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鷽から出たマコトの世界  作者: 久安 元
ザ・デイ・オブ・マイ・コンパトリオット
62/213

alone,alone

「おいおい……ッ!!」

 一体どういうことだ?

 さっきは簡単に捕えることが出来たというのに、どうして今度はいとも容易くかわされているのだろうか?

 俺は手を抜いてなどいない。捕えたときと同じく全力で事にあたっている。にも関わらず、ヤツは次々に襲い掛かるコードの嵐を悉く避け続け、俺に迫るのだ。

 さっきまでは本気ではなかったということか? もしくは何かスキルを使っているのか……。推測することは容易だが、それを確かめる術はない。それに何よりもまず迎撃しなくては。

 右手にベレッタを具現し、狙いを定める。いくら動きが速くなったといってもいまはコードによって進路を制限されている状態だ。進む方向が決まっているのであれば、命中させることは難しくはない。

 いかに魔物といえど、頭に、脳に命中させればその命を絶つことができるだろう。早急に決着をつけたいのであれば一撃で沈めるのが正解であることは言うまでもない。

 しかし、それでも。

 俺はこの獣を殺したくないと思ってしまう。どうして? と問われると困ってしまうのだが、一番適切な答えとしてはシンパシーを感じているからだろうか。

 コイツは俺に似ている。仲良くなれると言っていたが、その点に関しては俺も同意だ。お互いのことは何も知らない筈だが、何処か通じ合うものがあるように思えるのだ。

「……仕方ねえ」

 故に狙うのは額ではなく、力強く大地を蹴るあの太い脚。機動力を削ぎ、速度が落ちたところを捕縛し、負けを認めさせる。これが最も理想的な結末だろう。

 そして俺の狙い通り、放たれた銃弾は黒狼の右前脚を撃ち抜くことなく掠めるだけに留め、その身に傷を負わすことに成功した。

 これで良い。

 後はコードでヤツを捕まえ――。

「ッ!?」

 おかしい。

 確かに弾丸は脚を掠めた筈なのに。

 痛みのせいで全力で走れる筈がないのに。

 未だコードの猛攻を避け続けることができるだなんてこと、あり得ない。

 そう動揺しながらも俺は銃を構え直す。

 なら今度はもう片方の前脚を掠めるのではなく、撃ち抜く。無駄に怪我をさせたくないが致し方ない。こうでもしなければ止まらないと、俺の直感が告げていた。

 左脚を狙い、再びグラウンドに渇いた発砲音を響かせる。放たれた銃弾は今度も寸分違わず、吸い込まれるように黒狼の脚に命中し。

 その黒い体毛に弾かれた。

「は? はぁぁぁああああッ!?」

 いやいや、弾かれたじゃねえよ!! 何しれっと弾いてんだよ!?

 最初から弾いていたのであれば文句はない。「ああ、コイツに銃弾は効かないんだな」で終わりだ。それを踏まえて別の手を探す。だが、いまのように一発目は喰らっておいて二発目で平気な顔をするのは反則だろう。

「まずは僕が先手をとったね」

「ッグ――!!」

 腹に響く衝撃。猛スピードで突撃してきた黒狼の頭突きが俺の腹に綺麗に決まる。衝突の瞬間、頭を振り上げられたことで俺は宙に浮き、校舎の二階目がけて吹っ飛ばされてしまった。

 このまま校舎に突っ込むと中で見ている生徒連中に怪我をさせかねない。俺はそれを避けるため咄嗟に全てのコードを自分の背後に展開し、校舎の壁に突き立てる。そして、八本それぞれに衝撃を分散させることで、これ以上の校舎の破壊を免れることに成功した。

「き、きゃあああ!!」

 あ、ヤベ。この廊下側の窓から全校生徒プラスアルファーが見ているということは正体がバレる確率が跳ね上がるということ。案の定周りを見渡すと怖々ながらも多くの生徒がこちらに視線を送っていた。

 ズレたフードを被りなおし、顔を直視されることをさける。

『頼人、何か作戦はあるの?』

「いまのとこねえ」

 黒狼のスキルが何なのか?

 何が目的でここにいるのか?

