心の距離
振り下ろされる二本の触手の軌道を倍の数のコードで散らす。
横薙ぎに払われた触手を身を低くして、また時に低く飛び跳ね回避する。
そして隙を窺っては手にした日本刀で触手を切り落とす。
この数分、できたことといえばただそれだけだ。
唯一反撃らしい反撃だった斬撃も、斬り落とした触手が次から次へと再び繋がっていくのを見、その場凌ぎにしかなっていないことに気づく。だが、その一時でも凌げたからこそいまこうして五体満足でいられることを考えると刃がガタガタになっていようが刀を捨てる訳にはいかない。
リーンハルトも簡易門を使うことなく器用に避けてはいるが、それでも俺より低い身体能力が足を引っ張っているようで、徐々にその身体に傷が増えてきている。アイツも恐らくは攻撃に回す分しかもう精神力が残っていないのだろう。それを考えるとやはりこのままずるずると戦ってはいられない。
どうする?
休むことなく身体を動かしながら、思考をもフル回転させる。
あれも禍渦というのなら核が身体の何処かにあるはずだ。イアにいま探らせているが恐らく芳しい結果は望めない可能性が大きい。
それは以前にも言った通り、俺たちがこの異常禍渦の謂れを何一つ知らないから。とっかりさえあればそこから伝承を推測、看破し、適切な対処を行うことが出来るが、現状それは不可能だ。
位置が知れても、破壊は出来ない。
『嘘……、何コレ……』
「どうし……ッ、たぁッ!?」
刃零れ著しい日本刀で触手を受け流し、体内でうろたえるイアに声をかける。一体どうしたというのか?
『……頼人、核……見つけた』
おお、それは朗報だ。
『でも、でも……』
気味が悪そうに、吐き気を我慢しているかのように。
震える声でイアは言う。
『一つじゃ、ない……。二つ……、三つ……、まだある……ッ!? 何なのこれ……』
「禍渦だろッ!!」
それくらい予想しとけ。「壊した」んじゃなくて「喰ってた」んだ。なら取り込んだって考えるのが普通だろう。俺達だって日々命を喰って、命を延ばして生きてるんだから。
まあ、流石に命丸々取り込んでるってのはやり過ぎだがな。
「イアはそのまま核の数を数えろ、一つ残らずだ」
何回壊せば良いのかすら分からねえんじゃあ心が保たん。
『頼人はどうするのさ』
「取り敢えずオマエが数え終わるまで凌ぐ。そっからは、あー、かなり危険な賭けだが……アイツにコードを繋いで情報を読み取る……かな」
それはかつてネロに行ったように。
さっきリーンハルトに行ったように。
禍渦と精神的に繋がることを意味する。直接繋がるということは、こちらから一方的に侵入ることができるということではなく、方法さえあればあちらから侵入することもまた可能ということ。
つまりは諸刃の剣という訳だ。絶対に大丈夫だという保証書が欲しいところではあるが、残念なことにそんなものの発行は何処も行っていない。
ぶっつけ本番。やり直しなど効かない完全なる一発勝負。あまりにも高すぎるリスクにかの百戦錬磨の賭博師に助けを乞いたいくらいだ。
『ダメ!! それは絶対ダメ!!』
案の定イアが声を張り上げ、待ったをかける。その声に耳を傾けながらも、俺は眼前に迫る触手の一本を、刀の切れ味ではなく腕力に任せて叩き斬る。
「じゃあ代案頼むわ」
『それは……、ないけど』
「だろ? 俺も正直言ってそんなことやりたくねえけどそれ以外にアレの情報を知る方法はねえ。やるしかねえんだよ」
神様とて、知っていたなら隠すことなく教えてくれていた筈。それをしなかったということはしたくてもできなかったということだ。だとすればこうするしか方法は他にない。
『そんなこと言ったって……』
「大丈夫だ。分析は俺がやるし、ヤバイと思ったら直ぐに接続を切ってくれれば良い。オマエに危害は加えさせねえよ」
『私のことじゃなくて頼人が心配なの!! 分かってる!? 影響を直に受けるのは頼人なんだよ!?』
イアほど上手くコードを扱えないからか、それとも人造端末でないからか。理由は定かではないが俺にはコードを用いて他者の情報を読みとることができない。ネロの時、そしてリーンハルトの時にも同位を使い、イアの協力を仰がなくてはならなかったのだ。
「そりゃ、ありがとうよ。でもこのままじゃあオマエとの約束を守れねえ」
世界を守るという一番最初にイアと交わした約束。
リスクを恐れ、この異常禍渦に殺されてしまえばそれを破ることになる。
この異常禍渦に接続することで俺が侵され、殺されてしまうこともまた約束を反故にすることを意味する。
どちらも辿る最悪の未来が同じなら、俺はまだ少しは可能性のある方に賭けたい。
いや、賭けるというのは語弊があるな。ただ賭けてぼうっとしているんじゃない、自分でその可能性を手繰り寄せて現実のものにしてやる。
「だから頼むよ」
『うー、うー……ッ!!』
