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鷽から出たマコトの世界  作者: 久安 元
悪因悪果ミミクリー
80/213

そして翼の折れた鳥は墜ち……

 玄関を抜け、そこで待っていたのは予想通りの人物。影の攻撃を受けたときに導き出した禍渦の核となるその人物はまるで約束の時間に遅れて来た旧友に接するかのように。

「かっかっか、遅かったのう」

 そう笑いかけた。

「別に待ち合わせなんてしてなかったろ? それにこっちはオマエのお仲間に襲われてたんだ、大目に見ろよ」

「ただの挨拶じゃ。そう非難することでもあるまい」

 挨拶て。俺はともかくその挨拶で一人狂いかけたんですけど。

「ちょ、ちょっと待ってよ、頼人」

「あんだよ、ネロ」

「君はフィオレンザが、その……禍渦だっていうのかい?」

「ああ、そうだ。アイツが、アイツこそがジェヴォルダンの禍渦、その核だ」

 ネロとて匂いで既に分かっている筈だ。しかし、納得ができないのだろう。確かにここまで禍渦らしくない禍渦は俺も初めてだからな。気持ちは分かる。

「ふむ……、彼女がそうだということは最早動かせぬ事実だとして……天原君。どうして君はここに来るまでに彼女がそうだとわかっていたのだ?」

『あ、私もそれ知りたい。あの訳わかんない場所のときから何となくわかってた感じだったよね』

 疑問の言葉を連ねる二人の言葉に答えつつ、俺はフィオレンザ、そしてアンナを注意深く観察する。

「んー、いやな。洞窟でコイツと話したときからずっと引っ掛かってはいたんだよ。このジェヴォルダンにある伝承が他にもあるのを知っているような口ぶりの癖に、数え唄のことだけをピンポイントで詳しく教えてきたりとか、まるで全部わかっているみたいに。全てのアドバイスが的確すぎた」

「……まさか、理由はそれだけか?」

「それこそ、まさかだ。それだけじゃあ偶然ってこともある。ただ、決定的だったのはあの言葉。ああ、リーンハルトはそのときいなかったか。オマエも聞いてりゃ多分予想がついたんじゃねえかな。あのときフィオレンザはさ、『自分は悪魔に喰われた』って言ったんだ」

 それを踏まえた上であの数え唄をよく思い出してほしい。

 ――最初は一匹。

   明日は二匹。

   三匹、四匹、限りなく。

   夜毎に仲間を引き連れ顕れる――

 これが問題の部分。

 そして、もう一つのヒントは死んだグイドの遺体。俺が正気に戻ったあとネロから事情を聞くと、気がついたときにはグイドの遺体は既に元の身体を成していなかったそうなのだ。

 なんでも服だけを残し、体を成さず、『影』に成ったとか。

 それでは、だ。

 数え唄の文句から、禍渦の引き連れる仲間が『影』、つまり悪魔なのだとして。

 グイドの遺体が『影』になったことから、悪魔に喰われた、殺されたものが悪魔になると仮定して。

 彼女のあの、『悪魔に喰われた』という言葉が比喩ではなく実際に起きた出来事なのだとしたら。

 フィオレンザが禍渦の一部であるとは考えられないだろうか。

「でも」

 そこまで話し終えた所でネロが疑問を重ねる。

「それだけじゃ彼女が核だなんてわからないよ?」

「そうか? 俺は逆に一目瞭然だと思うけどな。だってコイツだけ影じゃなく実体があるんだぜ? 禍渦であり、その中で一人だけ異質な存在。そんなもん核以外の何ものでもねえだろ」

 ラン○スの群れの中にいるドス○ンポスみてえなもんだ。

「まあ、ただ俺も何で禍渦の核であるフィオレンザが自分の弱点を教えるような真似をしたのかはわかってねえんだけどな」

 そもそも、俺たちに数え唄を教えなければ正体が露見することもなかったのだから。あのまま洞窟に籠り、事が全て終わるまでひっそりと村人を殺し続ける選択肢をとるべきなのだ。

