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鷽から出たマコトの世界  作者: 久安 元
ザ・デイ・オブ・マイ・コンパトリオット
57/213

エントランス・アタック

 低く、重い音が、校舎の中にこだまする。

 そしてその音に混じって聞こえる生徒たちの小さな悲鳴。

 いま校舎に踏み込んだジェイソンを見た生徒が上げたのだろう。その声を聞いて俺は準備が整ったことを確信する。

「よお」

 玄関に無数に並べられた下駄箱の横を通り、更に校舎の奥深くに侵入しようとしていたジェイソンに俺はそう声をかける。それに反応した目の前の怪物はピクリと身体を震わせ、踊り場と一階をつなぐ階段に仁王立ちで見下ろす俺をその視界に入れた。

 しかし、それだけ。襲い掛かることも、口を開くこともなく、ただひたすらに睨みあう。おそらくは周囲の気配を探っているのだろうが、いつまでもこんな尋常ではない視線に晒されたくはない。

「おい、どうしたよ? グラウンドで見せたあのモンスターっぷりは何処に行った?」

 その問いに返答はない。だが、無言を貫く……という訳でもなかった。

『残念だったな』

「「ッ!?」」

 ジェイソンは俺から視線を外し、その巨体を百八十度回転させる。そして、間髪いれずにその眼前に迫る美咲へ襲い掛かった。

 クソッ、何でばれた!?

 予想外の事態に焦る俺は、階下へと飛び降りるが、そうしている間にも事態は停止することなく、動き続ける。

 下駄箱を隠れ蓑として背後から回り込み、重い一撃を無防備な背中に叩きこむ筈だった美咲は腹を括ったのか、ジェイソンに勘付かれながらもその突撃を止めない。逆によりスピードを上げ、その懐へと飛び込む。

「いけぇぇえッ!!」

 全体重をのせた殺人拳、いやさ肉球パンチが唸りを上げて、モンスターの脇腹へと吸い込まれていく。

 回避は不可能。あの距離では避け切ることなど出来ようはずもない。そして防御もダメ。美咲の本気の一撃を腕で受けようものなら、経験上、傷んだ部位は数時間使いものにならなくなるだろう。

 つまり、この場面を無傷で乗り切るにはあの自慢の肉体で受け切るしかない。出来るものなら、だが。

 そして響く轟音。それは美咲の拳が何処にであれ、ジェイソンの身体に着弾したことを意味している。まともに食らったのであれば、次に聞こえるのはあの巨体が倒れ伏す音だろう。

 しかし――。

「う、そぉぉおおお!?」

 聞こえたのは驚愕の声。それもジェイソンのではなく、美咲のもの。その驚愕は俺にも伝染する。

「ははっ……、マジかよ……」

 目の前で起こったことが、事実が信じられないなんて俺らしくもない。どれほど信じられないことでもこれは事実だ。

 たとえそれが美咲のパンチを『本当に腹の筋肉だけで受け止める』なんて、あり得ないことだったとしても、だ。

『がぁっはっは、良いパンチだ!! だが、その可愛らしいおててじゃあ力を出し切れんだろ?』

「あ……」

 なるほど、あのプリティーな肉球がクッションになって悪魔的な威力を和らげてしまったのだ。悪魔みさき天使にゃんこで包み込んでしまったのが不味かった、ということか。

「くっ――」

 美咲は慌ててパジャマの正面にあるジッパーを下げようとするが敵前でそれは愚策にも程がある。彼女がジャージに包まれた上半身を露わにした頃にはジェイソンの拳が、彼女の腹にめり込んでいた。

「ぐっうぅう!!」

 普通に喰らえば、確実に胃の中のものが全て口から『こんにちは』してしまうところであったが、その辺りは流石に美咲、直撃する瞬間真後ろに跳び、その衝撃を軽減していた。そのおかげか、身体は思い切り後方に吹き飛ばされたが、大した負傷はなさそうである。

