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鷽から出たマコトの世界  作者: 久安 元
ザ・デイ・オブ・マイ・コンパトリオット
50/213

過去の告発者

 ぐしゃりと。

 何かが潰れる音が聞こえる。

 ぶちんと。

 何かが千切れる音が聞こえる。

 ――否。

 これは正確ではない。

 何かが『潰される』音が聞こえる。

 何かが『千切られる』音が聞こえる。

 暗闇の中にも関わらず、俺にはその違いが手に取るようにわかる。

 一体何が。

 一体何を。

 そうしているのかはわからない癖に、何かが何かを一方的に蹂躙していることがわかってしまう。

 そして続くは静寂。

 暴虐をその身に受けたものが息絶えたのか、それとも瀕死の状態で打ち捨てられたのかは定かではないが、これだけはわかる。

 闇の中からこちらを窺う視線。

 新たな獲物を見つけた絶対的強者の眼差し。

 ああ、そうか。今度の獲物は俺だ。

 自覚した瞬間に略奪は開始される。文字通り、俺の身体が奪われていく。

 まずは左腕をもがれ、

 今度は右脚。

 少し間を置いているのは俺を嬲って楽しんでいるからなのだろうか。地面に倒れ伏しながらそんなことを考える。

 そうして次は頭を掴まれ、胴を真っ二つに。

 びちゃびちゃと不快な音を立てながら落下する臓腑。

 はは、流石夢の中。

 痛くも何ともないね。

 ただ、生臭い息が顔にかかるのは頂けない。もっと離れてくれないもん――。

 思考の断絶。

 意識の消失。

 下らないことを考えている間にどうやら頭を半分喰い千切られたらしい。これだけ近づけばこの闇の中でも、うっすら目の前の光景を把握することができる。

 残った半分の頭で俺が見たのは、何かの口の中で咀嚼されながらも邪悪な笑みを浮かべるもう半分の俺の顔。

「――――――――?」

 何事かを発しているようだが聞き取れない。すると俺に聞こえていないことがわかったのか、口内の俺は落胆した表情を見せる。

 もう一度耳を澄まそうと思ったが既に手遅れ。

 残るもう半分の俺も口の中へと放りこまれていた。


「――――ッ!?」

 目を開けるとそこはまた暗闇。しかし、さっきまでとは異なり、時間が経つにつれて徐々に目が慣れていく。

 見慣れた天井。

 寝慣れたベッド。

 嗅ぎ慣れた匂い。

 間違いなく俺の部屋だ。

「は、ッ――!! ッ、はぁ!!」

 そのことに少し安堵したのか、少しずつではあるが動悸は治まり始めていた。

 というかクソッ、結局ヤな夢見ちまった。

「ん?」

 落ち着くにつれ、汗ばんだ手に何かがしっかりと掴まっていることに気づく。一体何事かとその手の先を辿っていくとベッドの下でもぞもぞと動く影。

「――イア?」

 そこを覗きこむと片腕を上げ、かつ、うつ伏せの状態ですやすやと器用に眠る彼女の姿があった。どうやら俺が気絶した後、ここまで運び、眠たくなって自分も寝ることにしたようだ。

 ふっと表情を緩め、時計を見ると既に午後八時。美咲に意識を絶たれてから優に五時間が経過していた。

「道理で暗いわけだ……」

 窓から外を眺めると既にそこには太陽の光はなく、目に飛びこむのは月と星と民家の光。そして聞こえてくるのは時折、家の前を走る車の音と何処ぞで吠える犬の声だけ。

「そういや最近、また野犬が出たってお隣の榎本さんが言ってたっけか……」

 この辺りもまだまだ自然が多く残っている、言わば田舎に分類される土地だ。野犬の一匹や二匹特に珍しくもない。

「ふぁ……、ん……」

 野犬のことを頭の隅に仕舞い込み首をゴキゴキと鳴らす。そして、さて晩飯はどうしようかと考えていると――。

「むにゃ……、肉じゃ、が……ほくほく」

 正直もう起きてるんじゃないかと思えるほど正確なオーダーがベッドの下から届けられた。試しに頬を引っ張ってみるが起きている様子はない。というか寝た振りなら見ただけでわかるからこんなことをしなくても良いのだが、それはまあ、ほら念の為。

