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鷽から出たマコトの世界  作者: 久安 元
ザ・デイ・オブ・マイ・コンパトリオット
55/213

死霊祭開幕

 ふうむ……。

 何がどうなってこんな状況に陥っているのか?

 俺は二階の窓から飛び出したあと、この学校の構造上、都合良く真下に草がクッションになってくれる訳がないとわかっていたため、排水管を掴んで何とか落下スピードを軽減したのだ。おかげで両手はボロボロになったが、骨の一本、二本、三本を犠牲にすることは免れた。

 この程度の怪我ならあとでイアと同調すれば直ぐに治るだろうから特に気にはしない。そして更なる追撃を避けるため、急いでその場を離れ、現在は人気のない体育倉庫の裏に身を潜めているのだが……。

「ぐるるるるる……」

 確かに人はいなかったが黒い体毛に覆われた獣がおったわ。しかも絶賛ご機嫌斜めっぽい。まあ、そりゃあ噂の野犬さんにとっちゃあ絶好のベストプレイスで和んでいたところに闖入者が現れたわけだからなあ。気持ちはわからなくもない。

 歯を剥き出しにして、こちらを威嚇する様はまさに野性の獣。その魂は完全に野犬のそれであることは認めよう。だが、しかし……。

「わんっ、わんっ!!」

「可愛すぎだろうよ、オマエ!!」

 何分体躯が小さ過ぎた。何、コレ、マメ柴?

 小さな身体ながらも精一杯威嚇するその姿は反則だろう。

「ほれほれ、そんなに怒るなよ……。何もしやしないって」

 血に塗れた手を目の前に上げ何も持っていないことをアピールするが、尚も目の前の野犬(笑)は吠え続ける。

 ううむ、何と言うかいつまでも見ていたい光景だが、このまま吠え続けられると誰かがここを嗅ぎつけかねないんだよなあ。俺としてはそれは困るのだ。非常に。

「何か、大人しくさせるようなモンなんて持ってたかな……」

 ごそごそと懐を漁り、野犬の興味を引く物を探す。

 ハンカチ、ティッシュ、生徒手帳、財布、携帯、そして高崎が午前中に配った菓子……。ちなみにどれもこれもに血が付着したことは言うまでもない。掌がズルむけだもの、仕方がないじゃない。

 しかし、無念なことにそのどれに対しても犬は興味を引かれなかったようで、相も変わらず歯を剥き出しにしたままである。

「お……」

 ズボンのポケットまで手を伸ばすとやっとこさ面白味のある物がその姿を現した。それは朝、登校する際に買った缶コーヒー。しかもホット、いや元ホット。肌寒くなってきたから飲もうかなーと思って買ったのだが、その直後に龍平らと合流したので飲む機会を完全に失い、すっかり冷えてしまったのだ。

 ホットウォーマーに入っていたホッカホカの缶コーヒーを冷まして飲むことに言い表せない背徳感を感じてしまったので、帰ってから温めなおそうと思いズボンのポケットに入れていたのだが。

「まさか、こんなもん飲まねえよなあ……」

 犬が缶コーヒーを飲むなど聞いたことがない。確かに最近は白い犬がCMに出演しているが彼とて一服している訳ではあるまい。

 しかしそう思いながらも俺が野犬の前の地面に缶をそっと置くと、驚くことに鼻をひくつかせ、歯を剥き出しにすることも忘れ、様子を窺い始めたのである。

「お? お?」

 あれ、何か嬉しいんだけど。

 例えるならずっとツンツンしていたからか突然のデレに意識がついていかないカンジ。大した反応ではなくても兎に角、興味を持ってくれたことが嬉しい。

「まさかな、まさかな……」

 そう呟きながら俺は缶コーヒーに手を伸ばし、プルタブを引き上げる。手を伸ばした瞬間はやや警戒を露わにしたが、それもすぐに収まり、強くなったコーヒーの匂いに興味津々の御様子。

 飲むのか?

 飲んじまうのか?