 うん、乙女の吐瀉シーンを目にすることにならなくて良かった。本当に良かったよ。

 さて、作戦その一は失敗……か。

「龍平!!」

「あいよ!!」

 開け放たれた玄関の扉からグラウンドへと吹き飛ばされそうになっていた美咲を下駄箱の陰から飛び出したシーツの幽霊、龍平が抱きすくめる形でキャッチ。バランスを崩し、地面に倒れ込んでしまったが、美咲が固いコンクリートに叩きつけられることだけは避けられた。

「あだだだ……、大丈夫か、美さ――ぶべらっ!?」

「……げほっ、何処触ってんのよ」

「ふっ……、乳だ」

「この馬鹿、悪びれすらしない!?」

「うるせーな、こちとら背中をコンクリートに打ちつけてんだぞ? もう一揉みしても足りねえくらいだ」

「――ッ!! しれっとまた揉むな!!」

「ごぶあっ!! はっはっは、甘いな美咲。乳揉む為だったら男は不死身になれんだよ。単機での大気圏突入もなんのそのだ」

「くぅっ、もう何処からツッこんでいいのかわからない……」

「はっはっはっは」

「だから揉むなや!!」

「ぶふっ!!」

 おい、コラそこ。羨ましい、人が次の手を打とうとしてるときに、羨ましい、イチャイチャしてんじゃねえよ、いやまったく本当に羨ましい。

 先に言っとくけど、それフラグだからね? 化け物との決戦の最中、若しくは直前にイチャイチャしたカップルはどっちか死ぬからね?

「……ま、やらせねえけど」

 ボソリとそう呟くと俺は相方に声をかける。

「イア!!」

「はーい!!」

 姿こそ見えないが、元気な返事が聞こえてくる。

 よし、ちゃんと作戦通り動いてくれていたようだ。

「うおおおぉぉぉおらぁぁあああああ!!」

 俺とイアはジェイソンの両横に設置されている下駄箱を全力で蹴り倒す。上手くいけば丁度通路の中心にいたジェイソンが避けられる筈もなく、左右から迫る下駄箱に押しつぶされるという算段である。勿論吹き飛ばされた『おかげ』で美咲と龍平は既に安全地帯に逃れており危険はない。

 あまり褒められた作戦ではないので使いたくはなかったが、作戦その一『美咲にゃん強襲』が失敗した以上、選択の余地はない。……言っておくが命名したのは龍平であり、俺に罪はないぞ?

『ぬう……』

 そして、作戦その二『下駄箱の臭いに抱かれて……』は見事成功したようだ。あたり一面に埃が舞い上がり不快な環境になってしまったことは残念極まりないが、ジェイソンは間違いなく下駄箱の下敷きとなった。

 要するに俺たちの勝ち、ということだ。

 うーん、下駄箱ってすげえヤツだよなあ。鈍器として使えるだけでなく、何十、何百ってやつの足の臭いを吸着させた履物を文句ひとつ言わずにその身に抱きかかえてるんだぜ?

 しょうもない嘘にいちいち反応してる俺と器が違うよ。百均の皿とマイセンの皿くらいの隔たりがあるよ。いつか俺もああなりた……くはないな、うん。

 あとちょっと。

 あとちょっと余裕が持てればそれで十分だ。生きて行くのに問題ない程度の余裕さえあればそれで良いや。

「頼人ー」

 倒れた下駄箱を踏みつけるようにし、いい笑顔を浮かべてこちらに移動しようとするイア。

 ……別に良いけど、その下に人一人埋まってるからな? いくらジェイソンでもこれはキツイだろう。

 そう俺がイアを諌めようとしたときだった。

 木がへし折れる音と同時に舞い散る埃が吹き飛ばされる。

 木端が撒き散らかされる。

 そして、怪物が再びその身を俺たちの眼前へと晒け出す。

「――――は、っはは」

 いや、ホントもういい加減にしろよ、オマエ。

『ぶふぁああ…………、中々頭を使ったようだが、まぁだ甘いわ』

 下駄箱のボディプレスを受けた筈のその身体には傷一つない。美咲のときと同じく、あの自慢の筋肉でどうにかしたのだろうか?

