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鷽から出たマコトの世界  作者: 久安 元
悪因悪果ミミクリー
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守護の檻、拒絶の檻

「あだだだだだ――って痛くねえ!?」

『損傷ゼロ……何で!?』

「だから言ったじゃないですか。死なせませんって」

 土煙で周囲の状況など窺い知れる筈がないにも関わらず、どうしてかアンナの姿だけははっきりとその細部に至るまで確認することができた。そしてよくよく見ると、彼女を中心にして三角錐状に薄い銀膜が展開されている。

「『禁世……端境』」

「はい、この結界の中に入れば何人たりとも、何物たりとも私が認めたもの以外の出入りを許しません。このように落下の衝撃さえも消し去るのです」

 胸に手を当て心底誇らしげにそう語るアンナ。しかし、その自信に満ち満ちた表情も、何処からともなく聞こえた声によってあっという間に壊されてしまう。

「消し去るべきは落下の衝撃だけではなく、彼も、ではなかったかね? アンナ」

 徐々に晴れつつある土煙の向こうで本を片手に椅子に座る影が一つ。それが誰なのか、という疑問は、頭の中に浮かび上がる前にアンナの言葉で解消される。

「もう、おじい様ったら……。またそんなことを言って……」

 おじい様っつーことは、この村の伝承を知ってるかもって人だよな。

 ……やばい、こんなダイナミックなお宅訪問したら教えてくれるもんも教えてくれなくなる気がする。

 アンナがスキルを解いたのを見計らって、おじい様なる人物に声をかけようとしたのだが、思わず全く別の言葉が飛び出した。

「……高崎先生?」

「何?」

「いや、どっからどう見ても高崎先生じゃん」

 彼は驚くことに。

 俺が所属するクラスの担任。

 頭の固い、仕事一筋、愛想なし。

 高崎邦彦、三十二歳、独身に瓜二つだったのである。耳がやや尖っている以外は。

「これだから、外界の生き物は嫌いなのだ。阿呆のように思いついたことをベラベラと……。いま私はアンナと話をしている。阿呆は阿呆らしく、口を開けて黙っておれ」

「…………」

 訂正。本人以上にいけすかないオーラが出てる。

「アンナ、お前もお前だ。今日こそ外界に出るなどとほざいた揚句にこのような生き物を連れてくるとは。それでも私の孫か?」

「おじい様、そんな言い方はないでしょう。この方は暴漢に襲われた私を助けてくださったのですよ」

「ふん、そんなもの気紛れに決まっとる。見ろ、あの卑しい眼を。虎視眈々と、いや鼠視眈々とお前を狙っとる眼だ。その傷もヤツにやられたのだろう?」

 んー、きっとこれがヴァリエールって魔物の一族の素の反応なんだろうなあ。だとすれば神様のあの言い様も納得できる。

「またそうやって決めつけて!! そんな狭い視野で村長など務まるものですか!!」

「……ちょっと待て、アンナ。………村長?」

「あ、申し訳ありません、紹介が遅れました。こちら私の祖父であり、ここジェヴォルダン村の長、グイド・ヴァリエール。おじい様、こちら私の命の恩人、天原頼人……ああ!! 忘れるところでした!! おじい様、一大事なのです!! 喧嘩をしている場合ではないのです!!」

「ええい、何だ騒々しい!!」

 青筋を立て、苛立ちを露わにするグイド爺さん。しかし、それに怯むことなくアンナは俺から聞いた事情を正確に、それでいて簡潔に伝えていく。時折、俺が横から口を挟むこともあったが、ほんの一言、二言付け足す程度。

 おかげでそれほど時間をかけることなく村の長であるグイドは現状を理解したらしい。顎に手をあて数秒何事かを考えると、ゆっくりと重い口を開いた。

「それで?」

「――え?」

 告げられたのは思わぬ回答。

 俺にとっても。

 そしてアンナにとっても。

「お、おじい様。いま……何と?」

「それで、そう言った。最近辺りが騒がしいのは、貴様の言う通りその禍渦とやらの仕業なのだとしよう。だが、そうだとしても貴様の手を借りることなどせん。我らの問題は我らだけで解決する。それがヴァリエールの民としての矜持だからだ。余所者の薄汚い手など借りて堪るものか」

