birthday
目の前に展開されるのはこのジェヴォルダンに来てから何度も見た結界。
しかし私の周りに形成されたそれはこれまで見た濁った銀色ではなく、月の光を受け、螢火の光を受け、玲瓏な輝きを放っていた。
だが、そこに脆さはない。金剛石のような堅牢さで、串刺しを目論む針の大群を弾き、へし折り、無効化していく。こんなモノ攻撃ですらないとでもいうように易々と防ぎきる。
『悪ィ、遅れた。まだ上手く使えなくてな』
「頼人!! おかえり――じゃなくて!! 何!? 何で頼人に『禁世端境』が使えるの!?」
『んー、話すと長くなるんだけど簡単に言えばフィオレンザに貰った』
「フィレンザ!? え、でも食べられた筈じゃあ……、それに貰ったって何!? そんなお裾分け的なノリで貰えるものなの!?」
『だぁぁああ、うるせえな!! 後で説明すっから取り敢えず代われ。結構ダメージ喰ってるだろ?』
乱暴な言い方に少しムッとするが、頼人の言う通り、表面上の負傷だけでなく大分体力も削られている。コードが自由になったことでさっきまでのように一方的にダメージを負わされる心配はないだろうが、用心するに越したことはない。ここは一旦休息を取るべきだ。
「わかったよ……」
『おし』
再び意識をバトンタッチさせ、私は精神の奥底へと沈んでいく。
ゆっくり、ゆっくりと。
彼がまた私の力を必要とするそのときまで。
リーンハルトは無事だな。
表に出た瞬間に背後に眼をやり、気に入らない同僚の無事を確認する。その同僚はイアよりも驚愕を露わにし、信じられないというように口を大きくパクパクと開いていた。普段お目にかかれないその反応に満足した俺は『禁世端境』を解き、針を伸ばしたまま再び動作を止めた禍渦を改めて見据える。
何とか無事に戻ってきたとはいえ問題は依然として解決していない。
さて、あれをどう壊すか……。
禍渦の情報を読み取る過程でフィオレンザと出会い彼女の魔物としての部分を受け取ったことで防御面においては何とかなりそうだ。だが、肝心の破壊方法については未だ謎に包まれたまま。フィオレンザとの対話で得られた情報といえば取り込まれた禍渦は己のルーツをもう忘れてしまっているということだけだ。そして恐らくいまは彼女も。
「…………」
最後に彼女に握られた右手を見る。そこにはつけた覚えのない、しかし彼女がつけたのだろう金属製のバングルが、燃えるような赤い輝きを、彼女の瞳と同じ色の輝きを放っていた。
「……土産にしちゃあ豪華すぎるだろ、まったく」
身につけているだけで心強いものがあるが過信してはならない。どれほどフィオレンザが託してくれた強固な結界であろうとも使うのは俺。
未だ上手く使いこなせているとはいえない上に、いつまで使い続けることができるのか定かでないのだ。『禁世端境』を展開するエネルギーはフィオレンザが与えてくれたもの。展開するだけのエネルギーが尽きれば結界は造り出せずただのバングルと化してしまう。
要は銃と同じ。俺は引き金を引くだけで、弾が尽きればどうすることもできないのだ。
「――痛ゥ……」
絶え間なく続く頭痛に思わず顔を顰める。イアは俺が探っている間、何一つ具現化することなく闘ってくれていたようだが、刀を具現化した時点で頭の中ではこの警告音がキンキンとやかましく喚き散らしていた。
未だ限界には達していない。だが、この症状は具現化するモノによっては即同調が解ける可能性があることを示唆している。
日本刀を具現化する前から重火器類の具現は既にギリギリだったのだ。こうなっても何らおかしくはないだろう。
「天原君」
「おう、五体満足そうで何よりだな」
異常禍渦の動きが止まったことを確認してか、リーンハルトが俺の背後へ駆け寄り声をかける。
「いまのは――いや、それよりも先に禍渦、だな」
「ウチの子と違って切り換えが早くて助かるぜ。それでリーンハルト、アンタあれを壊す切り札とか都合よく持ってねえ?」
「残念ながら。君は?」
「持ってたらこんなこと聞きゃしねえよ」
「だろうな」
ううむ……、本気で困ったな、こりゃあ。どうするかなと無意識にポケットに手を突っ込み、そこで指先に何かが当たるのを感じる。それを掴み、取りだすと掌の上に転がったのは神様に貰った赤い弾頭を持った弾。
「何だね、それは?」
「ん、ああこっちに来る前に神様に貰ったんだよ。異常禍渦が手に負えない場合これを銃に込めて空に向かって撃てってな。――どうする撃つか?」
「……ちなみに撃つとどうなる?」
「知らん」
「「……………………」」
