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鷽から出たマコトの世界  作者: 久安 元
善因善果フェイタリティ
84/213

群れを率いる長の資格

「ネロ、ネロッ!! 降ろしてください!!」

「駄目だよ。降ろしたら頼人のところに戻るだろう? そんなことをされたら僕が怒られる」

 スピードを弱めることなく、寧ろより一層強く空気を駆り、速度を上げる。それにともない牙に引っ掛けたアンナはゆらりと宙を舞う。

「そうではなくて……、いえ、そうでもあるんですけれど……」

「? 要領を得ないね。はっきり言っておくれよ」

「ですから……、うっぷ……」

「よし、降りよう!! ゆっくり、ゆっくり降りるからね!? 気を確かに!! ほら深呼吸、深呼吸!!」

「うふふ、これでも淑女の端くれ……。意地でも出しませんとも……」

 青褪めた顔で口を押さえているのか、もごもごしていて上手く聞き取れない。ただ、限界が近そうだということだけは理解した。

 ゆっくりとスピードを緩め、螺旋階段を駆け降りるように円を描きながら、高度を落としていく。そうして地面に到着し、牙からアンナを解放すると、彼女はその場にがっくりと膝をついてしまう。

「うう……」

「だ、大丈夫かい? ごめんよ、そんなに揺れに弱いと思わなくて……」

「大丈夫……、大丈夫です……」

「ああ、えっと、こういうときどうすれば良いのかな? 背中をさすったら良いのかな?」

「そう、ですね……。じゃあ――」

 アンナは口を覆っていた手をこちらに向け、可憐に笑い。

「ここにいてくださいな」

 そう言い捨てた。

「なッ!?」

 瞬時に僕の周りに形成される銀膜。脱出する間もなく僕の大きな身体を更に巨大な結界が閉じ込める。

「ふ、ふふ……、うっぷ……」

「どういうつもりだい!! まさか気持ち悪いっていうのは嘘だったのかい!?」

「いいえ、酔ったのは……うう、本当です。う……」

 ああ……、ホントだ。いまにも口から色々なものをぶちまけそうな顔してる。僕は頼人みたいに嘘が分かる訳じゃあないけど、これは嘘じゃないね。

「ただ……、戻りたいというのも、本心ですが」

 ふらふらと立ち上がり、引き攣った笑みを浮かべるアンナ。その脚は震えており、僕を閉じ込めた張本人といえども心配せざるを得ない。

「ちょ、待ってよ。僕が原因とはいえそんな状態で行ってどうするのさ? 行くにしても少しくらい休んでいったら?」

 アンナはいまフィオレンザが殺されたこと、そして影を憎む気持ちで頭が一杯なのだろう。上手くすればその間に『禁世端境』を何とかする方法が見つかるかもしれない。取り敢えず自由に動けるようにならなければ……。

「いいえ、そういう訳にはいかないのです。こうしている間にも頼人たちが危ない目にあっているかもしれないのですよ? ゆっくりなどしていられません」

「だろう? だから――って、え?」

 あれ? いま彼女、僕の考えと全然違うこと口走ったような気がするんだけど。

「ですから!! うっぷ……」

「いや、二回も言わなくて良いよ、聞こえてたから……」

 その位置だと僕にも飛沫が飛んでくる気がして嫌なのさ。あ、でも結界があるんだったっけ。…………何でだろう、急にこの結界が頼もしく思えてきたよ。

 しかしそんな奇妙な安堵感は直ぐに消え去ることになる。

「ッ!? 『禁世端境』が消えた!?」

 薄い銀色をしたそれは次第にその色を失っていき、最終的に消え失せる。どうやら任意に展開するタイプのスキルは使用者の精神状態に左右されるらしい。

「ふふ、ふ……、何を言っているのですか。ほほ、ほら、ちゃんと展開中ででで、すよ?」

 たかだか乗り物、いや動物酔い。それほど騒ぐ様なことではないとは思ったが目の前の魔物は自分のスキルが解除されていることにも気がつかないらしい。というか目がグルグルしていてそれどころではないのかも。

「やれやれ」

 気分的にはこのままアンナを放ってしまいたい気分だったが、そういう訳にもいくまい。仕方がなしにふらつく彼女の身体を支え、自分の身体で包み込む。

「ネロ……?」

「少し休もう。話しながら少し確認もしたいし」

「…………、はい」

 少しは頭が冷えたのか。アンナは素直に僕の身体にもたれかかり、やや粗い息を吐きながら頭上に瞬く月を見上げる。

「さっき言っていたことは本心かい?」

「え?」

「君がアレの所に戻る目的だよ」

「ああ、そのことですか……。ええ、偽らざる私の本心ですよ、ネロ。初めこそ混乱してしまいましたが、落ち着いたいまとなってはそれだけが唯一の理由です」

「本当に?」

 僕は彼女がアレの元に戻りたいのはてっきりフィオレンザの一件があるからなのかと思っていた。そうであれば、頼人の言う通りアンナは戦闘に参加させない方が良い。

 憎悪はそれなりに力をくれるだろう。ここぞという場面で躊躇しないことは重要だ。暴走することはあっても止めを刺すタイミングを逃すことはない。だが、それは止めを刺せるだけの力がある者に限った話だ。

