アンナヴァニア・ヴァリエール
「取り敢えずこのまま空中散歩でもしてれば良いのかな?」
前回見事に墜落した俺に配慮してか、緩やかなスピードで宙を行くネロはその顔をこちらに向ける。
「だな。目的地が定まるまでこのまま頼むわ」
「わかった。別に疲れることじゃあないから気にしないで良いよ」
さて、空での舵取りはネロに一任するとして俺は、俺の仕事をしますかね。そう決め、コードで捕縛したまま背に乗せていた女性と対面するように座りなおした。
「あの……」
彼女は未だ困惑の表情を浮かべ、だが、こちらに害意がないことを察しているのか、おずおずと口を開く。
改めて観察するとかなりの美人さんのようだ。肩の所で切り揃えられた艶のある黒髪、鼻筋の通った整った顔立ちに、キメ細かい白い肌。そして天色の目からは意志の強そうな印象を受ける。
また、スタイルこそ際立った部位はないが全体的なバランス、という面では文句のつけようがなく、身に纏ったアオザイのような衣服と絶妙にマッチしている。
「あの……?」
「ああ、悪ィ」
思わず観察に夢中になってしまった俺を、彼女は再三の問いかけによって正気に戻す。
危ない、危ない。首尾よく手に入れた禍渦への手がかりの機嫌をこんなことで損ねたくはない。
「貴方は一体……? いいえ、それよりもどうやってここに? ヴァリエールではないようですし……。何故私を助けてくださったのですか? それに――」
「はは、アンタも大概混乱してるみたいだな。どれだけいっぺんに質問をぶつけられようと俺は一個ずつしか答えられねえよ。無理な相談かもしれねえけどちっと落ちつこうぜ」
指摘されて初めて自分の状態に気づいたのか、女性はやや頬を赤らめ、再び口を開く。
「私としたことが……、失礼致しました。それに名を尋ねるならば、まず自分から名乗るのが礼儀というもの。数々の無礼お許しください」
今度はこちらが慌てる番。
頭を垂れて謝罪の言葉を述べる姿を見、俺はあたふたと手を振ってその謝罪を撥ねつける。
「ちょ、いや、そういうことが言いたかった訳じゃあ……!! つーか俺も名乗ってねー上に拘束してんだから無礼レベルは圧倒的にこっちが上だろ!? 頼むから頭を上げてくれ!!」
「そう仰るなら……」
俺が懇願すると彼女は顔を上げ、今度は凛とした表情でこちらを見据える。
「では、改めて。私はアンナヴァニア・ヴァリエールと申します。差支えなければ貴方の名をお教えくださいませんか?」
「何か調子狂うな……」
『そうだねえ』
イアもこういったタイプの人物とは初遭遇なので、俺と同じ感想を抱いたようだ。何というか、こう天然臭い。
「ナンカ・チョウシクルウナと仰るのですか?」
「違えよ!? 誰だ、そいつ!?」
本当に調子狂うな、オイ!!
大声でその名を否定し、今度こそ自身の名をヴァリエールに叩きつける。
「俺は天原頼人!! 天原頼人だ!! 断じてナンカ・チョウシクルウナなんて名前じゃねえ!!」
「ふふ、冗談です。ちゃんと記憶致しました。頼人、ですね。こちらは……?」
「あ、僕はネロ。よろしく」
「はい、よろしく。ネロ」
にゃろう……。落ち着いてきたらしいがここまでリラックスされると、それはそれで困るんだが。これからこの村の村長の居所を聞き出さなければならないのだから、こちらが優位にいなければならない。
『頼人、私も自己紹介したい……』
「後にしろ……ってああ、そうだ。それでヴァリエールさんは――」
「アンナ」
「ああ?」
「余りそう呼ばれるのは好きではないのです。頼人さえ宜しければアンナヴァニア、アンナとお呼びくださいな」
逆にヴァリエールと呼び続けることも手か、とも思ったが穏便に聞きだすことを目指すならここは大人しく従っておく方が良いだろう。
「わかったよ、それでアンナ?」
「はい!!」
おお、何その良い笑顔と返事? そこまで自分の名字が嫌いなのか、アンタ?
