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鷽から出たマコトの世界  作者: 久安 元
悪因悪果ミミクリー
79/213

ルシファーの仮面

「随分と気の早いことだな……」

 遠くで聞こえる銃声を聞きながらボソリとそう感想を口にする。天原君はどうやら勝手に戦闘行動を開始したらしい。私としてはもう少し禍渦の動きを見てからにしたかったのだが仕方がない。

「急ぐぞ、メフィスト」

『急ぐのは君だけだよ、私は君の中にいるんだから』

 憎まれ口に言葉を返すこともなく、歩を進める――が。目の前の廊下に異変を感じ、直ぐにその脚を止める。感じたのは言うまでもない禍渦の気配。

 禍渦は天原君の所にいる筈だが……。

 疑問はあったが、実際目の前にいるのだから仕方がない。廊下は暗く、影になっている部分が殆どだ。暗闇でも目が効くといっても限度というものがある。やむを得ず眼を細めてジィッと廊下の先を見つめると。

「……な……に?」

 言葉の通り、世界が一変した。

 懐かしい故郷の匂い。長年住み続けて来た教会の礼拝堂。そして傍には愛しき我が妻と娘の姿。

「パパ!!」

「カティ……」

 五歳になったばかりの彼女は呆気に取られている私を気にすることなく、無邪気に胸に飛び込んでくる。そして私の黒いキャソックに顔を埋めた。

 服が変化しているとか、そんな些細なことなど最早驚きの範疇に入らない。死んだ筈の娘に、妻にこうして再び会えた。これ以上の驚きと喜びなどある訳がないのだ。

「……リーザ」

「はい、あなた」

 妻に手を伸ばすと、彼女は優しい微笑みを浮かべたままその手をとり、温もりを伝えてくれる。私が守れなかった温もりはここにあると教えてくれる。

「ああ…………!!」

 思わず二人を抱きしめる。二度と離さないと言わんばかりに。この手から零すまいと言わんばかりに抱きしめる。

「パパ、そんなにギュッてしたら痛いよう」

「済まない、済まない……」

 カティに謝りながらもこの腕を緩めることが出来ない。離した瞬間に二人が何処かに行ってしまいそうで怖いのだ。

「もう、あなたったら。カティが苦しいって言ってますよ? それに私もこんなに強くされたら――」

 耳元で私を嗜めるリーザの声が苦しげな、しかし何処か愉しそうな声に変わる。

「『また』、死んでしまいますよ?」

「ッ!?」

 ゴボッ、と。

 耳障りな音がしたかと思うと、両肩に生温かい何かが降りかかる。それを私は知っている。これまで幾度もその身に浴びた覚えがあるのだから当然だ。

 そう、これは――血だ。

 そこまで理解が追いつくと、反射的に二人の身体を離し、数歩後退ってしまう。急に支えを失ったリーザとカティはごく自然に、当たり前のように地面にその膝をついていた。

「どうしたの、あなた?」

「どうしたの、パパ?」

 そして私を見上げるその顔はあの優しい笑顔ではなく――。

 二人が、

 殺された夜と、

 同じ顔。

 苦しんで、苦しんで、苦しみ抜いた苦悶の表情。そこに収まるべき主人を亡くした眼窩からは血涙が溢れ、口を切り裂かれ、耳を切り取られたその様を忘れはしない。

 その痛ましい姿を見た途端、脚の力が抜け、思わず地面に倒れそうになる。しかし、何とか腕で上半身を支え、四つん這いの姿勢までで堪えることができた。

「痛い、痛いよ……パパァ……」

「助けて……、ねえ、助けて、あなた……」

 折れた四肢を必死に動かし、ゆっくり、ゆっくり赤子が歩くよりも遥かに遅いスピードで私に近づく。

「あ、ああ…………」

 気味が悪いなどとは思わない。その姿になっても未だ私は二人を力いっぱい抱きしめてやりたいと思う、のに。

 どうしても身体が言うことを聞かない。前に進もうとしてくれない。かろうじて出来るのは涙を流し、手を伸ばすことだけ。私に救いを求める愛しい家族に出来るのはただそれだけ。