 訳のわからない興奮に身を焼かれ、柄にもなくカメラモードにした携帯を構える俺。

 そして、ついに――というところで。

「こっちで犬の鳴き声がしたっていうのは本当か、みなみ!!」

「は、はい。もしかしたら野犬かも……」

「!!」

「あッ!!」

 俺が止める間もなく敏感に第三者の気配を察知した野犬はすぐさま近くの草むらにその身を跳び込ませ、行方をくらませてしまった。

「…………」

 うぉぉおおおい!! あと一寸でとんでもなく面白い写真が撮れたかもしれなかったんですけどぉおお!?

「ん、おい。そこにいるのは天原か?」

「え、天原君?」

「…………」

 首だけ振り返るとそこには体育の三田と……誰だ、あれ? 初めて見るおさげ眼鏡女子がこちらに近づいてくる光景があった。女生徒の胸のリボンの色は緑。つまるところ同級生ということになる。

「……何か用事ですか?」

「いや、南がこの辺から犬の鳴き声がするというから来たんだが……、天原。何でお前は缶コーヒーを携帯で撮ろうとしてるんだ?」

「……ああ、特に気にしないでください。夢破れただけですから」

「? そ、そうか……、っておいその手どうしたんだ!?」

「き、きゃあ!!」

 三田が俺の血まみれの手を指差して叫び、南と呼ばれた女生徒が口を手で覆い、これまた叫ぶ。

 そんな驚かんでも……。

「ええい、野犬など後回しだ!! 南、ハンカチか何か持ってないか!?」

「え、は、はい!!」

「よし、それで天原の手を覆って保健室まで行くぞ!!」

「は、はい!!」

「……ええっと」

 俺の意思は完全にないものとされているのが気になる……が、どちらも心からの言葉であるので、ここだけの話ちょっと嬉しかったりする。

 体育の三田は一回嘘をついたことがあるがそれもいま考えればかつてイアがついたのと同様他人を慮った白い嘘であったし、南さんに至っては初対面なので、『いまのところ』正直者。いいねえ、黒嘘なしのこの状況。

 という訳で俺の心中は曇りからやや晴れ模様へと移行する。

「悪いね、汚しちゃって。今度新しいのを買って返すわ」

「あはは……、別に気を使わないで良いよ」

 俺なりに気を使い、考え得る限りの爽やかな笑顔でそう話しかけるが、何やら相手はぎこちない笑みを浮かべていた。

 ……失敗したようだが、まあ仕方がない。爽やかな笑みなんてそうそう浮かべる機会ないんだから。特に俺は。

「ほら、行くぞ!!」

 三田が俺の腕を掴んで連行しようとする。何かヤダなこの態勢。両手を一枚のハンカチで覆ってるから連行された被疑者のような見た目なんだよ……。

「はいはい……。そういえば南さん。何で俺のこと知ってたの?」

 保健室へと向かいながらとりあえず話のネタを探すことにした。この南さんはもしかしたら美咲や龍平と同じく嘘をつかない人種かもしれない。そう考えると期待に胸が躍る。

「えーっと、天原君が有名人だからかな?」

「有名人?」

 はて? 一年前ならともかく、いまはそんな目立ったことをした覚えはないのだが。

 良い意味で……ということはまずないだろう。悪い意味でだとしても『あの嘘嫌いの変人野郎』程度であれば別に気にしない。間違いじゃないしな。

「……聞く?」

「んー、話しづらそうだからいいや」

 そこまで気になることでもない。大勢の嘘吐きどもが俺を何と噂していようがどうでもいい。現状、正直者である南さんがどう噂しているのかは気になるが、無理矢理言わせるのも気が引ける。

「あはは……、ありがとう」

 そうして雑談を交わしつつ、三田に連れられて保健室に到着する。

 おや、もう着いたのか。あっという間だったような気がするなあ。久しぶりに龍平や美咲、それにイア以外の人間と心穏やかに過ごせた気がするよ。

「じゃあ、私も着替えないといけないから先に行くね。天原君も手当てが終わったら急いだ方が良いと思うよ」

「ああ、ありがとう。そういえば――うおっ!?」

「ほら天原、さっさとしろ!! 時間がない!!」

 一つ聞きたいことがあったのだが、三田に保健室へと強引に連れ込まれてしまった。そしてその間に南さんは立ち去ってしまっていたようで廊下には彼女の姿はない。

 残念だが、同じ学校に在籍しているのだから会おうと思えばいつでも会うことはできるだろう。それにこの後開会式があるのだからもしかしたらそこで会えるかもしれない。

 そう考えた俺は急かす三田に従い、大人しく治療を受けることにした。



「龍!! パパ輝いてる!? 輝いてるよね!?」

「うるっせえ、馬鹿親父!! 輝いてんのはその緩んだ頭の螺子だけだよ!!」

 治療を終え、衣装を身に纏い、開会式を行う運動場に行くと、そこでは先ほどまで姿を消していた龍平、もとい白いシーツを被ったチープな幽霊が、息子の晴れ姿を見に来た一楽さん、もとい大人げない完成度のフランケンシュタインに対して怒声を上げていた。

