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鷽から出たマコトの世界  作者: 久安 元
悪因悪果ミミクリー
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罪の在り処

ひょう、アナタお友達はいないの?」

「い、いきなり酷いこと言うね、お姉ちゃん……」

 病室に遊びに来ていた私の妹、縹が引き攣った声を上げる。何も割れる音が聞こえなかったということは今日持って来たという花瓶は無事のようだ。

「だって、アナタ。大体毎日ここに来ているじゃない。中学生っていったらもっとこう……色々あるんじゃないの? お友達と買い物に行ったりとか」

 実際に体験したことがないし、見たこともないから本当のところはわからないけれど。そういうものだとこの病院に勤務している看護士さんから聞いたことがあるわ。

「ああ、そうだねえ。アタシもそれは気になってたんだよ。実際どうなんだい、縹ちゃん?」

名波ななみさんまで……」

 名波、というのは私が暮らしているこの病院における満月の名前。いま、この場では彼女は私の身の回りの世話をしている看護士という『設定』だ。

 実際に彼女の姿を見たことは当然ないけれど、満月のことだからきっと際どいナース服を着用していることだろう。

「ちゃんと私にも友達はいるもん。最近は確かにあんまり一緒に出かけてないけど……。前はよく遊んでたんだよ?」

「そうね、私が悪かったわ」

「わかってくれたの? 今日はやけに信じるのが早いね」

「縹がそう言うならそうなんでしょう。心の中といえども、お友達はお友達よ。大丈夫、リアルなお友達じゃなくても私は心配してないから」

「ちょっと!! 勝手に私の友達を幻にしないでよ!!」

「いいえ、良いのよ縹。――あ、いつも妹がお世話になっています。私、姉の深緋と申します。これからも仲良くしてやってくださいね?」

「誰!? 誰に挨拶してるの、お姉ちゃん!?」

「いやねえ、アナタのお友達に決まってるじゃない」

「知らない、私知らないよ!? 助けて名波さん、お姉ちゃんが幻覚を見だしたよう!!」

「あっはっは、アンタたちは本当に仲が良いねえ。見てるこっちも楽しくなってきちゃうよ」

 これ以上からかうと本気で泣くか、怒るか、するだろうからそろそろ止めておくとしましょうか……。それにまだちゃんと答えを聞いてないしね。

「それで縹? どうして最近はお友達と一緒にお出かけしないのかしら?」

「…………」

「縹?」

「…………秘密、じゃダメ?」

「じゃあ、それを秘密にする代わりに昔の秘密を解き明かしましょう。幼稚園のとき、縹は――」

「わ、わーッ!! わーッ!! わーッ!!」

「うおわッ!? あの大人しい縹ちゃんがこんな大きな叫び声を!? 深緋、その話もっと詳しく!!」

「……ということらしいけれど、どうする縹?」

「うう……、わかったよう。話す、話すよう……」

 口調から察するに不承不承ながらも、縹は話すことを決心したようだ。隣で名波……、もとい満月が声を殺して笑っているのが聞こえる。

 まったく、アナタも趣味が悪いわ。人があたふたするのを見て楽しむなんて。まあ、私も人のことをとやかく言える趣味嗜好をもっている訳じゃあないから何も言わないけれどね。

「私が……、ここに来るのはね……? それは……ね?」

「ええ」

 ……答えを聞くのが心配だわ。もしかしたら苛められているのかも。縹は優しくて押しに弱い子だから、何か無茶なことでもさせられているのかしら……。

 でも安心なさい。原因さえ分かればこのお姉ちゃんが何とかして――。

「いまはお姉ちゃんの傍にいたいからだよ」

「…………ええ?」

「だからッ!! 私がお姉ちゃんとッ!! 一緒にッ!!」

「ま、待ちなさい。繰り返さなくてもちゃんと聞こえたから……」

 そんな恥ずかしいこと大声で言わないで頂戴!! というか……。

「ど、どどど、どうしてそんなに私と一緒にい、いいい、いたいのかしら?」

「ブフゥ!!」

 満月が噴き出したようだが、そんなことに構っていられない。

私の心はいま動揺で激しく揺れているのよ。終盤のジェンガタワーの如く。あと一本変なところを抜けば一気に瓦解してしまうわ。

「だって……、やっとこうして笑って話せるようになったんだもん。これまで話せなかったぶん……、いっぱいお話ししたいよ」

 ああ、そういうこと。

 縹、アナタはまだそんなことを引き摺っているのね。

 囚人が脚に付ける鉄丸のようにズルズルと。

 私が目と脚を失うことになった交通事故。その場に居合わせた縹はそれを自分のせいだと長年思いこんでいた。そして私自身も彼女のせいにすることで自分の罪から逃げ続けてきた。

