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鷽から出たマコトの世界  作者: 久安 元
悪因悪果ミミクリー
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フィオレンザ・ヴァリエール

「ほうほう、それで貴様らも放逐されてここまで来たと言う訳か。かっかっか、ではある意味、妾の同胞ということじゃな」

「同胞? 待て待て、ヴァリエール、ああ、悪い……フィオレンザ、そりゃあどういうことだ?」

 洞窟の奥の客間、と呼ぶには荒廃しすぎている空間で俺とリーンハルトはアンナ、いやフィオレンザ・ヴァリエールと向かい合う様にして椅子に座っている。ちなみにネロはといえば外が良いとのことだったので洞窟の入り口で待機中だ。

 あの衝撃的な登場の後、こちらも名を名乗ると彼女は案外あっさりと俺たちを洞窟の中へと案内してくれた。その敵愾心のなさはやはりアンナに通ずるものがあったが、年寄り臭い喋り方、そして何より、壁で揺れる松明の炎よりも紅い瞳が別人であることを示している。

「ヴァリエールと呼ぶなとあれほど言ったろうに……。なに、妾もかつて村を追い出されたというだけのことよ。以来百年、いや二百年か? まあ大差なかろう、兎にも角にも長いことここで暮らしておる。そういうことじゃ」

「大差どころの話じゃねえと思うんだがなあ……」

「その辺りは人間と魔物の感覚の違いだろう。君もそれくらいになればわかるようになるのではないか?」

 理解出来るようになるまでに死ぬわ。珍しく頭の悪そうな発言をしたリーンハルトはさておき、思わぬところで、思わぬ人物に会えた。

 村長の娘、ということはグイドの娘であり、アンナの母ということになる。何をして村から追い出されたのかは知らないし、聞くつもりもないが、伝承を聞きだす相手としては現状最有力候補ではなかろうか。

「かっかっか、かもしれんな。にしても頼人よ。あの堅物相手によくも食い下がったものじゃの。その褒美に貴様らが聞きたくて聞きたくて仕様が無かった話を聞かせてやろうぞ。――この村に伝わる一番古い伝承じゃ」

「……マジ?」

「大まじじゃ。心して聞くが良い」

 そうしてこほんと咳払いをし、彼女の口から紡がれたのは一つの唄。

「毎夜、悪魔が顕れる。

 最初は一匹。

 明日は二匹。

 三匹、四匹、限りなく。

 夜毎に仲間を引き連れ顕れる。

 それも、これも形は無く。

 ただただ影のように揺れ動き。

 五鐘ごしょうの音が止む頃に。

 六魂ろっこん試しに顕れる。

 七罪塗れる魂は。

 八方塞がれ逃げ場なく。

 九の朝を数えることなく。

 十発十中、悪魔にこうべを奪われる。

 拒むは能わず。

 知ることのみが許される。

 ――とまあ、こんな感じじゃな」

 唄い終えたフィオレンザは、素晴らしい歌声だったろう? とでも言うように得意げな表情を浮かべる。

「これは村に伝わる数え唄でな。いまではどうか知らんが、妾が幼いころはよく唄わされたものよ」

 昔を思い出してか、彼女はくっくっと笑う。

「良い子にせんと悪魔が来て襲われるという内容で当時はそりゃあ恐ろしかったものだが……いまでは寧ろ愛着すら感じるのう」

「数え唄……」

「そう、数え唄」

 唇に人指し指を当て、艶やかな笑みを浮かべてフィオレンザは言う。

「一から四はまあ良いじゃろ。五鐘というのはこの村にある五つ連なった鐘のことでな。名を五連鐘ごれんしょうといい、日付が変わった瞬間に鳴らし手がその音を響かせるのじゃ。妾がここに押し込められる前も後も、何一つ変わらず続けられとるよ」

「じゃあ、六魂ってのは?」

「この辺りではの、目と耳、鼻と舌、肌と脳みそ全てに魂があると考えられておるんじゃ。故に六魂。そしてそれらを合わせて心、即ち精神と呼ぶ。

六魂が穢れていれば在りもしない悪魔の姿が見え、声が聞こえ、臭いがし、悪魔がいると妄言を吐き、感触すら覚え、いずれ何時でもその存在を感じ取ってしまうという訳じゃ。ま、難しく考えんでも『六魂』イコール『心』と理解しておれば良い」

「ふむ……、ではフィオレンザ殿もう一つ。七罪というのは『傲慢』、『嫉妬』、『憤怒』、『怠惰』、『強欲』、『暴食』、『色欲』でよろしいか? 私どもの住む地域では七罪はこう表されるのだが」

 七罪。七つの大罪。人間を罪に導く七つの感情。

 あー、そういや俺もハガ○ンで覚えたなあ。個人的には色欲さんが好きだったぜ。そりゃあの色香だもの。少尉殿も引っ掛かるわ。

 っといけない、いけない。いまは懐かしい思い出に浸るときではなかった。

「解釈まで同じかは知らんが、取り敢えず呼称はその七つで合っておるぞ、リーンハルトとやら。つまり要約するとじゃな、心が穢れ、その七罪に身を任せた人間は日付が変わる頃に悪魔に襲われてあっという間に殺されてしまうぞ、ということじゃ」

 首をスパッと切られるジェスチャーをし、フィオレンザはそう結論付けた。

「妾はここに押し込められておるから知らんが、その禍渦とやらがおるのなら、そしてその禍渦がこの数え唄をモチーフにしておるのなら、あと四十分足らずでお出ましということになるの。解釈があっておれば、の話じゃが。――さて妾にできる話はここまで。今度は頼人らの話を聞かせてくれんか? 外の話とやらを聞いてみたい」

