神奴
――悪漢、道化、梟雄どもよ。
鏡、水面、硝子に心。
そのどれもに映る己の姿を顧みよ。
母より生まれ落ちたその瞬間から。
巨魁と成り堕ちたこの瞬間に至るまで。
山と成るまで積み上げた己が罪。
驕り、妬み。
憎み、怠り。
脆さ、欲。
そして惑い。
嗚呼、嗚呼、故に我が同胞どもよ。
目玉、脳漿、臓腑に心。
そのどれもに刻まれた己の罪を返り見よ。
この身より産まれ落ちた影どもが。
罪に膿まれ堕ちたその身を喰らうまで。
山と成るまで積み上げた汝らが屍。
喜び、楽しみ。
歓び、愉しみ。
慶び、娯しみ。
そして悦び。
その上で我は一人、高らかに嗤う。
今宵で影は三人目。
逃げるが良い。
逃げるが良い。
それでこそ汝らは罪を自覚する。
ジェヴォルダン周辺を見た感想としては「陰気」。その一言に尽きる。俺の隣にいる仮面の男も陰気さでは負けていないが、それとはまた別格。
日も暮れ、色とりどりの輝きを放つ螢火が、――ヴィンシブルよりは数が少ないにしても、くすんで見えるのは決して気のせいではないだろう。
遠くから目を凝らして見ると分かる。
村を覆うように展開された三角錐状の薄い銀色の膜。恐らくはあれが神様の話していたヴァリエールという魔物の『禁世端境』による結界なのだろうが、その銀膜は螢火の光を歪ませ、濁らせ、村の中へとその光を入れないようにしているようなのだ。
内だけでなく、外にまで干渉する結界。そう言えばヴァリエールという魔物のスキルがどれほどレベルの高いものか理解できることだろう。
んで。
その結界を目の当たりにして俺が何をしているかというと。
『…………左にもう五度』
「あいよ」
長距離からの狙撃である。
この手に握りしめているのはバレットM82A1。軽車両程度なら簡単に貫通する威力を有する大型セミオート式狙撃銃だ。
ちなみにネロは初めて見る裏世界の光景に圧倒され、さっきから落ち着きがない。やけにそわそわし、宙に浮く螢火に向かって何度も飛びかかっている。
狼としてそれはどうなのかという疑問が心の内に浮かんだが、疑問のままにしておくことにした。その方が良いこともある。
『……そのまま固定。……良いよ』
「…………」
イアのゴーサインを受け、沈黙を守ったまま引き金を引く。すると、それと同時に放たれた一発の弾丸が静寂に包まれていた夜の闇を切り裂いていく。
俺自身も凄まじい発砲音と、発砲煙に襲われるが決してスコープから目は逸らさない。 ここで逸らしてはわざわざバレットを具現化した甲斐がない。
放たれた弾丸は、ほぼ一直線に結界へと向かい。
そして着弾する直前に掻き消された。
「ふん……、やっぱりダメか。これで四面全部試したけど、触れるだけでもアウトだってことがわかったな。あの分じゃあ直に触れば俺でも危なそうだ」
『だね』
伏せていた身体を起こし、手の中の狙撃銃を消失させる。神様にはヴァリエールのヤツらに干渉するなと言われたが、最悪戦闘になったときのことを考えると相手の情報は塵一つ分でも欲しい。
そして幸いにも相手は自分の手札をこちらに見せつけてくれているのだから、余裕のあるうちに色々試しておくべきだろう。
「これは約束破り……ではないかね?」
御社では殆ど口を開かなかったリーンハルトはそう問いかける。神様がいないときは饒舌になるのか、昨日のような寡黙さはない。こうして声をかけてくることもしばしば。無論、俺としては嬉しくないのだが。
「冗談だろ? 俺が神様と約束したのは『ジェヴォルダンの禍渦を壊さないこと』、それだけだ。ヴァリエールに干渉しないとは言ってねえよ」
「ほう、そうかね。だがいきなりこれはマズかったのではないか? これから潜入しようという村に対して発砲するなど狂気の沙汰とは思えん」
「ふん、どうせ連中は引き籠ってて外のことなんかに興味はねえんだから大丈夫だろ。それに二キロも離れてんだぞ? 攻撃されたのがバレたところで、俺らだってことはわかんねえさ」
魔物のスキルは一種族につき一つだけ。
故にヴァリエールという魔物が『禁世端境』を持つのであればこちらの位置を察知するような技は使えない筈だ。
「それにそんなこと心配するくらいだったら俺はアンタの心配をするね」
「私の?」
「見たろ? コンクリの壁を易々貫く50BMG弾が弾かれたんだ、真っ当な方法じゃああれは壊せねえ。神様はアンタに任せると言ったけど――どうするつもりだ?」
以前イェジバで見たときはリーンハルトの能力にアタリをつけることはできなかった。目で捉えられない程の速度で移動したのか、それとも俺の意識を瞬間的、強制的に逸らした後に移動したのかは定かではないが、いずれにしてもあの結界を超える力はないように思える。
「ふむ……。言葉で説明するより実際に体験した方が早かろう。どれ……」
そっと俺の肩に触れようとするリーンハルト。
そしてさっと身をかわす俺。
「……(サッ)」
「……(フッ)」
「「………………」」
まるでレスリングに興じているかのように、互いに牽制し合う俺とリーンハルト。断っておくが俺たちは死ぬほど真面目だ。
さっさと事を終えたいリーンハルトと。
絶対に触らせたくない俺。
互いの利害は完全に不一致している。
『あの……頼人……? 話が進まないからここは妥協して、ね?』
「うるせー。何が悲しくて得体の知れん嘘を吐くオッサンに身体を委ねにゃならねえんだ。気持ち悪くて仕方がねえよ」
「ううむ、そうか。だが――」
リーンハルトは拒絶の意を示す俺を視界から外し、顎に手を当てボソリと呟く。
「こちらは仕方がないとは引き下がれんな」
「ッ!?」
「うわっ!?」
イェジバの時と同じく、いつの間にやら背後を取られている。一瞬たりとて目を離した覚えはない。それでもリーンハルトは暴れ回っていたネロを片方の手で抱え、もう片方の手で俺の肩に手を置き、背後に立っているのだ。
「えっ、何? 僕何かしたかい?」
「怯える必要はない、ネロとやら。さて、何処を目指したものか……。取り敢えずもう少しジェヴォルダン村に近づくとするかね?」
「……勝手にしろ」
「承知した。では――」
行こう、とリーンハルトが言い終わる前に俺と彼は正確に目的地へと到着しており、いまやジェヴォルダンを見下ろせる小高い丘に二人と一匹は佇んでいる。
だが、俺の身に起こったことをどう表現すれば良いのだろうか。
目的地に身体が引っ張られた?
