揺れる光
「ふん……、中も中で陰気臭えったらねえな」
リーンハルトの簡易門を使い、ジェヴォルダンに侵入して数分。人目を忍んでいるため まだ全てを見て回った訳ではないが、どうにもこの感想は変わりそうにない。
結界が外からの光を徹底的に排除しているらしいこの村では、煉瓦造りの家からのぞく光と結界内に取り残された螢火の僅かな明かりしかなく、ここが閉鎖された空間であることを改めて思い知らされる。
「まるで奈落の底みたいな村だね」
『だねー』
こんな結界を張っているのが身を守るためなのかどうかは知らないが、それにしてもやりすぎだ。ここに住むヴァリエールの魔物たちはそれほどまでに何を恐れているというのか?
と、そこまで考えたところで頭を振り、その思考を停止させる。いま、そんなことを考えたところで答えは出ないし、それに何よりもっと知るべきことがある。
「イア、禍渦の反応を探せ。異常禍渦じゃない方だ」
「……天原くん」
「わかってるよ、壊しやしねえ。だけどいまは他にすることもねえんだから、そっちの対策を練ろうが構わねえだろ?」
「しかし……」
「しかし……、じゃねえ。こちとらいますぐ壊しに行きてえのを我慢してんだ。それに居場所がわかんねえんじゃ異常禍渦と上手く接触できない可能性もある」
「……よかろう。だが、暴走しようものなら問答無用で結界の外にとばす。それで良いな?」
「決まりだな。――イア」
話がまとまったところでもう一度イアに探索を頼む。彼女の探索能力は決して高くはないが、城塞都市ヴィンシブルよりも、アヴェルチェフが防人を務めるイェジバよりも遥かに小さいこの村程度ならば大雑把な位置くらいはわかると踏んでいたのだが。
『ごめん、全然わかんない』
意外にもその予想はかくも簡単に裏切られた。
『何て言うか……確かにそこら中から禍渦の気配はするんだけど、どれもこれも薄くって……。ロッジのときみたいな感じっていったら分かる?』
「……なるほど」
あのときのような核の在り処を隠匿、誤認させるタイプか。……一番面倒くさいタイプじゃねえ、それ?
「おい、メフィストは索敵できねえのか?」
「さてな。させたことがないから分からん。どうなのだ、メフィスト?」
頭の中でメフィストと交信しているのだろう、リーンハルトは一言、二言呟くと再びこちらに向きなおる。
「残念ながら、メフィストにも無理なようだ。ただ、ヤツの見解では――」
「ここに巣食っている禍渦はこの村全体に拡散している、か?」
「うむ、その通りだ。どうやらイア嬢の見解も同様のようだな」
「生憎とな。さて、どうすっかね……。ネロ、オマエの鼻で何とかなんない?」
「無茶を言うね……。嗅いだこともない匂いをどうやって追えって言うんだい?」
「だよな……」
はっはっは、いきなり手詰まりとは先が思いやられるなあ、オイ。
とまあ、そうやって現実逃避をしてどうこうなることではない。何とかして手立てを考えなければ。
「もういっそ何人か村人襲って、伝承聞きださねえ?」
『「本当、いつもいきなり物騒なこと言うね、頼人は!!」』
と、ネロ、そしてイアは叫び声を上げる。
いや、だって……。こんなところにずっと突っ立って考えてる訳にもいかないだろう。当てもなく村をウロウロしていても仕方がないし。俺らが見つかるのが早いか、遅いかの違いしかない。
「ふう……、君は何を言っている?」
「ほら、リーンハルトも呆れてるじゃないか。村に入って早々ヴァリエールと揉め事を起こすのはマズイってば。リーンハルト、君からも何か言ってやっておくれよ」
「何人も襲ってどうするのだ。やるなら確実に知っている人物だけを仕留めるべきだろう、違うかね?」