 さきほどまでの威厳はどこへやら、そう言うフィオレンザの顔は期待に溢れ、まるで子どものような無邪気さを見せる。

「別に良いけど大した話はできねえぞ?」

「構わん、構わん。妾にとっては何もかもが目新しい。それだけで十分じゃ。ほれリーンハルトも」

 しかし手招きする彼女を一瞥すると、リーンハルトは済まなそうに席を立つ。

「申し訳ないが私は席を外させてもらおう。人に話せるような面白可笑しい話は生憎と持ち合わせてないのでな」

「そうか……、残念じゃのう」

 心底残念そうな顔でフィオレンザはリーンハルトの背中を見送っていた――と思ったら、再びウキウキした顔をこちらに向ける。

「それで、それで!? どんな話をしてくれるんじゃ!?」

「切り換え早えな、オイ!!」

 ついでにキャラも変わってる気がする。

「かっかっか、話してくれん相手に未練を引き摺っていても仕様がないではないか。さぁさぁ、焦らすでないわ!!」

「つってもなあ、何から話すか……」

『……頼人の黒歴史でも話せば良いんじゃない?』

 オマ……、何か不機嫌になってる気がするんだが、俺の気のせい? ねえ、気のせいなの?

「のう、まだか!? のう!?」

「だぁああ、わかった!! わかった!!」

 俺の黒歴史でも何でも話してやらあ!!

 身を乗り出してせがむその姿には逆らえない。というか逆らった瞬間に地獄を見る気がする。


 そうして腹を括り、俺の過去を話し始めた三十分後。


「うわぁぁぁああああああん!! うわぁああああああん!!」

「めっちゃ泣かれた!? イア、どうしたら良い!?」

『し、知らないよ、そんなこと……』

「ぐすっ!! よく話してくれた、貴様も中々にハードな人生を送ってきておるのだな……。『嫉妬』を背負い、よくぞそこまで真っ当に生きれたものじゃ。感服する」

 涙を拭いながらそんな言葉を口にするフィオレンザ。同情される謂れはないし、話せと言ったから話したまでなんだが、そんなことよりも気になるのは。

「『嫉妬』? いや、もう完全に『憤怒』だろ、これは」

 嘘を吐く相手にドス黒い感情を抱いてしまうのは。

 我慢できずに排除したいと感じてしまうのは。

 どう足掻いたって怒りからくる破壊衝動だと思うのだが。

「それは誤解というものじゃな。確かに頼人のその破壊衝動は怒りからくるものじゃが、肝心要のその怒りが何処からくるものなのかを理解しておらん」

 一転。厳しい眼をして俺の顔を見つめてくる。

「自分のことは自分が一番理解してるさ」

「それも誤解じゃ。自分のことは自分が一番わかっとるなどと間違っても口にしてはならん。そんなものは結局決めつけておるだけなんじゃよ。故に人は、魔物は自分の罪すら自覚せん。自覚できん」

「何だよ、分かった風なこと言うなあ。そんじゃあオマエも自分のことわかんねえのかよ?」

 然り――、とでも言うのかと思ったら意外にも自信満々な表情は何処かへ出張に行っているらしく、歯切れ悪く口を開く。

「妾も……、もう長いこと悩んでおった。しかし、最近になってわかったのじゃ。自分のこと。すべきこと。己の罪に」

 太腿の上に置き、ぎゅっと握りしめた手。

 肺に空気が一欠けらたりとも残っていないかのような掠れた声。

「逃げておったのだ。憧れるだけで本気で動こうとはしなかった。だからこそのこの有様よ。強すぎる『嫉妬』と意固地な『怠惰』と中途半端な『強欲』がこの身を滅ぼした。一度、この身は悪魔に喰われたのじゃ。

なればこそ。なればこそだ。妾は二度とは躊躇わん」

 彼女がそう意味ありげに言い終わると、それと同時に遠くで何かの音が響くのが聞こえた。重く、力強い、その調べの主は――。

「……五連鐘?」

「のようじゃな。……行くが良い。確証はないがそれこそ、確かめてみんことにはわからんじゃろう?」

「あ、ああ……」

『頼人、フィオレンザはどうするの?』

「……まあ、大丈夫じゃねえか? 表に出て来られると危なくて仕方ねえけど、ここにいる分には禍渦も襲っちゃこねえだろう」

「どうした?」

 こそこそとイアと相談していると、フィオレンザは不審に思ったのかそう声をかける。そしてそれと同時に一陣の風が洞窟へと吹き込み、松明の炎を揺らがせ、その命を絶つ。

 これでこの洞窟内に眩い光はない。あるのは力なく漂う螢火と、その光を受け妖しく光るフィオレンザの紅い眼のみ。

「行け、頼人。その目でしっかり見てくることじゃ」

「……おう」

 そうして俺は外に通ずる横穴を疾走する。洞窟の中にフィオレンザを一人残して。

 何故このとき彼女を一人にしたのか、一人にしてしまったのかと俺は過去の自分に問い質してやりたい。

 少し考えればわかることだったのだ。もし、彼女に聞かされた数え唄が禍渦の核となる伝承であるなら、この村でもっとも危険なのは彼女であるということに。


 あともう少しで『悪因悪果』も終了ですね。どうも久安です。


 おいおい、あと三話でちゃんと終わるのかよという方、大丈夫です。この後には『善因善果フェイタリティ』が続きますから!! …………本当ですよ?

 真面目な話、悪因悪果と善因善果は前後編というカタチにするつもりでしたしね。言ってませんでしたけど。ただジェヴォルダンの禍渦攻略は前編でキッチリ終わらせますのでご安心くださいませ。


 という訳で。

 次回更新は1月11日 7時を予定しています。お楽しみに。

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