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鷽から出たマコトの世界  作者: 久安 元
善因善果フェイタリティ
89/213

件のクダン

「ナイスタイミング、ネロ。助かった」

 ぶらぶら宙に揺れながらそう感謝の意を伝える。

「それにしてもいやに早かったな。どんな魔法を使ったんだよ?」

「いや、あのさ……。取り敢えず先に謝っとくよ、ごめん」

「?」

 ネロの謝罪の後、その背中から現れたのは現在洞窟にいる筈のアンナヴァニア。にこにことこちらに手を振る様には心打たれるものがあったが、それとこれとは話は別だ。

「ほほう、なるほどね。……………………ネロ?」

「ひィ!?」

 急変した俺の声色に反応したネロは危うく俺とリーンハルトを落っことしそうになる。

「よ、頼人!! 違うのです!! 私が頼んだのです!!」

「いや、それでも戻ったのは僕だよ!!」

 わいわいと互いに自分の非を発表し合うネロとアンナ。ああ、もう五月蠅い。もう何も文句を言わねえから静かにしてくれ。

「あー、わかったわかった。アンナも戦力になってくれるってんならここに居て良い。その代わり絶対死ぬなよ?」

 フィオレンザに顔向けできん。

「ええ、分かっています。それに大丈夫ですよ、ネロが守ってくれるそうですから」

「へえ……、なら問題ないか」

 ネロの回避能力の高さは確認済み。身体能力が微妙であるとはいえ、魔物であるアンナが接触していれば『適応即身』の効果でネロの基礎値も僅かながら上昇している。これならば余程の不意打ちでもされない限り回避が間に合わないこともないだろうし、何よりアンナの『禁世端境』もある。

 寧ろ心配なのはこっちだ。

 ガス欠の男二人なんぞ何の役にも立ちやしない。リーンハルトはどうかしらないが、俺はグロックをあと一丁具現化できれば恩の字、といったところ。一番良いのはこれ以上具現することなく、結界を張りつつ上手く仕留めることだが……、まあそう上手くはいかないだろうな。

「つーか、アレをまずどうするよ?」

「うむ……」

 腐敗した巨人が倒れ込んだことで先ほどまで清澄なとまではいかないまでも、自然が溢れていた地面はいまや腐肉で溢れ、足の踏み場もない。禍渦も肉に埋もれてしまっていればと思ったが残念なことに巨岩の上に逃れたようでブツブツと何事か呟いていた。

 しかも倒れ伏した巨人はまだ終わらないとばかりに飛び散った自身の腐肉をうぞうぞと蠢かせ復活を目論んでいるご様子。

 正直冗談ではない。あんな厄介なモノにこれ以上暴れられてたまるか。そう心中で毒づくと、それを察したのかネロは苦笑まじりに口を開く。

「ああ、あの気持ち悪い肉の塊なら気にしなくて良いよ」

 自身の背後の月を眺めて言う。

 いや、正確には月ではなく、その光に照らされて宙に浮かぶモノを見てネロは言う。

 その視線の先に居たのは色とりどりのマントを幾重にも身に纏った小学生くらいの体躯をした少女。黒と琥珀色が混ざった独特の髪色をしており頭頂部で結わえてある。

 そして俺が観察している間も瞬き一つしない翠と蒼の瞳で同じようにこちらを眺めている。

「あの子がどうにかするらしいから」

 どうにかって?

 その疑問の言葉は口にしたと同時に掻き消される。耳を塞ぎたくなるような超高音が辺り一帯に響き渡る。

 何をしているのか、そして何をしようとしているのか。

 それを確かめる前に全ては終わった。

 ふわりと俺の髪を風が撫でたかと思うと、今度は暴風と呼ぶに相応しい勢いで何かが俺たちの傍を通過する。余りの衝撃に耐えきれず腕で顔を覆い隠し、次に目を開けると――。

 そこには丘ごと真っ二つになった腐敗した巨人の姿があった。



「……信じられないって言ったらどうする気だい?」

「……諦め、る」

 空中で二十秒ほど待機していると『視た』通りに黒いわんこが私の目の前に現れた。そして不器用ながらもこちらの意向を伝えたのだが、仕方ないこととはいえどうにも信用されていないようだ。

