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鷽から出たマコトの世界  作者: 久安 元
善因善果フェイタリティ
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咆哮、喨喨と

『もうちょっとで目標に接近するよ、マスター』

「……そ」

 幾重ものマントを靡かせ月の輝く空を飛行しながら私はパーントゥの報告にそう返答する。

『むむー、やっぱり無愛想だよね、マスターは。もっとこう『きゃはっ!! わかったわ、ありがとう可愛い可愛い私のパーントゥ!! だぁい好き!!』みたいな反応が欲しいなあ』

「……黙っ、て。まだ、慣れて、ないか、ら」

 何せまだパーントゥと出会って、同調というものを知って、実際に力を使ってからまだ三日しか経ってないのだ。いま、余計なことを考えたら間違いなく落ちる。

『大丈夫だよー。正直言って引くぐらい飲み込みが早いし』

「…………」

『ああッ!! ゴメンってば、だから落ち込まないでって!!』

「……落ち込んで、な、い」

『あっはー、嘘が見え見えだけど意地張るマスターが可愛いから気づかなかったことにしちゃう』

 相も変わらずお気楽な調子で話しかける相棒に少しうんざりしながらも集中は途切れさせない。確かにパーントゥの言う通りある程度のことは出来るようにはなったものの自信がないことには変わりないのだ。緊張を解くのは全て終えてからで良い。

「……?」

『どうしたのー?』

 私の僅かな動揺が伝わったのか、パーントゥが問いかける。

「……何か、こっちに、来て、る」

『ええ? ここお空の上だよ? それに何かって何さ?』

「…………黒い、わん、こ」

『……何それ?』

「…………あと、女の、人」

『あっはー、余計に分からなくなったんだけど』

 一瞬『視えた』だけだから私にそんなことを言われても困る。困惑しているのは私も一緒なのだからこれ以上困らせないでほしい。

 心の中でそうぼやくと私は前進するのを止め、その場で停止する。

『マスター?』

「……わんこ、ここ、を、通、る。私、わんこ、と、会、う」

『そんな道草くってる暇はないよー、って言いたいところだけどマスターが『視た』のなら必要なことなんだろうね、きっと』

 何事か諦めたような声でそう呟くとパーントゥは更にこう続ける。

『なら待っちゃおう。私、ああいや、ボクはマスターを信じるよ』

「………………そ」

 夜風に揺れるマフラーを口元に引き寄せ、少し火照った顔を隠しながら私は数分後にここを訪れるであろう獣と魔物を待ち構える。

 この行動によって未来が変わることを期待して。



 数えるのも億劫になるほどの数のゾンビをなぎ倒しながら禍渦に迫る。銃はまだ使わない。確実に脳天にブチ込める距離まで近づくまでは徒手空拳で圧倒する。

 頭蓋を砕き。

 心臓を抉り。

 邪魔者は誰であれ、何であれ動けなくなるほど叩き潰す。土の中で大人しくしてれば良かったと後悔させてやるさ。

 そして最後にアイツを――。

『ふぁ……、何か五月蠅い……、ってうわぁ!? ゾンビだらけ!! なにこれス○ラーの撮影!?』

「…………おはようさん、イア。先に言っとくけど『ゾ○ビ』の撮影でもねえから」

 進路上に立ち塞がったゾンビの首を手早くへし折りながら、この状況下で眠れる図太い神経を持った相棒に声をかける。

 ……おかしい、彼女に声をかけられた瞬間にさっきまでの不快感も、高揚感も全て吹き飛んでしまった。煮えたぎった頭がどんどん冷却されていくのが手に取るように分かる。

 だが、まあ良い。

 所詮熱が払われただけ。

 頭の歯車は狂ったままだ。あの禍渦とこうして相対していればいずれまたあの興奮を味わえるだろう。

「天原君、遅くなって済まない!!」

 ようやく身体の自由が戻ったのか、リーンハルトはゾンビの頭を素手でもぎ取りながらこちらに接近する。

 おい、ゾンビの頭持ったままこっち来んな。まだ動いてんぞ、それ。焦るのは分かるがお願いだから置いて来てくれ。

 その念が伝わったのかリーンハルトは首を放るとゾンビの群れを飛び超えて俺の傍へと着地する。それはつまり群れに飛び込んだ俺同様、ゾンビに囲まれた状況に自分から飛びこむということと同義であったが、リーンハルトはそのことを意に介する様子もない。

 まあ俺も人のことは言えないが。

 そう、例えこのゾンビがそれなりに速く動き、鉛玉を叩き落とす程の重いパンチを繰り出そうが同調状態を維持しているこちらにとっては所詮「それだけ」なのだ。化物じみた格好で化物じみた力を持とうが、本物の化け物には敵わない。

「どう思う?」

 ゾンビが伸ばした手を難なく引き千切りながらリーンハルトに問いかける。

「腑に落ちんな。あれ程の威圧感を持ちながらこの程度ということはあるまい。何せ私ですら素手であしらえるのだからな」

 まったくその通り。

 これならばまだ最初に出した氷の槍の方がマシだ。だが、禍渦が手加減なんてする理由はないし、ふざけている様子もない。だとすればこれはどういうことなのか。

『あれ!? 禍渦が人型になってる!!』

「今更かよ。俺としてはそっちに驚くわ」

『ちょっと待って、それだけじゃない……。十五個あった核が……一個しかなくなってる?』

 ……は?

 それはこちらにとって朗報ではあるが、ちょっと待て。一つになっているのだとしたら、残りの十四個の核は何処行った?