「腕の傷は大丈夫なのか? 見たトコ結構深そうだったんだけど」
「ふふ、お気遣い感謝します。ですが一応私も魔物の端くれ。この程度であれば自然と治癒するでしょう」
「そうか。なら良かった。じゃあ、他に聞きたいことは? 俺も用があるけどそれは最後で良い。取り敢えず疑問をなくしてスッキリした方が良いだろう?」
『……まるでアンナを気遣ってるみたいに言ってるけど頼人の都合が良いからでしょ? それって』
そうですが、何か?
イアは批難するような言い方をするが、何が問題なのだろうか。俺には皆目見当がつかない。
「そう……ですね。私も事情が掴めておりませんし……、お言葉に甘えさせて頂くとしましょうか。では、まず……貴方はどうやってここへ? ヴァリエールの民でもないものがおじい様たちの『禁世端境』を超えられる筈がないのですが」
「あ、それは俺じゃなくてもう一人のおかげだ。ほら、さっき仮面被ったオッサンがいたろ? アレ、アレ」
「ああ、あの方の……。はぁ……、外にはまだまだ私の知らないスキルを持った魔物がいるのですね」
何故か残念そうにアンナは息を吐く。
「んー、俺もアイツも魔物じゃあねえんだけどな。人間でも、魔物でもない。詳しく知りたかったら後で教えてやるよ」
「それは真ですか!? 是非、是非お願い致します!!」
「お、おう」
むう……、どういうことだ? 神様からの情報によるとヴァリエールという種族は病的なまでに閉鎖的らしいのだが……。目の前の彼女からはそんな雰囲気は感じられず、寧ろ外界に興味があるようにすら思える。
「では、もう一つ。何故私を助けて? 無関係ならばあのまま放っておいても良かったのではないですか?」
「ああ、そりゃこっちの都合。さっき言ったろ? 用があるってな。ぶっちゃけた話、別にアンタじゃなくても助けたさ」
全てを話している暇がなかったので掻い摘んでここに来た目的をアンナに告げる。
禍渦という災厄がこの村に潜んでいること。
ここに新たな禍渦は近づいて来ていること。
そしてその位置を知るために情報提供者が必要だったこと。
その三点だけを簡潔に述べた。
「まあ……、ではさっきの三人はその禍渦というモノのせいであのような……。最近村が騒がしいと感じてはいたのですがまさかそんなことになっているとは知りませんでした」
そう言ってしゅん、とアンナは肩を落とす。ただの村人がそこまで責任を感じることはあるまいに。
「しかし、こうして頼人のおかげで真実を知ることができました。黙って出て来た甲斐があったというものです。それで頼人は――この村を救いに来て下さったという訳なのですね?」
「あー、目をキラキラさせてるとこ悪いが、そりゃ違う。結果的にそうなるかもってだけで俺は別に救世主でもなんでもねえよ」
感謝される謂れはないし。
それを強要するつもりもない。
「ただ禍渦を壊すだけだ。だからアンナ。もしオマエがその障害になり得るなら躊躇なく殺す。立ち位置次第で俺は禍にも福にもなるんだよ」
「はぁ……、私にはよくわかりません」
ニコリと笑って、アンナは首を傾げる。
いや、分かれよ。
「ですが、頼人。貴方が必要としているものが何なのかは理解致しました。要はこのジェヴォルダンに伝わるお話を欲していらっしゃるのでしょう?」
「知ってるのか!?」
「いいえ、存じません」
「よっしゃ、喧嘩だ喧嘩。止めんなよ、イア?」
『わ、ちょっと!? 止めてよ、また落っこちちゃう!!』
「ただ――」
俺の頭の中だけで繰り広げられる喧騒を澄んだ声で掻き消し、彼女は言う。
「おじい様ならば何か御存じの筈です。私からお願いしてみましょう」