 警戒した表情で背にのせた女の人を庇いながら、ネロというらしいそのわんこは私の答えを聞くと呆れたような顔をする。

 ……失礼なわんこ。

「そんな簡単に諦めるんだったら初めから何もしなければ良いじゃないか。これでも僕達は急いでるんだよ」

『けーっ、なんだいこの狼!! 折角親切心で教えてやってるっていうのにさ!! マスター、マスター、もうこんなの放っておこうよ!!』

 パーントゥ、五月蠅い。

 ……あと二分。それまでにここを出発しないと間に合わない。私の『視た』モノが現実のものとなってしまう。

「……諦め、たく、ない、でも、私、には、どうしようも、な、い」

「どういうこと?」

「……人の、気持ち、は、変えられ、ない、か、ら」

 いつだってそうだった。

『視えた』モノを何とかしようと思ってもいつも最後はそこに行きあたる。障害がモノならどかせば良い。時間がないなら急げば良い。

 でも人の気持ちは動かせない。

 それを私は知っている。

「……はぁ、わかったよ」

「……?」

 少々の沈黙の後、ネロは仕方がないという風に首を振る。

「信じると言ったのさ」

「……本当、に?」

「嘘は吐かないよ。怒られるからね」

 最後の言葉の意味は良く分からなかったが、どうやらこちらの助言を聞き入れてくれるらしい。

 喜び半分、驚き半分。……やっぱり喜び三分の二、驚き三分の一。

「ネロ、良いのですか? 言いたくはありませんがこの方が嘘を吐いている可能性も……」

「そうだね、僕は頼人じゃないからあの子が嘘を吐いてるのかどうかなんてわからないけど、大丈夫。信じて良いよ」

「……どうし、て?」

 思わず二人の会話に口を挟む。それが私への信頼を失わせる行為だとはわかっていたが、そうせざるを得なかった。

 しかし、目の前のわんこは何でもないように言う。

「簡単なことさ、君からは頼人と同じ匂いがする。ただ、それだけ」

 ヨリト。

 アマハラヨリト。カミサマとかいう男の人が助けにいってやれと言った人。このわんこのお友達。

 あの人は出来ればで良いと言ったけれど。

 無理に助ける必要はないと言ったけれど。

 私はヨリトを助けたい。

 『視た』以上、何もしない訳にはいかない。あんな思いは一度でたくさんだから。

「さ、早く乗って。後は移動しながらで良いだろう?」

「……う、ん。方角は、あっ、ち。少し、移動、してる、から、気を、つけ、て」

「わかった。じゃあ行くよ――っと、そういえば」

 背に飛び乗った私の顔を見てネロは問う。

「君、名前何て言うんだい?」

 ああ、そういえば状況を説明するのに必死で名乗るのを忘れていた。私はカミサマから名前を聞いていたから問題なかったが、彼はそうはいかない。

「……私、は――」



「――クダン?」

「そう、くだんのクダンだってさ」

「件乃クダン?」

 回文みてえな名前だな。いや全然回文じゃないんだけどさ。

「いいえ、頼人。件というのはヴァリエールと同じく種族としての名です。種族名を自らの名として名乗れるということは彼女は長、若しくはその血縁者なのでしょう」

「ふうん……」

 何にせよこれであの神様バカに利用されたヤツは四人目か。これで最後だと思いたいもんだ。

「ネロ君。あの子どもが我々と同じく人造端末と同調している者だとして、どのような力を持っているのだ? 結果だけを見ればとんでもない力のようだが」

「そこまで教えてもらってないよ。時間もなかったしね。僕があの子に言われたのは二人の正確な現在位置と、でっかいのはなんとかするから君らを助けてあげてってことだけさ」

「あの巨○兵を割った力と俺たちの位置を探った力は別物っぽいな……。人造端末の力と魔物の力、どっちがどっちなんだろうな」

「頼人。私、それなら分かりますよ」

「あ、ホントに?」

「ええ、ネロ。件はこの近隣に暮らしていた魔物ですから」

「……暮らして「いた」?」

「…………つい先日、謎の生物に襲われ全滅したと聞きました。ですからあの子はその生き残りなのでしょう……」

 アンナのその言葉に場が沈黙に包まれる。いやいや、しんみりしてる場合じゃねえだろ。確かにアレな境遇なのは認めるが、そんなもんネロだって似たようなもんだろうに。仲間が生きてるか、死んでるかの違いだけだ。

「アンナ、それで件のスキルってのは何なんだ?」

「あ、はい……。件の固有スキルは『天秤幻視パンドーラー』というもので、曰く未来を見通せるのだとか。ですから頼人の現在地を知れたのもそのスキルのおかげだと思いますよ」

「未来……ねえ……」

 話だけ聞くといままで出会った魔物の中でぶっちぎりで胡散臭いスキルなのだが、アンナの真面目な顔を見るとそれは信頼に足るスキルのようだ。その『天秤幻視』とやらの詳細も聞きたいところだが俺としては腐敗巨人を真っ二つにした力の方が気になるね。

