前哨戦
ハロウィーン・イン・豊泉は今日、十月三十一日の午後より行われる。午前中は通常授業というところが今日の教育事情を物語っているように思えて仕方がない。このようなイベントの日くらいは授業など取り止めてしまえば良いと思ってしまうのは俺が学生だからなのだろうか。
まあ、昔のように土曜日に半ドン授業が行われないようになったから単純に授業の時間が少なくなってしまうのはわかるけれど。この調子だといつか運動会の前に授業とかされそうで怖い。まあそのとき俺はとっくに大人になっているから関係ないといえば関係ないのかも知れないが。
と、話が逸れた。
何はともあれ、この昼食を食べ終え、各々用意した衣装に着替えれば晴れてハロウィーンの開催である。この行事には学生、教師だけでなく、地域の一般住民の参加も認められており、既に校内にはちらほら大人の姿も見受けられた。
そうしたちょっとした日常の変化が嬉しいのか、そわそわしだす生徒もいたが、俺や美咲は特にそんなこともなく談話しながらエネルギーの基を摂取し続ける。
ただ龍平だけは辺りを警戒しながら、ブロック状の固形栄養調整食品を口にしていた。
「んな警戒したって仕方がねえだろうが。どうせ追い返せねえんだからよ」
「そうよ、龍平。観念して食べることだけに集中したら?」
「お前らは他人事だからそんな軽く受け止められるんだよ!!」
血走った眼でこちらを睨む龍平。
おお、怖い。
「考えてもみろ!! もうすぐ五十にもなる親父がノリノリで仮装して息子の学校にやって来るんだぞ!? 去年は仕事と重なって事なきを得たけど今年は来る気満々なんだよ!!」
「良いじゃねえか、別にオマエが追いまわされる訳じゃあないんだから」
確か一般参加者の陣営は生徒側だった筈だ。大人が菓子を求めて子どもを追いかける図は些か危ない臭いがするしな。
「あの人にとっちゃあ陣営なんて関係ないんだよ……。俺、昨日見ちまったんだ……」
「「何を?」」
美咲とほぼ同じタイミングで問いかける。すると生気のない眼で目の前の友人は語る。
「一人、ニヤニヤしながらカメラの手入れをする親父の姿を……」
「「…………」」
絶句である。
いや、これが小学校低学年の娘のいる親父さんの行動なら微笑ましい日常の一ページにしかならないだろうが、高校二年、しかも男子の親父さんの行動なのだからいただけない。
「ま、まあそれだけ愛されてるってことで良いんじゃない?」
「良くねえよ!! もっと人目を気にした控え目な愛が欲しいわ!!」
そう言って龍平は一層警戒を強める。
こりゃもう話しかけねえ方が良いな。そっとしておこう……。
「そういや美咲、オマエんトコは誰か来るのか?」
「ううん、あたしのトコは仕事があるから誰も来ないわ。正直身内のコスプレなんて見たくないから良かったけどね」
「違いねえ」
互いに苦笑しながら身の安全が保障されていることの喜びを噛みしめる。
ああ、本当に良かった。こんなところにイアを連れて来ていたらはしゃいで何するかわからないからな。
本当に良か――。
「おい、聞いたか!? 何か校庭にすっげえ可愛いコが来てるんだってよ!!」
「…………」
あ、あっはっは。何を慌てたんだ俺は? 一般参加の中にも可愛い人間がいたっておかしくないじゃないか。それなのに俺ってやつは――。
「ホントだ、それにしてもすげえな!! 髪の毛が真っ白だ!!」
「…………」
いやいや、きっと髪の毛を脱色しまくったんだって。そうに違いない。いやあ、傷むのを承知でそこまで脱色するなんて凄――。
「あれ、何の仮装だろ? 服は魔女っぽいけど……、背中のリュックは何?」
もう諦めたわ。
すぐさま教室前の廊下へ出、校庭を見渡せる窓から身を乗り出すようにして噂の白髪リュックさんを捜索する。
――いた。
いちゃったよ。
校庭のど真ん中で一人きょろきょろと首を動かし、不安げな表情でうろうろしている。ああ、間違えようはずもない、あれは何処からどう見てもイアだ。
何がどうなってここにいるのかは知る由もないが、事実は事実として受け止めねば。
と、そこで俺とイアの視線が合う。
あ、ヤバイ。
そう思ったがもう遅い。
イアは俺を見つけたことで安心したのか、満面の笑みを浮かべると息を目一杯吸いこんで。
「よーりーとー!!」
俺の名前を大声で叫んだのだ。
あっはっはっは。
もう笑うしかなくね?
「……いま、あの子頼人って言わなかった?」
「言った、言った。ってことは天原くんの知り合い?」
「でも、あの天原くんにあんな可愛い子の知り合いがいるなんて……ねえ? クラスにも殆ど友達いないのに……」
「畜生……。天原の野郎……ッ」
「あんな可愛い子とにゃんにゃんしてやがったのか……」
「羨ましい」
「羨ましい」
「羨ましい」
「…………死ね」
「って誰だ、いま最後にボソッと死ねとか言ったヤツは!?」
さり気なく怖えこと言ってんじゃねえよ!!
「よーりーとー!!」
「オマエはちょっと黙ってなさい!!」
ああ、もう!!
混乱し過ぎて、まずは何をすべきかも思いつかねえ。というか何でアイツはちゃんと仮装して来てるんだ? 俺は作ってやった覚えはないし、買ってやった覚えもない。一体どうやってあの服を調達したというのか……。
……ん、待てよ、服?
