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鷽から出たマコトの世界  作者: 久安 元
ザ・デイ・オブ・マイ・コンパトリオット
54/213

遁走

「どうだ!! まだ来てるか!?」

 後ろを向いたまま俺に担ぎあげられているイアに尋ねる。すると肩に乗っかっている彼女は呑気そうな声で報告してくれた。

「いっぱい。大人気だねー」

 オマエがなッ!!

 一段飛ばしで階段を駆け上がり、二階へと到着する。勿論土足。細かいことをイチイチ気にしちゃいけないときだってあるのだ。

 あとはこの廊下を真っ直ぐ突っ切れば、美咲の待つ教室へと辿り着くことが出来るのだが……。

「……マジかよ」

 信じられないことに目の前には背後から迫るヤツらと同類の、餓えた猛獣ししゅんきだんしどもが待ち構えていた。

「一人だけ、ウハウハかよ……」

「白波瀬さんだけじゃ、飽き足らず……」

「微ロリ美少女にまで手を出すとは……」

「羨ましい……」

「羨ましい……」

「羨ましい……」

 ひい……!!

 ち、違う、違うぞ!!

 こいつらは猛獣なんかではない。裏切り者の肉を喰いちぎろうとする気迫は持ち合わせていない。その実、妬み、僻みは一人前という――。

「亡者男子!!」

「なに、それ怖い!! でもちょっと見たい!!」

「止めとけ、止めとけ。また夜一人でトイレに行けなくなるぞ?」

「はうあっ!! な、何でそれ言うの!! い、いま関係ないし!!」

 関係なくはないだろうに。

 世にも奇○な物語を見て以来、タモ○を見るだけで怯える癖に。お昼のあの御長寿番組を見て怯える輩を俺は初めて見たよ。

『明日、来てくれるかな?』のくだりで、イアなら『や、やだ!!』と言いそうだ。ああ、そもそもいまはあのフレーズも言わなくなったんだっけか? 時の流れは無情なり、特に思い入れがあった訳でもないが物悲しい感じがしないでもない。

「あーまーはーらー…………」

 おお……、亡者どもがゆっくりと手を突き出して前進してくる。それに後ろ迫る喧騒もだんだん大きなものになってきている。

 時間もあまりなさそうだし馬鹿な考えに脳細胞を使うのはここまでにするとして……、さぁて、どうするかね?

 前は亡者。後ろは猛獣。

 一見亡者の方が逃げ切れそうな気がしないではないが、廊下の狭さを考慮すると絶対に捕まらない保証はない。ならばいっそ三階まで逃げるか……?

 しかし、その考えをすぐさま処分する。

 三階まで逃げ、そこに敵がいない保証もないのだ。もし、三階にまで亡者または猛獣がいれば、屋上に逃げるしかなくなってしまう。そうすれば万事休す。屋上からの逃げ道などない。

「仕方ない、最後の手段を使うとするか……」

「? ねえ、最後の手段って――わわっ!!」

 それはなんぞやとイアが問う前に俺は彼女を地面に下ろす。すとん、と軽い音を立て着地したイアはずれた帽子を直しながらやや不審な目を俺に向けた。

「……まさか頼人、私を置いて行くつもりじゃないよね?」

「はっはっは、何を言う」

 そんなことしても、そもそもの標的が俺なのだから根本的な解決にはならない。

「そ、そうだよね。あー、良かった……」

 ほっと胸を撫で下ろすイア。それと同時に階下からようやく猛獣どもが追いついてきた。

「はぁはぁ、観念……したか……、げほっげほっ!! 天……原……」

 おい、確かオマエ、ラグビー部の主将か何かじゃなかったか? 帰宅部に体力で負けてどうするよ……。

 見覚えのある丸刈りの大男を哀れみの目で見ながらも、作戦を忘れない。

 ちゃっちゃとやっちまおう。

「いやいや、観念とかどんな御冗談。逃げ回るのも面倒なんでな。手っとり早い方法をとらせてもらおう。こんな風に、なっ!!」

「ええっ!?」

「!! こ、この下種野郎!!」

 意地悪く笑う俺。驚くイア。罵倒する男子生徒。

 三者三様の表情を見せる現場ではあったが、特に小難しいことをした訳ではない。俺がしたことと言えば――。

 イアを片手で抱きすくめ、もう片方の手で彼女の鼻の穴の真下へと指をセット。

 これだけだ。

「コイツの鼻の穴に指を突っ込まれたくなかったら大人しくしろ!! 尤もコイツの鼻をミ○ラみたいにしたいんだったら別だがなあ!!」

「え、え? ミニ○って何?」

 貴様らの愛する美少女が大怪獣の息子のようになる様など見たくはあるまい。そして案の定、効果は覿面だった。

「や、やめろ……」

「世界の宝を壊そうとするなんて……」

「な、何でもする!! 何でもするからそれだけは……!!」

 ……覿面過ぎて何だか気持ち悪い。

 だが、この機を逃す手はない。

「よおし、なら亡者男子ども!! 俺とコイツはこの先の教室に用がある、道を開けろ!!」

 渋々、といった顔で廊下の両端にその身を移動させる亡者男子達。そしてそこを湖面を割って出現する大魔神よろしく一歩、また一歩と美咲のもとへと向かう。

(よ、頼人……)

 ひそひそと小さな声で耳打ちするイア。どうやら突然の出来事に頭が追いついていないようだ。

(何だ?)

