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鷽から出たマコトの世界  作者: 久安 元
悪因悪果ミミクリー
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心の融解

 撃ち合うこと数十合。未だに私は勝負を決め切れないでいた。時間にしてみれば僅か数十秒だが、敢えて未だと言わせてもらおう。

『どういうことだろうね? どれもこれも二発目は通用しないっていうのは。全力でぶん殴っても怯みさえしないってことはどう考えても魔物のスキルが関係してるんだろうけど』

 確かにそう。満月の言う通りだ。同調した私の全力は一軒家程度なら跡形もなく吹き飛ばせる威力を持つ。あのワンちゃんがどれだけ固かろうが、全くダメージを受けないことなんてありえない。

 というか、一発目はちゃんとそれなりに苦しそうだったのだけれど。二発目以降身構えすらしないのはおかし過ぎるのではないかしら。

「これまでを見る限り、私の攻撃全てが一度に無力化されたって感じじゃあないのよね。現に蹴りの後の頭突きは効いたもの」

『つまり一度受けた攻撃は効かなくなるってことかい? あっはっは、そりゃいくら何でも強――』

「ええ、いくら何でも単純過ぎる」

『え? アタシは強すぎるって言おうとしたんだけど?』

「あら、そう? だとしたら見解の相違ね。私みたいに再生する訳じゃあないんだから一度目に深手を与えればその攻撃を二度食らわなかろうが意味無いじゃない。例えば……、そうね。私にでもできる方法なら両方の目玉を同時に潰すとか、舌を引っこ抜くとか」

『相変わらず発想が猟奇的だねえ……。でも結局やらないんだろ?』

「やらないわ。そんなことしたらきっと彼、怒るもの」

 チラリと。

 私とワンちゃんの戦闘を神様と並んで見ている頼人さんの姿を盗み見、相変わらず何処かやる気のない、ドブ川の腐ったような虚ろな目をしていることを確認した。

 彼に分断されたときの、もう跡形もなく消え去った筈の消えない傷を指でなぞる。

 あのときの彼の目は違った。

 何一つ熱を感じさせない冷たさで。

 何一つ雑念を感じさせない冷徹さで。

 目の前にいる生意気な目をしたこのコも勿論イイのだけれど、あのときの彼は別格。いま思い出してもゾクゾクする。

 叫びたいほど怖く。

 避けがたいほど蠱惑的。

「はぁ……」

『深緋?』

 思わず口から熱いため息が零れる。

 あのときの彼がいまの頼人さんと同じなのかどうかは分からないけれど。

 限りなく小さな可能性ではあるけれど。

 彼に嫌われるようなマネをしたくはない。

 満月と同調して限りなく死から遠ざかった私に、人形からからくり人形へランクアップした私に、死という熱を吹き込み人間にしてくれた人。

 より一層生きている実感をくれた人。

 そんな彼に嫌われるのだけは御免だわ。

「フッ!! ――あ」

 戦いの最中にそんな余計なことを考えていた罰だろうか。ワンちゃんを狙った一撃は踏み込みが足りず、全力からやや下に位置する威力しか有していない。

 ああ、これじゃあダメだな、と。

 今度は右腕を喰われるのか、と。

 そう覚悟したのだが――。

「ッ――」

 ワンちゃんは私の拳をその身体で受け止めることなく、寸でのところで身体を反転、攻撃が届く距離から一気に離脱していた。

 はて、二度目は効かないんじゃなかったかしら? わざわざ避けた、ということは避けなければならなかったということ。そうしなければダメージを負っていたということだ。

「ふんふん、もしかしたらそういうことなのかもしれないわ」

『何だい? 何か思いついたのかい、深緋?』

「ええ、まあ」

 合っているという保証は何処にもないけれど。

 試してみる価値はあるかもね。

「ただ、『このまま』じゃ私の拳も脚もワンちゃんには届かない」

 いまかわされたのが良い証拠。

 もしダメージが通ると察したら、あのコは今後一切危険な踏み込みはしてこないだろう。

 だから、あのコが回避に徹したとしても攻撃を当てられる手段が必要だ。

「満月」

 ふう、と息を吐き、目を閉じ、構えを解いて、私はパートナーの名を呼ぶ。

 それだけで十分。ただそれだけで、私が何をしようとしているのかは彼女に届く。

 閉じた瞼をゆっくりと開き、

 赤に染まる双眸で敵を見据え、

 私たちは引き金になる言葉を口にする。

「『同位アフィニティ』」

 その瞬間に一つの身体に宿った二つの心が、更に溶け合っていく。

 魔女が釜を掻き混ぜるように。

 ぐるぐる。

 狂狂ぐるぐると。



 僕の目の前で何かが起こっている。

 曖昧な表現で申し訳ないとは思うのだけれど、そうとしか表現できないのだから仕方がない。

 ただ、これが何かは分からないけど、僕はこれを知っている。

 つい最近、これと同じ現象を見たことがある。

 そう。それは豊泉高校で彼らと戦ったときのことだ。

 頼人とイア。あの二人は代わる代わる身体を使い、僕と真正面から戦った。そのときと同じ雰囲気を眼前の金髪の少女からも感じる。いや、いまは少女ではなく、女性といった方が正確か。