俺の中で駄々をこね、頬を膨らませて唸る彼女の姿が目に浮かぶ。そしてその後渋々ながらも首を縦に振る姿も。
「イア」
『あー、もう!! わかった、わかったよ!! でも危ないって思ったら直ぐに切断するからね!!』
「ああ、それで良い。ありがとな」
さあて、そんじゃあイアが核の数を把握するまでの間、せめてこの身体を無傷で守りとおすとしますかね。
いまにもへし折られそうな刀を構え、再び禍渦との殺し合いに興じる。だが、決意を新たにしても身体は変わらない。体力と精神力の限界は直ぐそこまで迫っていた。
「くぅ……ッ!!」
影の放つ触手の猛攻に私は成す術もなく、翻弄されている。この出鱈目かつ、理性を感じられない動きから察するにこの影はこちらを攻撃しているのではなく、ただ暴れているだけのようにも感じる。
苦しんでいるのか、それとも楽しんでいるのか、からかっているのか。そんな感情めいたものがあの得体の知れない禍渦にあるのかどうかは甚だ疑問だが、何はどうあれそんな子どもが癇癪を起こしたような攻撃を必死になって避けているのだから情けない。しかし反撃すらままならないのが現実だ。
ここから離れれば解決するではないかと思うだろうが、事はそう単純ではない。私たちの目的は攻撃を受けないことではなく、この禍渦を壊すことなのだからこちらの攻撃が届かない範囲に離脱しては意味がないのだ。
それにそもそも――。
『いや、これは辛いね。逃げようと思っても逃げ場がない』
肯定するのも腹立たしいが、メフィストの言う通り満足に移動することもできないでいる。そして更に悪いことに肝心の攻撃も私個人に限れば三回が限度ときたものである。
これは正適合者でない私が精神ではなく命そのものを力の対価として差し出しているため。正確に言えば四回目の門を作れば死ぬ、ではなく、三回目の門を造り出した瞬間に命が尽きる。
故に私が直接攻撃できるのは二度。そう覚悟し期を窺っていたのだが、メフィストによってその覚悟は良い意味で打ち砕かれた。
『やれやれ、勘違いも甚だしいね。何をどう間違えているかは知らないけれど、リーンハルト。君が簡易門を造れるのはあと十回だよ』
「何? ――ッ!!」
横薙ぎに払われた触手を紙一重でかわしながら、その言葉の意味を問う。
『言葉通りだよ、リーンハルト。君の命はまだ尽きない。まあ、だからと言って寿命が延びた訳はないんだけれど』
面倒そうに、だが何処か愉快そうにメフィストは口を開く。
『さっきアレに取り込まれた禍渦のおかげで少し君に興味が湧いた。そのせいかな、同調率が微々たるものではあるものの上がったみたいでね。簡易門を造るのに必要な命の量が少なくなったんだよ。それに応じて身体能力も上がってるだろ?』
「そういえば……」
『そもそも元のゴミのような同調率じゃあこのアレの初撃すらかわせていないよ。それに上がったといってもゴミから埃になった程度だから調子に乗らない方が良い』
「貴様…………」
『忘れるなよ』
抗議の声を低く、重いメフィストの声が押さえつける。
勘違いするなと。
私の心に釘を刺す。
『君の命はどうなろうと消えるんだ。あるのは早いか遅いかの違いだけ。あと十回も、じゃない。十回しか、だ。だから精々――』
「わかっている。大事に使え、だろう?」
そんなこと言われなくてもわかっている。弾が増えた程度で簡単にどうこうできる相手だとも思っていない。
『…………ふん。分かっているなら良いさ』
そう言うとメフィストはもう話す気がなくなったのか、それ以上反応を返さない。何が機嫌を損ねたのかは理解に苦しむところだが、何はともあれ少しはマシな状態になった。これで足を引っ張るだけの邪魔者にはならないだろう。
再び襲いかかる触手を横っ跳びでかわし、ちらりと天原君の様子を見る。鋼板を破壊された後に具現化したらしい日本刀は何度も触手の殴打を防いだために、既に鈍刀と化していた。
にも関わらず、あの表情。
何かを信じてジッと耐え忍んでいるかのようなあの顔に、諦めの感情など塵芥ほども含まれていない。
「何かする気か……?」
彼には私にはない同位という技術もある。もし彼に手が在るのであればしばらくは様子を見るべきかもしれない。確実に破壊できる方法がない現状、迂闊に攻撃することはできない。
特に私は。
ただ、アレはここで仕留めなければならない。
このなけなしの命を使いきることになろうとも。
全てが目まぐるしく変動するこの戦場で、私の直感はそう告げていた。
あえて今日あるらしいセから始める試験については触れません。思い出したくないだろうから。どうも、久安です。
死ぬ死ぬ詐欺でしたね。まあでもメフィストの言う通り死なない訳ではないので未だ危険域ですが。フラグは折れていませんが。
次回はネロ回です。わんわん!
ネロ「わんわんじゃない!!」
……すいません。
次回は1月20日 7時更新予定です。