お互いあの神様の適当さ加減と、性格の悪さは嫌というほど知っているので迂闊に「よし、撃とう」とは言えない。これを撃ったら最悪この村全部焦土と化す可能性もあり得る。
「どうする? 取り敢えず銃は俺が用意するとして……リーンハルト、オマエ撃つ?」
「面白いことを言う。託されたのは君なのだから君が死、ごほん、撃つべきだろう」
「いま、死って言ったよな!? オマエも俺と同じこと考えてんじゃねえか!?」
「大丈夫だ、爆、あー、大したことなど起きぬさ」
「今度は爆って言った!! 絶対言った!!」
「はて、何のことやら」
「オマエ、フィオレンザに幻覚見せられてから何か開き直ってねえ!?」
堂々と嘘吐きだしやがったぞ、コイツ。
「やはり引き金は君が引きたまえ。私はここにいて何かあったときに簡易門で脱出を担当する。それで良かろう?」
「……はぁ、それが一番妥当か」
ネロとアンナはまだ洞窟に向かっている最中だろう。いくら何でもあれだけ離れた場所にまで危害はあるまい。
痛む頭を無視し、グロックを一丁右手に具現化する。そしてマガジンに例の赤い弾を装填し空に向ける。
「……よし、撃つぞ」
「ああ」
「本当に撃つぞ」
「ああ」
「十数えたら撃つぞ」
「……ああ」
「よし、いーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーち」
「……天原君、念の為確認するが君本当に撃つ気はあるのかね」
「冗談だっての、にー、さん、しー、ごー……」
何事もなく数字を数え、そしてそのときは来た。
「じゅーう」
数え終わると同時に引き金を引く。意外にもいざ引くとなったら人間腹を括るようで何の躊躇も抱かなかった。
ただ、その代わり。
俺も、リーンハルトも一驚を喫することになったのだが。
銃声とともに鳴り響く、耳を劈く崩壊音。
その音の根源を辿ると、そこにあったのは禍渦。活動を停止してしばらく経つ、いまやハリネズミのような外観をした異常禍渦が粉々に崩壊していく様であった。
崩壊は針の先端から始まり、そのスピードを上げ遂には本体へと辿り着く。風化したかのようにその全てが塵に還っていく。
「……俺のせいか?」
「……答えかねる」
空を見上げると無事に弾は上がったようだ。いまでは何やらピンク色の靄にしか見えないが、恐らくはこれで成功なのだろう。
それにしてもあの弾頭はこのピンクの靄を拡散させるためのものだったのか? だとすればウィルスのようなものがこの一帯にばら撒かれたことになるのだが……、俺たちに影響はいまのところない。禍渦だけに効果があるのか?
「ま、まあ取り敢えずこれで――」
一件落着だと。
そう口にしようとした瞬間。
背後からぬめった、腐れた手が自分の首を絞めるような、そんな形容し難い不快感と圧迫感。いますぐにでも首をへし折られそうなプレッシャー。それらがごちゃ混ぜになったような感覚が俺を襲う。
それはリーンハルトも同様だったようで自然と荒くなる呼吸を抑えようとしているが、どうにも上手くいかないようだ。
だが、それも詮方ないこと。
こんな。
こんな純粋な悪意しか込められていないモノに背後をとられて満足に動ける筈がない。
普通に考えれば動かなければならない。
すぐに戦闘態勢に入らなければならない。
そんなことはわかりきっているのに、動けないという矛盾。
そして動けない俺たちの背後でそのプレッシャーの主がどんどんその姿を成していくのが分かる。
足元を見ると先ほど塵と化した禍渦の残骸が小刻みに震え、後方へと引き寄せられていく。震えているのは残骸だけではない。俺の身体もまた震えを隠すことができない。
これはダメだ。
こんなものが存在して良い筈がない。
目の前で嘘を吐かれたときのような吐き気を催しそうなほどの悪寒。
それと同じくらい強烈な、一片の欠片すら残さず壊したいという高揚感。
ああ、口角がつり上がるのが止められない。
――フザケルナ。
その通り。フィオレンザは間違えた。
――アノテイドノサツリクデ。
俺が。
――ハラガミタサレルワケガナイダロウガ。
威圧感で押さえつけられた身体をゆらりと反転させ、悪意の根源と向かいあう。
「ッ、天原君!?」
誰かが俺の名前を叫ぶが興味はない。いま俺にあるのはあの禍渦を壊したいという欲求だけだ。
禍渦の残骸は風に乗り、黒い竜巻を発生させながらその中心でナニカを形成し続けており――。
そして俺はその完成を待つつもりはない。
赤い弾丸を撃つために外した通常の弾を再びマガジンに込め、走り出す。目標は当然、竜巻の中のナニカ。
破壊方法?