 姿は頼人とイアのように劇的に変化したということはないが、いま僕の前に立つ彼女はさっきまで僕が戦っていた人間ではなさそうだ。

 背丈が一回り以上大きくなり、顔つきがやや野性的かつ妖艶に、身体つきがより女性らしく。

「っはー、やっぱりシャバの空気は良いねえ!! ずっと中にいると肩が凝って仕方ないったら!!」

 ……あと口調が汚くなった。

「それで君はどうするつもりなんだい? ただ代わったってだけじゃあないんだろう?」

「さぁね。深緋は詳しいことなぁんにも教えちゃくれなかったからアタシだってあの子が何を狙ってるのかは知らないよ。ただアタシは――」

 にぃ、と口元を釣り上げ、凶悪な笑みを浮かべて彼女は言う。

「表にいる間はアンタを相手に暴れ続けろと言われただけさね!!」

「――ッ!?」

 馬鹿正直に真正面から僕に向かって突っ込んでくるそれは明らかにさっきまでよりも速く、そして。

「ガァッ!!」

 明らかにパワーも上がっていた。

 さっきまで僕と戦っていた少女が言葉巧みに人の心を傷つけることを好むス○夫タイプだとすれば、いまの彼女はまさにジ○イアン。圧倒的な暴力で相手を屈服させるタイプだ。余計に状況は悪くなったといえる。

 拳を入れられたアバラが悲鳴を上げ、口から血反吐が溢れる。

 アバラの一本や二本でも折れたのか、とんでもない苦痛に襲われるが、これでこの攻撃はもう通用しないし、僕に触れた彼女に適応することもできた。悶絶する程度で更に強く適応できるなら安いものだ、と二撃目を見舞おうと拳を振り上げる彼女を見ながら。

 そう思っていたときだった。

「あ、……れ………?」

 視界が揺れる。

 世界が回る。

 そんな筈はない。『適応即身』はちゃんと展開されている筈なのに。どうして二撃目でダメージを受けてしまうのか?

 そんな疑問が回る頭の中で浮かび上がるが、それも刹那の出来事。答えは初めから出ていたのだ。文字通り――僕の目の前に。

「数秒ぶりね。頼人さんのワンちゃん?」

 拳を振り抜いた体勢のままそう声をかける、深緋と呼ばれた少女。

「お、前……ッ!!」

「うん? アタシがどうかしたかい?」

「ク、ソ――ッ!!」

 マズイ。

 完全に懐に入られていることとか。

 一撃の重みが増したとかそういうことではなく。

 僕のスキルをおぼろげにではあるが見抜かれていることが何よりもマズイ。

 確かに『適応即身』は同じ攻撃に適応し無効化することができる。

 だが、その同じ攻撃というのは『同じ威力』、『同じ手段』、『同じ人物』でという条件をクリアしたものを指す。

 例えば、深緋に全力で殴られたとすると彼女の全力の拳は効かなくなるものの、全力を下回る威力であれば。

 そしてそれと全く同じ威力であっても頼人のパンチであれば、無効化することはできず、攻撃は通るということだ。しかも『適応即身』は、無効化する攻撃が最後に食らったものに自動的に書き換える為、最初に無効化した深緋の全力の拳もいまは通用することになる。

 銃とか爆弾といった破壊力が一定であるものに対しては鉄壁を誇るのだが、如何せん生身の攻撃というのは誤差が大きい。ある程度ならば誤差の範囲内のもの、つまり『同じ威力』として判定されるが、ここまで威力に波をつけられては、ましてやこう入れ替わられては『適応即身』も役立たずだ。