 すげえ、あの顔の縫合痕。どうやってメイクしたのだろう……。

「一楽さん、変わりませんね」

 こういう遊びにも手を抜かないところは。

「おお、頼人君!! 君も相変わらずだねえ!!」

 こういう遊びに手を抜かないところがですか?

 繰り返しになるが今回の俺の衣装は狼男。言うまでもなくお手製であり、毛といい、牙といい、俺の考えられ得る最高の出来となっている。これに匹敵するのはやはり一楽さんくらいなものだろう。

「ふっふっふ、気合が入っているようだけど今日の主役は頼人君じゃあなく……」

「一楽さんですか?」

「私でもない!!」

 違うんかい。

 でも、あー。そうか。

「龍平ですね」

「そう!! その通り!!」

 やや身体を反らせながら指差し、そう言う一楽さん。

 ――そしてその彼にドロップキックを見舞う龍平。

「おふうっ!!」

「その通り!! じゃねえ!!」

「あっはっは、龍は照れ屋さんだなあ」

「そういうことじゃねえぇぇええ!!」

 火でも吹きそうな勢いで怒りを露わにする。そろそろ話題を変えるとしよう、龍平の頭の血管が切れる前に。

「そういや龍平、美咲は?」

「はぁ、はぁ……。ん、あれ頼人と一緒じゃねえのか? 俺もまだ見てねえぞ?」

「へえ?」

 どうしたことか?

 イアと一緒に教室にいたところまでは確認しているのだが、その後の行方がしれない。もう数分のうちに開会式が行われるのを考慮するともう仮装してここに来ていてもいいものだが。

 と、そんなことを思案していると背後から聞き慣れた声が。

「よ、頼人ー!!」

「おお……、うおっ!?」

 この声はイアかと、振り向こうとする前に後ろから飛び掛かれる。

 え、何? 何? どうして俺は強襲をかけられているの?

「良かったー、生きてたー……」

 ああ、そういうこと。俺が思っていたより心配をかけてしまっていたようだ。……悪いことをしたな。

「悪い、悪い。見ての通り無事だから安心してくれ。それより美咲は?」

「え、美咲ならほらここに……」

 居るでしょとすぐそばで丸くなっている黒い塊を指差す。

「…………何これ?」

「だから美咲だって」

 イアが嘘をついていないのはわかっていたが、俄かには受け入れがたい。露出度満点のお色気黒猫を期待していたこちらとしては、この光景を「はい、そうですか」と済ませてしまうことができないのだ。

 それは龍平も同様だったようで。

「嘘だろ……」

 と俺の後ろで愕然としていた。

「ほら、美咲。いつまでも丸くなってないで立って立って。大丈夫可愛いよ」

「うう……」

 イアに促され、黒い物体がゆったりと立ち上がる。いや、勿体つけた言い方をしたところでこれは美咲なんだけどね。

 それにしてもまったく……、こちとら今日は妖艶な黒猫の仮装をした美咲を見ることができると思っていたというのに……まったく!! 猫なのかどうかもわからない衣装を着てきや……が……って……。

