一撃必殺
そして翌日。俺とイアはラフィルナに連れられ、街の中を案内してもらっていた。
「ここが露店市で、あっちは第二居住区。ほらイア、面白いものがいっぱいあるよ」
「ほんとだー!! 変な銅像が座ってるー!!」
「ちょ、イア。それは店のオッサンだから!! 売り物とかじゃないから!!」
「ええんよ、兄ちゃん……。ゴーレムにはよくあることじゃけえ……」
寛容なゴーレム族のオッサンに謝りながら大通りを歩いていくと、右に左に露店が広がり、どの店を見るべきか非常に惑わされる。
どうやら初日に見た店の群れはこの街のほんの一部分でしかなかったようだ。異常な活気、賑わいに満たされたこの空間こそが本当の姿なのだろう。
そしてラフィルナの言う通り、どの店にも興味深いものが陳列されており、目を引くのだが、何より店主に目がいってしまう。
表面がびっしり鱗に覆われた魔物から、首が二本ある魔物、鳥の翼が生えたラフィルナとは対照的に蝙蝠のような翼を有した魔物まで選り取り見取りだ。
昨日のラフィルナの言では人型の魔物だから人間が多いと勘違いしたとのことだったが、それだけでは説明がつかない。
そう彼女に伝えると
「う~ん、夕方だったから片付け終わって家の中に引っ込んでたんじゃない? ここじゃ基本的に夜になったら仕事は取り止めだし」
という回答が返ってきた。
まあ、それならまだ納得できるか。ここがそういうところだというのであればそうなのだろう。
さて、こうして露店巡りをしている場合じゃないだろうと各方々から突っ込まれそうだがこれでもちゃんと仕事はしている。俺ではなくイアが、だが。
(……どうだ、イア? 禍渦の気配を感じるか?)
(う~ん、怪しい置物とか山ほどあるけど、そのどれもが只の置物。たまに曰くありそうなのも感じるけど禍渦みたいに強烈な気配を出してるのはまだ見つからないや)
(本当にここにあるのか……? 神様にガセネタ掴まされたんじゃないだろうな)
(あはは、それは大丈夫。街全体に禍渦の臭いがするから。薄く漂う程度だけどね)
ラフィルナの案内の申し出を受けたのもこのためである。
イアと二人でがむしゃらに歩き回ってもよかったのだが、この街の全体像を知っておけば後々何かの役に立つかもしれないしな。
「ラフィルナ、もう半日歩き回ってるけどまだ俺たちが行ってない場所ってあるのか?」
こちらの感触としてはもう殆ど全部回ったような気分なんだが……。いや、いくら俺が体力に自信があるって言ってもそれは一般人としてだから。人造人間であるイアや、人間よりも基礎能力が高いらしい魔物のラフィルナとは比べ物にならない。
「そうだなあ、後は……ドメニコおばーちゃんの教会くらいかなあ」
「よし、イア今日は帰るぞ」
「っていうかドメニコおばーちゃんって誰?」
「いや、だからおばーちゃん家まだだってば!!」
「嫌だよ、俺はまだ死にたくねえよ!!」
「え、死ぬ!? 死ぬって何!? モンスターの巣窟にでも行くの!?」
「おばーちゃんはいきなり人を殺すようなことしないよ!! 精々決めポーズで口上を述べる程度だから!!」
「致命傷じゃねえか!!」
皺々の婆さんが魔女っ子ポーズをとってるのを見るだけで心が先に逝っちまう。それだけは勘弁だ。
「だから……、おばーちゃんとか、死ぬとか、決めポーズとか一体何なのーーーーーーーーーー!?」
「顎が痛いッ!?」
イアが叫ぶのと同時に挙げた両手が俺の顎を正確に打ち抜いていた。
「何すんだよ、イア……」
「だって、さっきから私置いてきぼりなんだもん。ちゃんと説明してよ」
あー、そう言えば昨日暴飲暴食のち爆睡というコースをこれでもかというほど堪能してたんだったな。ドメニコのことも知らないわけだ。
「端的に言えばドメニコ婆さんはお前の腹を満たしてくれた食べ物の提供者の一人ってことだ」
「えっ? そうなの? じゃあ、早く行こうよ頼人。お礼言わないと」
しまった。藪蛇だったか。
「イアもこう言ってることだし、ドメニコおばーちゃん家にレッツゴー!!」
「おー!! ほら頼人も」
「お、おぉー……」
突き上げた拳とは裏腹に俺の気持ちは完全に沈んでいった。
ああ、どうか神様。ドメニコ婆さんの魔女っ子ポーズだけは回避させてくれ……。
「狙った獲物は逃がさない!! 貴方のハートを一撃必殺、マジカルドメニコ!!」
「おろろろろろろろろろ!!」
そう願ったあげくがこの様だよ!!