「はいはい、わかったからいい加減起きてくれ。それがダメならせめて手を放してくれよ」

 だが寝ている相手はそんな頼みを聞き入れる筈もなく。

「……しゃあねえな。よっこいせっ……、と」

 俺はイアを抱っこして移動する羽目になってしまった。

 経験したことがあるヤツは分かると思うが、小柄といってもやはり人一人抱えて移動するのは中々辛い。バランスは取りづらいし、何より歩きづらいしな。

 でも。

 枷にしかならないその重さと。

 この腕に広がる温もりが揺れるいまの俺には心地良かった。



 さて時間は過ぎ去り、ハロウィーンが三日後に迫った日曜日。俺はイアを連れ、自宅から歩いて十分程度の距離にある商店街を訪れていた。

 商店街、と聞けばシャッターやいつまでもやってる閉店セールなどといった寂れたイメージを持つかもしれないが、この松広まつひろ商店街はそんなイメージとは皆無だ。

 最近何処にでも出没するようになった名前すら定かでないゆるキャラ(確か『まつひろん』だったような気もする)が商店街を闊歩し、どの店もデカイ声で客寄せをするなど活気に満ち満ちている。

 しかし――。

「らっしゃい、らっしゃい!! お、頼人君じゃないか!!」

「……どうも」

「最近全然来てくれないから寂しかったよ!! ん? ははーん、そっちのカワイイお嬢ちゃんに現を抜かしていた訳だな? この羨ましいヤツめ!!」

「……はぁ」

 この馴れ馴れしく鬱陶しいノリはいただけない。いや、俺がずっとこの辺に住んでたんならまだ良いんだろうけれど。俺がここに来たのはたかだか二年前な訳で。

 はっきり言ってここまで絡まれる覚えはないのである。

「頼人、聞いた、聞いた!? カワイイだって!!」

「ああ、聞いた、聞いた。ヨカッタネー」

「何か適当じゃない!?」

「ああ、じゃない、じゃない。ヨカッタネー」

「やっぱり、適当だー!!」

 いや、ちゃんと聞いてはいるけれど、お世辞を真正面から受け止めて喜ぶおバカさんをからかいたくなっただけのこと。

 適当にではなく。

 真剣にからかっているともさ。

 両手を振り上げ憤慨する彼女を放置し、目的の店の中へと入る。

 その店の名は「手芸や 鉄人」。手芸専門店とは思えないその厳つい名前になってしまった原因は店主にある。

「おう、糞ガキ。久しぶりじゃあねえか」

 毛糸玉や布類がうず高く積まれた、まるで物置きか何かのようにしか見えない店内。

 そしてその店の奥からしゃがれた声が俺に向けて放たれた。

 大鉄だいてつ 鋼人こうじん。その名に恥じぬ強面の、そして先日めでたく還暦を迎えたらしい、その老人げんいんが変わらず汚い言葉遣いで声をかけてきた。

「ですね。前に来たのはいつでしたっけ? この糞ジジイ」

 対して俺は慣れない敬語を使い、しかしそれでいて目の前の老人を罵倒することを忘れない。

「さあてな。俺もよく覚えてねえよ」

 がっはっは、と大鉄は白い歯を見せて豪快に笑う。

「く、糞ジジイって……。失礼だよ、頼人……」

「ん? なんだそのちびっこいのは? オマエのコレか?」

「ちびっこッ……!!」

「はっはっは、違いますよ」

 耳を掻きながら、俺の方に小指を立ててそう尋ねる大鉄に俺は近くにあった毛糸玉を力の限りぶん投げる。

 しかし彼はそれを難なく掴み、再びこちらに投げ返して言う。

「なんだ、つまらん。違うのかよ」

「この商店街の人間は色恋の話にしか興味がないんですかね?」

「仕方ねえだろ、ここはジジイやババアばっかりだからな。糞ガキみたいな若いヤツのそういう話が好きなんだろうよ」

「ああ、そうですか」

「んで、今日は何が要るんだ? 糸か? 布か? それともボタンか?」

「まあ、大方全部ですね。ほらハロウィーンの衣装を作るんで結構量が要るんですよ。いつも通り要るものは自分で持ってきますから、アンタはそこに座っててください」

 このごちゃごちゃした店の中から必要なものを持って来るのには相当な時間を要することは理解していたが、還暦を迎えたご老体に鞭打たせることも忍びない――という訳ではなく単に俺の方が探すのが早いというだけのこと。

