ヒトとケモノとバケモノと
『おーい、無事かー?』
ガラスを突き破り、教室の中に放りこまれたイアに内部から声をかける。
「うう……、吃驚したけど大丈夫……」
何処かにぶつけたのか頭をさすりながら立ち上がる彼女に異常はない。そもそもこの程度で何処か痛めるような体ではないのだから心配する必要もないのだろうけど、そこはほら人として。
『にしても困ったな。人より遥か強いってことが裏目に出るとは思わなかったぜ』
「どうしよっか?」
何ともほのぼのした会話である。この姿になるときは大抵命のやりとりになるので珍しいことだが、そう珍しがってもいられない。
「何か具現化する?」
『流石に銃器はマズいだろ……。銃声と爆音聞いて警察がここに殺到しちまうからな。こういう机なら問題ないだろうけどさ』
「うーん、ならわざわざ具現化しなくてもここにあるのを直接投げた方が良くない?」
『……違いねえ』
となると、今回頼りになるのは身一つということになるが、どうしたものか。上手い具合に加減が出来なければ最悪このままタイムアップということもあり得る。早々にヤツを殺すことなく、倒す方法を見出さなければ。
『――はっは、言ってる傍から来たぞ、おい!!』
「うわぁ……」
獲物を追い詰めるべく、ジェイソン君が破壊された窓から教室内に侵入しようとしていた。その姿はさながら片腕片足が義手の錬金術師が活躍する漫画に出てくる殺人肉屋のよう。唯一の違いといえば腐臭がしないという点だけである。
『がぁっはっはぁ、ガキを探してたら思わん相手に出会ったもんだ!! オマエさん、名前は?』
「………………」
『ちっ、ダンマリか。まあ良い。ちょっとは楽しくなってきやがったからなぁ!! ガキを見つけるまでちぃっとばかし付き合ってもらうぜ!!』
そう言って窓から教室内に飛び降り、近くにあった椅子を引き寄せ、投げる。その動作自体は単純だ。さっきまでと何ら変わらない。力押し一辺倒の攻撃。
だが、それが重なるとどうなるか?
ジェイソンはその手を休めない。
次から次へと椅子や机、教卓までをも掴み、尋常ではない速度で投げつけてくる。
何度も。
何度も。
何度も、何度も、何度も。
「うう……」
対してこちらは、全八本のコードをフルに使い、その飛来物を破壊していく。椅子も、机も、教卓も。その悉くを木端へと変貌せしめる。
「うう~、面倒くさい~」
『我慢しろ、我慢!! ほれ、もうちょっとで投げるもんもなくなるから!!』
事実、教室に残った原型を留めている備品は少ない。あと十回も凌げば弾切れだ。
「同じことばっかり……、つ~ま~ん~な~い~!! ――アイタッ!!」
『ああ? どうした?』
飛来物が直撃したのではない。イアはしっかりとそれらを粉々にした――が、それがいけなかったらしい。
「痛い、痛い、痛い!! より――、痛いよ!!」
両手で目を抑えて悶絶するイア。その様子を見て、漸く俺は事態を把握する。
ああ、そうか。それが狙いだったのか。
こうして単調な攻撃を繰り返してきたのも。
自分から直接攻めることをしなかったのも。
全てはこのときのためか。
恐らくはさっき中庭でベンチを粉々にしたときから狙われていたのだろう。そして実行を決定したのはこの教室に入り、椅子を投げたとき。飛来物に対するこちらの防御方法を二度見たときだ。
飛んできたものを破壊したといっても当然のことながら、一片も残さず消滅させられるわけではない。大小様々ではあるがそれらは破片となって宙を舞い、周囲に散らばる。
そして、いつもならばその破片にすら注意を払うイアがその目に侵入を許してしまったのは、あまりにも単調な攻撃を繰り返すジェイソンに苛立ち、その集中力を切らしてしまったことが最たる原因であるといえよう。
結果がこれだ。
「何も……、うう見え……ない、イタッ!?」
イアのコードは自動制御ではなく、手動操作。イアの目が一時的に使えなくなってしまった以上、コードによる防御は不可能。
したがってイアは続々投擲される備品を防ぐこともできず、一身に受けることになる。こうなっては仕方がない。
『イア、コードの制御をこっちに寄越せ。俺がやる』
「う……、ごめん、お願い……ッ!!」
元々イアよりも上手くコードを扱えない上に、俺が表に出ていないため操る精度は更に落ちるが、このままイアが痛がっているのをただ見てはいられない。
顔面を狙って投げられた誰かの鞄を串刺しに。
ダーツのように投げられた誰かのシャーペン類を叩き落とし。
弾丸のように投げ飛ばされた誰かの机を絞め潰す。
悪ィな、一年四組の学生たち!!