 その溝は一生埋まらないものだと思っていたのだけれど、いま私の隣で爆笑している満月と出会ったおかげで、そして言いたくはないけれどここに顕れた禍渦のおかげで、何とかその関係を修復することができたのだ。

 正確に言えば未然に不幸を防げなかった神様にその罪を擦りつけることで、互いの罪をなかったことにした。

 だからもう、この子はそんなこと気にしていないと思っていたのだけれど、どうやらそれは私の思い違いだったようだ。

「馬鹿ね、縹は」

 いいえ、馬鹿なのは私か。

 この子がそういう優しい子だってことは知っていたのにね。

「大丈夫よ、そんなに焦らなくても心配しなくても大丈夫」

 何処にいるのか正確な位置が分からないので頭を撫でられないぶん、出来るだけ優しい声で話しかける。

「私は縹を置いて何処にも行かないし、アナタが願えばいつでも会える。勿論、縹が私に会いに来てくれるのはとても嬉しいわ。正月とクリスマスと誕生日とこの世全ての祝日が押し掛けてくるよりも、ずぅっと」

 父さんと母さんが来たらそれも台無しだけれどね。そんな不必要な一言をグッと飲み込み、私は更に続ける。

「でもね、私は縹を縛りつけたくないの。心配なのよ、私に構い過ぎているせいでアナタがもし学校で孤立してしまったらと思うと。そうなれば私はとても悲しいわ。

だから、縹。アナタは私よりもお友達を優先なさい。お友達と一緒に買い物をして、映画を見て、パジャマパーティーでもなさい。私にはたまにその話を聞かせてくれるだけで、それで良いのよ」

「お姉ちゃん……、でも……」

 それじゃあきっと寂しくなるよ、と。

 私に似ず、底抜けに優しい妹はそう反論する。

 そのくせ頑固なところは私に似ているのだから困ったものだわ。仕方がないから卑怯で頑固な姉は汚い手を使うしかないじゃない。

「ああ、縹にしてほしいこと、さっき言った以外にまだ一つあったわね」

「本当!? 何でも言って!!」

「ここに――」

 縹の声がした方を向き、慣れない笑顔を作る。

「縹のお友達を連れて来て頂戴。大事な妹のお友達に会ってみたいの」

 そう私が口にして、一拍。

 そんな僅かな時間ではあったが、一拍分の沈黙を破り縹は困ったような笑い声を出す。

「……もう、お姉ちゃんは」

「ふふ、嫌いになったかしら?」

「……なる訳ないでしょ」

 愛しの妹の顔は、いまは目にすることが出来ないけれど。

 もしこの子がいま笑顔を浮かべているのなら、その笑顔が少しでも晴れやかなものになってくれていると、私はとても嬉しく思うわ。



 そうしてどうにか縹を納得させた私は、家路につく彼女を病院の玄関口まで満月に送らせることにした。いつもはそんなことをしていないのだが、今日に限ってそんなことをした理由は二つ。

