one,two,three
あの魔物から収拾した情報を全て展開し終えた直後、私の身体は凄まじい勢いで引っ張られる。情報の展開に集中していたせいで、身体の制御を疎かにしていた私は抵抗する間もなく、なされるがままに振り回されてしまう。
力の出所は言わずもがな、あのウェアウルフ。
何か精神的なショックを受けたのか、苦しむように暴れ回り、その度にコードで繋がった私は上に、下に、左に、右に、文字通り上下左右へ引き摺られてしまう。
しかし、いつまでもこうしてはいられない。ウェアウルフに接続していない残る七本のコードで何とかその一方的な力から逃れようとしたのだが――、どうやら間に合わなかったようだ。
「んっ、このォ――――ッ!?」
まず、私の目に映ったのは広大な、青い空。そして身体全体に広がるのはふわふわとした頼りない浮遊感。
自分が空高く打ち上げられたということに気づいたのはそれから三秒経ってから。いや、言いなおそう。三秒「も」経ってからだ。
それだけの時間無防備でいれば当然敵は追撃を仕掛けてくる訳で。目の前が青から黒に変わると、身体から浮遊感が消え、今度は強烈な衝撃が奔った。
「痛ぅ……!!」
完全に宙に浮いた状態ではどうすることもできず吹き飛ばされる。今度はさっきとは違い猛スピードで、かつある一点を目指し、まるで弾丸のように飛んでいく。
そのある一点とは校舎の屋上に設置されている貯水槽。固い金属で造られたそれにぶつかればいくら同調し、身体能力が上がっているといえども多少のダメージは覚悟しなければならないだろう。
(コードも間に合わない……。ダメだ、ぶつかっちゃう……!!)
背後にある貯水槽を突き破ろうとした、その瞬間。
私の意識は再び水底へと引っ張り込まれ、代わりに彼が水面へと顔を出した。
校舎中に派手な衝撃音が響き、頭には衝撃そのものが響く。
「あだだ……、頭打った……」
それに貯水槽が破壊され中の水が盛大に漏れ出した結果、屋上全体が水浸しになってしまった。俺自身もびしょ濡れ、そして大小様々な切り傷、打ち身が新たに刻まれ、見た目は相当酷いことになっているだろうし、実際結構痛い。
「ま、貯水槽を突き抜けてどっか遠くに吹き飛ばされるよりはマシか……」
それに貯水槽の中という普段見れない光景も見れたことだし良しとしよう。……いや、別に良かないか。見たいもんでもないし。
『よ、頼人!? また勝手に……、何で!?』
「あー、あー、うるせえなぁ。何でも良いだろ」
自分に怪我がないことをもっと喜べよ。人造人間とはいえ一応女の子なんだから。一応。
水の大半が抜けきった貯水槽の中で立ちあがり、ぐっと腕を上に向け伸びをする。
イアがさっき見せてくれた情報であの狼、ウェアウルフだったっけか? の境遇やらなんやらは大方把握できた。アイツの持つスキルについても打開策は思いついた。確実とはいえないが、殺す選択肢を除くのであれば方法はこれしかないだろう。
さて、と。
「ちょっくら寂しがり屋の狼さんを迎える準備をしなくっちゃな」
そう言って俺は全てのコードを四方八方に向け伸長させる。貯水槽を突き破り、俺が壊した時点では未だ原型が残っていたそれを完膚なきまでに破壊する。
俺を覆っていた貯水槽の壁を破壊したことで射しこむ光、再び広がる空。
そしてその空に浮かんでいたのは他でもないあの人狼だった。
『宙に浮かん……でる?』
イアの驚愕の声を聞きつつ、俺は目の前の魔物に話しかける。
「すげえな、そんなこともできるのか」
「……『僕』を覗いたんだから、驚くことじゃないだろう? 『適応即身』は環境にも適応する。足場がない状況なら空気を踏みつけられるように適応することくらいできるよ」
「えらく簡単に言ってくれるねえ」
「実際簡単だからね」
言ってくれるぜ。
俺がコードを使って宙に浮けるようになるまでどれだけ練習したと思っているのか。スキルがコードの代わりだといっても、必死な俺とは違い余裕なのが腹立たしい限りである。