 あの暴風から判断するとすれば風を操る力が有力ではあるものの、どうにもそんな素直な力であるとは思えない。神様のことだからもっと大きく、応用の効くモノを人造端末に備えているに違いない。

 と、そんなことを思案していると身体を縦に割られた巨人がその身を震わせているのに気づく。どうやらあの状態から再び動こうとしているようで、良く見ると切断面から先ほど俺を襲った無数の腕が伸び、半身同士を繋げようと躍起になっている。

「往生際の悪いことで…………あん?」

 忌々しげにそう呟くと同時に俺の目は巨人の直上から凄まじい勢いで落下する少女の姿を捉えた。

 幾重にも着込んでいたマントは全て捲れ上がり褐色の肌の大部分が露わになっていたが、少女は特に気にする様子はなく無表情に真下の巨人を見据えている。黒色と琥珀色が混ざった髪と赤いロングマフラーを激しく靡かせ、巨人の傷口に入り込み、そして――。

「うおっ!!」

 再生を試みようとする巨人を内部から吹き飛ばした。

 今度こそ足掻くことすら許さないという決意の下に行使されたその力は竜巻などというチンケなものではなく、マクロバーストにも匹敵する、いやそれ以上の大規模かつ破壊力。

 それ程の破壊を行った本人はといえば、いとも簡単に取り返した大地の上に立ち、生気のない眼で禍渦を睨みつけている。

「……ネロ、降ろしてくれ。何か嫌な――」

 予感がする。

 そう言い終わる前に再び顔を現した大地の上に衝撃が奔った。

 先に仕掛けたのは「恐らく」クダンという名の少女。

 恐らくという曖昧な言葉を使ったのはいま地面から飛び出た槍がどちらが出したものなのか一見して判別ができなかったからだ。

 しかし、良く見ればその槍は禍渦を狙って射出されているようで、推察通りあれはクダンの攻撃。

 とすれば彼女の力は風を操ることだけではなく、風と土を操ることか?

 もしそうなら、正直神様にはがっかりだ。その程度の力ならアヴェルチェフの、厳密にいえば彼の持つ槍『ブリュンナック』の方が上だ。より多くの自然物を操れる上に、トドメの電撃ビームまでついているという驚きの強さ。

 出力的にはクダンの方が上かもしれないが、あれだけではアヴェルチェフには遠く及ばない。いやまあ、俺も敵う気はしないんだけどさ。

 だが現にクダンの生み出した土槍は悉くかわされ、禍渦をやや後退させるに留まっている。

 あのまま無闇に力を使い続ければ、遅かれ早かれ限界は来る。そうなれば状況は最悪だ。彼女が神様の言う援軍なのだとしたら、これ以上こちらに手はない。最後の切り札があの調子ではこちらも困る。

「とんでもねえ新人さんが入ってきたもんだ。リーンハルトとアンナはそのままネロと一緒にいろ!! 援護だけしてくれりゃあ良い!!」

 ある程度高度を下げたネロから飛び降り、二人にそう指示する。

 攻撃能力皆無のアンナを前線に出させる訳にはいかないし、リーンハルトも少しは余力が残っているとはいえ、アイツの力は核を正確に壊すには不向きだ。ならば二人にはサポートに回って貰ったほうがいまから渦中に飛び込む俺とクダンの生存確率は上がる筈。

 リーンハルトもこちらの意図を理解したのか無言で頷くとネロに連れられ夜空へ舞い上がる。

「――痛ゥ……」

 正直頭はもうバラバラになりそうなほど痛んでいたが、かといってあのガキを見殺しにするのも寝覚めが悪い。

 それに何より――。

「アレは俺が壊す」

 頭痛の熱に混じって、再び心地良い狂喜の炎が灯る。

『頼人、言うだけ無駄かもしれないけど気をつけてね?』

「ああ、わかってるさ」

 まだ、イアの声は聞こえている。だがこのままではまた声は届かなくなるだろう。だからそれまでにアレを殺さなければ。

 これは確信。

 今度我を忘れて暴走すれば俺はきっと死ぬ。イアとの約束を守るためにもそれだけは避けなければならない。

 俺は――死んでも嘘吐きなんかにはなりたくない。


 腰がブレイクしました。どうも、久安です。


 一話目に登場した女の子、クダンがやっとこさ表舞台に出てきました。よっくんが何やらブツクサ文句言ってますが、ぶっちゃけタイマン張ったらクダンが勝ちます(禁世端境ナシの状態)。敗因は精神力のキャパ差ですが。


 次回更新は1月30日 7時を予定しています。

 あ、最後の数行の矛盾した台詞はわざとですのでご心配なく。

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