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鷽から出たマコトの世界  作者: 久安 元
悪因悪果ミミクリー
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紅い雨

 然して現場に到着した俺とイアとネロ、リーンハルトが目にしたものはやはり、と言うべき光景だった。

 地面にぺたりと座りこみ、恐怖で動けなくなっている女性。目立った外傷はないが、腕に深い切り傷がある。あれは放っておいて良い部類の怪我ではなさそうだ。

 その周りには如何にも良く切れそうな刃物を手にした男が三人。彼らは眼下の女性を切り刻もうと何度も何度も刃物を握った腕を振り下ろしている。

 にも関わらず女性の怪我が腕だけで済んでいるのは、彼女を銀膜の結界が覆っているから。村全体を覆っていたものに比べて感じるエネルギーは少量だがそれでもナイフの切っ先を一ミクロンたりとも通さない。

『禁世端境』。

 不可侵領域を形成するスキル。

 ああしてむやみやたらに攻撃するだけではあの結界を突破することなど何百年かかっても不可能だろうさ。

 このまま放っておいても大丈夫なのかもしれないが、そこはそれ。こちらにも放っておけない事情がある。出来ることなら、あの女性には是非とも話を聞かせてもらいたいものだ。

「で、どうなんだ? ありゃ規定値超えてんのか?」

「……残念、もとい喜ばしいことにな。汚染率八十六、八十三、九十。全員処分対象だ」

「やっぱりか。汚染率なんてわかんねえ俺の目でも手遅れだってわかるぜ」

 ここに着いてからずっとネロが歯を剥き出しにして唸ってるからな。目は虚ろで、ああ、口から涎がダラッダラ。アレが正気じゃねえことは明白だ。

「先にも言った通り、私はアレらの相手をする。君はあの女性を連れて安全なところまで逃げるが良い」

『連れて逃げるって言っても……』

「なあ?」

 どうやって連れ出せと言うのか。俺にはリーンハルトのように結界を平和的な方法で突破する術はないのだ。完全に破壊して良いならミサイルでもブチ込めば何とかなるかもしれないが、そんなことをすれば俺が連れて逃げるのは物言わぬ肉片になってしまう。

「安心したまえよ」

 あれこれ思案している俺の表情から何を考えているのかを読んだのか、リーンハルトはそんな言葉を口にする。

「既に彼女はこちらの手中。焦ることなど何もない」

「え……、おわっ!? いつの間に!?」

「……え? え? 私……、どうして?」

 ネロが飛び退いたのも無理はない。俺だって全力で飛び退いたわ。何の前触れもなく離れた場所で蹲っていた女がいきなり隣に現れたんだから。

 というかリーンハルトの野郎。簡易門を使うなら使うって先に言え。心臓に悪いんだよ、オマエの力。

「ったく……、じゃあ後は頼むぜ? 一時間後に閃光弾でも何でも使って合図するからその真下で合流だ」

「心得た。気を付けてな」

 そりゃ、こっちの台詞だ。頼むから嘘探しを迷宮入りにしてくれるなよ。

「あ、貴方がたは……きゃッ!?」

「悪いな、オネエサン。話は移動しながら聞くからよ。取り敢えず大人しく掴まっててくれ」

 コードの一本をヴァリエールの女性の胴の部分に絡ませ、ひょいと宙に持ち上げる。抵抗されるかとも思ったが、それどころではないらしく、ただ目を白黒させるばかり。その方がこちらとしては楽なので何も文句はないが。

