Is s/he Hero?
私は息を殺し、傍らで震える香織の手をぎゅっと握る。
「大丈夫。香織はあたしが守るから」
そう強い言葉を口にするが、情けない、あたしの身体も小刻みに震えていた。教師っていうのはマトモな人間ばっかりかと思っていたけれど実際はそうではないようだ。
「あんな訳わかんない化物雇ってあたしら生徒を襲わせるってどういう神経してんのよ……」
あとで燕に文句を言ってやろうかと思ったが、この件とあの子は、校長の所業とあの子は無関係だ。そんなことをしたところで燕を傷つけるだけ。
ただでさえ、校長の孫ということで教師、生徒問わず注目を集めているのだ。これ以上負担をかけてどうするというのか。
下らないことを考えてしまった自分の頭を力いっぱいブン殴ることで戒める。
「痛……」
まったく、あたしの脳みそは……。そんなことを考えてる暇があるなら、どうやってこの状況から抜け出すかを考えなさいよ。
「ち、千佳ちゃぁん……」
小さな、蚊の鳴くような声で私の名前を呼びながら腕にしがみついてくる小学校からの幼馴染。あの怪物が現れたときの混乱で一度はぐれたせいか、彼女の怯え方は尋常ではない。この緑あふれる中庭で何とか合流できたから良かったものの、もしはぐれたままだったらと思うとぞっとする。
そう、合流できたのは間違いなく良かったのだけれど。
タイミングは悪かったと言わざるを得ない。
『何処に行きやがった、あのガキ!!』
あたし達が隠れてる茂みのすぐ近くで苛立たしげに校舎に拳をめり込ませるゴーストバスター。
いや、だから本当にアンタは人なのかと、ホモ・サピエンスなのかと、この茂みから飛び出して行って問い質してやりたい。
しかし、そんなことをすればリタイアは確定だ。逃走中に偶然確保した石口先生から奪取したアル○ォートは捨てがたい。
このままじっとしてやり過ごせれば一番良いのだろうが、あの様子ではそうもいかないだろう。「ガキ」というのが誰を指しているのかは全く見当がつかないが、あそこまで執着している以上、この辺りを手当たり次第に捜索しかねない。というか言ってる傍から探し始めたし。
それにあれは初め誰彼見境なく襲っていた。なら、現在の第一目標らしい『ガキ』以外の生徒を見逃してくれる、ということもない。対抗しようにも相手は美咲があっさりとやられるくらいの、真性の異常生命体X。あたし程度が敵う相手ではない。
隠れていてもダメ。
戦ってもダメ。
どちらを選んでも二人一緒にリタイアするリスクが纏わりつく。
そして、どちらか一人が助かる為には確実にどちらか一人の犠牲が要る。
「香織、アンタはここにいな。あたしがあれを引きつけるから、姿が見えなくなったらどこか隠れる場所を探して、時間一杯まで隠れてて」
「千佳ちゃん……!! ダメだよぅ、そんなの……!!」
「だったらアンタがあれを何とかしてくれる?」
「ッ……!?」
あたしがそう問いかけると香織は既に真っ青だった顔を更に青くする。想像しただけでこの有様なのだ。実際に出来るわけがないし、させるつもりもない。
「ほらね? だからここはあたしに任せて――」
「――わかった」
「え?」
「ち、千佳ちゃんは、こ、ここにいて。わた、わたひが、ア、アア、アイツを何処かにつつ、連れて、行くから」
香織はそう言うと震える手を私の腕からひき剥がし。
脚の震えを無理矢理押さえこんで。
あの怪物の目の前に行こうとする。
「待ちなさい!! 香織の鈍足じゃ、この中庭から出る前に捕まっちゃう!!」
この間の測定、五十メートル十秒超えてたでしょ!?