――いや、違うな。
思いついた考えを即座に否定する。
仮にそうであるならば、リーンハルトの力が何であれ、俺は自分の身体に働いた力の存在を感じ取れたはずだ。しかし、その残滓すら感じられない。
一体どんな手品だ?
そう問いかける前にリーンハルトは自ら手の内を晒す。
何ということもないように。
下らないタネを明かす手品師のように。
「空間を跳躍した感想はどうかね? 案外呆気ないものだろう?」
「……空間を跳んだ、だと?」
待て、そういえばさっきの感覚。多少違いはあったがあれはいつもこの身で体験しているものだ。
あれは――。
『…………門?』
イアが俺の中でそう呟く。
そうだ。門をくぐり、遠く離れた場所に移動したときと似た感覚。こうして口に出し、自覚してしまえば尚のこと確信が持てる。
そして、イアの感性は的を射ていたようだ。
「ほう……、御明察。君の言った通り私の、いやメフィストの力は簡易的な門を造り出すこと。尤も門といっても御社にあるのとは少し趣が異なるが」
リーンハルトが言うには造り出しているモノの形状は御社にある扉のようなものではなく、不可視の四角い箱のようなものなのだそうだ。そして、リーンハルトの視界の範囲内という限定的な空間であれば、その箱で覆ったものは何処にでも移動させることができるらしい。
いま行った空間跳躍で説明するならば、まずリーンハルトは自身と俺、ネロを覆うように箱を造り出した。そして視界内にあったこの丘を移動先に選んだ後、そこに新たに出口となる門を設置する。
これで準備は完了。あとはその二つを繋げば、互いの行き来が可能になる、という訳だ。
「成程な……。これならあの結界に触れることなく村に侵入できるってことか……。神様がオマエに任せるって言ったのにも合点がいったぜ」
「まあ、使い方はそれだけではないがね。移動の手段というだけではなく、これは武器でもある」
「……武器だと?」
「ああ、そうだ。禍渦に精神を汚染された人間の首を刎ねる私の愛すべきギロチン。頭部だけに箱を形成して簡易門をくぐらせれば、何の苦労もなく人を殺せる。はは――、まったくもって便利なものだよ」
そう言ってリーンハルトは口の端を歪めて嗤う。
嘲笑うように。
自嘲するように。
ああ、クソ。またこれだ。
またこの道化は訳のわからない嘘を吐く。
そんな嘘で自分を騙して一体誰が救われるというんだ? 良い機会だ、いまこそその真相を暴いてや――。
「ね、ねえ、もう一回!! いまのもう一回お願いできないかな!?」
と。
リーンハルトを問い詰める前に俺の肩によじ登り、目をキラッキラさせた獣が彼にそうおねだりしていた。
「おひゅっ!? ひゃにひゅるのひゃ、ひょりほ!?」
いや、何するのさってお仕置き。シリアスブッ壊し罪につき頬引きのばしの刑に処す。執行猶予なんぞ与えん。
「むう……、ネロは何がそんなに気に入ったのだ?」
「はぁ……、コイツは初めてのことには大体興味津々なんだよ。困ったことにな」
「ではリクエストにお応えするとしようか」
「はっ、サービス精神が旺盛なことで」
「いや、それもあるが何より夜が明ける前に事を終えた方が良い。いくら簡単に侵入できるといっても姿を消せる訳ではない。闇に紛れられる間に村の中で身を隠せるところを探すべきだ。異存はあるかね?」
「………………ねえよ」
神様からの依頼の遂行を第一に考えるならばそれがベストだろう。そしてコイツは立場上そうしなければならないし、俺としても狂った禍渦を見逃すわけにはいかないので、ここは首を縦に振るしかない。
ネロを肩に乗せ、今度は俺がリーンハルトの傍へと赴く。
「行こうじゃねえか、俺らの戦場に。なあ、シリアルキラーさんよ?」
仮面で表情を隠し、嘘でその心を覆い隠した神の奴隷は無言で首肯し、再び能力を使い、自身を、俺を、ネロを。
戦場と化すであろうジェヴォルダン村へと転送する。
他者が足を踏み入れることを禁じた、不断の結界を超えて。
二日酔い……だと……? どうも久安です。
今回はリーンハルト&メフィスト組の能力紹介回。ただ能力の全てを教えた訳ではなくまだ隠してます。大人って汚い。
まあ、隠しているといっても、それは補助的なものなので大した影響はありませんが。それにこのコンビは仲悪いので同位にも至れてませんしね。
次回は『ミミクリー』の大筋から退場した深緋ちゃんと神様の問答です。よっくんとリーンハルトは一旦お休み。
ということで次回更新は12月27日 10時を予定しています。何としても間に合わせてみせます……。