「ネロ、悪ィけど背中貸してくれねえ? 地上にいたらまたアイツらみたいなのが出て来ねえとも限らねえし。空中の方が安全だ」

「勿論、構わないさ。ただ乗り心地は変わってないから前みたいに落っこちないようにね」

『ああ……、そういえば初めて乗せてもらったとき頼人ってば豪快に落っこちたよねえ……』

「……うるせえよ」

 県境で頭から落ちたその記憶はまだ心に焼き付いてんだよ。刻み込まれてんだよ。人が忘れようとしてることをザックザック掘りだそうとするんじゃねえ。

 身体をジ○リ映画の某山犬の如く巨大化させたネロの背に飛び乗り、優しく、しかし、がっしりとその毛を掴む。

 うーん、やっぱりスベスベ過ぎるんだよなあ。どんなに掴んでも手から零れていくような感触。撫でる分には申し分ないが、乗るとなると話は別だ。

 ……前回のように落っこちないように気をつけるとしよう。

「じゃあ、行くよ」

 そう告げ、力強く大地を蹴るネロ。

 そして次に彼の脚は空気を踏みつける。あとはそれの繰り返し。ネロが自分で降りようと思わない限り、空気は母なる大地へと変貌したままだ。

 これで俺がこの女性と話している間、邪魔は入らないだろう。

 空中を疾走するネロの背で風を受けながら、どんどん小さくなっていくリーンハルトにただの一瞥もくれることなく、俺たちはその場を後にした。



『なんだかんだ言って体の良い人払いじゃないか、私の愚かな契約主。天原君たちにも手伝ってもらえば良かったものを』

 頭の中でメフィストの声が木霊する。全く以て喧しいことこの上ない。同調を解き手ずから説教してやりたいところだが、そんなことをすればこちらに迫る汚染者に逆に私の首を献上することになるので止めておこう。

「その口を閉じろ、メフィスト。私は彼らを巻き込むつもりは毛頭ない。これは私だけの仕事だ」

『はいはい、ならさっさと片付けてしまいなよ。首を落としたあとも時間がかかるんだからさ。どうせ、また君がその手で埋葬するんだろう?』

「無論だ」

『じゃあ成る丈、頑張ることだね。君がならなくてはならないのは殺人鬼だろう? このままじゃただの道化ピエロだよ。もっともっと屍の山を積み上げなくちゃあ。世界のためにも、君のためにも。

 ほら、来たよ。新しい人柱が』

「ヴォ……、があ…ウ…」

 汚染者たちは既に人語を口にしないし、解さない。ここまで汚染が進んでいては自分が誰で、どういう者だったのかすら覚えていないだろう。

「私はリーンハルト。リーンハルト・デーレンダール」

 しかし、それでも私は自らの名を告げる。

 過去を禍渦に壊され。

 未来さえもいまさつじんきに殺される、哀れな犠牲者にできる最大限の救済。

 やり場のない無念をぶつける相手を見繕ってやること。それだけが最大、唯一私に出来ることだから。

「私を決して許すな。恨め、祟れ、呪え、怨嗟の叫びを上げ続けろ」

 そして、できるならいつか私を殺せ。

 心のうちでひっそりとそう呟いて、来る汚染人形を強く見据える。

 狙うはいつものように頭部。

 一瞬で切断し、痛みを感じさせずあの世に送る。

「…………」

『おやおや、相変わらず下手糞なこと。狂った魔物を相手にして君が一発で決められたことがあったかい? 魔物は人間と違って強いから困るねえ』

「黙れ」

 首元を掠めるナイフを身体を反らせて避け、続く両脇から振り下ろされた長包丁を片方はいなし、もう片方を刃の部分だけを彼方に飛ばす。

『しかも同時に簡易門フォルス・ゲートを展開できないなんて情けないにも程がある。天原君や深緋さんみたいに同調率は停滞したままだし』

「黙れ」

 無防備になった汚染者の腹を蹴り飛ばし、自らも残る二人から距離をとる。というのもバランスの良い天原君、接近戦において敵ナシの四谷君に比べ同調率が高くない上、備わる力が特殊な私にとって接近戦は不得手だからだ。

 そして私が苦手とするものはもう一つ。

 それはこういった敏捷性の高い相手。まあ言ってしまえば魔物全般だ。

 しかし、それはメフィストの能力が貧弱であるということではなく、単に私の問題。私がこの人造端末の正適合者でないことに起因している弱点である。

 同調率が高ければ、その分扱える力も強大になる。

 だが同調率が低ければ、その分扱える力は限られる。

 本来であればより多数の、そしてより多量のモノを同時に、正確に簡易門で転送できるメフィストの力がここまで弱体化しているのはそれが理由。

 乗り手が凡人では駿馬も駄馬に成り下がる。

 つまりはそう言う訳だ。

 改めて自分の無能さを噛み締めつつ、私は両の手の親指の先を噛み千切る。手加減なしで噛み切ったため、指先から勢い良く鮮血が噴き出る。

 断っておくが、別に自傷行為に走ったわけではない。彼らを安らかに送るために必要なことなのだ。

「……ギ、ヴァ……」

 唸り声を上げ、前方から猛進する三体の魔物。その先陣を切る一体は手にしていたナイフを渾身の力で投擲する。

 こんなものが直撃すれば、私の身体は木端微塵になってしまうだろうが、ただ直進するだけのナイフ程度であれば見切ることなどわけもない。左手でその刃の腹に触れ、周囲に被害が出ないよう宙に向かって転送する。