「うふふ、イアちゃん、ハァハァ……。たくさん服あげた甲斐があったってもんだわ……」
「やっぱ、元凶はオマエか!!」
「あいたっ!?」
いつの間にか俺の横でイアを観賞していた美咲の脳天にチョップをお見舞いする。その際、彼女は顎を窓の桟にぶつけたようで相当に痛がっていたが、罪悪感はない。
「いったいわねー、何すんのよ」
「そりゃ、こっちの台詞だ!! 何してんだ、オマエ!!」
そういや、先月美咲が服をくれたとか言ってたなあ!! まさか普通の服じゃなくて、こんな日にしか使えないような服をやってたとは思わなかったけどな!!
「何、怒ってるのよ。お手柄でしょうが、可愛いイアちゃんを更に可愛くしてあげたんだから」
「そういう問題じゃなくてだな!!」
「実際可愛いでしょ?」
そりゃあ、もう!! ウチの子、お人形さんみたいになっちゃったよ!!
「それにいまはイアちゃんを迎えに行ってあげるべきじゃない? ほら、ちらほら男子がハイエナの如く集まってきたわよ」
「何ィ!?」
改めて校庭を見下ろすと、美咲の言葉通り、イアの周りには異性に興味津々なお年頃な男子が怖々ながらも近寄ってきていた。
「早く行かなくて良いの? 保護者さん?」
「……ッ、わかってる!!」
遺憾ながらも全速力で校内を駆ける。
階段を駆け下り、道行く生徒と何度もぶつかりそうになりながらもイアのもとを目指す。二十秒ほどで一階に辿り着いたものの早すぎて困ることなどない。更なる時間短縮を目論見んだ俺は、窓から校庭へのショートカットを試みる。
「よっ、と」
幸い、教師連中には見つからなかったようで何のお咎めもなく、校庭へと到着することができた。これも日頃の行い――じゃないな、うん。単純に運が良かっただけだ。
「よーりーとー!!」
「喧しいッ!!」
「ひゃっ!?」
群がる思春期男子らの間をすり抜け、いち早くイアに駆け寄った俺は尚も叫び続けていた彼女の胴を掴み、肩に担ぎ上げ、その場から離脱する。
「あ、頼人!!」
「『あ、頼人』じゃねー!! オマエ何しに来た!?」
「え? はろうぃーんに参加しに」
「でしょうね!!」
何分かり切ったこと聞いてんだ、俺は!!
いかん、いかん。大分混乱しているようだ。とにかく落ちつける場所へ逃げなければ。このまま、イアを担いだまま校内をうろうろしていては誘拐犯にされかねない。というかそれ以前に後ろから男子の一団が迫ってきている。
「おい待て、美少女を攫う外道!!」
「一人占めなんて、何て鬼畜野郎だ!!」
「ドントタッチ!! ドントタァーッチ!!」
おお……。何か鬼気迫るものがあるな……、あの集団。命の危険すら感じるぞ。こりゃあ何としてでも捕まる訳にはいかねえな。
それにチラチラ聞こえる話し声を聞くと既に色々とヤバそうだ。
「あれって二年の天原くんじゃない……?」
「おい、アイツ肩に女の子乗っけてんぞ」
「え、変態?」
「ロリコン?」
「どうする? 警察に連絡する?」
おい。別にいまさら校内でどのような称号が与えられようが痛くも痒くもないが、いや、ホント警察は勘弁してください。
「頼人ー!! こっち、こっち!!」
校庭を必死で逃げ回っていると二階の窓から美咲がこちらに呼び掛ける。どうやらこっちに逃げて来いと言いたいらしいが、そこには教室しかない筈だが……。
「うあー、頼人!! 皆スピードアップして来たよ!!」
「ああ!? ――うおおおお!?」
何あれ、怖い!! 全員肉食獣みたいな目して走ってきてんだけど!?
「世は草食系男子の時代ではなかったのか……」
「でも、あれ別に草食系ってよく元気がないとかモテない男の人って意味で使われるけど本当はそうじゃないんだってね。こないだテレビでやってた」
「あ、そうなんだ」
「うん。本当は男らしさが大事っていう考えが上位になくて、優しさの方が価値があるって考えてる男の人のことをいうらしいよ」
「へえ……」
「ふふん、よく知ってるでしょ。ところで『モテ』って何?」
「あ? ああ、『モテ』っていうのは俺たち男子が生まれたときから持ってる願望だよ、デザイアだよ。ただしそれを手に入れた瞬間から同じものを追い求めた仲間からは追放され、迫害され、裏切り者の烙印を押されるという魔の財宝。それが『モテ』だ――ってうおおお!?」
「この裏切り者がぁあ!!」
話に集中し過ぎていたのか危うくとっ捕まるところだった。まあ、こんな馬鹿な話で盛り上がってしまったのが悪いのだが。
「裏切り者? あはは、じゃあ頼人は『モテ』てるんだね」
「笑い事じゃねえ!!」
何故、この状況で笑えるのか小一時間問い詰めたいところだが、いまはそれどころではない。
「美咲を信じるしかないか……」
これ以上鬼ごっこを続けていても、いつか体力の限界が訪れ捕まるだけ。そう判断した俺は、背後に迫る肉食獣どもを極力意識しないように校舎の中へと逃げ込んだ。
熱はなくなりました。でも鼻詰まりがヒドイ!! どうも久安です。
さて、いつになったら本イベントが始まるのかという話ですよ、ホント。当初では五話くらいから始める予定だったのに……。自分の拙い構成力が腹立たしいです。
次回更新までに風邪が治ってると良いなあ……。
あ、次回は11月11日 10時更新予定です。読んでいただけると嬉しいです。じゃーん、けーん、うふふふふふ。