「僕にとっては君の方がすごいよ。色んなものをポンポン出してたけど、あれは何の手品なの? それに僕の気のせいかな? 誰かと入れ替わっているように見えたのは」
よく見てやがる。おかげで思ったより早く理解してくれそうだ。
嬉しい誤算に喜びを隠せないまま、俺は自分の手札を曝け出す。
「ははっ、いいや? オマエは正しいよ。――イア、同調解除」
『…………え?』
「だから同調を解除してくれ。もう必要ない」
『な、何言ってるの!? いま同調を解くなんて自殺行為だよ!?』
俺の中で騒ぐイア。まあ、当然っちゃ当然の反応だよな。だが、恐らくはこれがヤツの『適応即身』を無効化する唯一の手段なのだ。それにここ、屋上ならば誰かに正体を暴かれる心配もない。
「いいから」
『うー……』
「イア」
『ううー……』
「頼む」
『あー、もう分かったよ!! 知らない知らない!! どうなっても知らないから!!』
半ばヤケクソになりながらも最終的にイアは俺の頼みを聞いてくれた。うむ、やはり持つべきものは信頼できるパートナーである。
そうして青い光に包まれ、俺とイアは分離する。魔物でも、人間でもない存在から、人間と人造人間へと変化する。
「これで良いんでしょ!! もう!!」
「ああ、サンキューな」
プリプリ怒るイアの頭を撫でる俺の前では一匹の狼が驚愕の表情を浮かべていた。いや、狼の表情なんて良くわかんねえけど。声から察するに驚いているんだろうさ。
「な……、何だい君たちは……?」
「何だはねえだろ。オマエを勝手に覗いたお詫びにこっちも手札を見せてるんだからよ」
そして俺は、初めて彼と、本当の意味で対峙する。
「俺は天原頼人、ご覧の通り人間だ。んでこっちは俺の相棒のイア。ちなみに人間でも魔物でもない」
「よ、よろしく?」
端的に、しかし要点を踏まえて俺は彼に説明する。
俺たちの力のこと。
禍渦のこと。
俺たちが神様に頼まれて禍渦を破壊していること等々。
一度で理解されるとも、また受け入れられるとも思っていなかったが案外あっさりと黒狼はその事実を受け入れる。しかし、そこには少々の誤解があったようでひとしきり聞き終えると憂いを帯びた声で彼はこう呟いた。
「…………だから君は人間を守ろうとしたのか。自分と同じ種族だから身捨てたくなかったのか」
「いいや、そりゃ違う」
故に俺は首を横に振る。
「んなことは関係ねえ。俺がここにいるヤツらを守ろうとしたのはここに俺が守りたい人間がいたからに過ぎねえよ。ソイツらがいなけりゃ、俺は別に皆殺しを止めやしなかったんだから」
「え……?」
「俺も人間は嫌いだよ。直ぐに汚ねえ嘘を吐くわ、下卑た趣味に走るわ、自分と違うものを徹底的に排除しようとするわで地球上で最も不必要な生き物だと思うぜ。――でもな? 汚いばっかが人間じゃねえのさ」
この魔物程ではないが俺もかつては嘘がわかる人間として周りから異常者のように扱われた。
まるで化け物か何かのように、避けられ、忌みられ、生きてきた。
だから俺も最低限の人間以外に干渉しようとしなかったし、それが当たり前だと思っていた。
だが、ジジイに引き合わされた二人に出会ってその認識は少し変容することになる。そのときは俺も少し驚いたさ。まだ誰かと触れあって嬉しいなんて思えるんだと、わかったから。俺でも一人が寂しかったんだと、知ったから。
「それに俺は自分が大事だと思うものなら誰でも守るぞ? それが人間だろうが魔物だろうが、何だろうがな」
「ふえ?」
ポンポンと頭を撫でられたイアは不思議そうにこちらを見上げる。そしてそれを見て狼は苦笑した。
「……はは、おかしな人間だよ。君は」
「そりゃ、どーも」
「――それで、どうするつもりなの? 君たちが何者かも、戦っている事情もわかった。だから敢えて問うよ。そのまま僕と戦うつもりなのかい?」
非力な人間の姿で、魔物と戦って人間を守るつもりなのかと、彼は問う。
確かにそうだ。