 そして――。

 ボタボタと両手から垂れる血を前面に向かって振りまいた。

 小さな赤い雫が、突撃する三体の魔物の顔に雨のように降り注ぐ。彼らは異常を感じ取ったのか、その雫をかわそうと身をよじるが相当のスピードで動き、かつ理性を失っている状態ではその全てを避けることは敵わず。

 その顔に。

 その喉に。

 その胴に、腕に、脚に。

 赤い、死のシルシが染み込んでいく。

 初めこそ血に触れることに抵抗を見せていた汚染者であったが、すぐに取るに足らないモノと判断したのか構わずこちらに飛びかかる。

 惜しい。

 実に惜しい。

 禍渦に侵されていなければ、その違和感を放り投げることなどしなかったろうに。何においてもその血を浴びることを拒んだだろうに。

 確かに私はメフィストを使いこなせていない。その証拠に少し速く動かれただけで上手く狙いをつけることができないでいる。

 しかし、そんな私でも目印さえあれば何の苦もなく、熟練のスナイパーの如く、標的のこめかみを寸分の狂いなく、撃ち抜くことが可能だ。

 放った血は己の一部。それは例え身体から離れようとも変わらない。何処に在ろうとその存在を感じ取ることができる。

「さようなら――、良い旅路を」

 手向けの言葉を口にして、身体から離れた血の座標を頼りに私はギロチンの刃を落とす。

「――――ア」

 断末魔は呆気ないもの。前頭部、頬、左肩……、次々と身体を虚空に奪われ、失くした箇所からは私のものではない鮮やかな赤が噴く。

 それはナイフを投げた魔物だけでなく、残る二体の魔物も同様。その身のあちこちから命を撒き散らし、少なくとも十以上のパーツに分かれ、私に生臭い赤を降り掛けながら地面に落ちる。

『あはははは、さっすが自称殺人鬼、いや自傷殺人鬼というべきかな? 惨い殺し方をするねえ――っと、おや、一人殺しそびれているよ?』

「…………」

 血の雨が降りしきる中、我が身が赤く染められていくことなど気にも留めずに周囲を見渡す。すると、身体の大半を奪われながらも重要な臓器は奪われなかったのか、痙攣を繰り返す一体の魔物が血走った眼でこちらを見上げていた。

 そう、それで良い。

 その恨みを決して忘れるな。私は君たちの怨念を拒まない。この背に幾千、幾万の呪詛を受け、さらに我が身を貶めよう。そしていつか私が重みに耐えきれず死んだときにはこの魂を八つ裂きにするが良い。

 きっとそうすることでのみ、君たちの怨念は晴れるのだ。

「…………」

 生き残った最後の一体の頭部を無言で飛ばし、次の作業に取り掛かる。見事に地面に散らばった彼らを集めて、埋めて、祈らなければ。

 それはいつもの作業。

 神に仕える私の仕事。

『まったく……、いつものことながら良くやる。でもね、リーンハルト。どうやら今回はそんなことをしていられないみたいだよ?』

「何……?」

 メフィストの声に再び周囲を見渡すと、先ほどまで人っ子一人いなかったこの狭い路地に数え切れないほどの魔物がその姿を現していた。

 その集まった誰もが精神に異常をきたした汚染者ではなく、正常な、真っ当な精神を持ったヴァリエールの民であることを確認した私は、黙って両の手を上げる。

『何してるんだい? 早く逃げなくちゃあ天原君と合流できなくなってしまうよ?』

「こうして見つかった以上、逃げ回ることに意味はない。それにここで捕まる振りをすれば、彼に追跡の目が行くことはあるまい。ジェヴォルダンの禍渦については一旦天原君に任せるとしよう」

 それに運が良ければ上手く合流できるかもしれんぞ?

 最後の言葉は敢えて口にすることなく、更に座り込むことでこちらに害意がないことを示す。

 このような大人数で囲まれていようが、手足を縛られていようが、同調さえしていれば逃げることなどいつでもできる。

 ただそれでも――、己が犯した罪から逃げることはできないが。


 明けましておめでとうございます、今年もよろしくお願い致します。どうも久安です。


 仕事をしている間にいつの間にか年が明けており、新年早々、なんともいえない気持ちになりましたが、皆様は如何過ごされましたでしょうか? 気持ちの良い年越しの瞬間であったなら幸いです。

 

 さて、話変わって本話ですが……やっとこさリーンハルトがメインの回。私の感想としては。

 ボ、ボケれねえ……。

 その一言に尽きます。

 もっと、ポジティブに行こうや!! 何か書いててこっちまでネガティブになったわ!!

 と言う訳で次話はよっくんに視点をお返しします。


 次回更新は1月5日 10時を予定しています。

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