 それが禍渦として最も正しい選択。しかし、この目の前で苦笑する禍渦は、フィオレンザはそれを自ら放棄した。禍渦としての在り方を投げだしたのだ。

「かっかっか、推測と憶測のオンパレードじゃが、何はともあれ正解に辿り着いたということにはしておこうかの。いかにも、妾こそが禍渦の核たる存在、村人を狂わせ、死に至らしめた張本人じゃ」

 そう宣言するとフィオレンザは自身の影から新たに三つの影を取り出す。ゆらゆらと蠢くその様は間違いなくさっき俺とリーンハルト、そしてグイドを襲ったものだ。

「何故、と問うたの。それは妾の目的が達成されたからじゃよ」

「目的? それは一体……」

「かっか、――ほれ、気づかぬか? この村を覆っていた『禁世端境』が消滅しておることに」

 彼女に上を指差され、その先を目で追って初めて異変に気づく。

「月が……」

 リーンハルトが驚愕の声を上げるのも無理はない。俺もいま開いた口を塞ぐのに必死だからな。

 『禁世端境』は外から降り注ぐ光すら弾き、その銀膜で外の様子など見えない筈なのに。いまでは月はその姿を存分に現し、静かな淡い光をジェヴォルダンに届けている。

「おじい様が……亡くなられましたから」

 驚く俺たちにアンナが震える声を必死に押さえて、そう告げる。

「先に申しました通り、おじい様は一人で『禁世端境』を維持していた訳ではありません。五連鐘の鳴らし手たちと協力して村全体を覆う結界を形成していたのですが、エネルギーを供給していただけの鳴らし手とは違い、おじい様は展開術式の核を担っておられました。故に鳴らし手だけでは結界を維持できないのです」

 ああ、成程。ということはグイドが影に殺されたときに鳴ったあの硝子が割れるような音はこの村に張った『禁世端境』が崩壊した音ということか。

「全てはこのときの為」

 両の手を頭上に伸ばし、恍惚とした表情でフィオレンザは言う。

「あの男、愚かなる我が夫を殺し、外の世界をひと目見る。それこそが妾の望み」

「へえ……って夫!? グインが!?」

「何じゃ、気づいとらんかったのか?」

「気づくも何も、オマエ自分のことを村長の娘だって言っただろうが」

「だから何を――、ああそういうことか。いまはあの男が村長だったの。許せ、妾の父上が長を務めている期間が長かったのでな。ついそう言ってしまったのじゃ。

では、改めて。妾はグイドの妻であり、そこにおるアンナヴァニアの祖母であり、そして禍渦の核。フィオレンザ・ヴァリエールじゃ」

「わ、私のおばあ様なのですか……!?」

「え、初対面!? 家族なのに!?」

 ネロの驚愕の声に若干身体をビクッとさせるが直ぐに気を持ち直して頷く。

「え、ええ。私が生まれ、物心ついたときにはおばあ様は亡くなられたと聞いていたものですから」

「でも、フィオレンザは知っていたみたいだけど……」

「それはの。あの男を殺したときに記憶を色々と覗かせてもらったからじゃ。洞窟で貴様らと話しておるときには全くその存在は知らんかったよ」

『……こういうこともあるもんなんだねえ』

「……だな」

 いや、もう本当に驚いた。そこだけは本当予想外だったぜ。まさか祖母と孫、二人ともが同じ望みを持っていたなんてな。

「それで? これからどうするつもりなんだ? わざわざ引き籠ってた洞窟から出て来たんだ、いっちょるか?」

 具現化できる武器の残量に不安は残るが既に相手の手の内はバレてる。苦戦などしないだろう。

「いやいや、妾はもう何もせん。影を増やすことができるのは一夜に一匹。さっき影を貴様らにけしかけたのは妾なりの気遣いじゃよ。それに言ったじゃろ? 妾の目的はもう達成しておる」