 でも、『また』救うことなどできなかった。

「ああ、うぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 リーザもカティも、悲鳴を上げる間もなく首を刎ねられる。そして首を刎ねたのが誰かなんてことは聞くまでも、ましてや見るまでもない。

「……ス」

 人の良さそうな顔をし、スーツの良く似合う壮年の男。この教会の裏に住み、熱心に神に祈りを捧げていたあの男。

「ジョン・フィリップスッ!!」

「お久しぶり、神父様。そして御機嫌よう、夫人にご息女様」

 昼下がりの挨拶を交わすかのような気軽さでフィリップスはそう言うと、ゴロリと転がる二人の頭部をその手に載せる。

「どうです? 同じだけ壊して、同じ瞬間に殺したんですが……、同じ所に逝けましたか? ああ、しまった。これじゃあ実験にならないですね」

「貴さ――ッ!?」

 掴みかかろうとするが突然襲来した激痛で動くことが出来ない。何事かと振り向くと私の両脚は血が滲んでおり、ズボンには弾痕が見られた。

 ああ、そうだ。

 あのときもそうだった。

 この狂った殺人鬼を追い詰めたあのとき、隙を突かれ両足を撃ち抜かれたのだった。だとすれば。

「ううん、どうしましょう? ああ、そうだ。神父様、新しい実験を思いついたのですけれど――って、どうしたんです? 何か面白いことでもありました?」

「くは、はは……」

 ああ、最高に面白いことに気がついたよ。これが私の見ている幻覚ゆめで、あのときの通りに事が進むのなら、それは。

 ――もう一度貴様を殺せるということだろう?