 俺もイアも、その答えを出せないまま再び禍渦は口を開く。しかし、今度のそれは先ほどまでの詩ではなく、冷静に何かを分析する声。

「ふん……、数を増やせばその分精度は下がるか。重大な欠陥だな、これは。今後の課題として打開策を考えておこう」

 次なんてない。そう挑発する前に、尚も禍渦はボソリと呟く。

「〝無念は何より深く堕ち窪み〟

 〝心火しんかは何より高く燃え盛る〟

 〝されど荒魂あらたま重ね束ぬれば、双方赤子と成り下がる〟」

「あの野郎今度は何……を……?」

 声が出ない。

 アイツが何をしたのか、目の前の光景を見て理解してしまったから。

『うわ。うわぁ!! うわッ!!』

 驚きの三段活用を使いこなすイア。

「これ……は………」

「はは……」

 目を見開くリーンハルトの横で、俺は渇いた笑いを漏らす。余りの馬鹿げた状況に笑わなければやっていられない。

 さきほどまで駆逐されていたゾンビの群れが折り重なり、積み重なり一つの身体をつくり出していく。

 群から個へ。

 四桁に迫ろうかという数の亡者たちは腐った身体はそのままに、一体の巨人に姿を変える。その背丈は月の光を覆い隠すほどで、暗く虚ろな眼窩で俺たちを見下ろしていた。

「鼻が曲がりそうだ……」

 その口から排出される吐息は桃でもなく青でもない黄土色。吐き気を誘うその息は顔の下半分をコートで覆っても鼻を突きささんばかりの刺激臭で俺たちを襲う。

 そして巨人の傍らに佇む禍渦はといえば。

「逆に一体に絞れば精度も上がる、のか? 試してみないとわからないな」

 臭いなど一切感じていないかのように、自己の力を分析していた。その言葉からわかるのはこの途轍もない死の巨人を生み出しておきながら、未だヤツは力を出し切っていない、出し切れていない、ということ。

 人型に変態したからなのか、と推測できる理由はいくつかあるがこの場で明らかにしたところで意味はない。大事なのはアレがいま全力を出せないということと、核が一つになったということ。

 それならばまだ勝機は在る。

『ちょ、頼人ッ!?』

 イアの静止の声など聞き流し、一直線に禍渦へ向かう。

 腐敗した巨人など相手にしない。消耗している状態で、かつこれだけ大きさが違えば相手にならない。これを壊したければ元を断たなければ。

 そう考え、巨人の足元に佇む禍渦に向かって駆けたのだが、またしてもそれは阻止される。巨人の脚の表面から飛び出した何十本もの腐れた腕によって。

「――なッ!?」

 思わず急停止するに留まらず後方へと大ジャンプを行い、当面の危機を脱する。しかし、禍渦の次なる一手は防ぎきることが出来なかった。

 俺にも。そしてリーンハルトにも。

「おいおいおいおい!!」

 巨人は突如その体勢を崩し地面に膝をつく。次は両手。そして最後にはその身体全てを投げ出し、俺たちを押しつぶそうと迫ったのだ。

 何とも原始的な攻撃だが、現時点では最も有効な攻撃手段。

 まず、第一に攻撃範囲が広い。如何に強化された肉体であっても逃げ切れない。堕ちてくるのはただの壁ではなく仮にも意思を持っているのだ。最終的に逃げ道を塞がれて終わりだろう。

 また『禁世端境』もダメ。一時防げたとしてものしかかるこの巨人を払えなければいずれ展開するだけの力は尽き、潰されるだけ。

 頼みの綱はリーンハルトだが、この状況では簡易門は使えない。というのもこうしている間にも頭上から巨人の腐敗した身体の欠片がボロボロと際限なく降り注いでいるのだ。欠片といえども一つ一つは一軒家程の大きさがある。こんなものが広範囲にわたって降り注ぎ視界が遮られた状態では自身の転移などできないし、あの質量の巨人に穴をあけることも叶わない。

 万事休す。

 もし、助かる手段があるとすればそれは。

 あの寂しがり屋の人狼の機動力。

 だが、それは不可能だ。ネロが指示通り動いてくれているのなら未だ帰り路の途中だろうし、何より帰って来てくれる保証もないのだから。

「――ネロ」

 しかし、俺の口は不思議なことに自然と彼の名を呼んでいた。

 まるでそうなることがわかっているかのように。

 来ない筈などないとでもいうように。

 迫りくる腐れた肉塊を前に、根拠のない確信が俺の中で産声を上げる。

 そして――。

「頼人!!」

 その確信は現実のものとなる。

 崩れゆく肉塊の雨の隙間を黒き影が縫うように奔ったと思えば、いつの間にやら俺もリーンハルトもネロの口に銜えられていた。月下を目指して疾走する人狼は無駄口を叩くことなく、腐敗した巨人の攻撃範囲から逃げ果すことに成功する。

 脱出に成功したネロに追い縋る巨人の腕も彼には届かない。倒れ伏す巨大ゾンビとは逆に天に向かって駆けるネロ。

 そうして彼は月下を背にして吠える。

 何かを成し遂げたような喨喨たる声で。


 休日到来!! どうも、久安です。


 さて、ネロ帰還カッケーで締め。『善因善果』がもう半分終わりましたヨ? 一話目の彼女は次話から活躍してもらう予定です。名前すらまだ作中に出てきていない彼女ですが、良い子ですので一つよろしくお願いしますね。


 次回更新は1月28日 7時を予定しています。

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