(わ、私の鼻の無事は保証されていると考えて良いんだよね?)

(…………)

(よ、頼人ぉ!!)

 俺が何も答えないでいると、涙目になってしまう。いや、なると思って黙っていた訳なんだけどね。

(安心しろ、大丈夫だ)

(……本当に?)

(ああ、アイツらが動かない限りは!!)

(え、ええー……)

 そうして閉じた目から静かに涙を流すイアを連れ、ようやく俺は美咲の指定した場所、自分の所属する教室へと帰還したのであった。

 ああ、恋焦がれた安住の地。

 俺を待つ友人。

 嗅ぎ慣れた埃の臭い。

 口の中に溢れる鉄の味。

 ……鉄の味?

「なぁあにをやってんのよ、アンタはぁ!?」

「おぶっ!!」

 訂正。

 待っていたのは友人ではなく悪鬼の類でした。そして悪鬼はというとイアを抱き寄せ、その身の無事を確認していた。

「だ、大丈夫、イアちゃん!? 鼻は!? 可愛い鼻はまだそのまま!? ミニ○になってない!?」

「だ、大丈夫だよ、美咲。ところで○ニラって何?」

「そんなこと気にしなくて良いの!! どんなになったって、私にとってあなたは小美○なんだから!!」

 おい、もう良いだろ。俺が言えた義理ではないがさっきから伏せ字のオンパレードなんだよ、このヤロー。

「み、美咲、ちょっと聞きたいんだけど……」

「どうしたの? コス○スの方が良かった?」

「んなこたぁどうでも良いんだよ!! ここに俺らを呼んでどうするつもりなんだって聞きたいんだよ、イアは!! 俺にも教えてくれ、あの連中どうやって片づけるつもりだ?」

 ドアの陰からこちらを凝視する無数の目。

 怖い、怖いよ!!

 いまはまだ俺に問答無用で鉄拳をかました悪鬼みさきがここにいるから怯えて入ってこないだけで、きっかけさえあれば直ぐにでも突入してくることだろう。

 だから頼みの綱は美咲だけなのだが。

「知らないわよ、そんなの」

 当の本人はかくも冷淡な調子でそう吐き捨てた。

「……はぁ?」

「あたしが頼人をここに呼んだのはイアちゃんをここに連れて来て欲しかっただけ。アンタを助けてやろうとかそんな殊勝な気持ちじゃあないわ」

「んなっ……!!」

 なんてこった。

 なんてこったッ!!

「さーあ、イアちゃん、ハロウィーンが始まるまでお話ししましょう!! 千佳も香織もあなたとお話ししたいって!!」

 アホの声が聞こえるが、んなこたぁどうでも良い。

 んなこたぁどうでも良いッ!!

 ガタン、と。

 扉が開け放たれる音が聞こえる。

 ああ。

 振り向かなくてもわかる。あれは魑魅魍魎どもを封じていた楔が抜けた音だ。自由を得た怪物どもは俺を喰らおうと迫ってきている筈。

「よ、頼人ぉ!!」

 イアの悲痛な声が聞こえる。

 はは、心配すんなよ。俺は絶対にアイツらに捕まったりしない。

 直ぐ後ろに迫っていたであろうヤツらの腕を置き去りに、俺は脱兎のごとく窓に向かって走り出す。そして誰かが止めようと声を上げる前にその桟に足をかけ、一瞬の躊躇もなく――跳んだ。

 落下する直前、俺が目にしたのは。

 驚愕と焦りを含んだ表情で俺を掴もうとする男子生徒諸君と。

 イアを愛でることに夢中で気がつかない女子生徒諸君と。

 落ちゆく俺に向かって涙目で手を伸ばすイアの姿だった。

 泣かせたまま消えるのも何と言うかアレなので、取り敢えず爽やかな笑顔を浮かべて落ちることにしよう。

 競技が始まるまであと三十分程度。

 それまではもう何事もなければいいのだけれどなあ。


 脳内で懐かしの昭和映画祭りが開催されました。久安です。

 競技が始まるまであと三十分……話数にしてどのくらいになるのか、よっくんに問い詰めたい気持ちでいっぱいですな。八章くらいですか?

 始まればあっという間に話が進むと思うのでいまのうちに馬鹿やっておきたい気持ちもなくもない、今日この頃。折り合いをつけるのが難しいです。

 

 次回は11月13日 10時更新予定です。

 そろそろ息が上がってきました……。

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