 アンナ、いやそもそもヴァリエールという魔物はスキルによる攻撃手段を持たない。

故に暴走してしまえば害しかもたらさない。止めを刺すタイミングを逃さなくても止めを 刺せないのだ。

 殺したくても殺せない。

 頼人風に言うならRPGでヒーラーがバーサクをかけられ、杖でボスに挑みかかっている感じ……だろうか。よくわからないけど。

「ふふ……、心配しなくてもおばあ様の仇討ちなど考えてはいませんよ。勿論悲しいという思いはありますが、あの方のことはよく分かっていますから」

「? さっき初めて会ったのに?」

「会ったのは確かに先が初めてですが、おばあ様は日記を残されておいででした。私が外に興味を持ったのもそれが始まりです。日記を見つけてから今日に至るまで、何度も何度も私はそれを読み返しました。その度、私の外への興味は高まり、同時におばあ様がどれだけ外の世界を渇望していたかを知ることができたのですよ」

 未だ顔は青白いが、アンナの表情は穏やかで優しげだ。酔いが幾分かマシになってきたということもあるだろうが、それよりもフィオレンザのことを語ることで、夢を語ることで落ち着きを取り戻しているようだった。

「ですからきっと、おばあ様は満足して逝かれたのです。なのに私が仇討ちなどどうしてできましょう? それは死者の無念を晴らすためではなく私の悲しみを晴らすための私闘でしかありません。そんなことをしてはおばあ様に怒られてしまいます」

 そう言って微笑む彼女の顔は少し濡れていた。

「本当なら頼人が言った通り洞窟に居れば良いのでしょうが、それは私の気が済みません。おばあ様の気持ちを慮ってくださった頼人を死なす訳にはいきません。それこそ怒られてしまいますからね。私が戻りたい理由はそんな単純なものなのですよ。ネロもそうでしょう?」

 僕は――、そう言いかけて頼人の言葉が脳裏によぎる。


『俺を見殺しにしてまた一人に戻る気か!?』


 正直僕は嬉しくて、嬉しくて仕方なかった。その言葉の後、頼人がとても苦しそうな顔をしていたことが。

 彼は嘘を吐かないし、吐けない。いつでも、その言葉は、表情は、嘘偽りのないものだ。それがわかっているからこそ、嬉しい。

 言葉だけ捉えればそれはもう酷い文句だろう。僕が何に怯え、何に依存しているかを考えれば有効すぎる脅しだ。もしあのとき頼人が真顔でこれを言っていれば、一人になるのも構わず、僕はアンナを置いた後、決して彼の元に戻ろうとは思わなかっただろう。

 だが、彼は違った。まるで自分の心臓を撃ち抜かれたような、トラウマを掘り起こされたような顔をしていた。

 しかし、言いたくはない、しかし言わざるを得ないその言葉を最終的に放ったのは僕を、仲間を信じてくれたからなのだろう。僕ならきっと戻って来てくれると信じたからなのだろう。

 何て傲慢。

 だけど、いまはその傲慢さが愛おしい。だってそれは、僕を群れの一部として見做しているが故の思い上がりであり、信頼だから。

「……そうだね」

 大分回復したらしく、自分の足で立ち上がったアンナを見て僕も四肢に力を込める。話に、顧慮に夢中になり過ぎてかなり時間を使ってしまった。

「考えてみたら僕も凄く単純な理由だよ」

 群れのリーダーの指示に背くことになるけれど。

 ある意味、信頼を裏切ることになるけれど。

 思いを同じくするこの魔物を連れて僕は行かなくては。

「傲慢で、優しいリーダーを死なせたくないんだ」

「あら、私と一緒ですね」

「うん、一緒だ」

「では、私も連れて行ってくださいますね?」

「ああ」

 もう、アンナを隔離する必要はない。彼女が冷静でいられるなら、そのスキルをサポートに使えるなら戦力になり得る。

「ただ、これだけは約束して。闘ってる最中は僕の背中から絶対に落ちないこと。そうすれば君に傷一つ負わせないことを誓うよ」

 頼人が死なせたくないと思った魔物だ。必ず守りとおして見せる。そうしなければ会わせる顔がない。

「承知しました。では参りましょう。エスコートはお任せします」

 アンナが背中に飛び乗ったのを見、宙に舞い上がると僕は遠吠えを上げる。

 ゴメンと、いま行く。

 二つの意味を込めた遠吠えを。


 自転車が二代目になりました。どうも、久安です。


 さて、宣言致しました通り、ネロ回です。わんわん回です。

「わんわんじゃrya」要するにネロがよっくんを長として認めるか否かというお話ですな。一応信頼はされたようで何よりです。……今後どうなるかはよっくん次第ですが。


 次回更新は1月21日 7時更新です。一話のボリュームを抑え目にしてるので話が進む、進む。取り敢えず出来ているところまで連投します。

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