 だとしたらそれはもう筋肉じゃねえよ。コンポジット・アーマーかなにかだよ。

「イア、龍平、美咲!! 作戦その三『また会う日まで……』だ!!」

「「「何それ!?」」」

 一同から総ツッコミを受ける。いやあ、こんな状況でも良い反応をくれるなあ、オマエら。

「意味は取り敢えず逃げろ、だ!!」

「初めからそう言えよ……って、うぉぉぉおお!?」

「龍平!?」

 見るとジェイソンに顔面を掴まれた龍平の姿がそこにはあった。なるほど、シーツを頭から被っているせいでこの状況を俺やイア、美咲のように判断できなかったのだろう。

「あがががががががッ!! てめっ、美咲、あばばばばッ!!」

「はん、あたしの胸を散々揉みしだいた代金だと思いなさいな」

 …………。前言撤回。どうやら襲い掛かってきたジェイソンに対する身代わりとして龍平を突き出したらしい。

 えーっと……、まあ……、自業自得ということで。俺に出来るのは龍平の冥福を祈ることだけだ。

「じゃあ頼人、あたしも一旦逃げ――――へ? きゃあああああ!!」

 美咲はそう言って逃げようとジェイソンに背を向けたところで、その背中に龍平を投げつけられた。当然彼女はバランスを崩し、凄まじい勢いで転倒する。

 馬鹿野郎……、あんな化物に背中見せるヤツがいるかよ。やっちゃってくださいって言ってるようなもんじゃねえか。

 というか…………あれ? 二人とも起きあがって来ないんですけど?

 こちとら、「いっけね、焦っちゃったー☆」とか言って起きあがって来るのを期待してるんですけど?

「まさか、アイツら……」

『ああ、二人とも気絶中だ!!』

「うおっ!?」

 玄関付近からこちらに向けてマチェットを投擲するジェイソン。それは俺の鼻先を掠めていったが、これまでの戦闘経験値故か、ギリギリのところで何とか回避することができた。

「あっぶねー……。俺まで失格になるところだったぜ……」

 意識を失った美咲と龍平の参加資格は、その他大勢の生徒と同じく既に失われている。パーティーメンバーの半分を失ったにも関わらず、あちらは殆ど無傷のまま。状況は最悪の方向へと転んだと言って間違いない。

「頼人!!」

「イア!!」

 ほぼ同じタイミングで俺とイアは互いの名を呼ぶ。

 そしてそれは逃走の合図。

 大小様々な木片が地面に入り乱れ障害物塗れになっているこの場、そして俺とイアの間に割り込んできたジェイソンを見、合流は不可能だと同時に判断した。

 故に。

『むう……』

 二手に分かれての遁走。ゲームが開始されてから四十分程度なので、残るは二時間二十分。それまでにこの怪物を倒す手立てを練り直さなければ。

 俺としてはイアに協力するまでが約束なので別に無理に倒す必要はないのだが、やはりこのままでは気持ちが悪い。

 せめて隠し事だらけのジェイソンの仮面を剥ぐくらいはしたいものである。

 そんなことを考えつつ、俺とイアはそれぞれジェイソンの投擲に気をつけながら逃走を開始した。


 セブンのくじでぺヤング超大盛りが当たりました。それがちょっと嬉しい久安です。

 ジェイソン……、一体何スロットなんだ……。何スロットでもございません。隠せてないよ!! というツッコミは止めて頂きたい、と切に思う今日この頃。今後は美咲と龍平がリタイアした状況でよっくんがどう鬼畜な手段に出るのか、楽しみにしていてくださいませ。


 次回更新は11月20日 10時を予定しています。

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