「こっちもこっちで物騒だった!? やめなよ二人とも!!」
『私、何だか頼人が二人いるように見えてきたんだけど……』
「ああ!? ふざけんな、コイツと一緒にすんなよ!!」
そんなの死んでも嫌だね。
それならまだ、時折家に現れる黒い甲冑を着こんだ昆虫と一緒にされた方が――いや、それよりはマシか……。
「……イア嬢と何やら失敬な会話をしているようだが、それはまあ良い。そんなことよりもう少し声のボリュームを落としたまえ。私たちは既に潜入しているのだよ? ヴァリエールの民に見つけてほしい訳ではあるまい?」
「チッ、悪かったよ……」
「よろしい、ならば話の続きだ。私としてはさっきも言ったように現在この村に顕現している禍渦が依り代にした伝承を知っている人物を確保すべきだと思うのだが」
「そりゃ、それで済むならそれが一番良いさ。けど、どうやってそいつを探す気だ? いくら小さいっつっても結構な人数がいるだろうし」
日本の小さな村でも約二百人の人間が暮らしているのだ。ならば、ここにもそれなりの魔物が住みついていると考えるべき。
その中から伝承に詳しい者を探すということは、砂漠に落ちた米粒を探すくらい――とまでは言わなくとも、百円玉に混じった五十円玉を探すくらいの面倒さは有している。
「逆に考えたまえ。人数が少ないからこそ、それを知っている人物も限られてくると。それにこういった小さな村では大抵情報というものは一つ所に集約される。村を統括する者の所に、だ」
「つーことは何か? 村長狙い?」
「然り。それがこの土地に疎い我々がとれる尤も現実的な手段だと思うが? それに、これならば犠牲は二人で済む」
確かにな。それに上手いことやれば一人で済むかもしれないし。
「二人? 一人の間違いじゃないの?」
「何言ってんだ? 俺たちは村長の家の場所すら知らねえんだぞ? それを聞きだすのに一人尊い犠牲がいるだろうが」
「……うわぁ」
何やらネロが引いているが実際必要なことなのだから仕方がない。ここでモタモタしていれば異常禍渦を逃してしまうことだってあり得る。今回の依頼は異常禍渦と接触することが前提条件としてあるのだから、多少の無茶には目を瞑ってくれるだろう。
だから、この作戦に不服はないし、迅速に実行に移さなければとも思っているのだが。俺にはリーンハルトと行動する上で一つ気にかかっていることがあった。
それはコイツの吐く嘘のこと――、ではなくコイツの『本業』のこと。
「リーンハルト、今回アンタ、『本業』の方はどうするつもりなんだ?」
リーンハルトの『本業』。
それはつまり禍渦の汚染波を受け、精神に異常をきたした人間、魔物を処分すること。
元からここに巣食っている禍渦と接近してきている異常禍渦。現状ここは格好の汚染区域であるということを考慮すると、未だ汚染者がゼロというのは考え難い。故にここでも依頼の合間に、彼の言うギロチンで汚染者の首を刎ねる必要がある筈だろう。
「……それについては未定だ。実際に自分の目で対象を見なければ何処まで汚染されているかはわからんからな。ただ処分対象者は精神汚染率七十パーセント以上、……この状況ならばまず間違いなく対象となる者はいるだろう」
どうやらリーンハルトも二つの禍渦が合流しつつあることを気にしているようだ。顎に手をあて何やら思案している。
「仕方がない。もし対象を見つければ私はそちらを優先して処理するが、君は禍渦の位置特定を優先してくれ」
その言葉を聞いて不安が心を過る。
ただの人間ならまだしも相手は魔物なのだ。いくら同調し、強化されているといっても複数の汚染者と対峙して、そう簡単に事を済ませられるのだろうか?