『――って、うおおぉぉおい!? アンタ、何やってんのォォ!?』
『ごぉぉおおおお!!』
咆哮を上げるジェイソン。彼が何をしていたかといえば、答えは簡単。
壁にかかった黒板を引っぺがそうとしていたのだ。
あっはっは、ふざけんな。
『イア!!』
「ごめん、まだ無理!!」
『そうじゃねえ、頭抱えてろ!!』
「へ、ええ!?」
まずは背中の四本のコードで廊下側の壁を全てぶち抜き、後方に退路を形成。そして残る二本をアンカーとして校舎の外壁に引っ掛け、即座に縮める。強引な方法ではあるが、取り敢えずこれで狭い教室から廊下を経由し、グラウンドにエスケープすることができた。
にしても俺たち壊しすぎじゃね?
中庭ではベンチを壊し、樹木をなぎ倒し。
中庭から教室に投げ込まれるときにガラスを数枚を割って。
一年四組の教室の備品を殆ど壊し。
最後にはコンクリの壁を粉砕した。
ごめん、校長、マジごめん。
「え、え、どうなってるの? どうなって――あうッ!?」
『あ、悪ィ』
操作が雑だったのか、グラウンドに出る際、崩壊した壁の一部分にイアが頭をぶつけてしまった。
「あいたたた……」
『あっはっは、すげえ音したなあ』
「驚くほどに反省の色がない!?」
『メンゴ、メンゴ』
「何それ呪文!? カッコイイ!! 私も言って良い!?」
『目がちゃんと戻ってからな』
「ええ~」
不満そうに頬を膨らませるイアだが、おふざけは万全の状態ですべきだろう。倒すべき相手が土煙の中からのっそりとその姿を現したのだから。
「あ、なんか見えてきたかも。んん? ねえあの緑のおっきいやつ何?」
『後で教えてやるから、後ろに飛べ!! それから着地と同時に前方にデカイ鋼板出せ!! マッハで!!』
黒板を既に振りかぶってやがるんだよ、あの野郎。
「わ、わかった!!」
状況をよく理解できていないようだが、流石はパートナー。俺を信じてすぐさま指示に従ってくれる。
目の前に具現させた鋼鉄の板は五メートル四方の、イアの身体を隠して余りある巨大なもの。それを両手で押さえてジェイソンの襲撃に備える。
直後、鋼板に衝撃が奔った。
どうやらいきなり目の前に現れた物体に驚くことなく、いや驚いていたのだろうけれど。そんなことには構わず、黒板を投げ飛ばしてきたらしい。つくづく普通の人間とは思えない筋力と精神力である。
「メンゴ!!」
あ、どうやらイアさんの視界がオールクリアになったようです。
よしよし、これでまた後はイアに任せて大丈夫そうだな。流石にイアも同じ轍を踏むようなことはしまい。
そうしてコードの制御をイアに返したとき。俺は彼女が消した鋼板のすぐ向こうに、急接近する影を見た。
『イア!!』
「ふぇ――ッ!?」
それはジェイソンではない。
アレはまだ崩壊した壁の辺りに佇んでいる。
接近するそれの大きさはそれほどでもない。小型犬よりやや大きいくらいか。黒い影を残し、目で追うのがやっとの速度で迫る。
では一体何か?