「……マジ?」
「まじ? 嘘かどうかということでしたら真ですが?」
嘘かどうかなんてそんな言葉を聞く前から分かっていたが、こうもトントン拍子に話が進むとは思っていなかったので思わず聞き返してしまった。
勿論、制限時間がわからない以上、早いに越したことはないし、この状況が望ましいものであることは間違いない。間違い――ないのだが。
「いや、疑ってる訳じゃなくてだな……。何でそんな会って数分のヤツを信用するんだ? 自分で言うのも何だが完全に不審者だぞ、俺。特にここじゃあ不審者通り越して容疑者じゃねえのか?」
「何を今更」
『だよね』
オイ、うるせえぞ。外野二人。自分で言う分にはともかく他人に言われると果てしなく死にたくなる。
「ふふ、何を言うのですか。動機はどうあれ頼人は私を助けてくださいましたし、それに――外から来た方ですから」
「?」
いよいよ理解できない。
外からきたヤツだからこそ忌み嫌うべきなのではないだろうか。それこそがヴァリエールの民なのではないのだろうか。
しかし、その疑問を口にする前に。
イアが警鐘を鳴らす。
『ネロ、下から何か来る!! 避けて、マッハで避けて!!』
「ええ? イア、いきなりどうしたのさ――ってうわッ!?」
「ちょッ!?」
「あらら?」
下方より凄まじいスピードで飛来した銀色の何か、一瞬のことだったので自信はないが、ナイフ的なものだったように思うが――、によって事態は急変する。
有り体にいえば、見事に緊急回避を決めたネロの背から俺とアンナが落下した。
「うぉぉぉぉおおおおおおああああああああ!?」
『わ、わ、わ、わ、わ、わ、わ、わ、わ、わ!?』
「あらららららららららららららららららら?」
余裕のない叫びを上げる俺と。
柔らかい頬笑みを浮かべるアンナ。
「何で、んな余裕なんだ!?」
「いえ、随分と乱暴ですがこれはこれで丁度良いかと思いまして」
『「何が!?」』
上を見るとネロが急旋回してこちらへ駆けてくるのが見える。だがこの落下スピード、そして初動の遅れからどうにも間に合いそうにない。
「下をご覧ください。家が一軒見えるでしょう?」
「それが!! うぉぉぉおおお!! どう、したぁあああ!!」
クッションになるとでも?
そうか、クッションを具現化すれば……、いやいやいや、無理だろ!! 俺ん家のクッションなんて具現化しても衝撃を和らげることなどできる訳ねえ!!
「あれ、私の家なのです。おじい様もご在宅の筈ですから、頼人が求めるお話を得ることができるかもしれませんよ」
「俺がそのときまで生きてりゃあなぁぁあああああ!!」
「大丈夫です。私が死なせませんから」
風の音に邪魔されてギリギリ聞こえるか、聞こえないかの音量でアンナはそう呟くと、緩んだコードを伝って俺の方へとその身を寄せる。
そしておもむろに俺の身体を抱きしめ。
「『禁世端境』」
自らが司る力の名を口にした。
直後、俺が感じられたのは木造の建物が壊れる音と。
粉塵が撒き上がる様だけであった。
ハウルを見逃してしまった……、鬱です……。どうも、久安です。
会話が成立するヴァリエールの一族とようやく遭遇。アンナさんがアオザイを着ているのは完全に私の趣味です。後悔も反省もしていません。それにしてもネロを襲ったナイフは何処から飛んで来たんでしょうね、皆目見当がつきませんよ(棒)。本当リーンハルトには困ったもので――ゲフンゲフン!!
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次回更新は1月7日 10時を予定しています。