戦って勝ち、この学校にいる人間を守ろうというのならこの姿では不可能だ。通常、人間の力では魔物に遠く及ばない。故に、勝ちを狙うのなら同調は必須事項といえる。
「ああ、このままで良い。いや、言い方を変えよう。俺とオマエの願いを叶えるためにはこのままじゃないとダメだ」
「頼人……」
「イア、オマエは動くなよ? 絶対にだ」
「…………うん」
心配そうに俺を窺うイアにそう命じ、俺は目の前の黒狼へと視線を戻す。
「さあ、どっからでもかかってこいや。受け止めてやるよ」
俺のその言葉に屋上へと降り立った彼は毛を逆立て、特大の殺気を放つ。それは怒気によるものではなく、恐らく何らかの覚悟をしたが故のもの。
金網や校舎へと通ずる扉がカタカタと揺れる。
「――そう。なら遠慮なく」
そう言って太い前脚をゆっくり振り上げ、間髪いれずに俺の身体目がけてその大きな前脚を振り下ろす。
「――ッ!!」
思わず息をのむイア。
確かにこの力で振り下ろされれば、人間の柔な身体など一瞬で肉塊に変わるだろう。跡形も残らないと断言できる。
もし、振り下ろし切ることができればの話だが。
そうこうしている間に前脚が俺の頭に当たり、そしてそのまま――俺の身体を潰すことなく、頭をふわふわした毛が包む。
「…………え?」
驚きの声を上げるのはイア一人。
俺にとってこの結果は七割方、予想出来ていたもの。
そしてこの人狼にとっては十割予測出来た結果である。どちらにも大した驚きはない。
「よく……わかったね」
「イアが頑張ってくれたからな」
「え? 私?」
「ああ、アイツのスキルを暴いてくれたろ? あれがなきゃあこの結果には辿りつけなかった」
『適応即身』は敵対する相手に、環境にその身を適応させるスキル。故に強敵に出会えばそれに適応して自身の能力も飛躍的に上昇する。
では、その逆は?
自分より恐ろしく弱い敵と相対したときはどうなるか?
答えはこの通り。それに適応して自身も著しく弱体化する、だ。地味だが一見完璧に見えるこの『適応即身』にも相手が弱ければ弱いほど自身も弱くなるという弱点が潜んでいたのである。
勿論、『適応即身』がストラの『最善選掴』のような常時展開タイプのスキルではなく、玖尾の『天狐燐火』、アヴェルチェフの『連珠封判』のように任意で発動するタイプのスキルという可能性もあったが、これまでのやりとりからその可能性は低いと判断した。というかもし、仮にそうなら一撃で殺さない限り誰にも勝ち目なんてないし。
こちらに殺す意思がない以上、こうして膠着状態に持ちこむしかない。
「だけど、あ~、しまったな。引き分けの場合どうするか決めてなかった」
「…………ああ、そうだね」
「う~ん、じゃあこういうのでどうだ? オマエはオマエを撃ったあの二人を好きにする。俺はオマエを好きにする」
「何て横暴!! 知ってるよ、こういうのを鬼畜っていうんで――アイタッ!!」
「人聞きの悪いこと言うな、イア。別に命を取ろうってんじゃねえ。しばらく俺んトコにいろってだけだ」
「……え?」
俺の言葉に目の前の狼は間の抜けた声をあげる。
「俺んトコにいて、居心地が悪いと思うんならいつでも出て行って良い。言っちまえば仮宿みてえなもんだ」
「ほ、本当に?」
「生憎と俺は嘘が嫌いでな。それよりオマエだ。この条件で引き分けっつーことにしてくれるか?」
どうしても俺はこの狼をこのまま見逃すことが出来ない。
俺のようなねじ曲がった、歪んだ人間に救いがあって、こんな真っ直ぐな、真っ正直なヤツに救いがないなんてどうかしている。
俺なんかがツレで良いのなら、いくらでも傍にいよう。それでオマエの孤独が消えるならいつまでも傍にいよう。
オマエがかつて失くした日溜まりにはなれないかもしれないけど。
寒さを凌げる布切れくらいにはなってやれるだろうからさ。
「…………うん」
しばらくして小さな蚊の鳴くような声で目の前の大きな黒狼は返事をする。
「じゃあ……、お願いしようかな。一人は――すっごく寂しいからね」