「おじい様!!」

「黙れ、アンナ。所詮貴様もあの女の……いや、それは良い。ともかくこれは長としての決定だ。この男は地下牢に――と言いたいところだが、孫を助けてもらった恩は返さねばならぬ。業腹なことだがな。ここから南に真っ直ぐ行ったところ、結界の傍に洞窟が在る。そこで夜を明かすが良い。そして夜が明ければもう一人とともにここを去るのだな。もし去らねば、今度は扱いを改めることになる。私としては望むところだが、貴様は違うだろう?」

 ぎらつくその眼光に嘘はない。その言葉全てが本気で、真実だと告げている。

『頼人、私このお爺さん嫌い』

 そうか。俺は信念が曲がってない分、そこらの嘘吐きより好感が持てるがね。

「……へいへい、取り敢えずその洞窟とやらに行きゃあ良いんだな? 明日どうするかは寝るまでに決めとくよ」

「頼人……、申し訳ありません……」

「謝んなよ。アンタはちゃんと交渉してくれたろ? それに嘘はついてない。ま、なんとかするさ」

 そうして、済まなそうに頭を下げるアンナに手を振り、半壊した家を後にしようとしたのだが。

「待て」

 その動きはグイドによって阻まれた。

「んだよ。まだ何か――ッ!?」

 再び俺を覆う銀膜。しかし、今度は善意からではなく悪意からそのスキルは発動されていた。

「貴様は拘束させてもらおう。先の話が嘘で、貴様が真犯人ということもあり得る。結界に閉じ込められたまま洞窟で過ごすが良い」

「そこまでする必要は……」

「黙れと言ったろう、アンナ。お前も後で仕置きが必要だな。二度と外に憧れなんぞ抱かんようこってりしぼってやる」

 あー、うん。

 まあ、自分の信念に従って行動するのは良い。自分に正直に嘘を吐いていないということだからな。その点は好感が持てる。

 ただ。

「俺を嘘吐き呼ばわりすんのは頂けねえなあ? グイド・ヴァリエール」

 それだけは我慢ならない。

 俺はバレットライフルを具現化。両腕で構え、三角錐状の銀膜の側面にその銃口を向け、銃弾を放つ。

 唸る弾丸。

 膜と接触することで響く轟音。

 再び同じ箇所へと銃口を向け、放つ。

 それを繰り返す。

「阿呆が!! そんなことをしても『禁世端境』は破れぬわ!!」

 グイドが何事か喚くのが聞こえるがそんな戯言に付きあう気はない。あたかも不落の城塞のように謳っているが、実際この結界は完璧ではない。

 村に入る前に検証した結果、結界には脆い部分があるということが判明した。確かに三角錐を構成する四つの頂点には力が集中しており、弾丸を命中させても全く効果がなかったが、面の部分である三角形は違う。その重点だけは弾丸を受けたとき微かではあるが揺らぎが確認できたのだ。

 そして、いまこの結界を突破できる一番の理由はこの結界がグイド単体で張られたものであるということ。ネロの背に乗って会話していたとき、彼女は村に張られた結界を「おじい様『たち』の結界」と言った。ということは村人が協力してあの強固な結界を形成していることになる。

