能。
ならば危険を承知で一旦『禁世端境』を解除し、視界を良好にしておくべき。目だけに頼る気はないが、これだけ視界が悪いと反応も遅れてしまう。
「合図はしねえ。この銀膜が消えたら頼む。上手く禍渦を発見出来たら今度は重力を操ってアイツを動けなくしてくれ。……出来るか?」
「……わかっ、た。ヨリト、一つ、お願い、良、い?」
「お願い?」
オウム返しにそう尋ねるとクダンはこっくりと首を縦に振る。
「……結界、解い、たら、思い切り、身を、屈め、て。そう、しない、と、ヨリト、も、吹き、飛ぶ、から」
彼女の言葉を聞いて、不意に真っ二つにされた巨人を思い出す。
「なあ、クダン?」
「……ん?」
「飛ぶっていうのは俺の上半身がってことか?」
「……ん」
「全力でしゃがませて頂きます!!」
一気にクダンの腰の辺りにまでしゃがみ、数秒遅れで結界を解除する。その瞬間霧が更に視界を奪おうと迫るがクダンは焦ることなく両腕を左右に伸ばし、くるくると舞うように回る。
次第に彼女の腕が空を切る音が大きくなり、それが最大まで高まったと思うとクダンはぴたりとその動きを止める。
同時に起こる烈風と超高音。
俺のコートとクダンのマントを大きく弄んだその風は周囲に溢れる霧を弾き飛ばしていく。
立ちあがり効果のほどを確認すると威力が足りなかったのか、それとも禍渦が生み出したものだからか、完全には吹き飛ばすことはできなかったが、かろうじて視界は良くなっ――。
「〝不可視の刀は卑しい刀、酒餐の刻しか出てこない〟」
詩を紡ぐ禍渦を目にすることもできず、背後から一撃。
『禁世端境』を展開する暇も。
避ける暇さえなかった。
痛い、痛いと悲鳴を上げる腹部を見るとそこに在るのは一本の刀。だがおかしなことに俺の腹を貫いた筈のその刀には血の汚れも、一片の曇りもなく。
流れ出る筈の血が俺の衣服を汚すこともなかった。
だが、それも禍渦が刀を腹から勢いよく引き抜くまでの話だ。
傷口から、口から鮮血が溢れ、身体を、コートを紅く、紅く濡らしていく。
ぐらりと視界が揺れたことで俺は膝をつき、銃は手から離れ、地面へと落下する。そして金属が土に沈む鈍い音が聞こえたのとほぼ時を同じくして。
俺の背後で鍔鳴りが聞こえた。
まだ左目はムスカ大佐状態。どうも、久安です。
一閃されたのはよっくんという衝撃の事態。え? そんなに衝撃でもない? あ、すいません……。
それはそれとして毎回タイトルを決めるのが難しい。今回のはもうホント泣く泣くこれにしたという……。いや、実にお恥ずかしい。(ちなみに気に入っているのは『悪因悪果』12話 守護の檻、拒絶の檻)
と、雑談はここまでにして次回予告。
次回は2月3日 7時を予定しています。明日です。ではではッ!!