「よし!! じゃあ取り敢えずこっからずらかるか。イア同調頼む」
「はーい」
遠くでけたたましくサイレンが鳴り響いているのが聞こえる。どうやらやっとこさ警察の連中が到着しやがったみたいだ。
「ねえ、天原頼人」
同調を終えた俺にウェアウルフは話しかける。
「ん? どうした? つーか俺のことは頼人で良いぞ。イアもそう呼ぶし――むぐっ!?」
そこまで言いかけて俺は口を塞がれる。もこもこした毛が鼻をくすぐる。何のつもりかと目で問いかけると彼はすっと目を閉じ、そして――。
「ありがとう」
と。
嘘偽りない心の底からの謝辞を述べ、その大きな口でコートに噛みつく。何をされるのか予想もつかなかったが、先の言葉で害意はないことはわかっている。好きにさせておくことにした。
すると、彼は俺を自身の上方へと放り投げる。結果俺はその背へと乗っかる形になったわけなのだが。
「えーと、その何だ……、何?」
「ここから逃げるんだよね? ならこの方が早いよ、頼人」
「ちょ、おい――うわッ!!」
そう言うや否や、迷うことなく屋上から飛び出すウェアウルフ。その身体は足場のない空中に即座に適応し、宙を力強く踏みしめ、空を駆ける。
「うわわわわわわわわわわわわ!!」
『うわわわわわわわわわわわわ!!』
「あはははははははははははは!!」
二名の悲鳴と一匹の歓声が混ざり合い、空から街に降り注ぐ。
この分では恐らく校舎の中にいるヤツら以外にも俺たちのことを見上げている人間は多いだろう。……おお、そう思うと何だか恥ずかしい。
だけど、まあ。たまにはこういうのも良いか。
取り敢えずいまは浮かれる狼の背中から滅多に見れないこの風景でも鑑賞しておくとしよう。下手に口を出して他人の幸せに水を差すことほど無粋なことはない。
ただ――。
『……いつ帰れるんだろうね』
「……だな」
「あははははは!!」
それだけが気になった。……できれば県境までで勘弁してほしいモノである。
狼とちび助とガキが去ったあと、俺は屋上へと出る。既にジェイソンの面は外し、大鉄鋼人として、だ。
「ったく、どっかで聞き覚えのある声だと思ったら頼人だったか」
平静を装ってはいるが、心は津軽海峡の荒波の如く揺れていた。
まさか、あの黒コートの人外が頼人だったとは思いもしなかった。さっきもあのちび助と合体するところを見たが、未だに信じられない。
「……とか言っても仕方ねえな。この目で見たんだ。信じるしかねえ」
それに盗み聞きしたみたいで気分が悪いがアイツ自身の口から色々と聞かされた。蝸牛だか、禍渦だか渦鍋だかの話も本当だろう。
他の誰かが言っていたなら戯言と聞き流せるが、アイツが言うならばそこに嘘はない。全て真実だ。
「さぁーて、どうしたもんかね……」
そう言ってボリボリと頭を掻くが、そんなことはもう決まっている。
作戦に変更なし。頼人に嘘嫌いを克服させる作戦はこのまま続行だ。事情を聞くのも作戦を成功させたときで良いだろう。
「ま、何にせよほとぼりが冷めてからか……。ん? サツの連中が着きやがったみたいだな。いつまでもここにいたら面倒なことになっちまいそうだし、取り敢えず校舎ん中に戻るとすっか」
そうして俺は来た道を戻る。心のうちに少し物寂しいものを感じながら。
いま、現在眠気が凄まじい勢いで迫ってきてます。どうも久安です。
よっくんの正体がバレました。しかも面倒くさそうな人物に。でもまあ、龍平くんたちよりはマシでしょう。彼的に。
それにしても大鉄のじいさんの精神力は彼の肉体と同じく鋼のようですね(ニコ)。本当にこいつは人間か……!? 私ですらそう思いだした今日この頃。人間ですよ、紛うこと無く人間ですとも。
さて、次話で『コンパトリオット』は終了です。御礼は次回の後書きにとっておくとしましょう。
次回は前回告知致しました通り、12月6日10時更新予定です。(今回が本当にギリギリ過ぎて笑えなかったので一日保険をかけてます。また次章の構成の時間も含んでますのでご了承くださいませ。)