 笑いを堪える満月が鬱陶しかったということと。

 どうやら私に来客があるらしいからだ。

「それで? 今回強制的に居残り組にさせられた私に何か御用かしら、デバ神様?」

「おやおや、気づかれてましたか。これは失敗失敗、ですねー」

 ガラリと、窓を開く音と共に一陣の風が病室に舞い込む。再び窓が閉められる頃には私以外にもう一人、部屋の中に人の気配が感じられるようになった。

 敢えて口に出してツッこもうとは最早思わないけれど、ここ五階なのよね。敢えて口には出さないけれど。

「あっはっはー、深緋ちゃんが暇を持て余していると思ったので話相手にでもなろうと思ってきたんですがねー? どうやら要らぬ世話だったようですねー」

「……誰の所為で暇になったと思っているのよ」

「ワタシですが?」

 何を今更、というような口調で神様は言う。

 ええと、何か近くに投げるものは……、残念、ないみたい。

「…………はぁ、もう良いわ。参加させられなかった真意はもう聞いたから」

「おや? どちら様から?」

「頼人さんよ。さっきメールが来たの」

「あっはっはー、彼ですか。意外と面倒見が良いんですかねー? そんなタイプには見えませんでしたが。というかアレ? これじゃあワタシが来た意味無くないですか? フォロー入れるつもりで来たんですが……」

「あらあら、それは残念だったわね」

「いえいえ、そうでもありませんよ。深緋ちゃんの新しいアキレス腱を発見しましたから」

「アキレス腱? 何のことかしら?」

 腱云々の前に、既に私の脚は動かないのだけれど?

「妹さん。縹さんというんですか、可愛いですねー。お姉さんに似ず素直だ。ここから家までは結構距離があるんでしょう? 今後何事もなければ良いんですが」

 神様が口にしたその言葉で。

 部屋の温度が一気に冷え。

 そして私の心は沸騰する。

「――すわ」

「はい?」

「もし、あの子に何かすれば何処までもアナタを追い詰めて、私が思いつく一番惨たらしい方法でアナタを殺すわ」

 いまの私が籠められる最大限の殺気をふざけたことを抜かす男に向かって放つ。

 ああ、もう。もし同調していたなら、瞬間にその首を捥いでやったのに。口惜しいったらありゃしない。

「おお、怖い怖い。あっはっはー、安心してくださいよ。深緋ちゃんがちゃんと仕事をしてくれさえすれば、きっと何も起きませんから。それに――」

 さっきまでの強気な口調から一転、何処か切なそうな、泣きそうな声で続ける。

「ワタシにも君たち同様、何が何でも手に入れたいモノがあるのです。だから殺されるのは困りますよ」

「……手に入れたいモノ?」

「ええ。何を犠牲にしても、ね」

 それが何かを尋ねる前に神様は再び窓を開け放ち、まるで忘れるなと言わんばかりに言い捨てる。

「それでは御機嫌よう、深緋ちゃん。ワタシに罪を擦りつけるのは結構ですが――、キミの罪はそれだけじゃあないでしょう? 気をつけないといけませんよ? キミが罪を忘れても罪はキミを赦した訳じゃあないんですから」

「そんなこと――」

 しかし、言葉を返すより先に神様の気配は消え、再び病室には私だけが残された。聞こえるのは興奮して乱れた自分の呼吸と、風が窓を叩く音だけ。

 そんなこと。

 そんなことわかっている。

 発端となった不幸が神様の不手際に依るもので、それが本当に神様の罪だったとしても。

 その後、全てを縹に擦りつけ、あの子を苦しめた私の罪は、私だけのもの。私だけが背負うべき罪。

 だからその悪行は、きっといつか還ってくるだろう。

 自業自得。

 天罰覿面。

 悪因悪果。

 悪い行いをすれば、巡り巡って悪い結果が生じる。それ自体に文句はないし、私自身に還って来るなら受け入れよう。

 でも、どうか。

 どうか縹がその悪果に巻き込まれませんように。

 一人残された少し肌寒いこの病室で、微かに震える身体を抱えながら。

 私はそう願うことしかできなかった。


 今日を入れて今年もあと五日です。紅白より猫物語(黒)の方が楽しみな私はダメでしょうか? どうも、久安です。


 予告通り今回は深緋ちゃんパート。『金色猿』が未読でも四谷姉妹の関係がさらっと理解できれば、と思っております。思って……おります。人間離れした彼女たちの人間臭さを出したいと思い、急遽捻じ込みました。やっぱり、そう簡単に割り切れないものってあると思います。


 次回はジェヴォルダンに戻ります。いつの間にやら、もう八話目。ポツポツ話を加速させていく予定です。

 というわけで次回更新予定は12月30日 10時です。

 

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