「メフィスト!!」

『大声を上げなくても聞こえているし、さっきから全部見ているさ』

 心底どうでも良さそうな口調で応えるのは私が神と契約し、手に入れた悪魔ちから

『君は気づいてなかったみたいだけど同調は継続したままだから、君のやりたいようにやれば良いんじゃないの? 少なくとも私はこんな茶番に興味はないよ』

 そうか、そうか。なら貴様は黙って私に使われているが良い。それこそ初めに同調したあのときのように。

「私の愛する家族からその汚い手を放せ」

「――――――――――え?」

 まずはカティの首をヤツの腕ごと手元へと転送する。自分の腕から何故血が吹き出るのかを理解できないフィリップスは呆けた顔で切断された腕をしげしげと眺めている。

 そして次はリーザを、妻を悪魔の腕から奪還する。

「うわぁああ、すごい!! すごい、どうなってるんだろう!!」

 取り返した二人をそっと床に置き、喜色を孕んだ叫び声を上げる殺人鬼の前に立つ。脚の怪我などとうに無い。あるのは確固たる殺意のみ。

「ねえ、神父様、これって―――――――あ」

 ヤツの言葉に耳を貸すことなく上半身と下半身を分離し、悪意に塗れた臓物を撒き散らす。

「あは、あは、あはは!!」

 しかし、血だまりの中に沈みながらもその表情は揺るがない。

 新たな死に方を見つけた悦び。ただそれだけだ。自分が死の対象となっているのに恐怖など微塵も感じてはいない。

 しかも。

「見てくださいよ、神父様!! 私の胴体が、あは!! 刃物も使ってないのに真っ二つだ!! きっとこれなら素晴らしい世界に行けますよ!!」

 始末の悪いことに死に方が奇異であればあるほど、死後良い世界に召されると考えている異常者なのだ。

「ありがとうございます、神父様!! ありが――――」

 こんな輩の妄言など聞くに堪えん。

 そう思い一息に顔の下半分だけを跳ばす。そうして完全に動かぬ屍と化したフィリップスを見下ろし、自分の中にまた一つ重しが増えるのを感じていた。

「また、殺したね」

「ッ!!」

 突如教会内に響く第三者の声。

 その声に導かれるように振り向くと、そこにいたのは。

「あ――――」

 初めて私が殺した禍渦に心を侵された少女。花と風車と動物が大好きだった、優しく、小さな少女。

「ねえ、どうして?」

 己の首を抱えながら、少女は疑問を口にする。リーザやカティと同じようにその眼窩から血涙を流して。

「どうして、その人を殺したの?」

「それは……、憎かったから」

「じゃあ、私も憎かったの?」

「違う!! 君を殺したのは――」

 答えようとして言葉に詰まる。

「じゃあ、私たちを殺したのはどうして?」

 少女がそう質問すると、音もなく数十、数百という数の、かつて精神を侵され私に殺された人間、魔物が彼女と同じように自らの首を抱えて現れる。

「それは……、私が殺したかったからだ。私がこのフィリップスよりも手に負えない殺人狂だったからだ」

「嘘ね」

「……嘘ではない」

「いいえ、嘘。だっておじさんとても苦しそうだもの」

「ッ!?」

 心臓が破裂するのではないかと思う程に跳ね上がる。動かぬ証拠を突きつけられた罪人の如く、血の気が失せる。

「おじさんが私たちを殺したのは他の多くの人を守るためでしょう? どうしてそんな嘘をつくの?」

「それは……、それは……」

「それは?」

「そうしなければ……、運悪く禍渦の影響を受けたために私に殺された君たちが浮かばれないからだ」

 不幸に巻き込まれた彼らは何に憤れば良いのか。禍渦などという曖昧なものではなく、私という目に見えて存在する怒りのやり場を与えれば精神汚染者も彼らの家族も負の感情を己が内に溜めこまなくて済む。

「そう、優しいのね。でも――」


『はっ、とんだ茶番だな』


 そうやって少女との問答に横槍を入れたのは彼。私とは違い、神と対等な立場で契約を交わした白髪の少年。

「天原……君?」

『よお、あんまりにお帰りが遅いんでな。迎えに来たぜ。にしてもさっきからオマエの中を色々見させてはもらってたんだが……おい、お嬢ちゃん。オマエも的外れなこと言ってんなあ』

「? どういうこと?」

『他の多くの人間を助けるためってのは確かにそうだな。けどそれは所詮建前。コイツの本当の理由はもっと単純だ』

 傍にあった長椅子に腰かけて彼は暴く。私が汚染者を殺す本当の理由を。私の罪を。

『リーンハルトが汚染者を殺すのはそれが対価だからだ。復讐するための力を手に入れるための生贄なんだよ、オマエらは』

「そんな……、ことは……」

『違わない。俺や深緋と一緒だよ、オマエも。前払いか後払いか、壊すのが禍渦か人かの差しかない。

 要するに自分の為なのさ。コイツがオマエらを殺した理由ってのは。でもそれじゃあバツが悪いから、罰が怖いから、だから殺人鬼だなんて嘘で罪を隠した。リーンハルト・デーレンダール、それがアンタの嘘の正体だ』

「私……、私は……」

『認めろよ、自分の罪を。でないとこっから出れないぜ?』

 …………良い、だろう。

 ゆらりと、硬直していた身体を弛緩させる。乱れた髪を掻き上げる。呆けていた間に変化したのだろう羽織から髑髏の仮面を取り出し、装着する。

「……ああ、そうだ。君の言う通り私は嘘を吐いた。殺人鬼? 笑わせる、私は人も魔物も殺したくなどない。傷つけたくもない。ただ、力が欲しかったから殺しただけだ。代償を求められたから殺しただけだ。――だが、それがどうした?」