「うわっ、吐いた!! 頼人が吐いたよ!! どうしよう、ラフィル――」
「おろろろろろろろろろ!!」
「ラフィルナまで!?」
「イア、ダメなものは何度見てもダメなんだよ……」
おいおい、昨日の温かな交流は一体何だったんだよ。それともあれか? いくら家族のような間柄でもやはりコレはないのか?
「ちょいと人の家の前を汚さないでおくれよ」
「いやいやいや、間違いなく、うぉっぷ……、アンタのせいだろ」
「おや、アンタは昨日ラフィんとこにいた……。ラフィ!? どうしたんだい、ぐったりして!! 誰がこんな酷いことを……」
だからお前だと。まあ、いいか、なんかもうツッコむのも面倒だ。というかそんなコンディションではない。
くそ、厄介なことになったな。ドメニコにいろいろ話を聞こうと思っていたというのにこれでは何もできない。口を開けば溢れ出るのは問いではなく、きっと別のナニカだろう。
「うう、ヨリトちょっとジッとしててね?」
俺がそう思案しているとラフィルナがそう言って俺の手を優しく握る。そうすることで彼女の柔らかな温もりが伝わってきた。
「? ラフィルナ?」
「心癒福音」
彼女がそう呟くと先ほどまで俺の手に伝わっていた温もりが全身に波及していく。そして数秒そうしていただけでドメニコに与えられたダメージは完全に俺の身体から消失していた。
「わあ、すっごいねラフィルナ!!」
「これがラフィルナが昨日言ってたスキルか」
「……うん、そう。私には効かないのがいまはすっごく恨めしいけど。ああ、ダメ。おばーちゃん、中の長椅子使わせてもらうね、横にならないと、……また出そう」
それだけ告げるとラフィルナはよろよろと教会の中へと入って行った。
ありがとう、ラフィルナ。それから何かゴメン。
心の中で溢れんばかりの謝意と謎の謝罪を何度も繰り返し、俺はドメニコに向き直り
「狙った獲物は――」
「やらせねえ!! もうやらせねえよ!?」
彼女の更なる非行を阻止したのであった。狙われる獲物になるのはもう死んでも嫌だ。
「なんだい、別に構いやしないじゃないか。アタシが愛らしいポーズをとったところでアンタにゃ関係ないだろ?」
「あるよ、おおありだよ……」
主に精神衛生上の観点で。
「かっかっか、婆さんのせくすぃ~ぽ~ずは若者には刺激が強すぎるんじゃよ」
そう言ってラフィルナが消えた扉の中から現れたのは細身の腰の曲がった老人だった。
「おや、爺さん。アンタも出てきたのかい?」
「掃除しとったらラフィがフラフラ中に入ってきたもんでな。話を聞きゃあ昨日ラフィを救ってくれた恩人さんが来とると言うじゃないか。そりゃあ挨拶せん訳にはいかんじゃろ? ありがとうな、若いの。わしらのラフィを守ってくれて」
深く頭を下げる老人に対して俺は狼狽してしまう。そこまで感謝されることをした覚えはないし、何より目の前の老夫婦のためにした訳ではないのだから。
「いや、そんな感謝されても困る。大したことはしてないし、ラフィルナからも十分すぎる礼をしてもらってるし」
「そうか、ならしつこく礼を言うのは止めて、自己紹介といこうかの。わしはニキーノ。この小さい教会で司祭を務めとる。ドメニコ婆さんとはどうやらもう顔見知りのようじゃの」
「俺は天原頼人。それでこっちは――」
「イアでーす。頼人のパートナーやってます。ドメニコさんもよろしくね」
イアが元気に飛び跳ねながら、誤解を招く自己紹介をする。おい、それで過去一回無用な騒動を引き起こしただろうが。ねえ、何故同じ過ちを繰り返してしまうの?
「かっかっか、元気の良い嫁さんで羨ましいなあ、頼人君」
「全くだ。アンタにゃ勿体ないね」
「いや~、照れるなあ」
ほれ見ろ。やっぱりこうなったじゃねーか。
そしてイア。オマエも乗っかってんじゃねえよ……。そんなことよりやるべきことがあるだろう?
ニキーノに曖昧な笑みを浮かべながら、イアに小声で耳打ちする。
(どうだ、イア?)
(ん、ここも違う。とりあえず此処も含めて今日行ったとこに禍渦の本体はないよ。それは絶対)
彼女の索敵能力の正確さはこれまでのことから既に実証済み。
となると残るは……。
(あそこしかねえか……。でもどうすっかなー、流石にあそこには簡単に潜りこめねえだろうしな……)
「頼人君?」
「頼人?」
おっと、考えに夢中になりすぎてイアとニキーノをほったらかしにしてしまっていた。
「ああ、何でもないよ、イア。それよりニキーノさん、ドメニコさん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
いますぐに禍渦を壊しに行けないとしても、敵地の情報は集めておかなきゃな。そんなことを思いながら俺は二人にある人物について尋ねたのだった。