『……だ、そうだけど頼人、どうする?』
いつものように、そう問いかけるイア。
どうするって言われてもなあ。これだけ自信満々に言うのだ、汚染された魔物相手にも上手く立ちまわれるのだろうとは思うが……。
「……本当に良いのか?」
最終的に俺は自分の、忌むべき力に頼ることにした。絶対とは言えないまでも、俺のアンテナに嘘として引っ掛からなければ大方安心して良い筈だからだ。
「任せて良いんだな? 狂った魔物の相手をアンタ一人に任せて。言い切るからには俺は何一つ手助けなんかしねえぞ?」
「…………フッ」
しかし、リーンハルトは俺のそんな心配を鼻で笑い飛ばす。まるで、無用な心配だと言うように。
「意外だな。君はもっと非情な人間かと思っていたのだが、ここまで仲間思いな一面があるとは。いやはや話に聞くだけでは人は理解できんものだ」
「……勘違いすんな。俺が心配してんのはアンタの命じゃねえ。アンタが死ぬことでアンタの嘘が永遠に謎に包まれちまうんじゃねえかってことだけだ」
「む、私の嘘? 何のことかね?」
「とぼけんな、リーンハルト。アンタはイェジバで俺に嘘を吐いた。望んで人殺しをしている? ふざけろ、馬鹿が」
「……そうか。天原くんは嘘を見抜く……、神が言っていたことは真だったのか。私はてっきりあの男の与太話だと思っていたよ」
あのヤロー、人の秘密をベラベラと喋りやがって……。
だが、それはもう良い。後回しで良いかとも思っていたがこの際だ。この場であの嘘の真意を問い詰め、そして解き明かしてやる。
「リーンハルト、オマエの嘘は何のためのものだ? 自分を守るためでもない、寧ろ自分を傷つける、誰の得にもならない嘘をどうして吐き続ける?」
「……それは――」
「きゃあああああああああああああああッ!!」
「「ッ!?」」
そうして僅かな逡巡の後、口を開いたリーンハルトを遮ったのは、誰かの悲鳴。ここからそう遠くない地点から上げられたその声は、結界に閉ざされたジェヴォルダンの闇を切り裂き、不特定の人間へと助けを求める。
「『頼人ッ!!』」
ほぼ同時にイアとネロが俺の名を呼び、次の指示を迫る。
どうすれば良い? とその身を委ねる。
だから、ちょっとは自分で考えることをしろよ、オマエら。
そんなことはあの声を聞いた瞬間に決まってるだろうに。
「リーンハルトのオッサン、話は後だ!! 行くぞ、イア、ネロ!!」
『うん!!』
「わかった!!」
「……よかろう」
各々からの返事を得、俺は悲鳴がした方へと疾駆する。そして並走するリーンハルトに問いかけた。
「……どっちだと思う?」
「ふむ、直接影響を与える段階に至っている禍渦の反応をメフィストやイア嬢が見逃すとも思えん。故に私は汚染者だと断ずるが?」
「俺も同意見だ。つー訳でもう一度だけ確認しとくけど本当にアンタ一人に任せて良いんだな?」
「くどい。私は任せろと言ったろう。そこに嘘は在ったかね?」
「……わかったよ」
そこまで言い切るなら最早何も言わん。精々、死なねえようにふんばれや。
俺は大きく息吐くと更にスピードを上げて、現場へと急ぐ。
轟、轟、と。
絶え間なく耳元で唸る風はまるでしつこく纏わりつく怨嗟の声。そしてそれはこの村に漂う不吉なモノを象徴しているかのようだった。
もういくつ寝るとお正月……。昔には徹夜という習慣はなかったのか……。あ、どうも久安です。
どうしてもよっくん視点ではメフィストを絡ませづらい……、というわけで次話はリーンハルト視点を多目にしてみようと思いますが……。どうなることやら。
さて、今年も今日を入れてあと二日です。『夢現リプレイス』は確か三月ごろに投稿したのですが……、月日が過ぎるのは早いものですね。どうにかこうにかいまも投稿させて頂いていることが奇跡の様。
次回の投稿は年明けになりますので、一先ず今年『鷽から出たマコトの世界』をご覧になってくださった方々に感謝と御挨拶を。
これまで見て下さりありがとうございます。
これからもよろしくお願い致します。
次回更新は1月2日 10時を予定しています。