 自分の影の中に三体の影を戻し、ひらひらと片手を振る。その言葉に、その行為に嘘はなく、彼女からは完全に敵意というものは消失していた。

「こうして外を見れたのじゃ。こうして外の空気を吸えたのじゃ。これ以上望むことといったら外の世界を出歩くことじゃが……、それは叶わぬからのう」

「どういうことだ?」

「妾は禍渦に依り代として選ばれ、禍渦そのものとなった。つまり妾はフィオレンザであり、禍渦でもあるのじゃ。この土地に根付く伝承から産まれた妾はジェヴォルダンを離れることが出来ん」

 フィオレンザは自嘲するように、そして何処か少し悲しそうに嗤う。

「滑稽じゃろう? 自由を求めて、同胞の命を捧げて、やっとの思いで鳥篭を壊した鳥は飛び立つための翼を失くしてしまったんじゃ。こんなに可笑しいことはない」

 渇いた嗤いを何とか堪え、あの、自信に満ちた表情で彼女はアンナを見据える。

「アンナヴァニアよ」

「……はい」

「どうしてこんなことを、とは聞かんのじゃな」

「……はい、面識こそありませんでしたが、私はおばあ様がどれほど外の世界を恋焦がれていたのかを存じておりますから」

「……そうか」

「ただ――」

「?」

「おじい様もきっと、心の底ではおばあ様と同じ気持ちだったと私は思いますよ?」

「……ふん、……かも知れんの」

 頭をポリポリと掻き、認めたくなさそうな顔でフィオレンザはそう呟く。

「アンナヴァニア。貴様も妾と同じく外に興味があるそうじゃな?」

「……ッ!! はい!!」

「ならば行くが良い。その眼で、耳で、鼻で、舌で、肌で、頭で、身体全てで味わってくるのじゃ。貴様にはもう篭も鎖もないのじゃから」

 妾の分までの、と。そう付け足して今度は俺とリーンハルトに視線を向ける。

「……待たせたの。貴様らは妾を壊しに来たのじゃったな。さ、一思いにやるが良い。この首刎ねるが良いぞ」

「おばあ様ッ!! それは――」

「口を閉じよ、アンナヴァニア。これ以上ここを荒らさぬためには必要なことじゃ」

「……曲がりなりにも禍渦としてそれで良いのか、おい」

 もっと抵抗すべきだろう。

 もっと人を殺そうと、不幸にしようと躍起になるべきだろう。

 なのに、コイツは本心から我が身を壊せ、と言ってくる。もう十分だと言ってくるのだ。

「かっかっか、確かに禍渦としては落第じゃろうのう。じゃが、フィオレンザとしての妾は目的を達した以上もう誰も殺すつもりなどないよ。ほれ早う――」

「残念だが、そうはいかん」

 簡潔にリーンハルトは拒絶の意思を口に出す。

「普段ならフィオレンザ殿の意を汲み、その首落としてやるところなのだがいまは事情があってな、殺すことはできん。故、その身を捕縛させて頂くが宜しいか」

「……然様か。出来れば直ぐにでも、と思いこうして穴倉から出て来たのじゃがな。ま、それはそれで良い。ならば核を壊さん程度に妾を壊せ。それで幾許か影響力は小さくなる筈じゃ。核は頭じゃから、首から上が残っておれば消えはすまい」

 首元の衣服を裂き、ここを狙えとでも言うように首の付け根をトントンと指で叩く。

『ねえ、頼人……』

「ああ、わかってるよ」

 言われなくても、アイツの『あの』気持ちが本物であることは誰よりも俺が分かっている。だからそんなに心配そうな声を出すなよ、イア。

 彼女の意思に応じるようにリーンハルトは手を翳し。

 俺はその手を上から押さえた。

「……天原君?」

「あー、なんつーかよ」

 ああ、クソ。なんで俺が禍渦を庇うような真似をしなくちゃなんねえんだか。でも、自分でそうしたいと思っちまったんだから、仕方がねえ。

「良いだろ、目の届く所に置いときゃ。それにコイツの影響力を小さくして本命が進路変えやがる可能性だってある。だから、頼むわ」

 その身を禍渦に貶してまでも外を見たいという渇望は紛れもなく本物。フィオレンザの、彼女だけのものだ。

「……ふ、了承した。まあ、そもそも私はどちらでも構わんのだが。『殺し』以外に興味はない」

 にやりと意味ありげに口元を歪め、翳した手を下ろすリーンハルト。

「……本当に良いのか? 何より頼人よ、貴様は禍渦を、嘘を毛嫌いしておるではないか」

「うるせえな。それでももう半分はオマエなんだろうが。何よりオマエが見せた幻覚の中でしこたま嘘吐きを殺せたから嘘が目の前にいようがいまはまだ我慢できる。だからオマエは黙ってもう少しの間だけ、この世界を堪能してろ」