『ああ?』

「自分の為に人を殺した罪を認めよう。その罪を嘘で隠匿した罪も認めよう。だが、その上で私は殺人鬼の嘘を吐き続けよう」

 一歩、また一歩と歩を進める。

「私は弱い。だから嘘に頼るのだ。それが罪だと言われようと知ったことか、構うものか。私は私を守るために」

 そして、死者の想いを守るために。

「虚妄の殺人鬼であり続けるよ」

 かつての汚染者の身体が縦に真っ二つに割れる。そして私は次々と妄執に引き摺られた亡者たちを再び冥界へと送り返す。

 一人、また一人と塵へと還す。

 そうして残った最後の一人。

 私が最初に殺した少女、ラウ――。いいや、名など忘れた。殺人鬼がいちいち殺した相手の名を覚えているのは不自然だ。亡骸を埋めることももうすまい。

 たとえ偽物でも殺人鬼であろうとするなら。

 機械のように。

 心などないように。

 何の感情も抱くことなく殺せ。

「……いいの? おじさん、優しいからきっとまた泣いちゃうよ?」

「ああ、良いんだ。おじさんは血も涙もない殺人鬼だから」

「そう」

 血涙溢れる瞳を閉じて、少女は目の前に現れてから初めて笑みを浮かべる。あの花のような可憐な笑みを。

「……………安心した」

 その優しげな呟きを最後に彼女も他の汚染者同様、身体を断たれ塵となって消滅する。

 最後の一言は私の幻聴だったかもしれない。彼女ならこう言ってくれるだろうという私の願望なのかもしれない。

 それでも構わない。

 妻も娘も、あの少女ももういない。私が殺した。私の弱さが殺した。殺人鬼の私に必要なのはその事実だけだ。

 死者の無念を無かったことにしないために、死者のことなど顧みない殺人鬼になる矛盾。どれだけ滑稽な道化に見えようと貫いてみせる。それが私の贖罪だ。

 振り返ると不機嫌そうな顔をした天原君が丁度立ちあがるところだった。そしてまるでそれを合図にしたように周囲の景色が融けていく。

「どうかしたかね?」

『べ・つ・に!! 馬鹿の相手はしてらんねえと思っただけだ。文句あるか、コラ』

「そうか」

 そんなやりとりをしている間に私は完全に元の廊下へと帰還する。それと時を同じくして左腕に激痛が走った。

 何事かと見ると、天原君が悪びれることなく左腕に刺さっていたコードを回収していた。

「……何をしたのだ?」

「ん? オマエの頭ン中に侵入はいるのに必要だったんでな。刺してたコードを抜いただけだ。そんなに痛くなかったろ?」

 痛みを感じたのは一瞬だったが凄まじい激痛だったと言わせてもらおう。ここまで地味で酷い痛みは初めてだ。

「……まあ、良い。人の心を覗くのは良い趣味とは言えんが今回は目を瞑ろう」

「わかるよ、その気持ち」

 ……ネロ君がなにやら苦笑いしている。彼も私と同じ憂き目に遭ったのだろうか? そう思案しているとその隙を突き、彼の傍にいた女性に手を握られる。

「リーンハルト・デーレンダールですね? 名前は頼人から伺いました。こうして御礼できる機会ができ、嬉しく思います。私はアンナヴァニア・ヴァリエール。貴方に助けて頂いた者です」

「ああ、あのときの……。いや、礼は結構。私は仕事をしただけなのでな」

「ですが…………」

 尚も食い下がろうとする少女。いや実年齢は私より遥かに上なのだろうが、見た目を優先して少女と言わせてもらおう。その少女は更に言葉を続けようとしたが。

 残念なことに、私にとっては幸運なことに、天原君がそれを遮った。

「悪いな、盛り上がんのはもう少し後にしてくれねえか。どうやら玄関口にお客さんが、いや、家主様が帰ってきてるみたいだからよ」

 その不穏な言葉を聞き、すぐさまメフィストに確認をとる。

「――メフィスト」

『天原君の言う通りだよ。玄関口に一際でっかい禍渦の気配がする』

「何故報告しない」

『いやあ、一向に襲ってくる感じがないからさ。君の会話が終わるまでは待っててあげても良いかと思ってね』

「…………気遣いは感謝するが、要らぬ世話だ。――天原君」

「ああ」

 そう短く返事をするとコートを翻し、人狼と楯檻じゅんかんの姫君を連れて先を行くその背中を見、彼に聞こえないように小さく呟く。

「――ありがとう」

 君のおかげで、私も決心がついた。同調の度、力を使う度に削られていくこの残り僅かな命を悔いなく使う、その決心が。


 三・連・休!! どうも久安です。


 さて、今回はよっくんが禍渦の手先のようにリーンハルトを追い詰めてましたね。鬼かオマエは。

 前話で罪を突きつけられ、だからどうしたと撥ねつけたよっくんと、罪を突きつけられ、それを認めながらも隠し続けることを選んだリーンさん。どちらが人間らしいのかは皆様の判断にお任せします。


 私のデス・スケジュールはまだ続きます☆次回更新は明日1月13日 7時を予定しています。予定しています。大事なことなので二回言いました。休みをフルに使って書き上げます。なんとしても。

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