 ――防御という面では、ね。

 再び深緋と入れ替わった女性が蹴りを撃ち込んでくるその一瞬に、僕も自慢の爪で以て彼女を突き殺そうと右の前脚を伸ばす。

「げっ……」

「――ツゥ……ッ!!」

 交差する足と脚。

 金髪が放った蹴りは僕の左前脚を蹴り砕き。

 僕の爪は彼女の脇腹をごっそりと抉り取り。

 反射的に僕らは同時に地面を蹴って互いに距離を取った。

「あは……っは、やるじゃないか。深緋みたいに……ゲホッ、再生できる訳でもないのによくもまあ捨て身になれるもんだね」

「諦めが……悪いんだよ、僕。ダメージを受けるようになったって適応させた攻撃力が奪われた訳じゃあないんだから諦めるにはまだ早い……だろう?」

「違い……ないねえ。アタシもそうさ」

 抉られた部位を手で庇いながら、彼女はそう強がる。傷口に添えた手は瞬く間に赤く染まり、衣服を、床を滔々と濡らしてゆく。

 その光景から感じる痛烈な違和感。

 何故。

 そう、何故。

「再生しない?」

「あっ……は、バレた。――ってちょ、深緋、ケフッ、アンタそんな強引に――――――五月蠅いわ。怪我人は引っ込んでなさいな。あなたに死なれちゃ私も困るのよ」

 深緋が姿を現し、辛辣な言葉を相棒に投げかけるが、そこには悪意はない。寧ろ心配するような雰囲気すら窺える。

 ただ、重要なのはそこではなく。

 深緋が出て来た瞬間に身体の傷が跡形もなく消え失せたということだ。

「もしかして、だけどさ。君のときしか再生はできないのかい?」

「さぁね? そう思いたければそれでも私は構わないわ。ワンちゃんは自分の脚の心配でもしてなさい」

「余計なお世話さ。このくらい直ぐに治るし、何よりこの状況にはもう適応した」

「あら、そう」

 ふっと、身体を低くし次の攻撃に向け体勢を整える。

 それはこちらも同様。残る三肢で身体を支え、深緋を迎え撃とうと覚悟を決める。

 あちらが再生をし続けるなら、このまままともにやり合えばあるのは敗北だけだ。

 いま考え得る最善の行動は深緋の攻撃をかわし、続くもう一人の全力の攻撃を『受け』流し、リーンハルトとやらがここに来るまで身動き一つできないように押さえ込むこと。

 それで不本意ではあるが、引き分けには持ち込める。

 思考を終えるのとほぼ同時に、僕と深緋はお互いを目指して跳びかかった。



『ダメですよ、頼人くん? 手を出しちゃあ』

「あ? わかってるよ」

 リーンハルトが来るまでという制約をつけた以上、それまで俺は手を出せない。もしいまネロを助けに入ろうとすれば、俺は嘘吐きになってしまう。

 ただ、さっさと来るものだと思っていたリーンハルトは未だその姿を現さない。一体何処で道草をくっているのだろうか?

 そうこうしている間にもネロと深緋は互いに猛進する。

 恐らくはこれが最後の相対。

 この勝負がどう転ぼうとこれで打ち止めだ。

『あっはっはー、ネロくんが心配ですよねー? でも手は出せない。これは大変ですねー』

 けらけらと人の神経を逆撫でするような口調で神様は囁く。だが、珍しいことにその指摘は的外れ甚だしいもの。

「心配? 馬鹿か?」

『はい?』

「深緋が同位できたのには驚いたけどな、心配なんて毛ほどもしちゃいねえよ。俺がいま心配してるのは俺の出番が二話連続でないことだけだ」

 この程度でネロは死にゃしないし、深緋もまた然り。

 というか深緋がネロを殺す気がないのは見ていてわかることだし、彼女に殺意がないならこの余興で死者は出ない。とすれば俺は何を心配すれば良いというのか。

『……なぁんだ、そうですか。面白くない』

 ちぇっ、と少しも可愛くない舌打ちをすると神様は頭を掻き。そして――。

『なら、もう出て来ていいですよ。リーンハルト』

 そんなことを口にした。

 瞬間。

 丁度ネロと深緋がぶつかるであろう地点の床に設置されたゲートからズルリとリーンハルトが現れる。羽織に白袴という出で立ちから察するに同調状態のようだ。

「ちょッ!?」

「誰この仮面男!?」

 二人はリーンハルトを挟んだ状態とはいえ、もう回避不可能な位置にまで踏み込んでいた。これが最後と二人ともが理解していたからだろう、思い切り飛びこんでいったおかげでブレーキも間に合わない。

 衝突する。

 そう、確信したときだ。

「やれやれ……」

 そう嘆息するリーンハルトの位置はそのままに、まるで魔法のようにネロと深緋の位置が入れかわる。すれ違ったかのように互いに背を向け、白い壁に向かって走る。

「「は?」」

 そして同時に上がる驚愕の声は。

「「はぁぁああああああ!?」」

 徐々に大きさを増し、御社の壁にぶつかったときの衝撃音で掻き消された。

『うわ、大丈夫? あの二人……』

「だ、大丈夫だろ……多分」

『さて!!』

 俺とイアの心配を余所に神様はパンと手を叩いて何事もなかったかのように明るい調子で宣言する。

『それでは役者も揃いましたし、始めましょうか。神様会議を!!』

 ……コイツいつか絶対俺らのうちの誰かに殺される気がする。ひっそりと心の中でそう呟きながら俺はイアに同調を解いてもらった。


 コンビニのおでんのセールの恩恵を受けました。どうも久安です。

 深緋ちゃんの同位初お目見え。あんまり外見的にはかわりませんのでインパクトが非常に薄いですね。まだどういうものなのか明確に口にしてないので後々に明かしてくれることでしょう。

 あ、あと『夢現リプレイス』で本人も言ってましたが現状よっくんに対してアハーンな訳じゃないです。どちらかと言うと畏怖に近い感情でしょうかね。

 こういう捕捉みたいなことは書きたくなかったんですが、深緋ちゃんに言えと脅されまして……。実力不足で紛らわしい書き方しやがって、みたいな感じで。ブルブル。


 じ、次回更新は12月17日 10時をよ、予定しています。

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