 ポカンと口を開けて数秒呆けていたかと思うと、フィオレンザは大きく開けた口をそのままに、尻もちをつくような格好で笑い声をあげる。涙まで流しながら。

「かっかっか!! かか!! こりゃあ、影を嗾けた甲斐があったというものじゃな。完治はせなんだが、その場凌ぎにはなった訳じゃ」

「……何、笑ってやがる。別に壊さねえ訳じゃねえんだからな? 勘違いすんなよ?」

 倒れた彼女に手を伸ばし、引っ張り起こす。起きあがった彼女は服に付着した土を払い落すと、涙を手の甲で拭う。

「つんでれじゃのう」

『本当にね』

「誰がだ、コラ」

「かっか……」

 するりと、フィオレンザは腕を掴んでいた手を離し、俺の顔を撫でる。

「……気をつけるのじゃぞ。貴様の内の獣は死んではおらん。放られた餌を腹いっぱい喰らって落ちついとるだけ。しばらくすればまた暴れ出すじゃろう。油断せんようにの」

「何を……?」

「それとリーンハルトじゃがな。幾分かは割り切ったようじゃが不安定であることは変わりない。貴様はヤツを嫌っておるようじゃが支えてやれ」

「だから何を……んがっ!?」

 親指を口の中に突っ込まれ、思わず噛んでしまう。これでは無断で人の口に親指を突っ込んだ件と口の中に広がる血の味の不快感について文句を言うこともできない。

「……ありがとうの、いくら礼を言っても言い足りん。禍渦としての妾は逝くが、フィオレンザとしての妾は『そこ』におる。だから――」

 泣くでないぞ? と。

 そんな馬鹿なことを言って。

 そんなふざけたことを言って。

 彼女は俺の胸を押し、数歩俺から距離をとる。その距離は大したことはない、手を伸ばせばすぐにでも触れられる距離。

 しかし、それはもう叶わない。

 手を伸ばすべき相手はもういない。

 最後に笑顔と腕だけを残し、消え去った。

 否、消え去ったのではなく、影に喰われた。それも彼女の従えていた影ではない。これは――。

『ロッジのときの……ッ!!』

 生々しい音をたてて、フィオレンザの身体を、肉を咀嚼する影。

 俺はその音を聞きながら、

 彼女の命が潰える音を聞きながら、

 ただひたすらに目の前の『ソレ』を見ていることしかできなかった。

 悪い行いは悪い結果として自分に還る。それは禍渦も例外ではなかったということか、と。そう冷めた心で見つめることしかできなかった。

 

               悪因悪果ミミクリー   幕

               善因善果フェイタリティ へ続く


 間にあったー!! どうも、久安です。


 人間やればできるものですね。かなりハラハラしましたが『悪因悪果ミミクリー』最終話をお届けいたします。

 アンナ、フィオレンザが同じ願望を持つに至った経緯は次章で。この影が何なのかも次章で。オイ。

 次章『善因善果フェイタリティ』はバトル、バトル、バトルの予定。個人的には楽しみです。


 さて、次回更新ですが少し先になります。といっても四日後ですが。簡単に構成考えて、それからポツポツ書き始めますので少々お時間頂きたく思います。

 という訳で次回は1月17日 7時更新予定です。

 1月15日追記

 思いのほか作業がスムーズに進み、予定よりも一日早く投稿できそうです(現在三話目のプロット段階)。

 ですので次回投稿日を1月16日 7時に変更させて頂きます。本件は活動報告、Twitterでも連絡致しますのでまたご確認ください。ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。

                 1月15日  久安 元

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