 作戦を立てる段階にすらいねえや。

 そんな俺の無策を案じてか、イアは言葉を続ける。

『じゃあ、もう一度私を表に出してくれない? 試してみたいことがあるの』

「試したいこと?」

『うん。情報がないなら集めれば良いかなって。上手くできるかはわからないけどね』

「? よくわかんねえけど、試せることは何でも試してみるべきだな……。じゃあちょっと頼むわ」

『うん!!』

 そうして再び同位を行い、イアとバトンタッチ。彼女が何をするつもりかはわからないが、見守りながら俺の方でも黒狼の突破法を考えておくとしよう。

「行っくよー!!」

 そう叫び、勢いよく弾丸のように黒狼に向かって跳びかかるイア。一見ただの馬鹿な突撃に見えるが、彼女もそこまで馬鹿ではない……と思う。

「え?」

 敵の姿が一瞬にして変化したのが余程衝撃的だったのか、黒狼はイアの姿を見、一瞬その身体を硬直させる。それがイアの狙いだったのかどうかは定かではないが、その間に彼女は全てのコードを狼に向かって伸長させていた。

 しかし、いくら身体を硬直させたといってもほんの僅かな間だ。彼女のコードが届く頃には硬直も解け、既に回避行動に移っていた。

 コードがヤツに効かないことは先の攻防で証明済み。そんなことはイアも知っている筈なのにどうしてそんな無駄なことをするのか。思わず彼女にそう問いかけようとしたが、その前に信じられない光景を目の当たりにして俺は口を噤む。

「くぅッ……!!」

 先ほど馬鹿正直に真正面から突撃しながらも容易くコードの動きを見切り、反撃まで行っていたあの黒狼が苦しそうな声を上げ逃げ回っていたのだ。

 即座に捕縛とはいかないまでも徐々に追い詰められていく黒狼。確かにイアのコード捌きは俺よりも上だが、それだけでここまで違うものなのだろうか?

「そこッ!!」

「痛ぅ……ッ!!」

 そして、遂にイアが目標を達成する。どうやらそもそも完全に動きを封じることは不可能と感じていたようで、黒狼の身体をコードで絡み取ることはできていない。しかし、その代わりに先端から針を飛び出させたコードの一本をヤツの肩のあたりに突き立てていた。

『イア、何を……?』

「私のコードが情報を読みとることができるのは頼人も知ってるでしょ? いつも井戸で禍渦の情報とかインストールしてるんだし」

『あ、ああ……』

「だから、こうすれば相手の意識に侵入してそこから情報を引き出すこともできるんじゃないかなーって思ってやってみたんだよ」

 成程。確かにいつもイアはそうやって必要な情報を得ているのだから、いま言った様なことができたとしても不思議ではない。読みとる相手が変わっただけでやっていることは同じなのだから。

『それで、結果は?』

「……成功、だね。読みとった記憶とかは順次、中で展開していくから頼人はそこから作戦考えて。私、そういうの苦手なんだよね」

『……あいよ、任せとけ。オマエの頑張りに応えなくちゃな』

「ふふ、よろしく」

 そうして俺は意識を集中させる。作戦を立てる材料として、ということもあったが何より俺はコイツをもっと知りたい。

 どういう過去を持ち、現在に至るのか。

 その興味を抑えられぬまま、頭の中で展開される情報を一つ一つ整理することで俺は黒狼の意識に触れていった。



 『僕』の始まりはあの日。

 群れから追い出されたあの日。僕は再び産声を上げた。温かい仲間や家族のもとではなく、煤けた荒野でたった一人、我が身を呪いながら。

 その日が来るまではとても、とても順調な毎日だったと思う。家族は厳しくも優しく、仲間とは笑いあい過ごしてきた。

 それをぶち壊しにしたのは紛れもなく僕。どう言い繕っても、それは否定できない。

 僕たち人狼、ウェアウルフは他の魔物のように派手なスキルを持たない種族だ。炎を出すことなど出来ないし、光線なんかも出せない。僕達が誇れるのはその場に『適応する』ことだけだ。

適応即身オーバー・アダプテーション

 自分の身体をその場に応じて適応させる、ウェアウルフの力。さっきコードを避け切ったのも、銃弾を弾いたのも、このスキルのおかげだ。

 つまり、コードの速さに適応し。

 銃弾の破壊力に適応したということ。

 そして、その適応は敵と相対したときに限らない。

 水中に入れば水中での活動に適した姿に。

 砂漠を渡る際にはその灼熱に耐えられる姿に。

 人の世に出れば人と全く同じような外見にその身を創りかえる。

 そう、これこそが僕らが人狼、ウェアウルフと呼ばれる由縁であり、僕が群れを追い出された理由でもある。

 簡単にいえば、僕の『適応即身』は不完全、出来損ないだったのだ。

 水中に入れば水中での活動に適した姿に。

 砂漠を渡る際にはその灼熱に耐えられる姿に、身体を創りかえることはできた。

 しかし、獣の身から人の身へと姿を変えることだけはどうしてもできなかった。何度試しても、人の姿を成すことはできず、なんとかできるようになったのは身体の大きさを変えることだけ。