しかしその答えを見つける前に懐に入られた『俺』は吹き飛ばされていた。
『頼人!! なんで!?』
「……良いだろ、何でも」
イアの迎撃が間に合わないと判断した俺は再び同位を用い、表に出る意識をイアから俺へと切り替えたのだ。彼女がこれ以上余計なダメージを負う必要はない。
二度、いや三度ほど身体を地面に打ち付けたが痛みは無いに等しいし。飛び起きて直ぐに体勢を整えられる。
だから、何よりも衝撃的だったのは痛みではなく、俺を吹き飛ばしたものの正体が明らかになったこと。
「……よう、二時間ぶりくらいか?」
俺は俺を強襲した一匹の獣に対して呼びかける。
黒い体毛に覆われた小さな体躯。
そして相変わらずの獰猛さ。
「こんなところにいたら保健所にしょっぴかれんぞ」
通じる訳もないのに、俺は昼休みに出会った黒い小さな野犬に話しかける。
人間の言葉が通じる筈がない。そんなことは小学生でも知っていることだ。当然、俺とてそんなことは知っている。
にも関わらず、昼休みのときといい、いまといい話しかけたのはどうしてだろうか? その答えは既に得ている。いや、感じたというべきだろう。
俺は、この獣がただの獣でないことをどこか直感的に理解していたのだ。そしてそれは――
「見つけた」
獣から発せられた声を聞いたことで確信へと変わった。
「やっと見つけた」
獣の声は見た目に相応しく幼いもので、その声の震えがどの感情に起因するものなのかはわからない。そうこうしている間にも黒犬は人語を話しながら俺の方へとゆっくり前進し続ける。
「ねえ、僕――」
しかし、黒犬はそれきり続きを口にすることはなかった。否、できなかった。
なぜなら。
「ひゃっほー、ほら見ろよ一発だぜ!!」
「すっげー!! はは、動かなくなっちまった!!」
丁度グラウンドに出て来たところなのだろう学生二人が所持するエアガンでその身を銃撃されてしまったからだ。
「はっはー……、ん、うわぁ!! こ、こいつゴーストバスターだぜ!!」
「は、早く逃げるぞ!!」
腸が煮えくりかえる。
目の前が真っ赤に染まる。
ああ、なんで。
なんで嘘を吐かれた訳でもないのに、ここまで腹が立つんだろうなあ?
『頼人、ちょっと何する気!?』
穏やかでない俺の心中を察したのか焦った様子で声をかけるイア。
「決まってる。同じことをしてやるのさ」
右手に黒犬に命中させた方と同型のベレッタM12を具現化する。勿論エアガンではなく、本物を。
『ちょ、ダメだって!! 頼人がそう言ったんだよ!?』
そんなことは知らん。
アイツらは大方、ゴーストバスターのせいで目当ての教師狩りができなくなったから、良い的になる校内の動物を探してうろついていたんだろうが、そんなことはどうでも良い。いまは何よりもアイツらを同じ目にあわせてやりたい。ただそのことしか頭にない。
そして狙いを定め、いままさに引き金を引こうとした瞬間、グラウンドに怒号が響いた。
『ぬぁぁあああにを、やってんだぁぁああ、こんのクソガキどもがぁぁああ!!』
怒号の主はゴーストバスターこと、ジェイソン。
彼は逃げる学生二人の首根っこを引っ掴むと、容赦なく地面に叩きつけた。そのおかげで二人は叫び声を上げることさえできずに悶絶するが、毛ほども気にかける様子はない。
「げぇっほ――、うえ……」
「ごふ、はぁはぁ……」
『性根の腐ったクソガキども。オマエらは簡単にはリタイアさせんぞ。痛めつけるだけ痛めつけて最後にはあの犬にくれてやる』
その言葉通り、拳を鳴らしながら改めて二人の学生に手を伸ばす。そして、その手が二人を掴もうとする瞬間、グラウンドに再び声が響いた。
「ああ――、お前達人間もやっぱり僕を拒むのか」
さっきジェイソンが上げたような、怒りを孕んだものではなく、その声に含まれていたのは静かな殺意。その殺意の出所は俺の背後、エアガンで撃たれた黒犬が丁度倒れていたあたりからだ。
銃を下ろし、ゆっくりと俺は振り返る。
そこには俺が知っているあの愛らしい小さな黒犬の姿はなく。
代わりに黒い針金のような体毛に身を包み、目を血走らせ、歯を剥き出しにして唸る巨大な狼の姿がそこにはあった。
エアガンで動物を撃つのは止めましょうね、どうも久安です。
当たったことがあるので言いますけど、あれ結構痛いんですよ。皮膚、というか肉が陥没します。動物だから良いとかそういうのはナシにしましょう。害獣駆除だとしてももっと簡単で安全な方法があるんですから。
何やら説教くさくなりましたが、ここからはいつもの久安です。といっても次回予告を残すのみですが……。
次回は黒い狼VSなんちゃって狼男。学校がこの世の地獄のような有様に!! 校舎の修繕費の準備は大丈夫なのか!? そして一楽フランケンが大活躍!!
はい、大嘘です。
次回更新は11月27日を予定しています。