 それに還暦とかいってもこのジジイ、マッチョだし。かつて、にんにく卵○のCMに出てたおじいちゃんぐらいの超マッチョだし。体力面で心配することなど皆無といって良い。

「んじゃ、探し終わったら呼べや、糞ガキ。俺ぁこのちび助と話してっからよ」

「ちび助ッ……!!」

 本日二度目の衝撃を受けるイアの方を慰めるように叩き、俺はその場を後にした。さて、とっとと済ませてしまうとしよう。



「ほうほう、それで?」

「でね!! その肉じゃががじゃほくほくでね!!」

「……………………」

 店内を物色し終えて帰ってきたら何か大鉄のジジイとイアが仲良くなっていた。

 そんな馬鹿な……。あのイアが、『ちびっこい』とか『ちび助』とか禁句を何度も口にしていたジジイと仲良くなる筈がないのだが……。

「おお、お帰り、糞ガキ。目当てのもんは見つかったか?」

「え、ええ……」

 腕に抱えた材料を手渡し、イアが座っていた席の隣に腰掛ける。

「オマエ、随分楽しそうだな」

「うん、大鉄のおじいちゃんの話面白い!! 初めはただの失礼な人だと思ったけど、本当は失礼な面白い良い人だった!!」

「……それ褒めてんのか?」

 いや、満面の笑みで言うからには褒めてるんだろうけどさ。

「アンタ、そんな面白い話持ってたんですか? これまで俺に聞かせてくれたことはなかったと思いますけど」

「当たり前だろう。オマエにオマエの話してどうするんだ」

「……は?」

 ちょっとストップ。いまアンタなんて言った? しかし、考える暇なくイアが口を開く。そして彼女の口から明かされた真実は残酷なものだった。……俺にとって。

「あのね、あのね!! 頼人が私に会う前の話いっぱい聞かせてもらったよ!!」

「ちょッ!?」

 オマエと会う前というとそれは。

「すっごいね!! こんな往来で殴り合いの喧嘩したんでしょ!? それに車壊したりとか!! マトモな人間ならそんなこと絶対出来ないよ!!」

「…………………………………………ッ!!」

 やめて、人の黒歴史を掘り返さないで!!

 いまでこそ更生したと認識されているが、高校入学当初の俺の荒れ様ったらなかったんだよ!!

 一番精神的にきていた時期だったからよく覚えている。あの頃はちょっとした嘘でも我慢ができず喧嘩を吹っ掛け、相手をボコボコにするか、こっちがボコボコにされるまでのデスマッチは日常茶飯事だったのだ。