 ウェアウルフは人間の作った話のような獰猛な存在ではない。基本的に他者を襲うことはなく、自身を周囲に適応させてひっそりと暮らしていくタイプの魔物だ。だからこそ、僕のその欠陥は致命的なものだといえる。

 外見を人に変化させ、ときには一人で、ときには集団で連携をとりながら生きるウェアウルフの群れにとって、人に成れない出来損ないはただの穀潰し以外の何物でもない。

 ――人になれない人狼など、掃き溜めの塵芥にも劣る。

 これは群れを追い出される直前に父さんに言われた言葉。

 まったく――、その通り。一言も反論できやしない。

 だからこそ僕は、言われるがまま群れを出た。そして当てもなく一人荒野を彷徨っている間に、ふと考えてしまったのだ。

 ウェアウルフでないとすれば、僕は一体何者なんだろうと。

 その瞬間、ウェアウルフとしての僕は死に、名無しの魔物である『僕』が生まれた。


「――やめてよ」


 それから先は色んなところを歩き回った。こんな名無しの魔物でも受け入れてくれる誰かがいることを信じて。

 山を超え、海を渡り。

 平野を駆け、洞窟を抜けた。

 そして暗い洞窟を抜けた先に待っていたのは、更に深い闇。僕を受け入れてくれる場所などないということを思い知らされた。

 

「お願いだから――」


 通常、魔物は他種族と関係を結ぶことを望む傾向にある。それは数の少ない僕たち魔物が、不慮の事態――例えば徒党を組んだ、魔物を殺すことを生業とした人間に襲われたりしたとき――に備えなくてはならないからだ。

 しかし、そのような背景があるにも関わらず、僕はどの種族からも爪弾きものとして扱われることとなる。

 理由は簡単。単独の、しかも出来損ないの魔物の力など誰も当てにしなかったからだ。当然といえば、当然の話。だが、それでも僕は必要とされたかった。誰かと笑いあえる、かつて手にしていた温かな日溜まりが欲しかった。諦めきれなかった。


「これ――以上」


 そうして歩くうち、奇妙な噂を耳にする。何でも豊泉高校というところで化物が集まる祭りが行われるらしい。しかもそれらを凌駕する化物も放たれるのだとか。

 それを聞いて僕の胸は躍る。それだけ人外が溢れかえっているのなら、一人くらい僕を必要としてくれる者がいるのではないかと考えたからだ。

 しかし、やはり現実は甘くない。優しくはない。

 実際に来てみれば、何処も彼処も人間だらけ。魔物の存在すら殆ど認知していない人間だらけ。僕が求めたものなど何処にもない。

 ああ、また裏切られたのかと。

 そう落胆したときだった。

 豊泉高校と呼ばれる建物の屋上から僕と同種の歪な気配を、匂いを強く感じ取ったのは。

 同種の気配はここに来たときから感じていたが弱々しく誰のものなのか特定できずにいた。

 きっかけが何なのかはわからない。だがその気配は力強く、より色濃く匂い立ち、ついに特定するに至ることができた。

 そうして感じるこれまで出会ってきた魔物とは違うその気配に、消えかけた期待が息を吹き返す。

 今度こそ。

 今度こそ。

 僕は『僕』の仲間を見つけてみせる。

 そして『僕』が何なのかを見つけてみせる。

 そう――、決めたのに。

 どうして君は、僕を見ずにどうでも良い人間を見ているの?

 どうして僕を拒んだ人間を守ろうとするの?


 やめてよ。


 お願いだから。


 これ以上。


「――僕を独りぼっちにしないでよ!!」

 気づけば僕はそう叫んでいた。

 まったく――、本当に僕の『適応即身』は出来損ないだ。

 人間に成れないだけでなく、独りにも適応できないなんて。


 今日で11月もお終いですね、どうも久安です。

 『コンパトリオット』も残すところあと二話、12月6日が最終更新の予定です(早められるのであれば早めますが)。『白鷽』を含めると五章目になる訳ですが、少しでもお楽しみ頂けていますでしょうか? この作品を読まれて「ニヤッ」でも「あはは」でも、兎に角なにかしら心に影響を与えられていれば、と思います。

 真面目モード終了。ここからおふざけ全開で行こうかと思いましたが、そんなことしてる暇があったらさっさと続きを書けというよっくんの視線が痛いので止めておきます。


 次回は12月3日 10時更新予定です。

 おお、ワン、ツー、スリーだ……。

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