「千佳ちゃん!!」
いつもの大人しい様子からは想像もできないような大きな声で。
「私は千佳ちゃんより脚は遅いし、どんくさいし、強くもないけど……それでも」
そして、泣きそうな顔に精一杯笑顔を浮かべて、口元を引き攣らせながら言う。
「親友を助けたいと思う、その気持ちの大きさはきっと千佳ちゃんよりも大きいって。それだけは胸を張って言えるよ」
「香織……ッ――!!」
その言葉に彼女の小さな身体を思わず抱きしめたくなるが、それはもう叶わない。
それは香織がこの茂みからもう出て行ったからでも。
あたしが感動して泣き崩れたからでもない。
『あー、お嬢さん方? もうちょっとボリュームを落とすべきだったな』
他ならぬあたし達の天敵、大敵、パブリック・エナミーことゴーストハンターに発見されてしまったという恐怖で身体が動かなかったからだ。
「あ……、ああ……」
しかし、香織は違う。恐怖の権化に直接相対しても、未だ抱いた決意は壊れない。あたしを守るという決意は砕けない。怪物から目を逸らすことなく、あたしを庇うように立つ香織の姿はこれまで見たことがないほど頼もしかった。
それでも人は、恐怖を我慢することはできても、克服することはできない。恐怖を感じたことを気持ちで抑え込むことはできても、恐怖そのものを感じないようにすることはできないのだ。
その証拠に香織の脚はいまにも崩れ落ちてしまいそうなほど震えている。
それは必然。
自分の許容を超えた怪物を突然目の前にすれば、人間なら誰だって。
そう、人間なら誰だって根源的な恐怖を覚えるに違いないのだから。
何もできず、ただ我が身を襲う暴力が迫るのを馬鹿みたいに大人しく待つその姿は、傍見れば滑稽極まりないだろうが、あたし達にはどうしようもない。
この現実では漫画のように都合良くヒーローなど現れてはくれないのだから。
そう観念して目を閉じ、瞼の裏という暗闇に閉じこもる直前。
「「……え?」」
あたしと香織を青い光が包んだ。
『ぬ? ……ぉぉぉおおおッ!?』
それと同時に勢いよく吹き飛ばされるゴーストバスター。宙を舞い、再び重力に引かれ落下したそれは着地こそ完璧だったもの、その腕には生々しい痣が刻まれていた。
一体何が起こったのか、それを確かめる術を持たないあたしは状況を一つ一つ消化していくことしかできない。
あたしと香織を守るようにとぐろを巻いて浮かんでいるのは、パイプのような太さを持った青い光を放つコード。そしてそのコードは全て、香織の目の前に立つ黒いコートを着た人物へと繋がっている。
「え、やり過ぎ? う~ん、これでも大分加減したんだけどなあ」
誰に対して話しているのか分からないが、幼さを残した、何処か聞き覚えのあるその声と、コート越しにうっすらと分かる身体のラインから察するにどうやらこの黒コートは女性らしい。
「それでこの後はどうしたら良いの?」
深く被ったフードから収まりきらなかったのだろう白髪を靡かせながら一人言を呟き続けるその姿は異様だったが、何よりもおかしいのは彼女の脚元。
見事に陥没したそれを見るにかなりの高さから落下してきたようだけど、まさか屋上からダイブした――訳ではないでしょうね……。今日、天原の馬鹿が二階から飛んだときでさえちょっと怪我してたみたいだし。まあ、アイツの怪我云々はどうでもいいけど。
兎に角、いま目の前にいる女性はその身体の何処も痛めていない。
凄まじいスピードで駆けて来て、怪物を殴り飛ばしたか。
屋上から飛び降りて、怪物を殴り飛ばしたか。
どちらでも現状に大差はないが、わかっていることが一つある。
それは。
あたし達を守るように立つこの女性も人間ではない、ということだ。
「うん、うん……、分かった。やってみるよ、より――、わ~、ごめん!! ごめんなさい!!」
見えない誰かに謝る黒コートの女性。その姿を見て少し取っ付きやすさを感じ取ったあたしはなけなしの勇気を振り絞って彼女に問いかける。
「あ……、あの……?」
「え、私?」
振り返る彼女の顔は深く被ったフードで隠され、その全貌を見ることは叶わなかったが、かろうじて見える下半分の部分から察するに相当の美人だ。
何? あの瑞々しい唇は?