そんなものは知らない。
銃がダメなら刀で。
刀がダメなら拳で。
拳がダメなら爪で。
爪がダメなら歯で。
何を使ってでも破壊する。もうそのことしか考えられない。
目標まであと少し。
身体が全て竜巻の中に入らなくても良い。銃を持った右腕さえ入ればそれで良い。アレさえ破壊できたのならその後、腕が千切れても構わない。
そうして竜巻の傍まで辿り着くと『禁世端境』を展開させ、銃を、右腕をその渦中へと突き入れる。意外にも抵抗は少なく腕が吹き飛ぶことはなさそうだ。
風圧で揺れる腕を無理矢理に固定し、さあトリガーを引いて鉛玉をブチ込んでやろう、 そう思ったとき。
「――■■■■」
不意に声が聞こえた。
竜巻の傍にいるせいでまともに音など聞こえる筈がないのに。はっきりと俺の鼓膜はその声を捉えていたのだ。
そして声を聞くのと時を同じくして竜巻は弾ける。
まるで内部で大量の爆発物が破裂したかのような衝撃波。当然竜巻は解れ、消え去り、俺の身体もまた遥か後方へと吹き飛ばされてしまった。
「――チッ!!」
家屋の残骸に叩きつけられる前に左腕のコードを伸ばし地面に固定する。固定した地面が捲り上がるのではないかと思えるほどの衝撃だったが、何とか保ってくれた。
「……■、◆、□あ、ああ……」
響く声に顔を向けるとそこに在ったのは黒いローブを頭からすっぽり被ったナニカ。顔も、胴体も、足もローブに覆われ本体を窺うことはできないが、かろうじて覗く指先がそれが人型をしていること、そして声色から男であることを示している。
「ん…あ………ん、こんなところか。まだ少し気に入らないが追々調整していくとしよう。――ところでオマエ。「それ」、挨拶にしては過激すぎないか?」
それは銃を向けた俺に向けられた言葉。
「うるせえよ」
禍渦が変態したことは驚いた。
人語を解するようになったことも驚いた。
だが、驚愕では俺の空腹を満たさない。俺の腹を満たすのは嘘の死だけだ。
照準を合わせ、再度引き金を引く。響く銃声。唸る弾丸。
銃身から飛び出した魔弾は一片の狂いもなく禍渦の頭部と思しき箇所へと直進する。そしてその弾丸は禍渦の脳漿をその身に浴びる筈――だった。
「〝地より芽吹きし氷の大樹〟」
謳うように禍渦がそう口にした瞬間、驚くことに辺りは冷気に包まれ、その言に導かれるように射線上に巨大な氷樹が現れ。
「〝その氷樹は害意に因って醜く朽ち果て〟」
その身に弾丸を受け、砕け散り。
「〝氷の槍を咎人に降らす〟」
散らしたその身を槍に変え、こちら目がけて飛来する。
「クソッ!!」
背後に飛び、『禁世端境』を展開するまでの時間を稼ぎながら舌打つ。後退から数秒遅れで展開した結界の中で、俺はアレが一体何をしたのかを推測する。
「やれやれ……、気が短いどころじゃないな。俺としては準備体操に付き合ってくれてありがたいという思いもあるが。――流石に少し不愉快だ」
けたたましく降り注ぐ氷槍の雨の中、変わらずクリアに聞こえるその声に僅かな怒気が込められる。そしてその怒りは姿を変えて俺に襲い掛かった。
「〝亡者どもは、脚を求める。怨敵を追い詰めることのできる脚を〟」
氷槍の最後の一本が地面に落ちた頃、禍渦は再び唄を刻み新たな剣を生み出す。
「〝亡者どもは、腕を求める。怨敵を縊り殺すことのできる腕を〟」
尚も禍渦は言葉を紡ぐ。
これは呪文。俺に向けられた呪いの文句。
とすればこのまま黙って見ている訳にはいかない。
「間に合え……ッ!!」
禍渦に向かって二発立て続けに弾丸を放つ。
例え命が十五個あろうが、それは殺せない理由にはならない。一度でも殺すことが出来たなら、この異常事態を引き起こしている原因であろうあの文句を止めることができる。
「〝そして亡者どもは心を求める。怨敵への恨みを忘れぬ心を〟」
しかし寸でのところで禍渦は詩を謳い終える。
だがその間にも銃弾は既にその目と鼻の先にまで迫っていた。少なくとも俺ならば回避できない距離。あれはかわせない。
その傲慢な思考が招いた結果か、確信は弾丸と同じく再び叩き潰される。
「ッ!? ――ッは!! 良い趣味してるぜ!!」
弾を叩き割った下手人は地面から這い出てきた腐臭漂わせるゾンビ達。肉は剥がれ、骨がはみ出し、どうみても銃弾を叩き割る力などない。にも関わらず素手で打ち落とせるということはやはりあの文句が関係している。
「ところでよォ、その糞ダッセェ呪文、絶対言わなきゃダメなのか?」
「どうだろうな。それに教えてやる義理はない」
ああ、そうかい。それならそれで構わねえ。オマエをバラすついでにその力の正体を暴いてやるよ。
亡者蠢く大地を駆り。
俺は狂喜に顔を歪ませて不敵に立つ偽物の命を奪わんと迫った。
ゾンビってイイヨネ!! どうも、久安です。
遂にその姿を現しました異常禍渦。フードと手しかみえてませんけど。そして今回、よっくん暴走二回目です。どこぞの初号機並みに暴走している気がするぜ!!
予告通り今回で連投は終了。と、いう訳で次回更新は1月26日 7時を予定しています。