「…………何よ?」

 唇を尖らせてこちらをジトっと睨む美咲。そして彼女が着ていたのはただの黒い服ではなく。

「猫パジャマ……だと……」

 龍平の言葉通り、美咲が着用していたのは黒猫を模したパジャマ。すなわち猫パジャマだった。そういや可愛いもん好きだったな、コイツ。

 愛らしい猫耳。ふわふわの毛並み。首元の鈴。そして恥じらう様子。

 はっきり言おう。パーフェクトだ。

「龍平……」

「ああ……」

 俺たちは無言で握手を交わし、心の中で同意しあった。

 エロなんていらんかったんや、と。

「だから何だってのよー!! これしかなかったんだからしょうがないでしょぉぉおー!?」

 うがーっと怒気を露わにする美咲だったが、この格好ではいつも恐怖しか覚えないその怒りもいまは和みの対象となる。

「あー、テス、テス。聞こえているかね、全校生徒諸君」

 と、龍平と二人で和んでいると時間になったのか、豊泉高校校長、南大二郎みなみ だいじろうの声がグラウンドに響き渡る。

「ほら二人とも。前向いて」

 お気楽体質でも、流石は保護者。ボケッとしていた俺と龍平の背中を軽く叩いて注意する。抵抗するかと思いきや、自分の非がわかっているからか、龍平は舌打ちしながらも素直に前を向いた。

 やはり良い親子だなあとしみじみ思うよ。龍平の反抗期が終われば一層仲良くなることだろうなあ。

 そんなことを考えていると視界の端に見覚えのある人物が手をひらひらと振っているのに気が付いた。

「南さん?」

 あれは……狸だろうか、着ぐるみに身を包んだ姿での再登場である。……うん、あれもアリだな。

 遠慮なく話しかけたいところだが距離が離れているので声をかけることはできない。仕方がないので一応こちらも手だけ振っておくことにしよう。

「うん? ありゃ南嬢なんじょうじゃないか。いつの間に仲良くなったんだ?」

 俺の視線の先にいる彼女の姿に気がついたのか龍平がこっそりと話しかけてくる。

「いや、さっき会ってな……。龍平彼女のこと知ってるのか?」

 てっきり南さんだと思っていたのだが、南はあだ名か何かなのだろうか?

「そりゃ知ってるさ。嘘嫌いなお前に負けず劣らず有名人だぜ?」

「ああ、やっぱりそういう有名人なのか、俺。……まあ、それはいいや。じゃあ、南嬢さんは何で有名なんだよ?」

「何でってお前そりゃあ――」

 しかし、龍平の答えは突如湧いた歓声に遮られる。周囲を見るとどいつもこいつも腕を振り上げ、興奮している。

「な、何だ?」

「さあ? 美咲何かあったのか?」

「何かあったどころじゃないわ!! 今回は教師側に味方が一人つくらしいのよ!!」

「ああ? 何でそれで歓声が上がるんだ?」

 普通逆ではないだろうか。ブーイングの嵐は何処行った?

「それがその味方についた人を生徒が倒せばボーナスのお菓子が貰えるんだって言うのよ」

 今年から追加された新ルール。

 教師の年齢、体力を考慮し、生徒の人数を減らすゴーストバスターなる人物が一人追加されることになった。そのゴーストバスターは生徒を攻撃し、お菓子を没収する上、参加資格も剥奪するのだとか。その代わり生徒がゴーストバスターを倒せば教師のお菓子など比にならない程の豪華菓子セットが貰えるらしい。

 何とも無茶苦茶な話だが美咲の話をまとめると大体こういうことになる。

「んで? そのゴーストバスターさんは何処のどいつだよ?」

「わかんない。ゲーム開始と同時にあの箱から出てくるって」

 イアが問題の箱を指差して言う。

 ふうん……。ゴーストバスターなる人物が誰なのかは知らないが、ゲーム開始と同時にあそこから出てきたら生徒にタコ殴りにされないだろうかと心配になる。生徒も決して少ない訳ではないのだから一人じゃなく複数必要だと思うのだが……。

「――――であるからして。ん? ああ、もうそんな時間かね? では、そろそろ始めよう。第十回ハロウィーン・イン・豊泉――――、スタァァート!!」

 そんな俺の心配をよそに校長の挨拶は終わり、壇上の彼は声高らかにゲームの開始を告げる。

 そしてゲームの開始と同時に俺たち化物を狩る怪物がグラウンドに解き放たれた。


 小型犬は至高。どうも久安です。

 ようやく。ようやっく!! 祭りの始まりです。イェーイ。イェーイ!! イェェェエエイ!! ……はい、少し落ちつこう!!

 まあ、始まったと言ってもほんのちょっとなんですけどね。そこは気にしない、都合の良いオツムなのです。

 次回は一楽さんが大活躍。嘘です。


 次回更新は11月15日 10時を予定しています。


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