そしてあたしと、そして香織が見惚れている間に、その小さな可愛らしい口が開かれる。
「ねえ、どうかしたの?」
優しい声に導かれ、呆けた頭を叩き起こしたあたしはこの場で最も相応しいだろう言葉を口にした。
「あなたは……誰?」
「私? 私はイ――、うわわ!! ごめんなさい!! ごめんなさ~い!!」
答えようとした女性はまたも見えない誰かに謝罪する。そしてその後しばらく唸った後――。
「飛び入り参加の化物だってさ」
まるで伝言をするように彼女は笑って答えてくれた。
「お菓子が大好きな、ね」
そう付け加えると彼女は前を向く。
そこには闖入者を用心深く観察するゴーストバスターの姿があった。
『ったく……、あんまりペラペラ喋るなって言ったろうに。何のための同位だよ……』
怪物には怪物を。
南の言葉からヒントを得た俺はイアと合流した後、同調、同位を行った。同調だけでも良かったかもしれないが、龍平や南曰く、この学校内では俺は有名人らしいんでな。安全策をとらせてもらった次第だ。
だが、既に二回も名前を漏らしそうになったイアを見るとそれは失敗だったのでは? という思いもなくはない。この後は状況によって俺とイア、表に出る方を選んでいくとしよう。
何処から俺たちの正体が看破されるかわかったものではないのだ。慎重に事を進めて、慎重すぎると言うことはない。
『イア、来るぞ』
「もう……、わかってるよ」
面倒くさそうに答えるイアだったが、彼女に隙はない。というか何度も怪物呼ばわりしていたが、所詮は怪物じみた人間に過ぎないのだから、正真正銘の人外である俺とイアが遅れをとることは万が一にもない。
いまもジェイソンが投げ飛ばしてきた中庭のベンチを一本のコードを振り回すだけで破壊し、ダメージを負うこともなかった。
「でも、この状態であの人を倒したとして本当にお菓子は貰えるの?」
『ああ、それは問題ない』
間違いなくルールに抵触はしていない。
先ほど確認したところ、飛び入り参加は基本的に可であるらしく、「基本的に」というのはただ一つの条件が満たされていれば、ということ。
そしてその条件とは豊泉高校に通う学生の身内である、ということだ。
このゲームに参加する資格を持つために必要なのは、ただそれだけ。
であれば、こうして俺とイアが一緒になって、あのジェイソンを倒すことに何の問題があろうか。
それに。
『参加できるのは人間だけとも書いてないしな』
「それは屁理屈だよ……」
『いやいや、ルールの裏をかいたと言ってもらおうか。別に良いじゃねえか、オマエだって菓子欲しいんだろ?』
「すっごく」
『よし、ならゴーだ。あんまり時間をかけるなよ。他の教師からも菓子をふんだくるんならな』
「んー、そのつもりなんだけど……。結構加減が難しいんだよ? あんまりやり過ぎたらあの人バラバラになっちゃうし。だからってあんまり力を抑え過ぎると、ほら。こうなるし」
一瞬にしてジェイソンの懐に飛び込んだイアは何発もの打撃をその肉体に叩きこむが、叩きこまれた当の本人はやや眉を顰めるのみで、大したダメージは与えられていないようだ。間髪いれずにこちらの顎に放たれるカウンターが良い証拠。
これではいくらやっても無駄というものだ。
この状態を解消するには正確無比なパワーコントロールが必要不可欠なのだが……。
『つってもなぁ、そんな微調整なんていままでしたことねえから――――イア、もっとソイツから離れろ!!』
そう叫ぶが時すでに遅し。
「え、わッ!!」
放たれたカウンターで下がるタイミングを刹那ずらされたイアは、背中のコードの一本をジェイソンに掴まれてしまう。これがただの人間なら何の問題もない。払って終わりだ。
だが、こいつの怪力なら。
『う、おおおおおおぉぉぉぉおおおおおお!!』
雄叫びを上げ、渾身の力で手に掴んだコードを引っ張るジェイソン。バランスを崩した状態のイアは踏ん張りが利かず、そのまま宙に浮き。
「わ、わ、わぁぁああああああ!?」
ジェイソンの思うがままに振り回される。
まるでジャイアントスイングのように凄まじい勢いで振り回された俺とイアはその身を中庭にその根を下ろす木々に何度も、何度もぶつけ、その度に樹木を破壊していく。
そして。
「――ッ!!」
最後には遠心力を利用して、校舎のガラスへ向かって投げ込まれた。
その瞬間、耳を劈くような、ガラスが砕け散る音が鳴り響き、その光景を見ていた生徒たちの悲鳴が木霊した。
おいおい、誰だよ。遅れをとらないなんて言ったヤツは……。
いいえ、彼は化物ですとも。どうも、久安です。
さあ、もう十一話目ですな。あと五話で終了ですな。……ちゃんと終わるんですかな?
大丈夫だ、問題ない。ええ、問題ないです。問題ないですとも!!
月末は何かと忙しいので超遅筆の私は確実に投稿ペースが落ちますが、話的には順調っちゃ順調に消化しております。もっと速く書ければ良いのですが……。
ゴホン、次回は11月25日 10時更新予定です。ゴホン、ゴホン。