 何人で村を覆うほどの結界を形作っているのかは知る由もないが、その結界でさえ重点を撃たれただけで揺らぎを見せたのだから。

 いま、こうして何度も重点を撃ち抜けば。

「ば、かな……」

 いずれ限界が訪れ崩壊するのは自明の理といえよう。

 彼らの信じる無敵の結界に罅が入る。

 そして一度罅が入ると、その歪みは急速に進行していく。

 バラバラと。

 塗装が剥げるように薄く、脆くなっていく。

『いっけー、頼人!! やっちゃえー!!』

 余程鬱憤が溜まっていたのか、いつもなら俺を諌める筈のイアもノリノリである。であるならば、心置き無く破壊を楽しませてもらうとしよう。

 そうして迎えた最後の一発。

 十発もの銃弾を受け、既に亀裂だらけの結界が受け止めきれる筈もなく。

 鉄壁を誇る銀膜はそのままグイドの肩を貫く筈だった銃弾の弾道を僅かに逸らし、無残にも霧散した。

「ネロ」

 間髪いれずに屋根の上で待機していた人狼の名を呼ぶ。勢い良く、そして俺を庇うように着地したネロは歯を剥き出しにして唸り、グイドを威嚇する。

「頼人、コイツ噛み殺して良い?」

「はは、気持ちは嬉しいが止めとけ。俺たちはそんなことしに来たんじゃねえだろ? コイツがアテにならない以上、リーンハルトと合流して作戦練り直さねえと」

「……わかったよ。行こう、南だね?」

「おう」

 ネロは無念そうに首を振ると、俺が乗りやすいようにやや姿勢を低くする。呆然と立ち竦むグイドを尻目に俺はその背に飛び乗るとアンナに向けて口を開いた。

「ヤバイと思ったら洞窟まで来い。死んでなかったら助けてやるよ」

「――――」

 俺のその言葉にアンナは何事か答えようと口を開きかけたが、それを待たずに天井の穴からネロは飛びだした。

 夜風が頬を撫で、人狼の黒毛が身体を包む。

『頼人、気づいてる?』

「……ああ、まだはっきりとは分からねえと思うが一応もう一回索敵かけておいてくれ」

『わかった』

 どうにもこうにも何か嫌な感じがしてきやがった。接近中の異常禍渦はともかく、こっちの禍渦は今晩にでも動きそうだな。早いとこリーンハルトと合流してどうするか決めねえと……。

 ネロの背でそんなことを考えながら俺は信号拳銃の用意をするのだった。



「ふむ、お前はどうだメフィスト? 何か感じるか?」

 洞窟の前で信号弾を撃ちあげると、ものの十秒も経たずにリーンハルトは現れた。何やらあの後、村人に包囲されたらしいが、特に縛りあげられたり、牢に入れられたりということもなくその場は穏便に収められたらしい。

 村長の元に連行されると踏んでいたのだが、というのはリーンハルトの談。そのときのことは後で話すとのことだったので一先ずそれは置いておこう。

「……ふむ、残念ながらヤツは何も感知していないようだ」

「そうか。ま、こっちも感覚的なもんだから絶対とは言い切れねえんだけどさ。何て言うか、こう気配が濃くなったっていうか……」

 上手く説明は出来ないが。

 例えるなら知らない内に後ろに立たれている感じ。ああいうとき、大体の人間は何らかの気配を察して振り返ることが多いと思うが、今回はその一種強まった気配が村の何処かから感じられるのだ。

「確かめたいところだが、迂闊に動くこともできん。ここは警戒するだけに留めた方が良いと思うが?」

「だから確証はねえんだって。だから気にする程度でいいさ。いまは少しだけでも休もうぜ。流石にこの寒空の下よりは洞窟の中の方がマシだろ」

 首肯するリーンハルトとネロを見、さあ洞窟に入って同調を解き、火をくべ、ささやかながらも休息をとろうじゃないかと思った、そのとき。

 唐突に声が響く。

 それは俺のものでも。

 イアのものでも。

 ネロのものでも。

 リーンハルト、メフィスト、どちらのものでもない。

「人の家、しかも乙女の家に入ろうというのにノックの一つもないのは無礼というものではないかの? 名も知らぬ人間二人に人狼よ」

 そして声の主は洞窟の闇からずるり、と姿を現す。

 肩の所で切り揃えられた艶のある黒髪、鼻筋の通った整った顔立ちに、キメ細かい白い肌。

「…………アンナ?」

 アンナヴァニア・ヴァリエール。ここジェヴォルダンを統括する村長の孫にして、外界に興味を抱くヴァリエールの魔物として異質な女性。

 その彼女がいま俺の目の前に立ち、尊大な目つきでこちらを一瞥している。

「アンナ? 貴様は何を言っているのじゃ? わらわの名は、フィオレンザ・ヴァリエール」

 そこで一息つき、宣言するように彼女は続けた。

「ここジェヴォルダンを統括する村長の娘である」

 腰に手をあて堂々と胸を張るその姿を見ることで、ああこの人はアンナじゃないなと確信する。アイツは性格的にも、身体的にもこんなに我儘ではなかった。

『……頼人サイテー』

 頭に直接伝えられる罵倒の言葉を無視し、何やら更に面倒臭くなってきた今回の依頼に俺は今日何度目かわからないため息を吐くのだった。


 どなたか存じませんがまたお気に入り登録してくださった方いらっしゃるようで、この場をかりて御礼申し上げます。ありがとうございます。

 明日は月曜……か。どうも、久安です。

 

 さぁ、終盤戦。どんどん加速していきます。加速し過ぎて訳がわからないぜって方、申し訳ありません。私の力不足です。あと四話、気合を入れて頑張ります。


 次回更新は1月9日 7時を予定しています。また更新時間が次回より変更になりますのでご注意ください。

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