 それは毎日、いや、毎時間といっても良いほどの頻度で。

 正直に言っていまの自分でも、昔の有様を見せつけられたら絶対引く。だって喧嘩の原因になった嘘もくっだらねえんだもん。

 例えば『俺の兄ちゃん○○高校の番格なんだぜ』みたいな。

「……余計な、ことを、話してくれた、みたい、ですね、この糞ジジイッ……」

「がっはっはっ、何、このちび助が聞きたい、聞きたい言うもんだからな。話してやったまでよ」

「……ダウト。アンタ自分から話したでしょう」

「ふん、また見破られたか」

「いい加減、すぐバレるような嘘を吐くのは止めてくださいよ」

「いいや、止めねえよ。糞ガキが騙されるまでな。というわけで本日のお会計、百九十万円!!」

「騙されると思ってます、それ!?」

 だとしたら舐められたものである。

「チッ、はいはい嘘だよ。千九百円だ。とっとと金置いて出てけ、糞ガキ」

「……はぁ。イア、先に出といてくれ。すぐに行く」

「はーい」

 彼女がトテトテと店の外に出たのを確認して、俺は再び口を開く。

「また嘘でしょう?」

「……何のことだ?」

 すっとぼけやがって、この糞ジジイ。

「代金のことですよ。これだけ買ってそんな安く済むわけないでしょうに」

 両手の大きな袋には大量の手芸用品。いずれ使うであろう品も一緒に購入したので相当な金額になっている筈。少なくとも三千は軽く超えたに違いない。

「はっ、知らねえな」

 しかし大鉄はあくまでシラを切り続ける。それに応じて俺の苛々も徐々に高まっていく。「――いい加減に」

「ここは」

 俺の怒声を遮って大鉄は声を張り上げる。

「俺の店で、オマエは客。値段を決めるのはオマエじゃない、俺だ。文句があるならまた勝負すっか? お?」

 この店に来て、買い物をして、会計をするときの恒例行事。

 明らかに嘘しかない会計を訂正するよう求める俺と、頑として嘘であることを認めようとしない大鉄との殴り合い。

 ちなみに通算成績は俺の五十三連敗。強すぎだろ、ジジイよ。

 そして連敗しているということは、俺にとって嘘が正しいと宣言されていることと同義であり――、俺がこの店に来続けている理由でもある。

 嘘ではなく真実が正しいと証明できるまで『鉄人』通いを止める訳にはいかない。

 だが。

「……今日は止めときます。衣装を作らないといけませんし、それに――人を待たせてますから」

 唇を噛みしめ、何とか自分の衝動を抑える。

 耐えろ、耐えろ。

 ここでまた衝動を抑えられなかったら、俺は以前と何にも変わってないことになる。色んな嘘や真実を見て少しは成長した筈なんだ。

 イアと一緒に世界を回って暴力だけでは真実が正しいと証明できないということを、嘘が必ずしも悪いものではないことを知ったんだから。

 ここで前のように殴り合いに発展することだけは避けねば。

「ほう……」

 血が出るほど強く唇を噛みしめる俺を見、大鉄は顎をさする。

「……何です?」

「いや、大したことじゃあねえ」

 その割には嬉しそうに。

 楽しそうに。

 大鉄老人は笑いながら言う。

「オマエも少しは変わったもんだと思ってな。ふふん、お互い怪我無く別れられる日が来るとは思わなかったぜ」

「……不満ですか?」

「いや」

 再度、否定の言葉を口にして尚も老人は笑う。

「たまには良いもんだ。ほれとっとと帰んな、ちび助が待ってんぞ」

 その言葉を口にする大鉄の真意を汲み取ることができなかったが、俺は足早に出口へと向かう。リーンハルトの嘘とは違い、理解できなくとも何故か不快な気持ちにならないことを不思議に思いながら。

「おい、『ガキ』」

 不意の呼びかけに思わず足を止める。

「……何ですか『ジジイ』?」

「ハロウィーン……、精々頑張れよ」

 何だ。わざわざ人を呼びとめて言うことはそんなことか。

「言われなくてもわかってますよ」

 俺はそう答えると振り返ることなく、店の外へと足を踏み出した。



「ったく、本当にわかってんのかね、アイツは」

 それにちゃんとかわってんのかね?

 ボリボリと頭を掻き、人気のなくなった店内で俺は独りごちる。

 頼人は確かに表面的には変わったが、根っこの部分は変わっていない。こっちに越してきたときから何にも変わっちゃいない。

 馬鹿で頑固なのも。

 それに嘘が嫌いなのも。

 揺らぐことなくアイツの心に根づいている。揺らがなさすぎて腐った根が呪いのように纏わりついている。

 しかし、それはまあ、初めて会ったころから分かっていたことだが。

 アイツの目が、顔が雄弁にそのことを語っていた。だから俺は何度も何度も、いままでで五十三回だったか? アイツのその腐った根っこを引きぬいてやろうとしたが、成果はなし。

 余計なお世話? 知ってるよ、そんなモン。

 余計なお世話だということはわかっていても、ガキ相手にそれをしてしまうのが俺らジジイ世代なんだよ。まあそんな余計なお世話は、徒労に終わってしまいそうだけどな。

 あの背中にデカいリュックを背負ったちび助。アイだか、イアだか、イア・ドランだか何だかは忘れちまったが。

 どうやら見たカンジ、表面上だけでも頼人を変えたのはあのちび助だ。俺が一年以上かかってできなかったことを、あの小娘は数カ月程度の付き合いで成し遂げたらしい。

 悔しさがないといえば嘘になる。

 まあ、この嘘は死んでも頼人に見抜かれる訳にはいかないが。何より俺のキャラじゃあねえ。

「ふん、だからってちび助に頼人のことを丸投げするのも俺らしくねえやな」

 こちらにも練りに練った計画があるのだから。

 勝負は三日後。

「見てろよ、頼人」

 店の隅に隠してあった紙袋の中を覗き込み、俺はほくそ笑む。

「オマエの嘘嫌い(のろい)、今度こそ治してやっからよ」


 皆様風邪にはご注意ください、まだ風邪が完治しない久安です。ダリィ!!

 頼人くんの大荒れ時代、もとい黒歴史が暴露されましたね。誰にでも黒歴史というものはあるものです。ええ、あるんです。あるっていったらあるんです。成長すればいつか苦笑いする日が来ると思うので覚悟しておくといいいんだぜ。

 

 次回は11月5日 10時更新予定です。

 

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